第30話 宮原浩二の懺悔
これはまさに脅迫。
「誰がかっぱらいやがった! さっさと出てこい、ブチ殺されてぇのか!」
お~、怖い。
声が低くてドスがきいてて迫力満点ですねー。
全ての弔問客を最上の一室に集めて凄んでいるのは宮原浩二――、ではない。
宮原は、ドアの前で客達に睨みを利かせている。
「誰が親父の死体を盗みやがった! 郷塚の家をナメてんのか、あァ!?」
がなり立てているのは、喪主の郷塚健司その人だった。
騒ぎが起きるまでは建前だけでも紳士ぶってたが、こうなりゃ完全にヤクザだな。
銀縁眼鏡に冷たい印象も相まって、インテリヤクザってヤツかねぇ。
「あなた、警察には?」
「バカ言うんじゃねぇ、理恵! 警察への通報なんぞ、それこそ郷塚の家の恥だ!」
オイオイ、死体がなくなったのに警察に連絡しないのかよ。
「どうせ犯人はこの中にいるに決まってる、俺達で調べて犯人をとっ捕まえりゃ、それで終わりだ。オイ、宮原! 芦井さんに連絡入れて、もう少しよこしてもらえ!」
「ヘイ、健司さん。わかりやした!」
指示を受けた宮原が、ドアを背にしたままスマホを手にする。
芦井、か。なるほどね。健司が繋がってる組織は、暴力団の芦井組か。
前にブチ殺した北村理史の組織と取り引きがあった組だ。
名前だけしか知らないが、まぁ、その繋がりが確認できただけでもよし、かね。
「ち、ちょっと、健司さん。お葬式は……?」
集められた弔問客の中の一人が、恐る恐るそれを尋ねてみる。
すると、健司はその客をぎろりと睨みつけて、大きく声を張り上げた。
「できるワケねぇだろうが、こんな状態で! 死体が見つかるまでは延期だ! 犯人は今すぐに名乗り出ろ! さもなきゃ、見つかるまで帰さねぇからなぁ!」
無茶を言い出す健司に、弔問客が一斉にどよめく。
「待ってくださいよ、健司さん! そりゃ困る!」
「そうです、帰ってこれから色々としなきゃいけないことだってあるんですよ!」
「うるせぇ! どいつもこいつもウチに土地借りてる貧乏人の分際で、新しい郷塚の当主の俺にケチつける気か? あぁ? 覚悟できてんだろうなぁ、オイ?」
何人かが抗議を試みるが、健司の迫力に気圧されて完全に押し黙ってしまう。
そこに、コンコンと外から誰かがドアをノックする。
「お父さ~ん、賢人がやっぱりいないんだけど~?」
入ってきたのは、誰かを探しに行ってたらしき娘の小絵だった。
「フン、放っとけ。今はそれどころじゃねぇんだ」
「もぉ~、賢人ったらどこに行ったのよ、こんなにお姉ちゃんを心配させて~!」
賢人、というのはどうやら小絵の弟らしいが、それにしちゃ健司の反応が薄いな。
「あなた、もしかして賢人がやったんじゃ?」
母親の理恵がその可能性について言及するも、
「ハンッ!」
健司がそれを一笑に付すのみ。
「あんなタマナシのガキにこんな大それたコトができるワケねぇだろ。大方、葬式を手伝うのがイヤで逃げ回ってるだけだろう。あんなガキはどうでもいい」
「まぁ、賢人なら逃げるか。もぉ~、そんなところも可愛いんだからぁ~♪」
早々に賢人とやらから興味をなくす健司に、体をくねらせる小絵。
郷塚家も到底、円満なご家庭にゃ見えねぇなぁ。令和の日本はこんなんばっかか。
「健司さぁ~ん! あと数分で組から人が来るそうです!」
「おう、わかった。来たら死体探すように言っとけ」
「ヘイ、もちろんです! ……ところで、トイレ行ってきていいっすかね?」
子分のこの質問に、健司は顔をしかめて強く舌打ちをする。
「わざわざ確認取ろうとすんじゃねぇよ。さっさと行ってこい」
「ヘイ、すぐ戻りやす!」
そそくさと部屋をあとにする宮原。……チャ~ンス!
「あ、あの、あの、おじちゃん!」
俺は健司に近づいて、そう声をかける。
「ん~? おめぇ、金鐘崎のガキか。何だ、こっちゃ忙しいんだが?」
「僕も、おしっこ! おしっこ行きたいです! も、うすぐ漏れそうなの~!」
俺が騒ぐと、健司は宮原のときよりもさらに露骨に不機嫌そうな顔をする。
だが、チラリと周りにまぎれて見事にモブ化しているお袋を見て、
「さっさと行ってこい。だが戻ってこねぇと、ママが大変なことになるぜ?」
「う、うん……」
ククク、見ろ、今の俺の名演っぷりを。
全身の血流を軽く調整して、サァッと顔色を青ざめさせたりしてるぞ。
「行ってくるね、ママ!」
「ママ……」
いや、そこで仰天するのはやめろ、お袋。怪しまれたらどうすんだよォ!
