第293話 タイムリミットは72時間
今にも膝をつきそうなキリオの前に立って、ケントは高らかに叫ぶ。
「情けねぇなァ、オイ! アキラ・バーンズともあろう者がよ!」
「ケント、どういうつもりだ、おまえ……」
アキラは、険しい表情を崩さぬままに、ケントに向かって低く問いかける。
「どうもこうもねぇだろうがよ、団長。あんたは本ッ当に――」
これ見よがしに深々とため息をつくケント。
そして、彼は『戟天狼』を展開し、アキラを指さす。
「今のあんたは見てられねぇよ、団長。17歳のときのあんたを思い出すよ」
「何ィ、17歳、だぁ……?」
ピクリと、アキラが小さく反応を示す。
ミフユやシンラ達は、ケントの乱入とラララ達の警戒に、動けずにいるようだ。
そんな中で、ケントはアキラに対して無遠慮に畳みかけていく。
「忘れたとは言わせないぜ、森での一件。あんたのせいで俺、喰われかけたよな?」
「…………」
朗々と語るケントを、アキラは押し黙ったまま睨んでいる。
ケントは肩をすくめて、素早く周囲に視線をやった。
「団長、今のあんたは父親失格だ。自分のパパにでも頼って、父親学び直せよ」
「おまえ――」
「ラララ、タイジュ、逃げんぞ!」
彼が指示すると、それぞれの剣を構えていたラララとタイジュが同時にうなずく。
だが、そこにミフユが大声で噛みついてくる。
「待ちなさい、ラララ! 《《何であんたがタイジュと一緒にいるの》》!?」
「あ~、やっぱりそういう感じに変わってるんだね~」
ミフユの言葉にラララは苦笑しつつ、次の瞬間には瞬飛剣を発動させて姿を消す。
タイジュは何も言わず、それに続いた。もはやキリオには何が何だかだ。
「お師匠様、一体……」
「今は黙ってろ、ちょっと揺れるぜ!」
ケントが、サティごとキリオを担ぐと、ゲキテンロウの超加速を発動させる。
「ケント!」
「団長、少し、頭冷やしな」
それだけ言い残し、ケントの姿が消える。
今この場に、彼の超加速についていける者はいない。
「おのれ、『ミスター』。よもやケント殿を操るなどと……!」
「みんなで探すわよ。うちの子達まで誑かして、絶対に許さないわ!」
口々に騒ぐ家族の声を聞きながら、アキラは雨が降る空を見上げる。
「…………」
愛用の魔剣を握る手には、強く強く力が込められていた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
気がつけば『竜胆拠』の一室で寝かされていた。
意識を失っていたようで、目が覚めたら天井。
何がどうなったのかと、キリオはベッドの中で軽く考える。
夜の街で家族に追い詰められ、そこにケントとラララ達が助けに来てくれた。
そのあとで――、近くの建物に逃げ込んで、ケントが『竜胆符』を使ったのだ。
「……何が、どうなって?」
キリオには、心底ワケがわからなかった。
現実は、老キリオの異能態によって改変されたのではなかったか。
いや、改変されたはずだ。
マリエの顔が、シンラの声が、アキラの目が、それを自分に証明している。
あの顔、あのまなざし、思い出すだけで心が凍える。
雨に冷えた体ですら今の自分の胸中に比べればまだ熱をたもっていた。
「く……」
心に湧き上がるのは、怒りと恐怖。それが半々。
だが今は、部屋に一人ということもあって、恐怖の方がより優る。
「う、ぅぅう……ッ」
ベッドから身を起こし、部屋の中を見る。
誰もいない。誰もいない。誰もいない。自分一人だ。一人。一人。独り。
「う、ぁぁ……!」
脳裏に次々とよぎっていく、家族達の自分を見る目。敵意に満ちた声。
シンラの、美沙子の、アキラの――、そして、マリエの。マリエの! あ、ああ!
