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【連載版】出戻り転生傭兵の俺のモットーは『やられたらやり返しすぎる』です  作者: 楽市
第十二章 史上最大の仕返し『冬の災厄』

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第287話 眉村絹の改悛

 クライマックスで放たれたタマキの最大必殺技、その名も『神討(しんうち)』。


「あ、失敗してる」


 ――成功、ならずッッッッ!


「これは失敗してるのか? きっちり死んでるけど……?」


 吹っ飛ばされたシルクの状態を確認したケントが、タマキに問い返すが、


「蘇生できそうだろ? じゃあ、失敗だなー。残念……」

「ああ、なるほど。必滅、か」


 一撃で相手の魂を砕いて、蘇生不可の死を与える。それが『神討』という技だ。


「とんでもねーな……」


 シルクを蘇生させつつ、ケントが唸る。

 今、タマキは床に寝転がっている。立つだけの気力も残っていない。

 最後の一撃に全精力を注いで、全回復魔法も使えないくらい消耗しきっている。


「大丈夫かー、タマちゃん」

「少し疲れたー、ちょっとだけ休むー。お膝~!」

「へいへい」


 そして、意識を失ったままのシルクを放置して、ケントはタマキに膝枕。


「いや~、それにしてもすごかったな~」

「むに~?」


 タマキの頭を撫でつけながら、ケントが先の戦いを振り返る。


「『縮地』と『真打』が武の極致なら、『莫迦駆(ばかがけ)』と『神討』はタマキ・バーンズの真骨頂って感じだよなー。……いや、あの『莫迦駆』、何あれ」

「あれ使うとめっちゃ体痛くなるんだよなー……」

「そらそーだ」


 撫で続けながら、ケントはタマキの体をつぶさに確認する。

 骨が、折れている。一か所や二カ所ではない。全身、特に四肢の折れ方がひどい。

 筋肉だって、多くの部位で派手に断裂して、ズタズタになっている。


「肉体のリミッターを解除した、文字通りの全力での『縮地』だろ?」

「ん、そーだよ。やっぱケンきゅんはすごいね、一目で見抜かれちった~」


 と、タマキは軽く笑うが、今このときも、彼女は激痛に苛まれているはずだ。

 痛がるそぶりを見せない様子が、ケントからすると逆に痛々しく映ってしまう。


「普段は使わない理由がよくわかるわ……」


 撫でると共に回復魔法でゆっくりタマキを癒しながら、ケントは息をつく。

 全身全霊を振り絞っての『莫迦駆』と、魔力も気力も右拳に総動員する『神討』。


 それはいうなれば、一度きりの特攻技に近い。

 まさに比肩しうるもののない唯一無二の技だが、さすがに反動が大きすぎる。


「でもなー、それでも『神討』の成功率って、そんな高くないんだぜー」

「それも、そらそーだ」


 不死の神を滅びに追いやる、一撃必滅の拳。

 失敗した結果がシルクに対する『最殺』の達成なのだから、その時点でおかしい。


「成功すれば『最殺』どころじゃなく『最滅』か? おっそろしい……」

「殺すだけならマリクの『完全即死魔法』の方が強いけどなー」


 確実に相手を蘇生不能の死に追い込む、デーモン・マリクの『完全即死魔法』。

 成功率の差で、生物に対する殺傷力ではそちらの方に軍配が上がる。


「いや、でも『完全即死魔法』でも神を滅ぼすことはできねぇだろ……」


 成功すれば神すら滅ぼすのが、タマキの『神討』。

 どちらが優れているとも言い切れない、一長一短の違い、といったところか。


「さすがにこの技だけは、ケンきゅんには使えないなぁ~、って」

「そっか」


 タマキの告白を聞きながら、ケントは短くそう返す。

 このとき、彼の中にはある決意が宿るのだが、それはまた別の話となる。


「よ~し、だいぶ楽になってきた~」

「お?」

全快全癒ヒール・パーフェクション!」


 タマキが、全回復魔法によってガタガタになっていた全身を回復させる。


「うん、よしよし、楽になったぞー!」


 立ち上がったタマキが、その場で素振りをしたり、バク転をして調子を確かめる。

 問題はなさそうだ。ケントから見ても、動きにキレが戻っている。


「ぅ、ん……」


 ときを同じくして、シルクの方も目を覚ましかける。

 監視していたラララが、二人の方を見て、


「起きるよ」

「そうか。わかった。行こうぜ、タマちゃん」

「うん、ケンきゅん」


 二人は手を繋ぎ、シルク・ベリアの方へと歩いていく。

 ほどなく、シルクはまぶたを開けた。



  ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 起きたシルクがまずしたことは、懇願だった。


「弟子にしてくださいッッ!」


 綺麗~な、箱型の土下座である。

 タマキの前で、額を床にこすりつけて、広い空間全域に響き渡る大声で。


「お願いしますッッ! お願いしますッッ! 弟子にしてくださいッッッッ!」


 鍛え上げられたその身から放たれる声量は実に大したものだ。

 そして、その声の調子からも、シルクが本気であることが十二分に伝わってくる。


 命惜しさによる芝居などではない。

 タマキに感服し、彼女のもとで学びたいという意欲がその態度からも見て取れる。


 しかし、シルクがどれだけ頼み込んでも誰も、何も反応しなかった。

 タマキも、ケントも、ラララも、ヒナタでさえも。


「……あの」


 あまりの反応のなさに、不安になったシルクが顔を上げようとする。

 だが、その目に飛び込んできたのは、靴底だった。


「ナメてんのかよ、おまえ」

「がぶぁッ!?」


 タマキが、シルクの後頭部を思い切り上から踏みつけた。

 衝撃に鼻先がベキリと曲がり、前歯も何本が根から折れてしまう。


「ぁ、ぅ……、ぅ?」


 顔中血まみれになりながら、しかし、シルクには何が起きたのか理解できない。

 その耳に、タマキの冷え切った声が聞こえてくる。


「オレ達が何でここに来たのか、おまえは知らないんだな。だから、オレに弟子入りしたいなんてフザけたコトを言えるんだよな。……ナメやがってさ」


 痛い。ナメてる? 何が?

 痛い。痛い。何のこと? 何の話? 痛い、痛いよ!