だが何とか無事に部屋の外に出られた俺は、一路宮原のいるトイレへ。
「見つけた~」
俺が入ると、ちょうど宮原がトイレで用を足し終えたところだった。
「ん? てめぇはさっきのガキ……?」
「宮原くぅ~ん、落とし前をつけに来てあげたよォ~?」
俺は金属符を壁に張って、このトイレだけを『異階化』。宮原に笑いかける。
「あ? 落とし前たぁ、どういうことだ、テメェ」
「こういうことだよ」
俺は収納空間から分厚い刃を持つ鉈を取り出した。
「な、は……?」
それを見て、一瞬呆ける宮原。
オイオイ、なってねぇなぁ。もう戦いは始まってんだぜ?
「ウラァ!」
全身を使って、俺は宮原に鉈を投げつける。
鉈は、宮原が一瞬でも反応する前にその右肩に深々と肉を切り裂いた。血が噴く。
「ぎっ……」
自分の右肩に直撃した鉈を見て、宮原の目が大きく見開かれる。
「ぎぃやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!?」
「悲鳴あげてるヒマあったら、さっさと応戦しろや、三下がァァァァァァァ!」
隙だらけの宮原の腹部に、俺は思いっきり飛び蹴りを叩き込んだ。
「ぐっ、げふぅ!?」
なすすべなく、トイレの床に転がる宮原。お~、ばっちぃばっちぃ。
「ぁ、あ。ぁぁ……」
「宮原ァ、俺を蹴ったよな? 何もしてない人間にそういうことするのって、悪いことだよなぁ? そういうコトをしたら仕返しされてるって知ってるよなぁ?」
収納空間から、金属バットを取り出す。
「ひっ……!?」
「仕返しされるようなことしたら何するべきかわかってるか? わかってねぇなら、今この場でてめぇに叩き込んでやるよ。言葉じゃなく、実感って形でなァ!」
俺は金属バットを振り上げ、躊躇なく叩きつけた。
「ぎぎゃあああぁぁぁぁあ! ご、ごめんなさい、ごめんなさいィ!? 俺がわる、わ、悪かったです! 俺が悪かったから、もうやめ、ぐぇっ、がぁぁぁぁぁ!!?」
「許すわけないじゃん? 『一罪一罰、一死一償』! 罰として死ね、宮原君!」
「ぃ、ぃゃだぁぁぁあああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――――ッ!?」
イヤだと叫ぶそのあごに、金属バットで思い切りゴルフスィーング!
パッコォ~ン、ゴキャッ! 超、エキサイティン!
そして俺は、宮原浩二を丁寧に、丹念に、そしてじっくりと撲殺した。
ちょっと金属バットがベッコベコになるまで殴ったけど、些細な問題である。
「ま、おまえは蹴り一発だから、拷問系の仕返しは勘弁してやるよ。その代わり」
俺は笑みを浮かべて、宮原だった肉塊に魔法をかける。
「おまえの深層心理に今殺された事実を焼きつけてやった。これから大変だねぇ、宮原君。トイレに行くたび『自分が殺された記憶』がフラッシュバックするんだから」
心の奥底に人工的にトラウマを植え付ける暗示系の魔法。
それのかなり強烈なやつを、宮原に使ってやった。
肉体に直接ダメージを与えるわけではないので、普段の仕返しでは使わない。
だが、宮原程度の相手への仕返しに使うなら、これくらいがちょうどいい。
なお、殺された記憶といっても殺した相手の情報は一切思い出せない。
その辺はね、魔法だからね。便利にできてるモンですよ!
「じゃ、蘇生蘇生、と」
そして俺は宮原を生き返らせ、トイレの『異階化』を解除する。
「あれ~、おじちゃん寝たらダメだよ~。僕は戻るね~!」
気絶したままの宮原をトイレに残し、俺は斎場の部屋へと戻っていった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
さぁ~て、死体の盗難だ何だとめんどくせぇことになってるが、どう帰るか。
俺としたら、豚の親父の死体が消えようがどうでもいいんだがなー。
「ただいま~」
と、客が集められた部屋へと戻ってくる。
「何でてめぇらがこんなところにいやがるんだ!?」
そこに響き渡る、健司の狼狽する声。
ふと見ると、トイレに行く前はいなかった二人組が、健司の前に立っていた。
もう随分あったかいのにトレンチコートを着たオッサンと、髪の短い若い女だ。
その二人を見た瞬間、俺は察した。
官憲じゃん。
二人の物腰が、異世界の衛兵やら騎士のそれと同じだった。
「よぉ、郷塚の長男。こりゃあ一体、何事でぇ。随分と物々しい雰囲気じゃねぇか」
そう言って、トレンチコートのオッサンの方が、警察手帳を見せる。
「宙色東署の貫満隆一だ。話、聞かせてもらうぜ?」
この一件で最も俺を激怒させた男、貫満隆一。
その初老の刑事との出会いが、まさにこの瞬間のことだった。