「うあああああああああああああ! ああああああああああああああああああ!」
両手で頭を抱え、半狂乱に陥ったところに、誰かがドアを跳ね開ける。
「キリオ様!」
部屋に飛び込んできたのは、サティだった。
サティアーナ・ミュルレは絶叫するキリオを、ひしと抱きしめて語りかける。
「大丈夫、大丈夫ですから。どうか落ち着いてください、キリオ様……」
「あ、ぁぁ、あ……、サ、サティ……?」
「はい、そうです。私です。あなたに助けていただいたサティです」
キリオの頭を自分の胸に抱え、両腕でしっかりと抱きしめて、サティは呟く。
「キリオ様、また、お会いできるなんて……、助けていただけるなんて……」
「サティ……、おまえは、それがしを……、それがしのことを……?」
うつろな声で呟くキリオを、サティはさらに強く抱きしめる。
そして、漏れ出た声は濡れていて、震えていた。
「もちろん、覚えています。私が、キリオ様のことを忘れるはずがありません」
「うぅ、あ……」
サティが向けてくれる優しい声に、腕から伝わるぬくもりに、キリオは震える。
「助けてくれてありがとうございます、キリオ様」
「サティ……!」
抱きしめられ、耳元でそう言われて、堪えていたものが噴き出しそうになる。
だが、キリオはそれをギリギリのところで踏ん張った。
サティの前で泣くことだけはしない。それは異世界の若き頃に立てた誓いだった。
「変わりませんね、キリオ様……」
彼の意地を感じて、サティは微笑みながら、抱きしめ続けた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
何とか泣かずに済んだ。よかった。頑張った甲斐があった。
「男子たる者、早々涙は見せんであります!」
「本当に意地っ張りな人ですね、あなたは。知っていますけど」
一緒に廊下を歩き、キリオとサティが言葉を交わす。異世界での若き日のように。
「皆様、こちらでお待ちになられています」
「ありがとう、サティ」
サティが案内してくれたのは、会議室。
あの『Em』への仕返しに関する話し合いをした、大きな円卓のある部屋だ。
ドアを開けると、そこには五人いた。
「お師匠様、それに、マリクの兄貴殿……」
いたのは、ケント、マリク、ヒメノ、ラララ、タイジュの五人。
全員が席についていて、ドアが開くなり、キリオの方へと視線を送ってくる。
「う……」
そこに、和らいだ不安が再び増大しかけるが、
「大丈夫なのか、キリオ」
自分を心配してくれるケントのその言葉が、不安を掻き消してくれた。
「お師匠様、助けてくれて感謝するであります」
「礼なんていらねぇよ。おまえのことは団長から頼まれてんだからよ」
「父上殿から……、ぅ……」
急に胸が苦しくなって、キリオは小さく呻く。
「……さすがに、まだダメージは抜けきってないわな。だが今は我慢しろ、キリオ」
「わかっているであります」
「キリオ様……」
サティにいたわってもらい、キリオも席に着く。隣にサティが座る。
「単刀直入に聞くよ。何があったんだい?」
間を置かず、口火を切ったのはマリク。
こういうときは頼りになる次男に、キリオは安堵を覚えつつ、語り始める。
自分達が『Em』の『宮廷』拠点の制圧に出向いたこと。
そこでもう一人の自分と出会ったこと。サティと再会したこと。そして、異能態。
語っている途中、吐き気を催したが、それは強引に飲み下した。が、
「わかった。もういい。それとおまえ、顔色最悪だぜ」
ほぼ語り終えたところで、ケントにそんなことを言われてしまった。
自分でも、声の震えがまるで隠し切れないのが丸わかりだった。何とも情けない。
「……現実改編の異能態、か」
腕を組み、マリクが顔をしかめる。
「なるほどな。それで、タマちゃん達もああなっちまったワケか」
「タマキの姉貴殿が、どうなったと……?」
そういえば、と、キリオは気づく。
ケントとラララは、タマキとヒナタと共に『騎士団』拠点制圧に赴いていたはず。
