第299話 宙船坂集さんがいい人すぎて辛い
目標は、さだまった。
が、それはそれとしてキリオ達は人間であり、人間、動けば腹が減る。
グゥ~~~~。
と、鳴った。
それはもう盛大に、鳴った。鳴り響いた。神様の御前で。鳴ったさ。鳴ったとも!
「ちょっとキリオの兄クン、さすがにこのタイミングでそれはないと思うよ?」
ラララが、息をつきつつキリオをたしなめようとする。
「えっ、いやいや、それがしじゃねーでありますぞッ!?」
キリオは慌てて手を横に振って否定する。
それを見たラララが、次に視線を寄越すのは、サティだ。
「おやおや、そしたらサティの義姉ちゃんかい。全く困ったものだね」
「えっ、あの、私でもありませんけれど……」
控えめではあるが、きっぱりと否を告げるサティ。
そうなると当然、二人のまなざしはラララの方へと向けられるワケで、
「ハァーッハッハッハッハッハァ――――ッ! 何だい二人とも、まさか今のおなかの音がこのラララのものだとでもグゥ~キュルル~グゥ~、キュル~キュルルン!」
ラララが、笑ったままのポーズで固まった。
「…………」
キリオが、そんなラララを無言で見つめている。
「…………」
サティも、キリオの隣で何も言わずにラララを見つめている。
「……ぅ、ぅう、ぐすっ、ひっく、ぅえぇぇん、ぐすん、ぐすんっ」
「ええいッ、何をするでもなくへたり込んでさめざめ泣くのはやめろであります! 一番どうすればいいかわからなくなるヤツでありますからね、それッ!?」
キリオが困ったように声をあげたところで、閉ざされたドアを誰かがノックする。
「あの~……」
『あ、ヤバ、集なのよ!』
「「ヤバッ!」」
キリオとラララが、地面に倒れているアキラとミフユの死体へと目をやる。
「父上殿はそれがしが預かるであります」
「では、ママちゃんはこのラララが預かるよ!」
「早くしてください!」
サティに急かされて、二人は大慌てで死体をそれぞれの収納空間に収納する。
「入りますよ~」
『どうぞなのよ、集~!』
声がして、カディルグナが応じると、ドアが開いて集が顔を出す。
「お昼はみんなどうするか聞いて――、あれ、アキラとミフユちゃんは?」
『あれれ~、おかしいのよ? 会わなかったの~? 先に出てったのよ~?』
「え、そうなんですか……?」
狭い神殿の中を見回す集が、不思議そうに首をかしげる。
キリオとラララはその様子に若干の後ろめたさを感じつつ、神様に同調しておく。
「はいであります! アキラ殿は先程、すでに!」
「うんうん、ミフユちゃんも一緒だったね!」
「何だぁ、久しぶりに一緒にご飯でも、と、思ったんだけどなぁ……」
宙船坂集、ションボリ。
「「う……ッ」」
うなだれる三十路のおっさんを前にして、二人の胸がズキズキ痛む。
「それでは、私達が御一緒させていただいてもよろしいでしょうか?」
「ちょっと? サティ? ちょっと?」
ニコニコ笑顔で厚かましいことを言うサティを、キリオがたしなめようとする。
だが、集は途端に「え、食べていきます?」と嬉しそうな反応を見せる。
「いやぁ、ちょっと一人で食べるには作りすぎちゃって!」
「こちらもおなかがすいていたところでして」
こうして、両者の違いは一致した。
サティが笑顔はそのままに、キリオの方を向いてくる。
「さ、キリオ様。ラララさん」
「思い出したでありますよ、おまえは、押しが強かったでありますからなぁ」
半ば感心、半ば驚きといった表情を浮かべ、キリオはしみじみ呟いた。
隣では、ラララがまた腹を鳴らして、顔を真っ赤にしつつ泣きかけていた。
「貴殿も無言で自己主張するのはやめるでありますよ、ラララ~!」
「だって、だってぇ~!」
こうして、お昼は宙船坂家でごちそうになることになった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
正直な感想を申し上げると、そこそこ美味しかった。
いや、一人暮らしの男性が作った料理としては、相当美味しかったレベルだ。
「「ごちそうさまでした!」」
キリオとラララは手を合わせ、キチンとそう言って食事を終える。
「え、え、も、もうですか……?」
「サティは口が小さいから食べるのが遅いのでありますよねー」
お箸を握りあたふたしてるサティを見て、キリオはちょっとだけほっこりしてる。
「ほ、ほっといてください! よく噛んで食べているだけです!」
叱られてしまったが、彼女のそんな表情を見るのも、キリオとしては喜ばしい。
「いやぁ、結構な量を作ったつもりなんだけど、すっかりなくなっちゃったね」
「このラララもキリオ君も、食べ盛りの育ちざかりだからね!」
「作った方としては、食べきってもらって嬉しいよ。ありがとう」
