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【連載版】出戻り転生傭兵の俺のモットーは『やられたらやり返しすぎる』です  作者: 楽市
第十二章 史上最大の仕返し『冬の災厄』

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第284.5話 タマキの拳

 広くて長い通路を歩いているときのことだった。


「ねーねー、あのね」


 ヒナタが誰にともなく話しかける。

 こういうときは誰でもいいから話を聞きたいというのだと、姉二人は知っている。


「どうしたのかな、ヒナタ」


 応じたのは、ラララ。

 そしてヒナタは問いを投げる。ものすごく、率直に。


「タマキお姉ちゃんってゴリラなの?」


 内容だけ見ると、ものすごく失礼な質問であった。実際、ケントは驚いた。


「何てこときいてくるんだよ……ッ」


 しかし、応じたラララは冷静だった。


「ああ、タマキの(あね)ちゃんは魔剣術みたいな技を使わない理由かい?」

「え、そんな質問だった!?」


 再び驚くケントに、ラララは「ん?」と、彼の方を向く。


「どうかしたかい、ケントの義兄(あに)クン?」

「いやいや、人の彼女をゴリラって……」

「ああ、そうかそうか。君にはニュアンスが伝わっていなかったんだね」


 速攻で理解し、ラララがポンと手を打つ。


「何だよ、ニュアンスって?」

「そのままの意味さ。ヒナタは無駄に人を中傷するような子じゃないからね」

「親しみと馴れ馴れしさの配分比率は企業秘密でーす」


 ラララが告げて、ヒナタがニコ~ッと明るく笑う。

 そして、言われた本人であるタマキは、起きたばっかりなので目をこすっている。


「むにゃ~……」

「相変わらず朝は弱いな、タマちゃんは。いや、朝じゃねーけど」

「ちなみに、おめめパッチリでもヒナタの質問には怒らないぜ、姉ちゃん」


 ラララが王子様の笑みを浮かべて、それを断言する。


「それは何となくわかるけど、さすがに唐突にゴリラはびっくりしたわ」

「あ、そっかぁ~、ケントお兄ちゃんは死んじゃってたんだもんね」

「俺が知ってるバーンズ家の子供はまだちっちゃかったタマちゃん若だけだよ」


 ケントがそれを告げると、途端に五女と末っ子がキラキラと瞳を輝かせ始めた。


「ちっちゃい頃のタマキの姉ちゃんの話かい! 是非とも聞きたいね!」

「聞きたい聞きた~い!」

「いや、それよりもヒナタちゃんの質問の方はどうなんだよ!?」


 ケントが焦って指摘する。二人は「「あ」」と声を揃える。


「忘れてたんか! この短い間に! マジでか!?」

「ハァーッハッハッハッハッハァ――――ッ! ごめん、マジ忘れしていたよ!」


 高笑いで誤魔化そうとするラララ。しかし、直後、


「では、ちっちゃい姉ちゃんの話は今のヒナタの質問のあとで聞こうじゃないか! だからヒナタ、忘れちゃダメだぞ! リマインドの精神を忘れずに、だよ!」

「は~い! バッチリメモっておきま~す!」

「妹に丸投げしやがった……」


 あまりに潔いラララの行動に、タマキの手を引きつつ、ケントは軽くおののく。


「それではラララお姉ちゃん、私からの質問のお答え、どうぞ~!」

「タマキの姉ちゃんがこのラララの魔剣術みたいな技を使わない理由、だったね」

「そーそー、タマキお姉ちゃんっていっつも力任せでしょー?」


 ヒナタが可愛らしく首をかしげるが、耳にしたケントがピクピク反応する。

 ラララはニヤリとほくそ笑んで、


「そうだねぇ、タマキの姉ちゃんは確かに技が使えないねぇ! 姉ちゃんだし!」

「はぁ、ふざけんな!? タマちゃんはバッチリ技使っとるわッ!」


 そして、ラララの目論見通り、ケントが噛みついてくる。


「ええ、そうなのかい? それは気づかなかったなぁ! 是非とも拝聴したいね!」

「あ、おまえ、気づいてやがったな!?」


 ラララに説明を押し付けられた事実に、ケントはここでようやく気付いた。


「聞きたい聞きた~い!」


 しかし、ヒナタもラララに乗っかって、ケントが説明するしかない状況となる。


「ぬぐぐぐ、おのれ……」

「さぁ、説明してくれたまえよ! ケントに義兄クン!」

「ワクワク、ドキドキ」


 期待を寄せてくる妹二人に、ケントはついに観念して説明を始める。


「タマちゃんが使ってる技はな、一つだけなんだよ。だから力任せに見えるんだ」

「え、一つだけなの~?」


 ヒナタが不思議そうに声をあげる。

 その様子はいかにも『一つしか使えないんだ』という感じではあるが、


「一つしか使えないんじゃない。一つで事足りるんだ」

「しかし義兄クン、技といっても種類は様々じゃないか。瞬飛剣とか、斬象剣とか」

「おまえはわかっててきいてくるのムカつくな、ホント……」


 ラララの質問に顔をしかめつつ、ケントは律儀に答える。


「瞬飛剣の速度と斬象剣の威力を併せ持ってるなら、技はそれ一つでいいだろ」

「え、あ、もしかして……」


 察しがいいヒナタは、ケントのその解説だけで気づいたようだった。


「そうだよ、それがタマちゃんが使ってる技だ。最大効果がある箇所に最短の軌道で最速で打ち込まれる最強の一撃。攻撃技の極致。一撃必殺の具現――」


 その技の名を、ケントは一瞬の間を置いて二人に告げる。


「その名を『真打(しんうち)』という」

「しんうち……」

