第280話 浦川地雄の黄昏:前
ジオ・ランカッツ、殺意満点。
「おまえが……、おまえがァァァァァァァ……ッ!」
「ただの因果応報だろ、バカが」
睨み合う、ジオとマリク。
事情を呑み込めていないヒメノが、兄に尋ねる。
「お兄ちゃん、どういうご関係の方ですの?」
「ウチのクラスに来た転校性がこいつにいじめられてたんだよ」
マリクの説明は端的なものでしかなかったが、ヒメノにはそれで十分だった。
「なるほど、その転校生の方をお助けになられたのですね」
「こいつのやり口がムカついたからね」
妹に、兄はジオを睨みながら返す。
「遊結さんとおっしゃられましたわね。……女の子ですのね」
ヒメノが、クスリと笑う。
さすがにマリクは反応して、妹をジトッとした目で見つめる。
「……ヒメノ?」
「はい、何ですか、お兄ちゃん」
「遊結ちゃんは女の子だけど、それがどうかした?」
「いいえ、別にどうもしませんわ」
探るような目で妹を見るマリクと、ニコニコわらっているだけのヒメノ。
それをそばで見ているタイジュの顔色が、少しだけ青くなる。
「何か、空気が冷たいんですけど……」
「「気のせい」」
「だよ」
「ですわ」
見事にハモった異口同音。
しかし、そんなモノを見せられて、ジオが面白いはずがない。
「おまえら、俺を無視するなァァァァァァァァァ――――ッ!」
その叫び声と共に、周りに侍らせていた数体の合成獣をマリク達へと解き放つ。
だが、それはすでに遅すぎる行動だった。
「ぬるいなぁ、ジオ・ランカッツ」
「な……ッ!?」
キメラの群れは、空中でいきなり動きを止めた。
ジオがよく見れば、彼とマリク達の間に、透明な糸が張り巡らされている。
「こ、これは……!」
「それが、今のぼくの能力ってことだよ、ジオ・ランカッツ」
右手に握った真っ赤な骨が、マリクに新たな姿と力を与える。
今回のコスプレは、やっぱり女装。しかも派手に着飾った花魁、マリク太夫だ。
「わぁ、綺麗な蜘蛛の巣の柄ですね~」
パンと手を打って、ヒメノがマリクの着物の柄を称える。
「黒地に白い蜘蛛の巣がパッと散って、白菊が咲いているみたいですね」
「その感想はちょっと無理矢理じゃないか?」
マリクは小さく苦笑しながら、手の中で『篩嬌骨』をクルクル回す。
「……魔力で形成された蜘蛛の糸、か」
「おお、御明察。陰険カスムシのクセにそれはわかるんだな」
「おまえッ!」
「ああ、ごめん。てめぇがカスムシであることと優秀なことは両立できるか」
気色ばむジオを前に、マリクはさらに挑発を重ねる。
さらに数体のキメラが飛びかかろうとするが、全て糸に絡めとられてしまう。
「クソッ……!」
「ただの魔力の糸なワケないだろ。触れた瞬間に筋弛緩を発生させる効果付きだよ」
「えげつないな……」
説明を聞いたタイジュが、そんな感想を漏らす。
透き通って視認しにくい上に、強度も高くて切れにくく、しかも触れるとマヒ。
何だそのトラップは、肉弾戦メインの相手には特効すぎやしないか。
「音に聞こえたジオ・ランカッツのキメラもこの程度か」
「く、ぐ……ッ!」
肩をすくめるマリクに、ジオが悔しげに唇を噛む。
強化魔薬の権威レンジ・カルヴェルと同時期に活躍した魔導職人が、このジオだ。
バーンズ家の活動時期、世界は戦乱の真っただ中。
強化魔薬の需要が尽きなかったように、合成獣もまた各所で重宝された。
合成獣はその名の通り、肉食獣やモンスターを合成させて作る人工の魔獣だ。
ゴーレム生成と比肩するほど手軽に創造できるのが特徴である。
この時代、蘇生アイテムのおかげで死者は少なかった。
しかしそれは『多数対多数』の状況が発生しやすいということでもある。
そのため、各勢力は兵士や傭兵以外の戦力を常に欲していた。
そこに生じる需要を満たすのが、ゴーレムであったり、キメラであったりした。
「クソ、クソ、クソッ! おまえらァァァァァ――――ッ!」
再びジオが大声で怒鳴り出す。
「この俺の作品のクセに、恥をさらすな! そいつらを殺せ、殺すんだよ!」
「ルグゥオオオオオオオオオ!」
「オゥゥオオオオオオオオオオオオオオッ!」
ジオが、糸に絡まっているキメラ達に非常に明快な命令を下す。
その声に含まれた魔力によって、がんじがらめになっているキメラ達が騒ぎ出す。
「む、マヒ毒が……」
触れれば直ちに対象をマヒさせるはずの魔力糸。
しかし、それに絡まれているキメラ達は、激しくもがき始めている。
「耐性獲得能力、か。さすがはジオ・ランカッツ製のキメラだね」
「そういうことだよ! あんまり俺をバカにするなよ、マリク・バーンズ!」
白衣の少年が、今度はゲラゲラ笑い出す。
だが、それをするだけのことはあると、マリクは認めるしかない。
異世界において、キメラの創造は手軽で簡単だ。
しかしそれを極めるとなると、途端に難しくなる。いくらでも強化できるからだ。
「俺のキメラは芸術なんだよ! 俺が直接いじくり回した、至高の生命なんだよ!」
他人をおもちゃにするのが大好きなジオ・ランカッツ。
そんな彼とキメラ創造という分野の親和性は、レンジと強化魔薬のそれより高い。