 シルクには、本当に何のことかわからなかった。

 バーンズ家が『騎士団』の拠点に来る。そう連絡を受けて、待っていただけだ。


「オレ達は『Em(おまえら)』に仕返しをしに来たんだよ。おかしゃんを襲ってくれやがったおまえらを、一人残さず地獄に落としてやるためにここに来たんだ」


 冷たい声で感情の起伏も見せずに、シルクの頭を踏んだまま淡々と語るタマキ。

 その声の調子から、シルクは彼女の中に渦巻く怒りの程を感じとる。


 そして、それは周りにいる三人も同じことなのだろう。

 タマキを含め、バーンズ家の四人が、揃って激しく『怒り』を燃やしている。


 自分が属している『Em』の人間がしたことが、その『怒り』のきっかけなのか。

 では、自分が今受けているこの仕打ちは、その『怒り』によるものなのか。


 ――じゃあ、仕方がないや。


 シルク・ベリアの中に、諦めの感情が生じる。

 この人達が家族を傷つけられたことに怒っているなら、この仕打ちは仕方がない。


 シルクは善人などではない。

 眉村絹であった頃から激しい破壊衝動を抱え、数多の命をその手にかけてきた。


 人だって『出戻り』前の時点で二人も殺している。

 そんな彼女が善人であろうはずがない。善とは、そんな易い概念ではない。


 ただ、シルク・ベリアは家族を失う痛みを知っている。

 人間の家族ではなく飼い犬ではあったが、シルクは確かにあの子を愛していた。


 それなのに、愚かにも自分の手で殺めてしまった。

 そのときの痛みが、今、タマキに踏みつけられながら胸の底によみがえっていた。


 痛かった。

 痛かった。

 あのときに感じた痛みは、異世界でも味わったことがないほどだった。


 しかも自分でやったことなのだから、タチが悪い。手に負えない。

 眉村絹が『自分はそういうモノなんだ』と諦めたのは、そのときのことだ。


 そのあとはもう、転がり落ちるだけだった。

 人を殺し、殺され、シルクとして『出戻り』して、今に至る。


 今の自分を、シルク・ベリアは受け入れている。

 タマキに憧れて『真打』を体得するまでに至ったことは誇らしい。


 でも同時に胸に刻まれた後悔はずっと消えていない。

 大好きだったあの子を衝動的な行ないで殺してしまった、その罪。その痛み。

 シルクは、タマキ達が見せる『怒り』を、我がことのように感じていた。


「……ごめんなさい」


 気がつけば、シルクは涙を溢れさせて謝っていた。


「大事な人を、傷つけたんですね、『Em(私達)』が……、ごべんなさい、私、そんな人達の仲間だったんですね、ぅ、ごめんなさい、ごめんなさい……ッ」

「おまえ……」


 いきなり泣いて謝り出したシルクに、タマキの声も震える。

 この謝罪も命乞いではない。それを感じ取ったかもしれない。タマキの足が緩む。


「いいです、踏んでください。いっそ、私の頭なんて踏み潰してください。それで皆さんの『怒り』が収まるかはわかりませんけど、わ、私なんか、私なんか……ッ!」


 元より、シルクは『Em』にさしたる思い入れもない。

 あの『ミスター』から破壊衝動を満たしてあげると口説かれ、入っただけだ。


 一方でタマキに対しては憧憬があった、嫉妬もあった。

 それは眉村絹としても、シルク・ベリアとしても変わるところはない。


 そして、実際に拳を交えて敗れた今となっては、その嫉妬も消え失せた。

 代わりに芽生えたのは強い尊敬の念だ。

 タマキ・バーンズという存在が、シルクの胸の中で激しい輝きを放っている。


 その尊敬すべき相手を、自分の仲間が怒らせた。

 シルク自身に過失がないとしても、彼女はそれを深く恥じ入った。情けなかった。

 そんな連中がいるような組織に、自分は属していたのだ。


「殺してください、私を、殺してください……!」