なのに何故この場にはケントとラララしかいないのか。
「このラララも、キリオの兄クンと同じなのさ」
ラララが、自嘲気味にそんなことを言い出す。
そして彼女が語ったのは、キリオでも胸糞が悪くなるような話だった。
「……エンジュが? それに、サイディ殿が!?」
驚くキリオに、ラララから代わってケントが会話を引き継ぐ。
「エンジュはおそらくは洗脳されているだけ。ラララはタイジュを奪った敵で、自分の母親はサイディ、っていう感じにな。だが問題はそっちじゃなく、タマちゃんだ」
そこまで聞けば、キリオにも容易に想像はついた。
「タマキの姉貴殿とヒナタが、サイディ殿の側についたのでありますね?」
「ああ。今のタマちゃん達の中じゃ、異世界でのエンジュの母親はサイディで、ラララはタイジュとは結ばれずに別れて、独身で生涯を終えたことになってる」
「なるほど、それで……」
ラララとタイジュが一緒にいるところを見てミフユが驚いたのは、それが理由か。
「ハァーッハッハッハッハッハァ――――ッ! …………エンジュゥ」
「よしよし、無理に強がろうとするなって……」
勢いよく笑いはしたものの、速攻で泣きそうになるラララをタイジュが撫でる。
「状況をまとめるよ」
今のところの仕切り役であるマリクが、皆の同意を得て総括に入る。
「今現在は『ミスター』と呼ばれる『もう一人のキリオ』が展開させた異能態によって、現実が改変された状況にある。改変されたのは二つ。一つはぼく達が知る『キリオ』の立場を『もう一人のキリオ』に乗っ取られた。そしてもう一つが、エンジュの母親はサイディで、ラララはタイジュとは別れたことになっている。という点」
こうして聞いてみると、自分のことはまだしも、ラララの方はメチャクチャだ。
サイディは、異世界では男性だったのに、その事実すら変えようとするとは。
「疑問は四つ。一つ、現実改編による『もう一人のキリオ』の最終的な目的は何か? 二つ、ラララの立場を乗っ取ったサイディの目的は何か? 三つ、この現実改編に意味はあるのか? 四つ、現実改編を引き起こした『もう一人のキリオ』は何者か?」
マリクがそこまで言ったところで、キリオを除く全員の視線が一方に集中する。
その先にいたのは、サティだった。
「まず確認だ、サティ。君が『ミセス』なんだね?」
「はい、マリクお義兄様。私が『キリオ様』と行動を共にしていた『ミセス』です」
「な……」
それを聞かされて、キリオは驚くが、状況を考えればそれ以外にはあり得ない。
今さらそこに気づいて、キリオは自分がどれだけ疲れていたか自覚する。
「ぼくが今挙げた四つの疑問のうち、幾つかは答えられるよね、サティ?」
「はい、もちろんお答えいたします」
サティが、覚悟を湛えた瞳でコクリとうなずく。
「じゃあまず、あの『キリオ』は何者だい?」
「わかりません」
サティは正直に、そう告げた。
「あの方は、宙色市内でOLをしていた私の前に突然現れたのです。そして、私に協力を求めてきました。私は一見して、あの方が『キリオ様』であるとわかりました」
そう、そうなのだ。キリオ自身もそれは認めるしかない。
自分と相対した、あの老キリオ。
アレは間違いなく、自分自身だった。キリオ・バーンズだった。ただ――、
「あの『キリオ』は、かつてのそれがしであります」
「キリオ様……?」
いきなり口を開いたキリオに、皆が視線を注ぐ。
「あの男は、こちらで父上殿やお師匠様と出会う前の『己の間違いを認めることができていないそれがし』であります。あの男の目を見て、自己嫌悪に陥りました」
「そう、か。それが違いといえば違い、かもな……」
ケントが腕を組んでうなずき、サティが話を再開する。
「『キリオ様』の目的は、おそらくですがバーンズ家に加わることでしょう。『Em』を失ったあの方は、バーンズ家をその代わりに使うつもりだと思います」
「そんなことのために、かよ……!」
マリクが、軽くブチギレかける。
「サイディさんの目的は、私にはわかりかねます。何がしたいのやら……」
