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【連載版】出戻り転生傭兵の俺のモットーは『やられたらやり返しすぎる』です  作者: 楽市
第十三章 怒りと赦しのジャッジメント・デイ

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第295話 彼と彼女を導くものは

 八重垣探偵事務所。

 サイディ達がいなくなり、事務所に残っているのはキリオとスダレだけだ。


「ねぇ~え、おキリ君」


 椅子の上でエナジードリンクをかっくらったスダレが、キリオに声をかける。


「何ですかな、姉上」

「何でぇ~、おキリ君はぁ~、一緒に行かないのぉ~?」


 それは、単なる疑問。純粋な興味。知りたがりのスダレのクセのようなものだ。


「ふむ? 何か、おかしいところでも?」

「ん~、ウチが知ってるおキリ君ってぇ~、自分から前に出る人ってイメージ~」

「ハハハハハ、無体を仰られる」


 キリオはそう笑って、また紅茶を一口。


「異世界ではそうでありましたでしょうが、今の私を見ていただきたい。老いさらばえた72の凡骨に、自ら前に出ていく気力など残っておりませぬよ」

「あははぁ~、それはそっかぁ~。お体お大事にねぇ~」


「世界が変わったとはいえ、姉上の若さを羨ましく感じます。浅ましいことですが」

「そんなことないよぉ~。敬老精神は大事ぃ~」

「それを姉から言われる身にもなっていただきたいものですな」


 それから、しばし話をして、キリオは事務所を出ていった。

 直後、スダレは自らの領域である『スダレの御部屋』を展開する。


「ふみゅ~ん。なぁ~んかなぁ~」


 一人、真っ白い空間の中で、彼女は唸った。

 この妙な感覚は、一体何なのだろう。

 今さっきまで話していた相手。それは間違いなくキリオ・バーンズであるはずだ。


 と、スダレ自身の記憶がそれを証明している。

 しかし、スダレは知っている。記憶は、確かなようで確かでないものの代表格だ。


 彼女が感じている違和感は、ほんの小さなもの。

 指先に刺さった毛よりも細いトゲ程度の、本当に些細なモノでしかない。


「少しの間は様子見、かなぁ~……」


 違和感ゆえに、今のスダレはキリオを100%信じていない。

 しかし、違和感の小ささゆえに、今のスダレはキリオを1%も疑っていない。


 99%は100%に近いが100%でなく、だが、100%に極めて近い。

 それが、スダレ・バーンズの現状。

 異能態による現実改変の影響はやはり強いが、それでもスダレはスダレである。


 この違和感を見逃すべきではない。

 その考えに基づいて、実は彼女は先程も策を弄した。


 もう一人の『キリオ』の居場所について、少しだけ嘘を混ぜ込んでおいた。

 サイディ達には、あの『キリオ』達は天月に向かっていると知らせておいた。


 それが嘘。真っ赤な嘘。

 ラララと『キリオ』は、宙色の方に向かっている。


 これで、多少の時間は稼げるだろう。

 とはいえ、スダレはキリオの邪魔をするつもりなど毛頭ない。


 依然、彼女の中では『キリオ』=『ミスター』という認識が働いている。

 だがそれを鵜呑みにすると生じる1%の疑念。それをどうにか晴らしておきたい。


 こういう、自分だけでは集めきれない情報が相手の場合、頼る先は決まっている。

 スダレは現実空間に戻って、スマホで電話をかける。


「――あ、もしもし、おシイちゃん?」


 かけた先は、シイナだった。



  ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 午前10時半。残り時間、およそ61時間。

 キリオ達三人は、時間はかかったが何とかメモの住所近くにまで来ていた。


「やっと着いたね……」


 歩き疲れた、という感じでラララがくたびれ声を出して肩を落とす。

 いつ家族と遭遇するかわからない緊張感のもと、何とかここまでやってきた。


 飛翔の魔法など使えば一発でバレる。

 だから慎重に慎重に、常に周囲を警戒しつつ、公共機関と徒歩で何とか、だ。


「キリオ様……」

「それがしは大丈夫であります。おまえはどうでありますか、サティ」

「私も、大丈夫です」


 二人、手を繋いで、支え合うようにして並んで歩いている。

 それを見て、ラララが唇を尖らせる。


「いいなぁ~、このラララもタイジュと手を繋いで歩きたいなぁ~」

「無茶言うなであります……」


 ボヤくラララに、キリオは眉間にしわを集める。

 二人に会話を、サティが見守りながら微笑んでいる。


「懐かしいですね。キリオ様。日の下で、こうしてあなたと歩くのも」

「……言われてみれば、そうでありますな」

「森の国でのことを思い出します」


 しんみりした調子で言うサティに、キリオもまた同じくその景色を思い起こす。

 彼がサティアーナ・ミュルレと出会ったのは、まだ二十歳になる前。


 父アキラの傭兵団で、傭兵として働いていたときのことだ。

 その頃、規模を大きくした傭兵団は幾つかのグループに分かれ各地で戦っていた。

 若きキリオが参加していたのも、そんなグループのうちの一つ。


