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【連載版】出戻り転生傭兵の俺のモットーは『やられたらやり返しすぎる』です  作者: 楽市
第十三章 怒りと赦しのジャッジメント・デイ

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第297話 彼は彼を導き、彼女は彼女を導く

 天井を仰いだままの体勢で、アキラは動かない。

 キリオとラララは、それをただ見つめるしかない。サティも同様に。

 ただ、ミフユだけは――、


「アキラ」


 彼に寄り添おうとする。


「……フフッ」


 唐突に、アキラが肩を揺らし、笑った。


「フフフフ、ハハハ、ハハハハハハハハハハ、ハハハハハハハハハ――」


 笑い声が、徐々に大きくなってくる。


「父上殿……?」

「ハハハハハハハハハハ! アハハハハハハハハハハッ! ハッハハハハハハハハハッハハハハハハハハハハ! ヒハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ! ギヒャヒャヒャヒャハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッッ!」


 呼びかけるキリオにも反応せず、アキラは激しく笑うばかりで――、


「力が、渦を……ッ!?」


 ラララが気づく。

 神の前で哄笑を響かせるアキラの足元から、力が立ちのぼり、渦を巻き始める。

 それは、どう見ても異能態の発動の予兆。しかし、


「な、何よ、これ……!?」


 異能態を知るはずのミフユが、まるでそれを初めて見たかのような反応を見せる。

 勘の鋭いラララが、それに気づいた。


「まさか、ママちゃん――」


 アキラの足元から巻き起こる力の渦が、徐々に激しさを増していく。

 通常ならば、そこから黒い火の粉が発生し、彼は己の異能態を発現させる。


 だが、様子が違う。

 発生するのは、黒い火の粉ではない。


「……これはッ」


 顔をガードする腕越しに、キリオがその変化に目を瞠る。

 赤い放電。それが、バチバチと音を立てながら、アキラの全身を取り巻いている。


「《《ああ》》、《《そうかよ》》」


 荒れ狂う力の中心で、アキラが笑いながら何事かを呟いた。


「そうかよ、そういうことかよッ! ――くだらねェマネをしやがって!」


 熱が空気を焼く音がする。

 そして、ようやく表れ始めた黒い火の粉が、赤い放電と混じり合い、せめぎ合う。


「知るか、ボケがァァァァァァァァァァァァ――――ッ!」


 バヅンッ、と、爆音にも似た音がして、皆が見ている前で赤い放電がはじける。

 それっきり、黒い火の粉だけが渦を巻き、アキラの身を包んでいく。


「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァ――――ッ!」


 そして、咆哮と共に、彼の身は異能態のそれへと変わっていく。


「あ、ァ……」


 姿を変える夫を前に、ミフユが、何故か立ち尽くしている。

 そして、自らを『兇貌刹羅(マガツラ・セツラ)』へと変貌させたアキラも、ミフユを見る。


「――ミフユ」


 二人の子供とサティが見ている前で、彼は、妻に向かって手を伸ばす。


「いいな?」

「……ええ、いいわ」


 一転して表情を引き締めるミフユの細い首を、何と、アキラの右手が締め上げる。


「父上殿!?」

「お義父さん、何を!」

「黙ってろ。すぐだ」


 取り乱すキリオとサティに短く言って、次の瞬間――、


「『亡却業火(オーバーブレイズ)』」


 アキラとミフユの二人が、真っ白い炎に包まれる。


「父上殿ォッ!」


 キリオが悲鳴を響かせる。

 アキラが発動させたそれは、存在を焼く炎。

 これに焼き尽くされた者は現実においてその存在を亡却されてしまう。


 燃やされている間に得る苦痛は、世のいかなる拷問よりも激しい。

 だが、自らを焼くアキラも、夫に焼かれるミフユも、声も一つも漏らさない。

 やがて――、


「……ぐッ」