優しく笑う集に、ラララは不意にハッとした顔を見せる。
「やっぱり、似てるんだね……」
「ん? 誰とかな?」
「おと……、いや、あの、アキラ君」
言い直すラララに、集は「ああ」と納得したように軽くうなずいた。
「それはまぁ、そうだね。僕はあの子のこっちの世界での父親だからね~」
「そっか、集おじさんは『出戻り』について知ってるんだったね」
「元々、僕の家のご先祖様があっちの世界の出身だから」
集がそう言って苦笑する。
その笑顔からして、すでにアキラっぽい。いや、アキラが集っぽいのか。
「しかし、よかったのでありますか?」
「何がかな、ええと、キリオ君」
「はい。それがし、キリオと申しますが……、その、それがしらに助力して」
やや聞きにくそうにしつつも、キリオは集にそれを尋ねる。
彼もまた、ここにいる以上はあの『キリオ』の異能態の影響下にいるはずだ。
「と、言われてもなぁ……。僕はその辺の事情はよくわからないから」
「なるほど、そうでありますな」
考えてみればその通り。集はアキラの父だが、バーンズ家ではない。
いわば関係者ではあるが外部の人間。関わりが小さい以上、影響も小さいのか。
「ただ、ね……」
「何でありましょうか」
「君達がアキラとどういう関係かは知らないけど、君達からはアキラを大切に思っているような雰囲気が感じられるよ。僕にとっては、それだけで十分なんだよね」
「集殿――」
キリオは、集の名を呼んでっきり、何も言えなくなる。
彼もラララも、アキラを大切に思っている。それは間違いない。だが、だが!
脳裏に浮かんだのは、鏡の向こうに遠ざかり、炎に消える二人の背中。
「それがしは……」
「ふぅ、ご、ごちそうさまでした……!」
言いかけるキリオに先んじて、サティがやっと昼食を食べ終わった。
「はぁ、おなかいっぱいです。美味しかったです」
「そう? ならよかった。じゃあ、食後のお茶でも入れてこようか。待ってて」
食器をお盆にのせて、集が台所へと消えていく。
直後、サティはキリオを見て、
「ダメですよ、キリオ様」
「サティ……」
「お義父さんとお義母さんのことを、謝ろうとしていましたよね?」
さすがは妻、見抜いてくる。
「それは、ダメですよ。わかっているはずです。誰が一番悪いのか」
「わかっているであります。それは、わかってはいる」
悪いのは誰か。これほど明白な問いもない。
しかし、それとは別に、やはり罪悪感が募る。それはどうしようもない。
「呑み込んでください、キリオ様。膝は曲げずに、強くお立ちください」
「相変わらず厳しいのだな、サティは」
「私は、あなたを支えると決めた女ですので、甘い顔はそうそう見せられません」
「その言い方、マリエとはまるで正反対であります――、あ……」
フッと笑みを浮かびかけて、キリオは自分の言葉にハッとした。
はずみとはいえ、サティの前でマリエの名を出してしまった。控えてたのに。
チラリと、近くのラララへと目配せする。
「バカ……」
ラララは顔に手を当て、率直に一言、罵倒だけをキリオに送った。
「あ~、デリカシーのないことを言ってしまったであります。すまんであります」
「いいえ、気になさらないでください。マリエ様のお話は、お聞きしたかったので」
「あ、マジでありますか?」
「でも今のは確かにデリカシーに欠けていたのでやっぱりマイナス45点です」
「実はかなり怒ってないかい、サティの義姉ちゃん……」
減点の厳しさから、サティの本気具合を垣間見るラララであった。
「ふむ――」
半減に近い減点をくらったキリオが、何やら考え込んでいる。
四人分のお茶の準備を終えて、集が戻ってきた。
「お茶請けが甘いお菓子しかなくて、ごめんねー」
「本当に気遣いの人だ~」
そんな感想を述べて、ラララもお茶の準備を手伝おうとする。
湯呑にお茶が注がれる音を聞きながら、キリオは顔を上げ、集を見た。
「集殿」
「ん、キリオ君、何かな?」
「このあと、部屋を一つお貸しいただきたいのですが」
いきなりの頼みに、反応を寄越したのは集ではなく、彼を手伝うラララだった。
「キリオの兄クン?」
「今まで、状況に流されてここまで来たでありますが――」
キリオは、ラララの方ではなく、サティだった。
「そろそろ聞くべきことを聞いておくでありますよ、サティ」
声を重くする彼を見返し、サティもそれに応じてうなずく。
「それは、私も望むところです。キリオ様」
視線をぶつけ合う二人の間でかすかながらも緊張感が高まっていく。
「お茶、入ったよ~」
「はいえありますッ!」
「甘いお菓子、楽しみです~」
が、高まった緊張は、集の呼びかけによって三秒ももたず雲散霧消したのだった。




