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【連載版】出戻り転生傭兵の俺のモットーは『やられたらやり返しすぎる』です  作者: 楽市
第十二章 史上最大の仕返し『冬の災厄』

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第282話 高坂我蓮という男について

 高坂我蓮ほど、わかりやすい悪人はそうそういないだろう。

 まず、生まれたからしてひどかった。


 彼の父親は、宙色市に古くから根を張る暴力組織芦井組の構成員だった。

 母親は、その男が適当に引っかけた女だった。


 数度関係を持って、女は捨てられた。

 だがその女は我蓮を妊娠し、諸事情により中絶できず彼を産み落とす。

 そしてそのまま、赤子の我蓮は公園のトイレに放置された。


 年末も近い、真冬のある日のことである。

 生まれたばかりの赤ん坊ならば、一日ともたず凍死する、そんな状況。


 しかし我蓮は死ななかった。

 それどころか、自力で公衆トイレを這いずいって、外に出た。

 これだけを見ても、彼という人間の異様さが垣間見れる。


 だが、それも所詮は序の口。

 然るべき施設に保護され育った彼は、幼いうちから常に狂暴性を発揮し続けた。

 食事一つにも誰かの出血を伴う、と記せば、多少は伝わるだろうか。


 そんな彼だから、施設ではあっという間に嫌われ者となった。

 どんなキツイ仕事でもこなすような職員でも、我蓮の相手だけは嫌がった。


 それでも時間は流れ、我蓮は誰も寄り付かないままの状況で三歳になっていた。

 転機が訪れたのはその頃のこと。

 天月市内に小さな道場を構える武術家が、跡取りになりうる子を探しに来たのだ。


 我蓮のような子でも、運命の瞬間というものはある。

 この武術家との出会いが、彼にとってのそれだったのは間違いない。


 武術家は、気性が荒く狂暴な我蓮を見て、一発で彼を養子にすることを決めた。

 施設の職員は誰しもがその武術家を心配したが、結局彼が里親になった。


 しかも、我蓮を大層気に入ったその武術家は、彼を本物の息子にした。

 通常の養子縁組とは違う、特別養子縁組を行なったのだ。

 これによって、我蓮は戸籍上ではあるが、この武術家の本当の息子となった。


 こうして、我蓮は高坂我蓮となった。

 そして、我蓮にとって苦しくも充実した日々が始まった。


 歴史に『もしも』はない。

 しかし、仮にだが、もしも養父となった父親が死ぬのがあと半年遅ければ――、

 あるいは、高坂我蓮が道を踏み外すことはなかったかもしれない。


 優れた武術家という人種は総じて己の獰猛さを高潔さという人格の鞘で覆う。

 自らの野蛮な本性を知りながら、鍛錬によってそれを抑えるすべを磨く。


 武術家の跡取りとして高坂家に入った我蓮は、養父によってとことん鍛えられた。

 その激しい気性に加え、我蓮は肉体的な素養も持ち合わせていた。

 およそ、養父が跡取りに求めていたもの全てを、彼は高水準に兼ね備えていた。


 そうなれば当然、養父は彼への期待を膨らませ、鍛錬は厳しくなる。

 その中で『人間らしさ』も学ばせるべく、養父は時間をかけて我蓮を導いた。


 中学に上がるまでに約十年間。

 それが、高坂我蓮にとっての黄金時代だった。彼はかろうじて『人間』だった。

 しかしその時期を過ぎて、我蓮の転落は始まる。


 十年間をかけた養父の厳しい鍛錬は、我蓮を心身共に確かに鍛え上げた。

 しかし、肉体の成長に比べれば、精神の成長は遅々としたものでしかなかった。


 何度、我蓮は学校で問題を起こしただろうか。

 そのたびに養父は頭を下げて周り、我蓮を正そうとし続けた。

 我蓮はずっと反発していたこともあり、彼の精神の成長は本当に亀の歩みだった。


 それでも少しずつではあるが、我蓮にも『人間らしさ』が芽生えてきた。

 養父の教育が、徐々に成果を結びつつあった。それは確かだった。


 しかし、同時に、我蓮の中に鬱屈としたものが溜まっていった。

 基本的に養父は我蓮に道理を説いて彼を導こうとした。

 だがそれが無理な場合は容赦なく手を出し、暴力で無理矢理言うことを聞かせた。


 さらには、武術家ということもあり、養父は非常にストイックな性格だった。

 生活も質素であり、我蓮にもそうあるよう教育してきた。

 その、禁欲的とすら呼べる味気のない生活に、我蓮はほとほと嫌気がさしていた。


 そして、我蓮の精神修養が結実する前に、養父の寿命は尽きてしまった。