 アキラが小さく唸ると共に純白の炎は爆ぜて、アキラの姿も元に戻る。

 そして、向かい合った彼とミフユは同時にその場に膝をついた。


「父上殿!」

「お母さんッ!」


 見かねたキリオとラララが、それぞれアキラとミフユへと駆け寄る。


「キリオォ!」


 下を向いたまま、アキラがキリオの名を呼んだ。


「は、はい……!」

「俺を殴れ。全力でだ!」

「え……」


 いきなり言われて、キリオも戸惑う。そこにアキラが、再び命じる。


「俺を、殴れ!」

「――わかりましたで、あります!」


 求められるがまま、キリオはアキラの胸ぐらを左手で掴み上げ、右手で殴る。

 思い切り、手加減などなしで、全力で。そうするべきだと思ったから。


「…………ッ」


 アキラは、堪えることもせずに勢いよく床に転げる。

 そのあとで立ち上がって、再び駆け寄るキリオの胸ぐらを両手で掴み、引き寄せ、


「すまん」


 額が触れ合うほどの間近で、彼は涙を溢れさせ、キリオに詫びた。


「父上殿……」


 その涙につられて、キリオも、瞳を潤ませてしまう。

 堪えようとしたのは一瞬で、彼は、そのままアキラに縋った。そして、泣いた。


「父上、……父上!」


 一方で、ミフユもまたラララを抱きしめて、幾度も、幾度も泣いて謝っていた。


「ごめんね、こんなお母さんで、ごめんね……」

「ぉ、お母さん、お母さん……!」


 ラララもキリオと同様に、ミフユを抱きしめながら、泣いていた。

 二人とも、やはり我慢していた。堪えていた。その一部なりともがここで溢れた。

 元の形を取り戻した親子は、束の間、再会の喜びを分かち合っていた。



  ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 再会の抱擁が終わったあとで、待っていたのはお説教だった。


「無茶しすぎであります!」

「仕方ねーだろ、そうしなきゃ戻れなかったんだから!」


 アキラはキリオに言い返すが、自分がした無茶については重々承知していた。


「昨日の夜から今までの自分を『亡却業火』で焼き尽くすとか、あり得ない……」

「仕方がなかったのよ~。許しなさいよ~。許してよ~」


 片手で頭を抱えるラララに、ミフユが命令半分、甘え半分な態度を取る。


「けど、実際よ、そうでもしねぇと解除できなかったんだよ」

「あの『キリオ』の異能態の効果でありますか?」

「そうだ。異能態ってヤツはな、基本的に『先手必勝。使ったモノ勝ち』だ」


 ミフユと共に、家族の誰よりも異能態について知るアキラが語る。


「異能態の力は絶対ではないが絶大だ。絶対に限りなく近い。だから使われたら負け。つまり今の状況下においちゃ、あの『キリオ』の一人勝ち状態だ」

「し、しかしお二人は今はこうして、元に――」

「ここから一歩外に出れば、戻るわ」


 ミフユが、絶望的な一言でキリオを遮った。

 それにアキラが、悔しそうにガリガリと髪を掻いて、同調する。


「72時間展開しっぱなしな常時発動(パッシブ)の異能態だからな。……厄介すぎるぜ」

「それは、一体どういうことでありますか?」

「異能態は『先手必勝』だが、同時に『後手必勝』でもあるんだよ」


 彼は、尋ねるキリオにそんな意味不明な返答を寄越す。


「絶対的な効果を持つ異能態だが、仮にそれを生き延びた場合、あとから異能態を使ってその効果を上書きすることができる。今の俺や、ミフユのようにな」

「それは――、ま、さか……!」


 アキラの説明に気づくものがあって、キリオはハッとする。


「そうだ、キリオ。おまえが考えている通り、このルールで最強なのは常時発動型の能力。あの『キリオ』が今展開している異能態こそが、それだ」

「ああ、そうか。発動時間に制限がある能力だと、たとえ一時的に効果を上書きできても、発動時間が終了してしまえば、またあとから上書きされてしまうんだね」


 アキラの説明を、ラララが引き継ぐ。


「この場は、カディルグナの力が強く働いてることもあって、俺とミフユは『キリオ』の能力の支配を脱している。だが、外に出れば元の木阿弥だ。俺達はここでのことを全て忘れ、またおまえ達を敵と認識するだろう」

