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【連載版】出戻り転生傭兵の俺のモットーは『やられたらやり返しすぎる』です  作者: 楽市
第十二章 史上最大の仕返し『冬の災厄』

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第283話 高坂我蓮の黄昏:前

 対『騎士団』第一戦:ガレン・バーゼルvsケント・ラガルク。


「……『魁牙鎧(カイガガイ)』」


 ガレンが、自身の異面体を発動させる。

 すると、大柄な彼の肉体がさら二回りほど肥大化し、色も浅く黒ずんでいく。

 ケントやタマキの自己装着型に近い、自己変質型の異面体だ。


「ガキが。俺をザコ扱いしやがるとは。じっくりをいたぶってころ」

「遅いぜ?」


 指をさす前に、ケントが目前に迫っていた。

 彼が両手足に展開する『戟天狼(ゲキテンロウ)』の能力は、身体の超加速。

 まさに目にも留らぬ速さで、数十の拳と蹴りがガレンに叩きつけられる。


「あ、やべ……」


 しかし、殴り終えた後でケントが漏らしたのはそんな呟き。

 彼はそのまま、一度後退する。


「そうかい、そういうタイプか」


 殴った手応えがまだ手と足に残っている。

 特に、手には軽い痺れが残っていた。


「何だァ、今のは?」


 仁王立ちしているガレンが、ケントに向かってニヤリと笑う。

 数十発の拳と蹴りがほとんど効いていない。ですらなく、全く効いていない。


「硬ェなぁ、こいつ……」


 ケントが渋い顔つきをする。

 超加速を実現させる彼のゲキテンロウだが、苦手なタイプが一つ存在する。

 それが、単純に打撃が通じにくいヤツである。


 極端に硬いか、それともスライムのように極端に柔らかいか。

 そういった打撃が効かない相手は、ケントが苦手とするところだった。


 そして今のガレンは、その条件にピッタリと合致している。

 今の数十発で、ケントは理解している。

 このまま一万発叩いても、ガレンはビクともしないだろうということを。


「身体の硬質化……。表面だけじゃないな。骨から硬くなってやがる」


 いや、むしろ骨が一番硬くなってるんじゃないか。

 というケントの推測は大当たり。

 ただし、能力そのものの推測については外れている。


 ガレンの異面体の能力は『鬼人化』。

 己のみに宿るいにしえの巨人の力を具現化する『先祖返り』を引き起こす能力だ。

 それはつまり――、


「一撃で打ち殺してやるぞ、ガキ」


 言った次の瞬間には、ガレンの巨体はケントの目前にいた。


「な、速ッ……!?」


 それはまるで意趣返し。

 自分がやられたことをそっくり返してやろうと、ガレンが拳と蹴りを連発する。


「うわっ、ととォ~~!」


 しかしケントも何とかそれを見切り、ギリギリのところで全て回避。

 再び後退して、間合いを保とうとする。


「……マジかよ」


 思いがけないガレンのスピードに、ケントは苦々しく舌を打つ。


「『デカイ』、『硬い』と来たら、普通、次は『遅い』じゃないのか?」

「つまり俺が普通じゃねぇってことだなぁ」


 黒く染まったゴツい顔に笑みを作って、ガレンが指でチョイチョイと招く仕草。


「ほら、来いよ、ガキ。お兄さんが優しく遊んでやるぜ?」

「抜かしてろ、デカブツ!」


 カチンと来たケントが、再び突撃していく。

 そして両者は至近距離で肉弾戦を開始するのだが、それを見ているタマキが、


「……まずいなぁ」


 と、呟くのだった。



  ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 タマキは、ケントがいかに不利な状況か理解している。


「ちょっと条件が悪すぎるね」


 隣に立つラララもどうやら同じようで、眉間にしわを集めて、戦いを眺めている。


「どーゆーことー?」


 一人、理解できていないヒナタが、姉二人に尋ねてくる。

 タマキは状況こそ理解しているが説明は得意ではないので、ラララが説明する。