 元々、彼が跡取りを探していたのも病が原因だった。養父は我蓮を残し、逝った。


 そして高坂我蓮は解き放たれた。

 虎は、人の言葉を覚える前に、虎のまま人里に解き放たれたのだ。


 皮肉なのは、肉体面の修練が完了していたことだ。

 我蓮は、あまりに才覚に優れすぎていた。

 中学に上がる前に、養父が伝える武術の免許皆伝を得てしまったのだ。


 養父という鞘がなくなり、彼はすぐに暴力事件を起こした。

 これまでも喧嘩は日常茶飯事だったが、養父の存在が我蓮の行動を抑止していた。


 しかしそれがなくなった以上、もう誰も我蓮少年を止められなかった。

 これまで抑圧されていたものが、噴き出してしまったのだ。


 最初の暴力事件は養父の葬式が済んだ翌日。

 相手は上級生二人で、肩がぶつかったという理由だけで二人は半殺しにされた。


 しかも片方は腕を開放骨折し、もう片方がアバラを三本砕かれた。

 血まみれになって倒れる二人を見下ろし、我蓮が感じたことはちょっとした発見。


 ――あれ、人ってこんな壊れやすいんだ。


 というものだった。

 そしてそれが、高坂我蓮が外道となり果てる直接のきっかけとなった。


 人は壊れやすい。

 この一件から、我蓮はそれを学習してしまった。


 人は死にやすい。

 自分よりも強かった養父の死に、彼はそんなことまで学んでしまった。


 しかし、果たして自分はどうだろうか。

 人を容易く破壊できる自分はどうだろうか。人に殺されない自信を持つ自分は。


 学び、考え、そして我蓮は最悪の結論に行き着く。

 そうか、自分は人間よりも強いモノなんだ。だから壊れないし、死なない。


 養父の十年をかけた『人間への導き』は、こうして徒労に終わった。

 そして出来上がったのは、自分を人間以上の存在と錯覚した、獰猛な人型の虎。


 県内有数の危険地帯と呼ばれる天月市でも、我蓮はとびっきりの危険人物だった。

 学生生活などまともに過ごしてはいない。

 本来は中学、高校で過ごす六年間のうちの大半を、彼は少年院の中で過ごした。


 だが、養父でも叩き直しきれなかった我蓮の性根が、少年院で直るはずもなし。

 それどころか、少年院の中で周りから暴力のカリスマとして慕われる始末。


 少年院の職員達も、我蓮の更生は早々に諦めた。

 代わりに、我蓮の影響を受けたシンパが表れないよう、そっちに目を光らせた。

 社会構造が一個の暴力の前に敗北し、権威を失った事例と呼べるだろう。


 そして十七歳で少年院を出たのち、我蓮は自分に従うシンパを集めた。

 彼は『堕悪天翼騎士団(ダークウイングナイツ)』を大々的に旗揚げしたのである。


 理由は実に明快で、ちやほやされたかったからだ。

 少年院でカリスマ扱いされたときの快感を、彼は忘れられなかったのだ。


 そんな理由で結成されたグループではあったが、天月で猛威を振るうことになる。

 やはり、トップである高坂我蓮が強すぎた。

 それに連なるメンバーの中にも、幾人か猛者が含まれていた。


 結成から半年も経たずに『堕悪天翼騎士団』は天月を牛耳る一大勢力となった。

 当然、それを率いる我蓮はカリスマとしての地位を確立し、誰も逆らえなかった。


 ああ、やっぱり自分は人間以上の存在だ。

 この絶頂期に、我蓮はその認識を新たにする。そして、人をいたぶった。


 養父が死んで以降、我蓮は嗜虐性を深めていった。

 一日に一人、誰かを半殺しにしないと気持ちよく眠ることができない。

 そんなことを言って、手下に人を拉致させ、理由もないまま血だるまにした。


 彼は自らを『人型の猛獣』と認識していた。

 だが、理由もなく他者をいたぶり、それを楽しめるのは人間だけだ。


 高坂我蓮は人間だった。

 己の力に自惚れて、浅い理由で人を傷つける彼は、どうしようもなく人間だった。


 彼がそれを思い知るのは、二十歳になったとき。

 我蓮はその日、人を殺した。いつもの『睡眠前の運動』でやりすぎてしまった。

 被害者は適当に拉致してきた高校生で、反抗的だったので殴りすぎた。


 我蓮は手下に隠蔽させようとした。

 しかし、所詮は日本のワルガキでしかない手下は、人死にに耐えきれなかった。

 手下から警察にタレコミがあり、ことは露見した。


 派手な大立ち回りを演じながらも、我蓮はついに逮捕されてしまう。

 行なわれた裁判で、判決は有罪。下された刑罰は懲役九年というものだった。


 これを長いと見るか短いと見るかは、人によるだろう。

