第281.5話 遊結さんとはどのようなご関係で?
全てが終わって、これから帰ろうというタイミングでのこと。
「お兄ちゃん」
ヒメノが、マリクを呼び止める。
「……ヒメノ?」
「遊結さんとはどのようなご関係で?」
妹が、兄に真正面からブッ込んでいった。
「ぶふっ」
聞いていたタイジュが、表情を変えずに驚愕の声を漏らす。
マリクは、無表情で不意打ちをカマしてきた妹を見る。
「……どのような、って? ヒメノが考えてるような関係じゃないけど?」
「あら、私が考えている、とはどういうことでしょうか?」
「え~? わかってるクセに、ヒメノったら~」
そう言って、朗らかに笑うマリク。
「いいえ、わかりかねますわ。だからお聞きしてるんですよ~」
そう言って、朗らかに笑うヒメノ。
「あははははは」
「うふふふふふ」
二人はしばし互いに笑い声を聞かせ合って、
「「…………」」
同時に笑いを止めて真顔になる。
間に挟まれているタイジュは、背筋が凍る思いで二人のやり取りを見ている。
「ヒメノさ……」
「はい、お兄ちゃん?」
「何でそんなこと、気にするのかな?」
「そんなこと、で片づけられる話ではないと感じているからですわ」
タイジュが聞く限り、ヒメノは遊結のことをそれなりに懸念しているようだ。
「だってそうではないですか? 話を聞くに、その遊結さんという方は黒幕だった浦川地雄のことも知らなかったのでしょう? それを調べ上げて報復までするなんて、少し肩入れしすぎのように感じられますわ。……ただのクラスメイトなのに」
「む……」
ヒメノが言うと、マリクは言葉を詰まらせて眉間にしわを集める。
タイジュにはわずかながらも『図星を突かれた顔』に映った。
そして、彼の『超嗅覚』が、かすかではあるがマリクの感情の動きを嗅ぎ取る。
「マリクさん、何かあるんですか……?」
「タイジュまで……。ああ、そうか『超嗅覚』か。厄介だなぁ、相変わらず」
それを一発で見透かすマリクも大したものだが、と、タイジュは思う。
「まぁ、少し肩入れしすぎたかもね。遊結ちゃんからは話を聞いただけで、そこから先はぼくの独断専行。ぼく自身としては聖職者として話を聞いたつもりだったけど、個人的に『あ、この子いじめた連中ムカつく』って思ったのが大きかったかな」
「すでにお兄ちゃんが『出戻り』したあとのお話ですのね」
「うん。別異世界でお父さんとお母さんと再会する二か月くらい前の話だよ」
ここまで話を聞いて、タイジュは半分以上納得できた。
マリクが『ムカついた』なら、それはもういじめっ子達も年貢の納め時だろう。
バーンズ家の中で『ブチギレマリク』と呼ばれているのは伊達ではない。
「なるほど、そういう事情なんですのね」
「そうだよ、そういう事情なんだよ」
「そうですのね~」
「そうなんだよ~」
「うふふふふふ」
「あははははは」
「「…………」」
そしてまた、二人して同時に真顔。同時に無言。
え、何で……?
タイジュの偽らざる感想である。
「ヒメノは何を疑ってるのかな?」
「疑ってはおりませんわ。もうちょっと『奥』があるという確信はありますけど」
「『奥』ねぇ……」
マリクが、困ったように腕を組む。
「ぼくは話はちゃんとしたつもりだけどね……」
「ええ、わかっておりますわ。お兄ちゃんは嘘なんてついていません。ただ、話をここで終わらせようとしている気配をひしひしと感じていますの、私」
え、マジで?