「うん、ケントの義兄(あに)クンがちょっとまずいかも、ってことだよ」

「あのデカイ方がそんなに強いの?」

「いや、この場合はケントの義兄クンの方が弱くなってるのが問題かな」


 ケントのゲキテンロウは、条件によって出力が変わる厄介な特性を持つ。

 最も高い力を得られるのは『タマキを守る場合』だが、今はそれに合致しない。


「あとは相性、かな。このラララやタマキの姉ちゃんなら一撃でイケる相手だよ」

「私のビームはー?」

「多分、避けられちゃうね。ヒナタのビームは発射前に一瞬のラグがあるから」


 発射さえされれば、それは光の速度で敵を焼き尽くす。回避は不可能。

 しかし、発射前ならば避けることは可能である。

 この辺りが、ヒナタが『最強存在』ではなく『最終兵器』扱いされている理由だ。


「今戦ってる相手は、硬くて強くて速い。速度は、そりゃあケントの義兄クンの方に分があるけど、硬さが厄介だね。ケントの義兄クンは攻撃面では一歩劣るから」

「はぇ~、そうなんだねぇ~」


 と、そこまでラララが説明し、ヒナタが納得したところで、


「そんなことねーモン! ケンきゅんは最強だモン!」


 ケントの彼女が、顔を赤くして怒り出した。


「いやいや、タマキの姉ちゃん。君の気持ちもわかるけれど、状況は冷静に掴んでおくべきじゃないか? 実際、ケントに義兄クンは攻め切れていないじゃないか」

「うっさいうっさい! ケンきゅんは最強なんだよ、絶対、誰にも負けないんだよ! 何があっても、どうなっても、絶対負けないんだモン! 最強だモン!」

「うわぁ、ダダっ子……」


 両腕を振り回してわめくタマキに、ヒナタが実に的確な評価を下す。


「ぐ……ッ!」


 と、そこに聞こえてくる、ケントの呻き。

 ガレンの拳を身に受け、彼は後方に思い切り吹き飛ばされる。


「ケンきゅん!?」

「いや、大丈夫だ。自分から後ろに跳んで、衝撃のほとんどを殺してる」


 自身の『敏感肌』でそれを察知するラララだが、片膝をつくケントに舌を打つ。


「義兄クンがダメージを流しきれてない。相当な怪力だね、あのガレンってヤツ」

「ケンきゅん……」


 タマキが、顔を青くして一歩前に出た。


「ケンきゅぅ――――んッ!」

「タマちゃん……?」

「がんばって、ケンきゅ――――ん! オレにカッコいいとこ、見せてェェェェ!」


 彼女は、生まれて初めて、自分の彼氏に向かって声援を送った。

 その、直後のことだった――、


「……応えなきゃ(守らなきゃ)


 そんな小さな声と共に、ケントの周りに、力が渦を巻き始めた。


「あれぇ?」


 声援を送ったタマキ自身が、誰よりもキョトンとなっていた。



  ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 ケント・ラガルクの脳内思考速度、光を超える。

 その中身を見てみよう――。


 ……え? 俺、今、タマちゃんに『がんばって』って言われた? もしかして、応援されちゃった? やっべ、スゲェ嬉しいかも。あれ、でも待てよ、応援って割に、声に余裕がなかったように聞こえたぞ。何でそんなに余裕がないんだ。そりゃ決まってるよ、俺、苦戦真っ最中じゃん。自分の彼女を前にしてとんだ生き恥晒してるじゃん。うおお、そうか、そうだわ。俺、タマちゃんに思いっきり情けねぇトコ見せてるじゃねぇかよ。だからタマちゃんが不安になっちゃったワケだな。オイオイ、ふざけろよ、何だよそれは、ケント・ラガルクさんよぉ。おまえは『タマキを守る男』じゃねぇのかよ。タマちゃんを守るってことは『タマちゃんの全部を守る』ってことなんだよ、わかってるだろそれくらい。つまりケント・ラガルクはタマちゃんから寄せられる信頼に応えなくちゃいけないし、期待を裏切ることも許されねぇんだよ。くっは、厳しいなぁ、オイ。でも世界でそれが唯一許されてるのが俺なんだから、そりゃあそうもなるだろ。なぁ、ケントさんよぉ? これは絶対に負けられなくなっちまったなぁ! タマちゃんが期待してくれてるからな! 勝つしかねぇだろぉ~!


