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【連載版】出戻り転生傭兵の俺のモットーは『やられたらやり返しすぎる』です  作者: 楽市
第十三章 怒りと赦しのジャッジメント・デイ

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第302話 自然公園の戦い/彼らが託されたもの

 宙船坂家がある住宅地から、歩いて十五分ほど。

 そこに、市内でも割と知られた市民の憩いの場である自然公園が存在している。


 今、その公園内にある原っぱが広範囲で『異階化』した。

 近くにあった木に金属符を貼りつけたのは、女刑事の菅谷真理恵。


 ――マリエ・ララーニァだった。


「これで、邪魔は入らないわ」


 木の幹に手をついた彼女が見る先に、三人の人物がいる。

 彼女と、彼女と、彼は、全員が揃ってマリエへと視線を返している。


 彼女――、ラララ・バーンズ。

 その名はマリエも何度も耳にしている。


 バーンズ家の落伍者と呼ばれた、妄想の世界に生きる女。

 マリエから見るとしっかりしているようにも映るが、それとて実態はどうだか。


 次に彼女――、サティアーナ・ミュルレ。

 自分の夫であるキリオの一人目の妻。つまりは前妻。前から話だけは聞いていた。


 彼女は、とても強い妻であったという。

 恐妻というワケではなく、常にキリオに強くあるよう求め、支え続けた女性。


 マリエにとっては尊敬すべき人。偉大なる先輩――、《《だった》》。

 そうだ、過去形だ。全ては過去の話。今となっては尊敬の念は地に墜ちている。


 何故、彼女は、自分と向かい合っているのか。

 何故、彼女は、当たり前のように『彼』の隣に立っているのか。


 サティの隣にいる『彼』。

 自分達と敵対する『Em』という組織のリーダーである『ミスター』。


 ただの学生にしか見えないその少年は、サティと共に『Em』を指揮していた。

 アキラやヒナタ達がその企みに巻き込まれ、ミフユまでもが襲われたという。


 バーンズ家の『Em』に対する仕返しに、マリエも参加していた。

 そこで、自分は昨晩、雨が降るビルの屋上で、この少年と遭遇している。


 《《初めて見る顔なのに》》、《《何故か馴れ馴れしく話しかけてきた》》。

 その出来事が、どういうわけか強く印象づいている。

 きっと自分の『ミスター』に対する敵愾心の表れだろうと彼女は解釈している。


 この『ミスター』は、あろうことか『キリオ』の名を騙った。

 それだけで、マリエにとっては敵意を抱くのに十分な理由となるのだ。


 彼女にとって『キリオ』の名は特別だ。

 異世界でたった一人、全てを捧げてもいいと思えるほどに愛した、自分の夫。

 未熟な小娘でしかなかった自分に幸福の意味を教えてくれた人。


 マリエはキリオを愛している。

 その事実は、世界を越えたこの日本でも、何ら変わることはない。


 キリオ・バーンズは、マリエ・ララーニァにとって命にも等しい価値を持つ名前。

 あんな見ず知らずの少年が騙っていい名前ではない。そのはずだ。なのに――、


「サティさん」

「何ですか、マリエさん」


 少年に敵意を向けながらも、マリエが話しかけたのはサティアーナ・ミュルレ。

 マリエには、確かめておくべきことがあった。


「あなたはそこにいる『ミスター』のせいで、死にかけたのではないのですか?」


 昨晩を思い出す。

 屋上に駆けつけたアキラに、キリオは確かにそう言っていた。

 サティは『ミスター』と仲間割れを起こし、殺されかけた。そう言っていた。


「マリエさん……」


 なのに、何故かサティは、マリエに憐れむような目を向ける。

 そのまなざしの意味が、マリエにはわからない。


「何故、そんな目で私を……?」

「マリエさん、あなたはこの方を見ても何も感じませんか? 心は揺れませんか?」


 サティは答えず、代わりに『ミスター』の方へその顔を向ける。