タイジュはそう思ってしまう。彼の『超嗅覚』でもそんな匂いは感じられない。
「まさか、ヒメノ、遊結ちゃんが女の子だから疑ってるとか、ないよね?」
「それはないとは言いませんが、一割にも満たないですわね」
「一割はあるんだ……」
「何も考えずに人を信頼するのは愚行ですわ、お兄ちゃん。相手が誰であっても、自分で考え、自分で判断しなければ。無邪気に信じるだけでは子供と変わりません」
そんなことを、ヒメノは言う。
聞いていたタイジュは、自分はどうか考えてしまう。
ラララに、自分以外に仲のいい男子がいたらどうか――、あ、疑うわ。確実に。
むしろ、その疑いを一割で済ませてるヒメノがすごい。まである。
人って弱い。
それが、タイジュの得た実感だった。
「遊結ちゃんが女の子だから、という疑いが一割。じゃあ、他の九割は?」
「お兄ちゃんの行動動機、ですわね。先程、遊結さんに肩入れした理由は『ムカついたから』とのことでしたが、何がお兄ちゃんをそこまで怒らせたのでしょうか」
あ、なるほど。と、タイジュは思う。
いじめっ子がムカついた。というところで自分の思考は止まってしまっていた。
しかし、そもそもなぜマリクはそこまでムカついたのか。
自分のことでもないし、遊結という子に対して特別好意があるようにも見えない。
それなのに、いじめの黒幕まで見つけ出して報復を行なっている。
彼自身が語るところによれば、実行犯にも制裁を加えていたようであるし。
何故、そこまで。
という疑問は、確かに出てくる。
「う~~~~ん……」
ついにヒメノに圧し負けたか、マリクは腕を組んで首をひねる。
「…………」
そして彼は、ヒメノとタイジュをチラリと見てくる。
「ちなみにこの件ね……」
「はい、何ですか。お兄ちゃん」
「ディ・ティ様にも了解取った上で、仕返ししてるから」
つまり奥さんの了承を得ての報復ということになる。ならば異性問題ではない。
タイジュはそう思ったが、ヒメノはそれでは済まさなかった。
「つまり、ディ・ティ様が了解するだけの理由があったということですわね」
「わぁ、藪蛇……。そこを見抜いてくるかぁ……」
マリクが己の失敗を知って、片手で顔を覆う。
いや、今のはヒメノが鋭すぎるだけでは、とタイジュは思った。
「……お兄ちゃん?」
「う~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ん……」
小首をかしげて詰めてくるヒメノに、マリクはさらに深く悩んで、のち、
「……どうしても、言わなきゃダメ?」
観念したように肩を落としてから、そんなことをきいてくる。
「はい、聞きたいです!」
普通なら形だけでも遠慮するべきだろうに、ヒメノはパンと手を打ってそう返す。
この人はこういうところがすごいのだと、タイジュは知っている。
「ぼくが遊結ちゃんを放っておけなかった理由はねー……」
「はい!」
瞳を輝かせるヒメノの前で、マリクは数秒逡巡し、答えた。
「遊結ちゃんが、少しヒメノに似てたからだよ」
「え」
その答えに、ヒメノが固まった。
「ほら、ヒメノってさ、異世界だとちっちゃい頃は大人しくて引っ込み思案で、人見知りだっただろ? そういうところが少し遊結ちゃんと重なっちゃってさ……」
「あ、ぁ、え……、ぁ……」
「だから遊結ちゃんの話を聞いて、ヒメノがいじめられたらって思ったら、一気に頭がカ~ッとなってね……。うん、筋違いの仕返しだったのは、そうかもしれないね」
「ん、んんッ、へ、へぇ~……」
今になって、マリクは少し反省しているようだった。
しかし、それを聞いているヒメノの方は、動きがギクシャクしている。
「まぁ、そういうことだよ。まだそのときはヒメノとも再会してなかったし、遊結ちゃんにヒメノを重ねてたのはあるね。今は、別にそんなことはないんだけどね」
「そ、そうなんですわねぇ~!」
ヒメノ、声がものすごく上ずってる。
「やっぱりお兄ちゃんはお兄ちゃんですわね~! そういうところ、本当にマリクお兄ちゃんらしいと思いますわ。はい、そういうことでこのお話は終わりですわ!」
「ヒメノ……?」
強引に話題を打ち切ろうとするヒメノに、さすがにマリクも疑問符を浮かべる。
タイジュの『超嗅覚』は、ヒメノから濃密な『羞恥』の匂いを感じとっていた。
きっと、ヒメノの方は根本的には興味本位だったのだろう。
だが兄の告げた理由は『溺愛する妹に似てた子がいじめられててムカついた』だ。
それはヒメノにとっては不意打ちであり、クリティカルだったのだろう。
だから一気に気恥ずかしくなって、話を終わらせようとした、と。
「ささ、お兄ちゃん。帰りましょう。戻りましょう。……ね?」
「あ、ああ……」
勢いのままに促すヒメノに、マリクも疑問を残しつつうなずく。
そして、マリクとタイジュが前を歩き出そうとする。
マリクの方もやはり恥ずかしかったらしく、小走りで先行してしまう。
そこに続こうとするタイジュの耳にふと届く、ほんの小さなヒメノの独り言。
「本当に、マリクお兄ちゃんったら、困りますわ……」
ブツブツと、自分から振った話題なのにマリクへの文句を呟いている。
「でも、それを嬉しいと感じてしまう私も、どうかしてますわね」
これ以上聞くのは悪いかな、と、思いながらもタイジュはそれを聞き続ける。
だが次の瞬間、彼はとんでもない言葉を聞いてしまう。
「……マリクお兄ちゃんは、いつ、私を殺してくれますか」
タイジュは、少しだけ歩幅を広げて歩く速度を上げた。
そして少しだけヒメノとの距離をあけたあとで、彼女の方を振り向く。
「ヒメノさん、マリクさんが行っちゃいますよ」
「あ、はい。わかりましたわ」
ヒメノの反応を見るに、タイジュに聞かれたことには気づいていないようだ。
タイジュは、ひとまず聞かなかったことにした。
自分一人で対応できる話ではないが、かといって誰かに相談するべきか否か……。
そのことで、タイジュはしばし一人で悩むこととなるのだった。
――午後23時18分、『工房』制圧戦、終了。