 だがほとんどの人間が、人一人を殺して十年足らず、と思うのではないか。


 法による刑罰は社会的な制裁ではあるが、同時に更生の機会を与える意味も持つ。

 日本において、法は等しく全ての国民に適用される。それが我蓮であっても。


 だが、九年程度の懲役で我蓮の性根は変わらない。

 それでも九年で出てこれたのは、彼なりに悪い方向で学習していたからだ。


 刑務所の中で暴れれば、外に出る時期が遠のいていくだけ。

 それはさすがに彼も望まない。人型の虎は雌伏を覚えた。


 そして、幼き頃、禁欲の日々を過ごしたときと同じく鬱憤を溜めこんで、九年。

 高坂我蓮は刑務所を出て、天月に戻った。


 しかし彼を出迎えてくれる者は誰もいなかった。

 天月では、高坂我蓮はとっくに過去の人間になっていた。誰も彼を知らなかった。


 ならば『堕悪天翼騎士団』に返り咲いてやる。

 そう考えた我蓮だったが、しかしこれについては相手が悪すぎた。


 そのとき、グループを牛耳っていたヘッドは司馬誡徒(しば かいと)

 すでに『出戻り』を果たしたのちの、正真正銘の人外のバケモノだった。


 所詮、人型の虎でしかない我蓮は、一目見ただけで勝てないと悟った。

 そして逃げた。無様に逃げた。勝てるはずがないから、悲鳴をあげて逃げ出した。


 こうして、高坂我蓮は長年誇り続けてきた自身の強さへの自負も失った。

 あとに残されたのは、九年間の懲役の中で溜め込んだ鬱憤だけ。


 腹を空かせた彼は、コンビニ前を通りかかる。

 そして、そこで笑って話している一般人を見て、我蓮の中で何かが切れた。


 どうして、こいつらは笑っている?

 どうして、自分はこんなにもみじめな思いをしているのに、こいつらだけが!


 自分よりも弱いクセに。

 ちょっと殴れば壊れるだけの、脆いニンゲンのクセに!


 虎は虎のままだった。

 しかもこの虎は、様々なものに飢えていたし、傷ついてもいた。

 非常に危険な、手負いの虎だったのだ。


 我蓮は、コンビニに押し入って派手に暴れた。

 その場に居合わせた店員も他の客も、全員を殺してやるつもりで暴れ続けた。


 だが、殺されたのは彼だった。

 死因は射殺。

 押し入ったコンビニに、たまたま芦井組の組員がいたのが原因だった。


 人型の虎は、こうして自分もまた人でなかったことを思い知り、死んだ。

 そして警察が到着する前に『出戻り』を果たし、逃走した。


 自分を殺した人間を探して復讐してやろうか。

 そう考えていた彼は、直後に『ミスター』から勧誘を受け『Em』に入った。

 そちらの方が、自分のやりたいようにできそうだと思ったからだ。


 以上が、高坂我蓮――、ガレン・バーゼルに関するいきさつだ。

 そしてその情報を、バーンズ家はすでに把握している。



  ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 ――『騎士団』拠点、一階通路。


 外から見るとただの一軒家だが、中はまるで木造の城だった。

 床張りの広い通路が、長く長く伸びている。


 その最奥にあるドアが開き、ガレン・バーゼルが姿を現す。

 身長は2m近く、体重も優に三桁を越える、筋骨隆々の髪を青く染めた大男だ。


「何だ、おまえら」


 固いもので岩を擦ったかのような重い声で、ガレンはそこにいる三人に問う。

 彼が部屋を出たのは、気配を感じとったからだ。


 通路の真ん中辺りに見覚えのない四つの人影。

 少年が一人、少女が二人。子供が一人。


 少年は、両手と両足に装甲を纏っている。

 それが異面体であることは一見してわかった。


 片方の少女はパーカーにジャージのズボンという簡潔なスタイル。こちらは無手。

 もう片方は何故か男子学生服姿で、右手に剣を携えてる。剣は異面体のようだ。

 そして、何故か子供。四、五歳の女の子だ。


「おまえが高坂我蓮……、ガレン・バーゼルだな」


 四人組のまとめ役らしい少年が、ガレンに尋ねてくる。

 異世界での名を知っている時点で、すでにガレンは察しがついていた。


「おまえ、敵だな?」


 問うガレンに、しかし、少年は首を横に振る。


「いいや、敵じゃないさ。だって――」


 そこで、ケント・ラガルクは立てた親指で自分の首を掻っ切る仕草を見せた。


「おまえは、これから俺達に圧倒的に負けて死ぬだけの、ザコなんだからな」


 午後20時56分、『騎士団』制圧戦、開始。

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