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【連載版】出戻り転生傭兵の俺のモットーは『やられたらやり返しすぎる』です  作者: 楽市
第十三章 怒りと赦しのジャッジメント・デイ

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第303話 自然公園の戦い/エンジュとキリオ

 ガルさんが、キリオの側についた。

 つまりガルさんは、異能態の影響下にないということだろうか。


『やいコラ! 偽キリオ! 言っておくが俺様の主はアキラだけだからな!』

『わかってるでありますよー』


 そんなワケがなかった。

 神喰いの刃ガルザント・ルドラは、今も『キリオ』の異能態に冒されている。

 だがそれでも、ガルさんはキリオの手に握られていた。


『我は主命を受諾した。貴様のために尽力せよという、アキラの命を! 必要性などわからん。何故そうするのかもわからん。だが、我は主命を受諾した。したのだ!』


 全ては、主であるアキラから『そうしてくれ』とお願いされたからだ。

 神喰いの刃ガルザント・ルドラは、どんな状況だろうと主を裏切ることはしない。

 主以外の、全てを裏切ってでも。


『――それがしは、ガルさんに証明するであります』

『何だと?』


『その主命が、全てを助けるためのものであるのだということを、証明します!』

『ならばやってみろ。そのために、幾らでも俺様を使うがいい!』


 魔力念話にて、かりそめながらも契約は交わされた。


「テメェ、ガルザント・ルドラ! アキラを裏切りやがッタカ!」

『たわけが。この俺様が、我が主を裏切るワケがなかろうが。おたんこなすめ!』

「うるセェナ、一言余計なんダヨ!?」


 騒ぐサイディを、キリオは無視する。

 彼が意識を注ぐのは、白木拵えの日本刀を右手に携えた、長い三つ編みの少女。


「……あなたが私の相手というワケね、『ミスター』」


 銀縁の眼鏡の奥にある瞳は、激しい感情に彩られ、炎のように光が滾っている。

 ギラギラとしたその眼光を受け止めて、キリオは鷹揚にうなずく。


「久しぶりでありますな、貴殿とこうして相対するのも」

「久しぶり? 何が? あなたと会うのは初めてよ?」


「いいや、初めてではない。我が後継、二代目聖騎士長エンジュ・レフィードよ」

「その、称号……」


 キリオが口にした役職名に、エンジュが小さな驚きを見せる。

 異世界にて、キリオは聖騎士長という肩書きを有していた。


 しかし老齢であったため、本来の予定では数か月後に後任に引き継ぐはずだった。

 それがエンジュだ。

 エンジュはラララの娘で、タイジュの次の『剣聖』で、キリオの後釜だった。


「今の貴殿の認識では、前任は『あのキリオ』なのだろうがな」

「そうね。そうよ。私の前の聖騎士長は『キリオ』伯父様よ。あなたじゃない」

「その『キリオ』が、それがしの名でありますよ。エンジュ」


 次の瞬間、エンジュの姿がフッと消える。

 そして全方位よりキリオの全身を襲う、何十にも及ぶ強烈な斬撃。


「無駄でありますよ」


 キリオは腰を落とし、足を踏ん張らせた。

 斬撃の嵐が巻き起こす余波に、彼が羽織るマントが揺れる。だが、それだけだ。


「――硬い」


 エンジュが、姿を現した。キリオの右側面。

 両手に『矛洛雲(ムラクモ)』を握って、キリオの防御力に顔をしかめている。


「瞬飛剣でありますか。さすがは『剣聖』、大した鋭さでありますな」


 軽口や世辞などではない。キリオが語っているのは、ただの事実。

 エンジュ・レフィードは『連理の剣聖』と呼ばれた父母から剣を学んでいる。


 結果、彼女は六種の魔剣術全てを極め、正しき『剣聖』となった。