 エルフと呼ばれる異種族が住まう、国土の七割を森林が占める森の国。

 そこに異常発生したモンスターの群れの討伐が依頼内容だった。


 到着し、案内された先の村。

 そこにあった、村で唯一の宿屋の娘が、サティアーナ・ミュルレだった。


 森の国でも数少ない人間の家族。

 その一員であったサティは、出会った当時、キリオと同い年だった。


 エルフばかりの村の中、同じ人間で、同じ年齢。

 キリオとサティはあっという間に意気投合して仲良くなった。


 顔見知りから友人へ。

 友人から、その先の関係へ。ステップアップは、割と早め。

 モンスター討伐が、そこそこ長期の仕事になったのも仲が深まった要因だ。


 ああ、今でもはっきり覚えている。

 キリオにとっては、忘れようにも忘れられない、輝ける日々だった。


「サティは、今よりずっとじゃじゃ馬でありましたな」

「ひどいですね。キリオ様こそ、今よりずっと子供だったじゃありませんか」

「お互い様でありますな」


 言って、返され、キリオは笑う。サティも笑う。互いに見慣れた笑顔が心地よい。

 そこへラララから、魔力念話による秘密の通信。


『今のところ、怪しい様子は見られないね』

『……で、ありますな』


 返すキリオの声は、若干硬い。ラララがまっすぐに尋ねてくる。


『やっぱり、疑いたくないかい?』

『そりゃ、当たり前であります。が、疑わんワケにはいかんであります』

『そういうことだね』


 サティは、マリクの質問に対し『もう一人のキリオ』の正体を知らないと言った。

 しかし、それを鵜呑みにするほど、キリオもラララも単純ではない。


 特にキリオは、異世界では聖騎士長という立場にあった。

 真っすぐに人を信じることの美しさと愚かさは、よく知っている。


 サティは『Em』でNO.2の『ミセス』という立場にあった女性だ。

 それがこうして、今は何の因果か、敵対していたバーンズ家のキリオと共にいる。


 疑わない理由など、どこにあるのか。

 キリオが聞きたいくらいだ。


『あんな再会でなければ、こんな疑念も抱えずに済むんでありますがなぁ……』

『『無力化の魔剣』の効果は、本物だったんだろ?』

『それは、ヒメノの姉貴殿が診たから間違いないでありますな』


 今のサティは、魔法も異面体も使えない、ただの成人女性でしかない。

 それでも彼女はキリオのそばにいることを望み、ラララもそれを後押しした。


『ケントの義兄(アニ)クンの言葉を考えると、ね……』

『サティが真に『守るべきもの』か否か、見極めろ。そういう意味でありますな』


 かつて誰よりも愛した妻を疑う。それは、とても心苦しいことだ。

 しかし、何も疑わずに彼女を受け入れるのは、それこそ愚の骨頂というもの。

 信じたい気持ちと疑わしさが、キリオの中でせめぎ合っている。


『それがしは、サティを信じるために疑うのであります』

『わかってるさ。このラララだって同じだよ。あの人は義姉(アネ)ちゃんなんだから』


 ラララも、素直に己の心情を吐露する。

 やがて、目的の家が見えてくる。二階建ての木造建築。とても昭和な風情の家だ。


「ここでありますな」


 キリオが玄関の前に立って、ラララとサティに目配せする。

 二人がそれぞれうなずくのを見て、キリオはチャイムを押した。音が鳴り響く。

 少し待っていると、中から人の足音が聞こえる。


「は~い、どちら様ですか~?」


 ドアを開け、顔を出したのはどこにでもいるような、でも人のよさそうな男。

 その顔に、キリオとラララは自分達の父親の面影を見る。


「えっと……」


 言うべき言葉は頭の中に用意していたが、その男の顔を見て消し飛んでしまった。

 自分達を不思議そうに眺めている男に、キリオは思いついて封筒を差し出す。


「こ、これを……!」

「ん~? え~っと……」


 男は不思議そうに首をかしげながら、封筒を受け取り、中身を取り出す。

 入っていたのは折りたたまれた便せん。枚数は一枚。


「ああ、なるほど、君達が――」


 手紙を読み進めた男は、手紙とキリオ達を交互に見て、納得したように呟く。


「そ、それがし達をご存じで……?」

「うん。とりあえず中にどうぞ。……ああ、僕が宙船坂集(そらふねざか つどう)だよ」


 やはり、そうだったか。と、キリオもラララも声もなしに唸る。

 宙船坂集。

 この世界における、アキラ・バーンズの実父。あの美沙子の、元夫である。


 ケントは、この人のところに行けにキリオ達に助言した。

 そこに、自分とラララのこれからについて導いてくれる人間がいるから、と。

 彼が、集が、自分達を導いてくれる人物なのだろうか……?


「ちょうどいいタイミングだったね。ついさっき、二人とも来たところだよ」


 ――二人とも?


 激しい緊張の中に疑問を覚えつつ、キリオは集についていく。

 そして通された居間で、キリオ達は自分を待ち構えていた二人と顔を合わせる。


「よぉ」

「来たわね」


 アキラと、ミフユだった。

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