第300話 キリオとサティ、真問真答一対呪:前
お茶を飲んだあとで、通されたのは入り口がふすまの、畳敷きの和室だった。
「ここはねぇ~、アキラが5歳まで使ってた子供部屋なんだよね~」
開いたふすまから部屋を覗いていたキリオ達に、集から衝撃のカミングアウト!
「ぉ、畏れ多い……」
と、ガクガクブルブルなキリオ。
「へぇ~、そうなんだねぇ~、へぇ~!」
と、興味津々瞳キラキラのラララ。
「あ、畳の匂いが……。いい畳を使ってますね」
と、着眼点が一人だけズレているサティ。
「三人で休憩するなら今の方がいいと思うけど」
「いえいえ、こちらで十分であります。ありがたく使わせていただくであります!」
礼を言ってのち、キリオはその場に音漏れ防止の結界を張る。
「……キリオの兄クン?」
その行動の意味がわからず、ラララは兄に意図を問う。
すると、キリオは「ふぅ」と軽く息をつき、妹に頼みごとをしてくる。
「ラララよ、それがしは貴殿に『真問真答一対呪』の行使を求めるであります」
「ちょ……っ」
キリオが口に出した名称に、それを知るラララは軽く絶句する。
「サティ、よいでありますな?」
「先程も申し上げました。私も望むところです、キリオ様」
「ちょっとちょっとちょっと! 二人だけで話を進めないでよッ!?」
確かめるキリオ、応じるサティ、素になって声を裏返すラララ。
「ラララ、様子見はやめであります。まだ時間が残っているうちに、サティへの疑念を晴らしておくでありますよ。今や、我らは各々目標を持つ身でありますから」
「言ってることはわかるけど、キリオお兄ちゃん。『真問真答一対呪』って……」
ラララが顔つきを厳しくして、額に指を当てて悩む。
キリオが口に出した『真問真答一対呪』は、異世界に存在する魔法の一種だ。
ただし、その分類は名称通り『呪い』に属する。
「それが一番、手っ取り早いであります」
キリオの顔は真剣だった。
そして、向かい側に座るサティも、彼の視線を受け止めて嬉しそうに、
「それでこキリオ様です。私は、逃げも隠れもしませんから」
「満面の笑みで声弾ませないでよ……、お義姉ちゃん……」
この二人はこうなったらダメだ。もう、何を言っても自分の意志を曲げない。
経験としてそれを知るラララは諦めの嘆息を漏らし、天井を仰いだ。
「も~、似た者夫婦~!」
「それがしはサティを信じるために疑っているゆえ」
「そうやってまっすぐ来てくれるところが、実にキリオ様ですね」
非常に真っ当な妹の嘆きも、真っ向勝負上等なこの二人には届かないのだった。
観念して、ラララは両手を合わせて、準備を始める。
「一応、説明しておくけど、『真問真答一対呪』は真実をつまびらかにするための簡易儀式呪法よ。対象二人が交互に一問一答を行なって、嘘をつけば呪いによるペナルティが発生する上に、嘘をついた事実は相手にも伝わるからね」
魔剣術の使い手として、兄弟中でも魔法に長けるラララが術式を組み上げていく。
そのさなか、彼女は二人に対して尋ねる。
「――ペナルティは?」
「「死」」
キリオとサティの声は、見事に重なった。
ラララは二度目の嘆息ののち「知ってた……」とだけ呟いた。
そこから、しばしして――、
「OK、呪法術式、構築完了よ」
畳の上に、光の魔法陣が形成されていた。
キリオとサティは一度立ち上がり、魔法陣の上に向かい合って座り直す。
「あんまり時間はかけられないからね。わかってるよね?」
「無論であります」
「ええ。もちろんです」
二人がうなずくのを確認し、ラララもそれに合わせてうなずいた。
「じゃあ、止めるタイミングは私に決めさせてもらうわ。……スタート」
ラララが魔法陣の外から出たと同時、キリオとサティの顔つきが変わる。
にわかにピリッとした空気が流れ、ラララも若干の緊張を覚える。
「先に、それがしから問わせていただくであります」
「どうぞ、キリオ様」
最初の一問はキリオ。一答はサティ。
「何故、おまえは『もう一人のキリオ』に殺されかけたのでありますか。あの男は、おまえが自分を裏切った、と言っていたでありますが……」
これは、今まで確認する機会がなかった疑問だった。
この一件の始まりは、キリオが屋上で『もう一人のキリオ』と遭遇したこと。
そこで『キリオ』はサティの腹に『無力化の魔剣』を突き刺していた。
何故そんな状況になったのか。それを、ここまでキリオ達は確認していなかった。
「『彼』が言っていた通り、私が『彼』を裏切ったのです。より正確に答えるのであれば、私は『彼』ではなくあなたを選んだのです。それが、理由でしょう」
選んだ、とはどういうことか。いぶかしむキリオにサティは説明する。