 その異名たる『真一剣聖(ジュワユーズ)』は、そういった経緯を由来としていた。

 エンジュの剣は、ラララの鋭さとタイジュの硬さを両方有しているのだ。


「なるほど、言うだけはあるようね」


 エンジュは、キリオの防御力を素直に認めた。

 キリオは知っている。エンジュは油断しない。彼女の持ち味はその冷静さにある。


 エンジュ・レフィードは取り乱さない。

 状況を正しく把握し、分析し、その上で自分ができることを考える。そして、


「……でも、問題ない。聞こえるわ。『剣の声』が」


 その呟きに、サイディがニヤリと笑う。


「次はそれがしの番でありますよ。――ガルさんッ!」

『応よ!』


 キリオが、ガルさんの力を借りて身体能力を増強する。

 そして駆け出したその速度は、今のエンジュの瞬飛剣にも劣らないものである。


 対して、エンジュは動かない。

 自身のムラクモを前に構えたまま、微動だにせずキリオの攻撃に身を晒す。


「おおおおおォ!」


 繰り出される、黒い剣鉈による斬撃。

 しかしエンジュの体がふわりと揺れて、キリオの一閃をギリギリのところで回避。


 それがずっと続いた。

 彼女は、一歩たりとも動いていない。ただ体を揺らす。

 それだけでキリオが見せる攻撃は全て、何もかもかわされてしまう。


 別に、エンジュは防御用の魔剣術である金剛剣も用いていない。

 ただ見切っているだけだ。キリオの攻撃を、その起こりから見極め、避けている。


「くっはぁ~、本当に久々でありますな、この感覚!」


 攻撃の最中に、キリオがそんなことを言い出す。

 彼にとってエンジュと立ち合ったときに覚えるこの徒労感は、未知ではなかった。


 帝国に仕える者として、エンジュとキリオは幾度となく模擬戦を行なっている。

 その内容が、今まさに再演されつつある。


 エンジュはキリオを傷つけられず、キリオはエンジュに当てられない。

 毎回そうやって時間だけが過ぎていき、模擬戦は引き分けに終わる。


「本当に懐かしい! 貴殿は覚えておるまいか、エンジュよ!」

「何を、ワケのわからないことを」


 エンジュが握るムラクモに、一際強い魔力が走る。斬象剣を使おうとしている。

 それを見て、ラララが騒ぎ出した。


「そう、そうよ、エンジュ! その滑らかな魔力の流し方、惚れ惚れしちゃうわ!」

「おまえはどっちの味方でありますか、バカ親バカッ!」

「このラララは兄クンの味方だけど、エンジュの母親だからね。仕方がないね!」


 ギャーギャー騒ぐ兄妹を前に、エンジュの目つきに険しさが増す。


「戦いのさなかに、よそ見をしないで。不愉快だわ」

「おっと」


 だが、繰り出されたエンジュ斬象剣も、キリオの構えた盾によって阻まれる。


「これも通じないのね」

「そりゃ、これがそれがしのウリでありますゆえ。……ガルさん!」


 キリオの足元からいきなり影が伸びて、エンジュめがけて襲いかかる。

 それを、だが彼女はすでに察していたようで、サラリと脇に避けた。


「不意打ちのつもり? だったら、お粗末の一言に尽きるわね」

「それがし、攻撃自体はそう得意ではありませんからな」


 キリオはガルさんを構えたまま、そう苦笑する。


「いくさの折には貴殿が攻撃を担当し、それがしが壁役を担当していた。その役割分担で、帝国聖騎士団は勝利を重ねていったのでありますよ。貴殿は覚えていまいが」

「覚えているわ。壁役を担ったのはあなたじゃなくて伯父様だけど」


「それがしのことでありますな!」

「――いちいち、癇に障る」

「Hey、エンジュ! ザコのたわごとにいちいち乗せられてンジャネェ!」


 サイディの怒鳴り声が響き、エンジュがその身をビクリと震わせる。


「……はい、ママ。わかってるわ」


 答える前にエンジュが見せた一瞬の顔の引きつりを、キリオは見逃さなかった。