「攻撃の技は色々あるけど、それは『最殺』を成すには足りないから様々なアプローチが試みられた結果に過ぎない。けどそれを成し遂げられるなら、それが最強だ」


 最短最速の一撃必殺。――ゆえに『最殺』。


「それを成立させるのに最も近い技が、タマちゃんが使ってる『真打』だよ」

「異世界でも、理論上存在する可能性がある、っていう程度の幻の技だったんだよ」

「まさかタマちゃんが使いこなしてるとは俺も思わんかったわ……」


 毎度、ケントがタマキとのスパーリングで死にかけている理由の一つでもある。


「ヒナタちゃんにはまだわかりにくいかもしれないから例えると、だ」

「うん」


「全攻撃がクリティカル発生率100%固定で、クリティカル時威力10倍」

「うわぁ……」


 最近、シンラのスマホでゲームを遊んでいるヒナタにはわかりやすい例えだった。


「しかも最短軌道を最速で、だから、命中率もほぼ100%だよね」

「意地で避けてるわ、毎度……」


 ちなみに、タマキとのスパーリングでケントは防がない。全て捌いて避けている。


「防いだら終わる。防御関係ねーもん、タマちゃんの攻撃……」

「ひぇぇぇぇ~……」

「スライムを殴り倒すとかワケわかんねぇコトできんだぞ、この子」


 不定形の粘液モンスターの代表格であるスライム。

 ゲームでは割と簡単に倒せるが実際に戦うと物理攻撃が通じにくく、実は強敵だ。

 だが、タマキはその粘液モンスターをブン殴ることができるのだ。


「そんなタマキの姉ちゃんだからこそ、自分の攻撃を全て捌き切ってしまうケントの義兄クンにさらなる憧れを抱き、さらなる信頼を寄せるのだろうね!」

「急にケントお兄ちゃんのことがかわいそうになってきたかも、私……」


 途端に沈痛な面持ちになるヒナタだが、


「いや、でも、模擬戦してるときのタマちゃん、スゲェ生き生きしてて可愛いし、戦ってるサマもカッコいいから、それはそれでアリではあるんだよなぁ……」

「あ、全然かわいそうじゃなくなりました」


 ニヘラを笑うケントを見て、ヒナタは一瞬で「すんっ」となった。


「ちなみにね、ヒナタ。タマキの姉ちゃんの恐ろしいところは、その最強の一撃を放つための予備動作とかが一切ないことなんだよ。いやぁ、怖い。怖いなぁ!」

「ほぇ~……?」


「わかりやすく例えよう。料理を始めて包丁を握ったらもう完成してるんだよ!」

「お料理番組でよくあるアレだぁ~!?」


 ああ、『~したものがこちらになります』って出てくる、アレか……。

 料理番組など見ないケントでも想像がつく程度には広く浸透している概念だった。


 ちなみに、これはさすがにヒナタにはわからないだろう、ということもある。

 それはタマキの足の運びだ。

 一見するとやはり力任せに見えるそれが、実は隙が全く無い。


 己の体幹を一切ブレさせず、どのような体勢になろうとも揺らぐことはない。

 攻撃にも防御にも、いつでも回れる理想的な歩法。それをタマキは実現している。


 武の理想とされるその歩みは『縮地(しゅくち)』と呼ばれている。

 タマキが使う技は『真打』と『縮地』の二つのみ。だが、他の技は必要ないのだ。


「本当にスゲェよなぁ、タマちゃんは……」


 自身も拳で戦う者として、タマキの使う技の一つ一つに感嘆させられる。

 そして、それを使えるようになるまで己を鍛え抜いた彼女に、尊敬の念を抱く。


 タマキには元から才能はあった。

 三歳で自分の『戟天狼(ゲキテンロウ)』に反応したときからそれは知っていた。


 しかし、彼女が使う『真打』も歩法も、才能だけで実現できる技ではない。

 そこには長く激しく厳しい鍛錬が、絶対にあったはずだ。


「努力できる天才はズルいって、勝てねぇじゃん」


 苦笑しつつ、軽く呟く。すると、


「義兄クン、ケントの義兄クン」

「何だよ……」

「それ、直に言ってあげるといいと思うよ?」


 にんまりしているラララの顔に、ケントはギクリを身を竦めて恐る恐る隣を見る。


「…………はぅぅ」


 顔を俯かせたタマキが、耳まで真っ赤にして茹っていた。


「…………」


 固まったケントの額に、玉のような汗が浮かび、頬を伝い落ちていく。


「タマちゃん、おはよう」

「お、おはよう、ケンきゅん……」


「いつから、聞いてましたか?」

「…………ふにゅぅ」


 あ、これ相当前から聞かれてた反応だな! そっかー!

 みたいに諦めが全速力で心を占める中、妹二人は少し離れてニヤニヤ眺めている。


「お、おまえらァァァァァァァァ――――ッ!」

「「きゃ~、逃げろ~!」」


 ヒナタを抱っこしたラララが、ピュ~ッと風のように逃げていく。

 タマキと手を繋いだまま、ケントは盛大に息をついた。


「あんまり気にしないでいいからね、タマちゃん」

「うん、でも、あのね、ケンきゅん……」

「ん、どした?」


 タマキは顔を上げて、明るく笑って言う。


「オレ、もっと強くなってケンきゅんに一撃当てられるよう、がんばるぜ!」

「ん~~~~、そっかぁ~~~~!」

「うん!」


 事実上の『いつかおまえを殺す宣言』だったが、タマキ本人は気づいていない。

 だから、おまえの技は一撃必殺なんだってば!

 と、言いたくても、言ったところで通じないのが目に浮かんでいるケントだった。

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