「少し前に『Em』にサイディ・ブラウンが加入したのです。サイディは『出戻り』しているバーンズ家についての情報を教えてくれました。その中にキリオ様の名もあって、本当に驚きました。だって、私の隣にも『キリオ様』がいたんですから」
「なるほど……」
ペナルティの呪いは発動しない。サティは嘘をついていない。
「私は、いてもたってもいられなくなって、キリオ様のことについて調査を開始したのです。おかげで『キリオ様』から命じられていた『Em』関連の情報の隠蔽を怠ってしまい、スダレお義姉さんに尻尾を掴まれてしまいました……」
「『もう一人のキリオ』は、それを自分への裏切りと見なしたワケでありますな」
「そう、だと思います……」
サティは答えを濁すが、これもペナルティは発動せず。
彼女自身は、今の答えが事実なのだと認識している。それが明らかとなった。
ここで、質問の権利がサティへと移る。
「それでは、私からの質問ですが――」
次の一問はサティ。一答はキリオ。
キリオは若干表情を硬くして、サティからの質問を待ち構えている。
サティが問いを放つ。
「マリエ様を愛していらっしゃいますか?」
「…………うん?」
その質問に、半ば強張りを見せていたキリオの表情から力が抜けてしまう。
ラララから見ると、ちょっとした間抜けヅラ。
一体、この兄はどんな質問が来ると思っていたのか。
今の時点でサティがキリオに聞きそうなことなんて、それしかないだろうに。
「愛していらっしゃいますか?」
「む……」
ド直球なサティの問いかけに、キリオは若干鼻白みつつも、
「うむ、それがしはマリエを愛しているであります。大切な妻であります」
「なるほど」
きっぱりとそれを断言する彼に、サティは真顔で一声。のち、うなずき。
今の返答に対するリアクションは、以上で終了であった。
「それでは続きまして、キリオ様、どうぞ」
「え、あれ? 今ので終わりでありますか……?」
「それが次の質問ですか?」
問い返され、キリオは慌てて「なし! 今のなしであります!」と取り乱す。
ちなみに、ラララ的には今のキリオの返答は0点だ。
男らしさ度100点、女心を理解してない度-100点。合計0点。
一言でもいいからサティへのフォローが入れておけばよかったのになぁ……。
「え~と、それでは……」
次の一問はキリオ。一答はサティ。
何だかキリオの方が狼狽しているようにも見える。たった一問でこのザマ?
サティがどっしり構えているせいもあって、ちょっと滑稽。
しかし、一度咳払いしたのち、やっとキリオの質問。
「先程、サティは『もう一人のキリオ』よりそれがしを選んだと言ったでありますな。何故、それがしを? それがしと『あの男』はどちらもキリオでありますぞ」
なかなかいい着眼点だ、と、ラララは思った。
二人のキリオのうち、サティはどうしてこちらを選んだのか。何が違うのか。
「『彼』にはあって、あなたにはないものが垣間見えたから、でしょうか……」
「それがしにはないもの?」
「『歪み』です」
端的に、サティはそれを告げる。
「『彼』も確かに『キリオ様』でした。でも、何というか、私が知っているキリオ様であると同時に、私が知らないキリオ様であるようにも感じられたのです……」
サティの答えはどこか曖昧だ。自分でも言語化しきれていない。そんな印象。
しかし、嘘は混じっていないようで、呪いは発動しない。
「『Em』を結成後、私は『彼』の傍らでその活動を補佐していました。その中で『彼』は私が知るキリオ様ならしないような判断や行動を、時折見せたのです」
「そこに、おまえはそれがしにはない『歪み』を感じた、と……」
キリオに、サティはしかとうなずいた。
「私からすると『歪み』が感じられないあなたの方こそが『私が知るキリオ様』でした。だから、私は『彼』の指示よりもあなたを調べることを優先してしまった……」
「『歪み』、か。それはおそらく、異世界における晩年のそれがしが抱えていた『歪み』でありましょうな。老いに負けたそれがしの醜さの表れだ……」
表情を曇らせ、キリオは重苦しい声でそれを語った。
そして彼は、先を促す。
「次の質問に行くであります、サティ」
「はい、キリオ様」
場の空気が沈んでいる。ラララにはそのように感じられていた。
キリオの表情も硬い。きっと自分以上に、重くなった空気を実感しているはずだ。
だがサティは、そんな空気はものともしない。
「キリオ様は、私のことを愛してくれていらっしゃいますか?」
「え」
一人目の妻から繰り出されるド直球なクエスチョンに、キリオの目が点になる。
魔法陣の外でそれを聞いているラララは思った。
温度差ひっど……。