「仕返しでしょうね。俺達への」
断言するタイジュの物言いには、確かな確信の響きがあった。
「俺は、ラララとの『最終決闘』が終わったら一緒に日本を出ないかと、あの人に誘われてました。最終的にそれはポシャりましたが、それが原因でしょう」
「つまり、サイディは自分の目的を台無しにしたラララを逆恨みしている……?」
「おそらくは。短絡的ですからね、あの人」
タイジュの話は、ザイドという人間を知る者からすれば十分説得力があった。
そして、エンジュを持ち出してくるサイディに、キリオも強い嫌悪感を抱く。
「なるほど、『もう一人のキリオ』とサイディの目的はわかった。で――」
マリクがサティに次の質問を飛ばす。
「それを果たすことは、可能なの?」
「どういうことでありますか?」
質問の意図が掴めず、思わずキリオは聞き返してしまう。
「簡単だよ、キリオ。あの『もう一人のキリオ』が使った異能態は、所詮は異能態の能力なんだよ。異面体と同じく『異階』でしか働かないはずのものなんだ」
「あ……」
言われて、キリオは思い出した。
老キリオが異能態を発動させようとしたとき、彼はその手で何かを掲げていた。
「金色の、金属符……」
「それは多分、金属符のオリジナルである『金色符』だね」
「でも、街はそのままだったであります。人だって……」
サティを連れて逃げたキリオは知っている。
自分達がいた『宮廷』拠点の外は、普通だった。どこも『異階』ではなかった。
「天月市全体が『異階化』――、いや、『金色符』だから『絶界』か。そう、街全体が『絶界』に呑み込まれていたらどうかな、キリオ?」
「それは、ですが……、いや……」
キリオも、アキラから『絶界コロシアム』の話は聞いている。
古代文明が作り上げた、世界創世の古代遺物――、『金色符』。
それを使えば、街一つを異空間に変えることも容易い、か。
「ぼくがサティに確認したいのはね、『もう一人のキリオ』が使った異能態の効果は現実世界に及ぶのかどうか。その一点なんだよ。どうなのかな、サティ?」
「はい、マリクお義兄様……」
サティは、しばしの逡巡を見せたのち、きっぱりと言った。
「『キリオ様』の異能態の効果は、現実世界にも影響を及ぼします」
それを聞いた瞬間、キリオは自分の心が真っ暗な闇に覆われていくのを感じた。
自分はもう、バーンズ家のキリオではなくなってしまった、のか。と。
「しかし、猶予はあります」
だが、サティの言葉は終わっていなかった。
「……猶予?」
「はい。あの『キリオ様』の異能態は自らにとって都合のいい現実を作り出すというもので、あの方はそれを『無敵の運命』と呼称していました」
その言葉は、キリオ自身も老キリオの口から聞いていた。覚えている。
「その『無敵の運命』を現実世界に反映させるには、一定の時間経過が必要なのです。その時間が過ぎるまでは、改変が及ぶ範囲は異空間内だけに留まっています」
「その、猶予は……?」
「異能態の能力発動から丸三日――、72時間です」
72時間。
長いようで短くも感じるその時間が、キリオとラララにとっての制限時間だ。
「そうか、わかったよ」
自らが挙げた四つの疑問に、今のところの答えは出た。
すると次はどう動くか、という話になる。
だが、キリオの中にあった絶望感は、今の時点でかなり薄れていた。
アキラ達は『キリオ』側に回ってしまったが、ケント達は自分の側にいてくれる。
それだけで、安心感が全然違う。
ケントだけではない。マリクとヒメノもいてくれるというのなら、なおさらだ。
しかし、そんなキリオの希望は即座に打ち砕かれることとなる。
「キリオ」
ケントが、改まった調子でキリオを呼ぶ。
「はい、お師匠様」
キリオが振り向くと、何故か、ケントは深々と頭を下げてきた。
「すまん。キリオ」
「お、お師匠様……?」
何故、いきなりそんなことを言ってくるのか。
わからずに目を白黒させるキリオに、ケントは重苦しい声で、告げた。
「俺達がしてやれるのは、ここまでだ」