「殺せ、殺せよ、さっさと喰い殺せ!」
「「ウグオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォ――――ッ!」」
空中に囚われていたキメラの群れが、ジオの魔力号令によってさらに強化される。
そして、その身を縛っていた魔力糸がついに断ち切られた。
「殺せ、殺せェェェェェェェェェ――――ッ!」
癇癪を起こしたジオが、汗にまみれた顔で叫び続ける。
キメラの群れはその声に従って、マリクのもとへと殺到しようとする。
「まずい……ッ!」
マリクの顔に焦りが浮かぶ。
それを目にして、ジオは初めて嬉しそうに笑った。
「ハハハァ~~~~! おまえらなんかに俺のキメラが防げるものかぁ! 喰われちまえ! 俺の趣味を邪魔しやがった罰なんだよぉ~~~~!」
「う、く、くそ……ッ!」
毒づいて、後ろに下がろうとするマリク達。
しかし、背後は壁。追い込まれてしまう。
「ハハハハハハハハァァァァァァァァ~~~~! 死んじまえェェェェ~~~~!」
派手に笑うジオの前で、キメラの群れがマリク達へと襲いかかった。
そして――、
「……ウソだろ、てめぇよ」
次に室内に響いたのは、マリクの呆れた声だった。
「え?」
顔に笑いを張り付けたまま、ジオは固まる。
キメラの群れは、飛びかかる体勢のまま空中に縫い留められている。魔力の糸で。
「え~、同じ手に二回も引っかかる……? えぇ~……?」
これには、マリクも困惑しているようだった。
「な、な……?」
「見事な三文芝居でしたね、マリクさん」
「いや、まさか、引っかかるとか思わないじゃん……」
ぽかんとなっているジオの前で、マリクは無表情のタイジュに渋い顔をする。
「さすがにこの程度は見抜いてくるだろって思ってからかったら、これかぁ。浦川君さ、戦うのやめな? 向いてないよ。やっぱ小物は小物らしく、ダンゴムシみたいに丸まりながら裏でこそこそやってるのがお似合いだよ。いくら何でもバカすぎるよ」
「ぐ、お、おま……ッ!?」
長くため息の尾を引かせ、マリクはやる気を失ったようにそう告げる。
当然、ジオの顔は怒りに真っ赤になっている。
「ついでに言っておくと、今、キメラ達を縛ってる糸は切れないぜ? 一度目の糸の切断で、キメラ達の膂力の限界値は算出済みだ。断言してやる。絶対に切れない」
「バカを言うな! 俺の、俺のキメラは最強なんだよォ!」
ジオが、また声に魔力を込めてキメラの強化を図る。
糸に縛られたキメラ達は、それによって確かに強くなるが、動かない。動けない。
「な、何やってる、おまえら! 動け、動けェェェェェェェ――――ッ!」
幾度、号令を発しようともキメラ達は動かなかった。そして、
「ヒメノ」
「はい。お兄ちゃん」
マリクではなく、ヒメノが前に出ていく。
そしてマリクが魔力の糸を消して、キメラ達の拘束を全て解いた。
「な、ぇ……? な……?」
その行動の意味がわからず、ジオは間の抜けた声を出してしまう。
キメラ達は彼に下された命令に従って、ヒメノに喰いかかろうとする。
「グルゥアァァァァ――――ッ!」
「ダメよ、暴れないで」
しかし前に出たヒメノはそう言って、何と、牙を剥くキメラを撫でようとする。
「痛いのですよね。苦しいのですよね。わかっていますわ、知ってますから」
ヒメノがスッと伸ばした腕が、キメラの頭を軽く撫でる。
それだけで、目を血走らせていたキメラは殺気を霧散させ大人しくなってしまう。
「ほら、他の皆さんも」
「グル……」
「ゥグルゥ……」
ジオは、あり得ない光景を見た。
自分が創造した屈強極まりない戦闘生物達が、一匹残らずヒメノに屈したのだ。
彼女に撫でられ、床に寝そべる様は、大人しい大型犬を彷彿とさせる。
「やっぱり……。ひどいことをしますわね」
「そうか、思ってた通りなんだね」
「はい。お兄ちゃん。この子達は『痛み』で狂暴化させられていたのですわ」
キメラ達を順番に触れて回りながら、ヒメノが悲しげな顔をする。
彼女がやったことは、ヒーラーの本分であるところの『癒し』。
キメラの身に走り続けている『痛み』を、自ら触れることで取り除いたのだ。
「ぐ、が……」
「結局さ」
絶句するジオに、マリクが告げる。
「てめぇに従うヤツなんて誰もいなかったワケだな、ジオ・ランカッツ。そりゃそうだな、自分で作ったキメラにこんな仕掛するような人間だモンな。人気も出ねぇわ」
「う、ぁ、ああああああああああああああああああああああ!」
室内を満たす、ジオの絶叫。そして、少年の影が急激に伸びていこうとする。
「遅いな」
だが次の瞬間には、タイジュの瞬飛剣がジオの全身を浅く切り刻んでいた。
実体化しかけていた影が消え失せて、彼はそのまま気絶する。
「影の異面体、か……。キメラの襲撃と一緒に使われてたら厄介だったかもね」
しかしジオ・ランカッツはそうはしなかった。
それが、この少年の限界ということだ。
「やっぱセンスないよ、浦川君」
呟き、マリクは軽く苦笑して、戦いは決着した。