 突然、この人は何を言うのか。それもまた、やはり意味がわからなかった。


「そこにいる少年は『ミスター』でしょう? それがどうしたっていうんですか?」

「やはり、おまえにはそれがしがそう見えるでありますか、マリエ」


 話していたサティではなく『ミスター』の方が、口を開いた。

 唐突に名を呼ばれたことに驚き、それから腹の底で怒りが沸くのを感じる。


「馴れ馴れしく、名前を呼ばないで」

「馴れ馴れしく、名前を呼ぶでありますよ。それがしは、おまえの夫ゆえ」


「私の夫は、キリオ・バーンズただ一人よ」

「それは、それがしの名であります。マリエ」


 話にならない。そう思った。

 頭の中が、全身に怒りの熱が伝わっていくのがわかる。

 ハラワタが煮えくり返るという言葉の意味を、このとき、マリエは初めて知った。


「あの方を侮辱することは許さない」


 そして、彼女は収納空間を開こうとするが――、


「ウェ~イト」


 横から伸びてきた手が、マリエの肩を掴んだ。


「そうムキになるナヨ、マリエ。こいつらハ、ワタシラが仕留めるカラヨ」


 ワイルドな笑みを浮かべて彼女にそう言ったのは、サイディ・ブラウン。

 マリエは一人ではなかった。

 向こうが三人で行動しているように、こっちも三人。サイディとエンジュがいる。


「構エナ、エンジュ。出番ダゼ」

「はい、ママ」

「エンジュ……」


 長い三つ編みを揺らしながら歩み出るエンジュを前に、ラララがその名を呟く。

 マリエには、一瞬で厳しさを増したラララの表情が印象的だった。


 それはまるで、娘を案じる母親のような――。

 だが、それこそがラララという女が抱く母親幻想の証なのだと、キリオは語った。


 異世界での彼女のことを、マリエはあまり知らない。

 自分がキリオに嫁いだときには、すでにラララは壊れ果て、幽閉されていた。


「ようやく追いついた、ラララ・バーンズ。パパを、返してもらうわ!」

「……ハハ、やっぱキツいなー。実の娘にこうまで敵視されると」

「ありもしない妄想を語るのはやめて、鳥肌が立つわ」


 だがエンジュの態度を見るに、ラララは今も変わらず妄想に囚われているのか。

 マリエには彼女がエンジュを見る目は母が娘に向けるそれにしか見えないのだが。


「HAHAHAHA、テメェとのくだらネェ因縁モ、ココでピリオドダゼ、ラララ」

「サイディ、このラララはタイジュからこう言われているよ」

「アァン?」


 手に自身の異面体である『牙煉屠(ガレント)』を出現させたサイディが眉を上げる。

 同じく、異面体『士烙草(シラクサ)』を展開したラララが、極上の笑顔で言った。


「君を、八つ裂きの八つ裂きの八つ裂きにしてくれ、だってさ」

「な、そ、そんなこと、パパが言うワケない!」

「言ったさ。言ったんだよ、エンジュ。君のパパはこのラララに、そう言ったのさ」


 ギョッとなってから怒りをあらわにするエンジュへ、彼女は動じずに繰り返した。


「HAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHA!」


 そして、いきなり高笑いを響かせるサイディ。

 ポカンとなるエンジュを脇に置き、彼女は牙の如き八重歯を剥き出しにして笑う。


「テメェなんぞにできるワキャねぇだろうがヨォ、半端モンガ!」


 強烈な圧が、サイディの全身からブチ放たれる。

 それは物理的な衝撃をも発生させ、風となって辺りに吹き荒れる。


「この『帝威剣聖(エクルカリベル)』のワタシト、同じく『真一剣聖(ジュワユーズ)』と呼ばれたワタシの娘が揃ッテテ、テメェに勝機があるとデモ思ってンノカ?」

「――笑えないわねぇ」


 すでに勝ち誇っているサイディに、ラララはミフユのマネをしてそれを言う。


「『ワタシの娘』はさすがに笑えないよ、サイディ。君さ、何ていうか割と恥ずかしいヤツだったんだね。あっちとこっちで性別変わって、脳みそバグっちゃった?」

「テメェ……」