「随分と、怖いママのようでありますな、エンジュ」


 彼は言うが、エンジュはタイジュばりの無表情を作って、首を横に振る。


「うるさい。もう、話すことはないわ、『ミスター』。私はあなたを斬――」

「サイディィィィィィィィィィィィィィィィ――――ッ!」


 しかし、言いかけたエンジュの言葉は、ラララの怒声によって塗り潰された。


「何だ、今のは? 何だよ、おまえ! 何で今、エンジュが怖がった! サイディ・ブラウン! おまえは私の娘にどんな仕打ちをしやがったァ――――ッ!」


 修羅。

 まさにそう表す以外にない、ラララの激昂。憤怒の雄叫び。


「ラララさん、待ってください。お、抑えて……」


 サティが、何とかラララをその場に圧し留めようとする。

 しかし、完全に火がついたラララは、その手に『士烙草(シラクサ)』を具現化させる。


「殺してやる。サイディ・ブラウン」


 完全に、ラララの目がキマっている。

 戦っている最中ではあるが、キリオは頭を抱えたくなった。


「本当に、何というか……」


 いや、気持ちはわかる。気持ちはわかるのだ。が、頭に血が上りすぎている。

 あんな状態では、サイディと戦うという目的は達成できても、勝てるかどうか。


「フン、まだ戦いが終わってネェノニ、カ? 無粋ダナ、ラララヨォ!」


 そう言いながらも、サイディも己の異面体を再び具現化させて、ラララを笑う。


「やっぱりテメェは『剣士』じゃネェナァ!」

「そういうおまえは、母親じゃない」


「母親サ、この世界でオンリーワンノ、エンジュのママダゼ!」

「エンジュの母親は、私だッ!」


 エンジュとキリオをよそに、ヒートアップする一方のラララとサイディ。

 これには、マリエもどうすればいいかわからないという顔をしている。


「な、何で……?」


 そしてエンジュは、ラララの方を見て呆気に取られている。


「どうしてあの女があそこまで怒るの……。こんな些細なことで……」

「本当にわからんでありますか、エンジュ」


 頬に汗を伝わせている彼女に、キリオは刃を下げて声をかける。

 キリオには子供がいない。だからラララの激情の全てを理解することはできない。


 彼自身、エンジュと同じで『こんな些細なことで』と感じてはいる。

 が、その『些細なこと』に怒りを燃やし、心を爆ぜさすのが『母親』なのだろう。

 今のラララならば、それはなおさらだ。


「ただ、こりゃちょいとマズいでありますな……」


 キリオが最初に出張ったのは、ラララが動揺から脱する時間を稼ぐためだ。

 が、サイディが彼女の逆鱗に触れたことで、もう冷静どころの話ではなくなった。


 このままではラララとサイディの戦いが始まってしまう。

 だが、それは大丈夫なのか。サイディもまた『剣聖』。生半可な相手ではない。

 完全に冷静さを失ってしまっている今のラララに勝つことはできるのか。


 そんなキリオの危惧は、しかし、杞憂に終わることとなる。

 ラララがサイディに勝つから。ではない。


「……む、ぅ?」


 急に、辺り一帯の気温が高まって、暑くなり始めた。

 明らかに肌で感じられる熱の上昇は、通常ではあり得ない現象。今は冬だ。


 一体何がと思って、キリオが空を見上げる。

 すると、青い空の上に太陽が二つ、輝いているのが見えた。


 ――太陽が、二つ?


「……太陽、まさか!?」


 キリオの背筋を、冷たい戦慄が走り抜ける。

 そして、それを裏付けるかのように、鼻先に香ってくる気持ちのいい温かい匂い。

 太陽の匂いだ。


「『燦天燦(サンテンサン)』」


 甲高い子供の声で告げられたその名と共に、場を、白い光が満たした。

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