「それほど『キリオ』の異能態の支配力が強いということでもありますな」

「そうだ。今の宙色や天月は、野郎に都合のいい現実がまかり通る場と化している」


 発動することで場に絶対的な影響を及ぼせるのが異能態の特徴。

 ならば、常時発動しっぱなしの異能態は、まさしく最強にして無敵ということだ。


「何という、ことでしょう……」


 サティが顔を青ざめさせて、声をかすれさせる。

 改めて、今という絶望的すぎる状況に、彼女はおののいているようだった。


「しかもよ、あの『キリオ』の野郎、随分と念入りに仕掛けてやがったぜ。俺やミフユが異能態を使えないよう、それに関する記憶にロックをかけてやがった」

「やっぱり……」


 ラララがあごに手を当てて納得する。

 ミフユが見せた反応から、そうなんじゃないかと彼女も推測を立てていた。


「それでも、異能態そのものを封じることまではできない。俺は、自分に対する『怒り』からそれを使うことができたが、それがなけりゃ、どうしようもなかったぜ」

「何とも恐ろしい……」


 キリオも背筋にうすら寒いものを感じる。

 アキラの言葉通りなら、他に『真念』に至ったタクマ達も、それを忘れている。

 常時発動型の異能態に対して、アキラ以外は異能態で対抗できない。


「だからよ、キリオ、ラララ」


 アキラが自分の二人の子供に向かって、告げる。


「今から俺とミフユが、この状況を打破する手段を教える。よく聞け」

「ラララ、あんたはエンジュを取り戻すんでしょ。そのために必要なことは一つよ」


 アキラがキリオに、ミフユがラララに、それぞれ達するべき目標を提示する。

 まずは、ミフユがラララにそれを伝えた。


「サイディに勝ちなさい、ラララ」

「……勝つ? それが、私がやらなきゃいけないこと、なの?」

「ええ、そうよ。わたしの中にある記憶だと……、って、ああもう、うざったい」


 ミフユが辛そうに顔を歪めて、かぶりを振る。


「気持ち悪いわね。自分の中に二つの記憶があるっていうのは……」

「お母さん――」

「大丈夫よ、気にしないで。それよりも、わたしの、そしてみんなの記憶の話よ」


 詳しく、ミフユがそれを語り始める。


「改変された記憶だと、ラララは一回もサイディに勝ててないのよ。ずっと負け通し。だから、わたしも、そして他の子達も、もうそれが『常識』になってるのよ」

「わたしはサイディに勝てない。その『常識』を覆せっていうのね?」

「そうよ。まずは他の子に、そして何よりエンジュに『この記憶は間違ってるんだ』ってことを叩きつけるの。それがあんたがするべき第一歩」


 エンジュは『キリオ』の異能態の効果に先んじて、何らかの洗脳を受けている。

 それを打ち破るための第一条件を、ミフユは提示したのだった。


「『常識』を壊されるっていうのはね、価値観を揺さぶられるってことなの。それは精神にダイレクトにショックを与えるわ。あんたはサイディに勝って、その事実をもでエンジュの心を殴りつけてやりなさい。そして、あの子の目を覚まさせなさい」

「わかったよ、お母さん。絶対に勝つよ、私」


 神妙な面持ちで、ラララがうなずく。

 サイディに『剣』で勝つ。単純にして明快な、ラララの行動目標である。


「キリオ」


 そして次は、アキラ。

 彼はキリオを真っすぐに見据えている。キリオも、父の言葉を待つ。


「おまえがやるべきことは、ラララよりももっと単純で、そして難易度が高い」

「何と、父上殿、それは一体……」


 驚くキリオに向けて、アキラは彼が達するべき目標を一言で表した。


「『真念』に至れ、キリオ」

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