 自ら、タマキに向けて死を願い出る。

 そうすることが、彼女達に対する正しい態度だと、シルクは判断していた。


 家族に対しては心残りはあった。

 シルク・ベリアは家族を愛していた。自分がいなくなることに罪悪感もあった。


 だが、自分は尽きぬ衝動に負けるようなくだらない人間だ。いなくなる方がいい。

 彼女が死を決意した裏側には、そういう思考も働いていた。


「わかった」


 うずくまったままのシルクに、タマキが上から言葉を告げてくる。

 これで自分は死ぬ。

 でも、タマキの手にかかるのならば、と思うと、死の恐怖が少し薄らいだ。


 しかし、タマキの言葉はまだ終わっていなかった。

 顔を俯かせたままのシルクに、タマキはさらにこう続ける。


「選ばせてやるよ、シルク・ベリア」

「え……?」


 何を言われたのかわからず、シルクは顔を上げる。

 そこには、一切感情を感じさせない目で自分を見るタマキ達四人がいる。

 そのまなざしにゾッとしながらも、シルクはタマキの次の言葉を待つ。


「今、ここで一回地獄を見て死んで終わるか、これからその地獄を何回も味わって、その回数分死んで、そしてそれをケジメとしてオレ達についてくるか」


 タマキは右手の指に何かを挟んでいた。それは、ダイスのようだった。

 十面体のダイスが二つ。タマキはそれを放り投げる。


 ダイスはカランコロンと音を立て、シルクの前で二つとも止まった。

 片方が三、片方が六。タマキはそれを拾い上げて、ラララと共にうなずき合う。


「十の位が三、一の位が六。それに固定値五十を加算して、八十六回だね」

「八十六回の死。それがおまえへのケジメだぜ、シルク・ベリア」


 タマキの言葉に、シルクは思い出したことがあった。

 これは、アキラ・バーンズが率いていた傭兵団で行なわれていた入団法の一つだ。


 敵対組織の人間が、アキラの傭兵団への入団を希望した際のケジメ。

 何か特殊な事情から入団を認めてもよいとなった場合、この方法が使われていた。


 即ち、ダイスを使って殺害回数を決めるやり方だ。

 最低五十回から最高百五十回まで。

 ダイスが定めた回数の死に耐えきれれば、それをケジメとして入団を許可する。


「どうする、シルク・ベリア。一回で楽になるか、八十六回地獄を見続けるか」


 そんな風に問われれば、シルクの答えは決まっている。


「殺してください……」


 また涙を溢れさせて、シルク・ベリアは、タマキに乞い願う。


「私を、八十六回、殺してくださいッ!」

「わかった。容赦はしないぜ」


 その宣言と共に、タマキの靴底がシルクの頭を踏み潰した。地獄が開幕する。


「ああああああああああああああああああああああああああああああああッッ!?」


 蘇生され、すぐさま響き渡るシルクの悲鳴を聞きながら、ヒナタがケントに問う。


「本当にいいの~?」

「団長は『Em』は一人残らず地獄に落とせって言ってたけどな」


 だが、ケントは肩をすくめて、


「でも、地獄に落とされても這い上がってくるよう相手なら、仕方がないだろ」

「八十六回耐えきれたら、っていう前提での話だね~」

「そういうことだ」


 これが、ミフユが殺されていたらケジメなどという話は最初からり得ない。

 だが今回はそうではないので、こういう判断もなしではないだろう。


「ま、俺の見る限り――」


 ラララに斬り刻まれて肉片となって散らばるシルクを見やり、ケントは呟く。


「耐えちまうだろうなぁ、あいつ」


 ため息交じりに零したその言葉は、数時間後には現実となるのだった。

 こうしてシルク・ベリアは『史上最強の生物』の弟子になることに成功した。

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