 勝ち誇りから一転、サイディの顔つきが獰猛な獣に似たモノへ変わる。

 そして、エンジュもまた不快そうに顔をしかめている。


「もういいよ、ママ。話すだけ無駄よ。斬ろう」

「君にできるかな、エンジュ」


 ラララはシラクサを肩に担いで、そう言ってエンジュを挑発するのだった。



  ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 裏で必死に打ち合わせ中。


『どうしよう! サイディじゃなくてエンジュが来そうなんだけど、お兄ちゃん!』

『ラララはバカでありますなー。上っ面だけ余裕ぶってこのザマとか……』


 狙いを外してテンパる妹に、兄の感想は非常に辛いものだった。

 そう、ラララは思いっきり狙いを外していた。


 サイディが喧嘩っ早いから、少し挑発すれば出てくると思ってたのになー。

 しかし、先にエンジュがキレてしまった。まずいまずいまずい。


 ラララの目論見としては、ミフユに言われた通りにしようと考えていた。

 即ち、エンジュの前でサイディをブチ負かす。というプランだった。破綻したが。


 自分の目論見の失敗を悟ったラララは、緊急でキリオに魔力念話をかけて、今。

 それまで黙っていたサティが、小さい声ながらも言ってくる。


『もう、エンジュさんと戦うしかないのでは?』

『それだけはイヤァ――――ッ! 私、あの子にだけは刃を向けたくないの!』

『それはわかるでありますがなぁ……』


 じゃあ、どうするってんだよ。

 と、いうのがキリオの率直な感想であった。こっちだってメンタルに来てるのに。


『っつーか、それがしも今、ものすげぇ辛ェ状況でありますが……。マリエェ……』

『乗り越えてください、キリオ様。あなたならできます!』

『ああ、どうしようどうしよう! これ、どうすればいいのよォ~~!』


 沈む兄、支える兄嫁、騒ぐ妹。字余り。


「仕方ねぇであります。これしかないでありますよなぁ……」


 ないかを決意し、キリオが零す。

 彼はその場で異面体『不落戴(フラクタイ)』を展開して、ラララに代わって前に出る。


「エンジュの相手はそれがしがするでありますよ。それ以外ねぇでありましょう?」

「お兄ちゃんッ!」

「ラララさんはあとでお説教です」


 感激して泣きそうになるラララに飛ぶ、笑顔のままでのサティの一言。


「『ミスター』、あなたが、私の相手を?」

「ま、そうなるでありますな。それがしはキリオでありますが」

「ふざけたことを……」


 エンジュが、怒りの矛先をラララからキリオへと変更する。

 そしてその手に、白木拵えの日本刀の形状をした異面体『矛洛雲(ムラクモ)』が顕れる。


「フン、守るだけしかできないガキガ『剣聖』に勝てるモンカヨ」


 自分は異面体を消して、腕組みしたサイディがキリオを鼻で笑う。


「確かに、それがしの異面体は防御一辺倒でありますな」


 しかしそれを一切気にせず、キリオは一度うなずいてから、


「されども守るだけしかできないというのは、誤りでありますな」


 キリオの異面体は自己装着型。

 剣と盾とマントの装備一式が展開されるのが従来の形である。

 しかし、今は何故かマントと左腕の盾のみが顕れて、右手は空っぽのままだ。


「父上殿と母上殿がそれがし達に託してくれたものは道筋だけではない」


 開いた右腕の前に、黒い渦のようなものが出現する。

 それは収納空間の入り口。キリオはそこに右手を突っ込み、何かを引っ張り出す。


「出番でありますぞ――、《《ガルさん》》!」

『応とも、やってやろうではないか! 我が仮の主よッ!』


 キリオが右手に掴むのは、アキラが使っていた漆黒の剣鉈。魔剣のガルさん!


「な、ガ、ガルザント・ルドラだとォ――――ッ!?」


 黒い剣鉈を目の当たりにしたサイディが、驚愕の声をあげる。

 透き通った冬の空の下で、神喰いの刃がその禍々しき漆黒の刀身を晒した。

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