 上記のような思考の展開のもと、口から出たのが、


「……応えなきゃ(守らなきゃ)


 という、呟きだった。

 そして彼の周りを、力が渦巻き始め、それは真っ赤な炎となって燃え上がる。


「な、何だ……ッ!?」


 唐突な状況の変化に、ガレンは一旦動きを止める。

 一方で、ケントを見ている三姉妹の方はというと――、


「きゃー! ケンきゅ~ん! カッコいいぜぇ~! 最高だぜぇ~!」


 まず、長女はこの有様である。ただのケントファンと化していて、うるさい。


「……あれが、噂に聞くケントの義兄クンの?」


 五女は、初めて目の当たりにする現象に、驚きと興味を同時に発露させている。


「声援だけでああなることに、誰も疑問を持たないのはおかしい」


 そして末っ子は、実に真っ当な感性をもって、ケントの変化を眺めていた。

 やがて、炎の渦が爆ぜて、そこに真価を発揮した彼が現れる。


異能態(カリュブディス)――、『熾靭戟天狼(シジン・ゲキテンロウ)』」


 両腕と両足、そして背中に回る炎の車輪。

 全身も炎に包む、見るからに攻撃力が高そうなケント・ラガルクの異能態である。


「廻れ、熾靭火車(エタニア・プロミナ)


 彼が一声命じると、手足を巡る炎のリングが高速回転を始める。


「フン――」


 ガレンが、ケントを鼻で笑った。


「何かと思えば、こけおどしをか。ガキが、おまえなんぞこの一撃で!」


 彼は拳を振りかぶり、ケントを殴りつけようとする。が、爆発。


「ぐぅおッ!?」


 前触れもなしの衝撃と激痛に、ガレンが悲鳴をあげる。

 そして何事かと手を見れば、手首から先が弾け飛んで血が噴いているではないか。


「な、なァ……!?」

「どうした、俺を一撃で、どうするって?」

「ぐッ、こ、このガキ……!」


 ガレンは拳を魔法で再生して、今度は蹴りでケントを薙ぎ倒そうとする。

 が、これもダメ。蹴ろうとした瞬間に足が爆発して、膝から下が千切れてしまう。


「ギィヤアアアアアアアアアアアアァァァァァァァ――――ッ!?」


 脳を掻き混ぜるような痛みに、ガレンは絶叫しながらのたうち回る。

 それを、ケントは冷たいまなざしで見下ろす。


「どうした? 口ほどにもないぞ?」

「クソッ、何だ、おまえ、一体何をしやがってんだ……!?」


「教える義理はないな」

「この、クソガキがァァァァァァァァァァァ――――ッ!」


 再び傷を癒して、ガレンがケントに突撃する。

 だが、もうすでに勝負は決していたし、そもそも戦いにならなかった。


 ガレンが攻撃しようとするたび、または攻撃の意志を見せるたび、爆発が起きる。

 しかも、それは頑強なはずの彼の巨体を容易く粉砕する威力で――、三分後。


「も、もぉ、勘弁してくれぇえェェェェ~~~~ッ! 俺の負けだァ~!」


 異面体の能力を解除し、ガレン・バーゼルは失禁しながら命乞いをしてきた。

 何もできず、ただ肉体を砕かれる現実が、彼の心をへし折っていた。


「俺は別に、何もしてないけどな」


 表情を変えずに言うケントに、タマキが跳び上がって喜んだ。


「やったー! 勝ったー! やっぱケンきゅんは最高で最強だぜー!」


 その隣で、ラララは戦慄に表情を凍てつかせている。


「あれが、義兄クンの『先制反射』。攻撃前に攻撃を反射する最強防御か……」


 口にすると、そのデタラメさに余計寒気を覚える。

 かつて『最終決闘(ラストバトル)』二本目でタイジュが見せた『全覇鏡転(ミラー・イージス)』。


 あれも系統としては同じ反射技だが、こちらは格どころか次元が違う。

 ラララの見立てが正しければ、《《ケントの『先制反射』は攻撃以外も跳ね返す》》。


 異能態はステージが違う。

 まさにその言葉を実感するしかない、圧巻の勝利であった。


「これが、異能態……!」


 自分もいずれは至れるかもしれないそれに、ラララは瞳を輝かせた。

 その、五女の隣で、末っ子はポツリと、


「ケントお兄ちゃんってば、彼女の前だからって現金~」


 実に真っ当な感性による一言を漏らしているのだった。

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