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【連載版】出戻り転生傭兵の俺のモットーは『やられたらやり返しすぎる』です  作者: 楽市
第十二章 史上最大の仕返し『冬の災厄』

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第278.5話 人は神を敬い、神は人を救う

 ハエに喰われていくミサキの死体を見下ろすマリクの顔に、表情はなかった。


「お兄ちゃん、今、本当にすごく怒っていますわね」

「まぁね」


 ヒメノの問いかけにも、マリクの返答は素っ気ない。

 それは、いつもの彼の様子を知るタイジュにしてもかなり意外だった。


「ミサキ・リュークトは、そこまでマリクさんを怒らせたってことですか?」

「そうだよ」

「それは、どうして?」


 単なる興味本位からのタイジュの質問。

 しかし、それにマリクはキモが冷えるような低い声で返答する。


「こいつが、神様をバカにしたからだよ、タイジュ」

「神を、バカに……?」


 その言葉は、一度聞いただけではすぐに意味は掴めなかった。

 ヒメノが、そんなタイジュに柔らかい声で補足を加えてくれる。


「マリクお兄ちゃんは聖職者でもありますから、神様という存在には特に敬意を持っていらっしゃるのですわ。それにご自分が信奉していらっしゃる神様も、ね?」

「それはいいから……」


 妹の説明に、マリクは若干気まずそうな表情になる。

 それを見てタイジュは「そういえば……」と、マリクの神について思い出す。


「マリクさんの奥さんでもあるんでしたっけ」

「タイジュ~、どうして口に出しちゃうんだよぉ~、タイジュ~……」


 何故か、マリクに肩を掴まれて揺さぶられてしまった。

 自分は何か悪いことを言ってしまったのだろうか。やや不安になってしまう。


「気にすることはないですよ、タイジュさん。お兄ちゃんは照れてるだけですから」


 ヒメノがクスクス笑っている。

 しかし、今のマリクを見て、タイジュも何となく理解する。


「マリクさんにとって『神』はそれだけ特別なんですね」

「……まぁね。個人的な事情もあるけれど、その通りだよ。ぼくは司祭だからね」


 なるほど。そう言われればさすがに理解できる。

 公でも私でも、マリクにとって『神』は自分にとってのラララのような存在。


 そりゃあ、バカにされればキレるに決まっている。当たり前すぎる。

 だが、ミサキとのやり取りの中に、他にも一つだけ気になるワードがあった。


「マリクさん」

「何かな?」

「マリクさんにとって『救い』っていう言葉も、大事なんですか?」


 タイジュがそれを尋ねると、マリクは「お」とちょっと興味深げな反応。


「どうして、そう思ったのかな?」

「ミサキ・リュークトとの会話の中で、それっぽいこと言ってたじゃないですか」

「耳ざといなぁ」


 マリクは苦笑する。


「でも、そうだね。少しだけ話そうか、異世界での『救い』について」

「異世界での、『救い』、ですか……?」


 異世界でもこっちでも『救い』は『救い』、なのではないだろうか。

 そんなことを考えるタイジュであるが、それは見透かされていたらしく――、


「もちろん、宗教的な意味での『救い』という言葉についてだからね?」

「あ、はい……」


 完全に言い当てられてしまった。ちょっと気恥ずかしくなる。

 だが同時に納得もした。

 宗教的な観点で見ればこっちと異世界では随分と意味が異なってくるだろう。


「異世界の宗教には『死後の救済』っていう概念がないってことですね」

「そうだね。そういうことだ。だって生き返れるからね」


 蘇生アイテムが存在する異世界は、戦乱の時代であっても死亡率は低かった。

 つまり、こっちの世界より死に恐怖する人間が少なかったということだ。


「異世界には輪廻転生の考え方があった。そして、それで十分だった。死後の救いなんて誰も必要としてなかった。それだけ、異世界では『死』の価値は安かったんだ」


 寿命が尽きる前に死んでも生き返ることができる。

 そして、寿命が尽きて死んでも、魂は輪廻して新たな生を得られる。とされる。


 なるほど、死はさして怖いものではない。

 本当は死ぬのが怖くて仕方がないタイジュでも、そう思えるくらいだ。


「だからこそ、異世界の人間は『生きているうちの救い』を求める傾向が強くなる。現世利益の追求とか言っちゃうと、途端に即物的になっちゃうけど」

「生きてるうちの救い……」


 これも、理解できるし納得できる話だった。

 死に怯えずに済むなら、次に欲するのは『死ぬまでにどれだけ得をできるか』だ。


「それを『神』がしてくれる、ってことですか?」

「ある意味ではね」


 と、マリクは言ってくるが、タイジュにはまだ意味が掴めない。

 それもわかっているのか、小学生の義兄(予定)はさらに説明してくれた。


「『救い』って一口に言っても、その内容は多岐に渡る。種類に分ける意味なんてないくらい、十人十色。百人百色。千人千色だからね。本当に人それぞれだよ」


 そう言われれば、タイジュもなるほどと思えた。

 人は本当に多種多様。何がその人物にとっての『救い』になるかわからない。


「重要なのはね、タイジュ。本当に救われることじゃないんだ。その人が『ああ、救われた』という気持ちになることが大切なんだよ。……わかるかな?」

「はい、何となく程度、ですけど」

「それで十分だよ。別にこれは授業でもないし、講義でもないからね」


 ニッコリと笑うマリクは、姿は子供なのにタイジュには年上にしか見えなかった。


「異世界には何でも解決してくれる『全知全能の神』はいない。でも、代わりに『全知全能じゃないけど人よりすごい力を持った神』は実在するよね?」

「はい。そうですね。確かに」


 マリクが信奉する神ディディム・ティティルは『矮神格』で神としては底辺。

 しかし、それでも場合によっては人よりも優れた能力を発揮する。

 扱える力が小さかろうと、神には神と呼ばれるだけの能力と理由が存在するのだ。


「そう、異世界には明確な『人にとっての上位者』が実在している。大事なのはそこなんだよ、タイジュ。自分と言葉が通じる、より大きな存在がいるということがどういうことか。それはね、確かな『救い』を得られる保証があるってことなんだ」

「すいません、それはちょっとわからないです。一体、どういう……?」

「簡単だよ」


 マリクは笑って、そして本当に簡単な理屈なのだと教えてくれる。


「幼い子供が大人に褒められて嬉しくなるのと同じことさ」

「あ……」


 目の前の少年の言葉が、タイジュの心にするりと入り込んで、納得に変わる。


「そう、神という確かな上位者から褒めてもらえる。励ましてもらえる。慰めてもらえる。それだけで人は『救い』を得られるんだ。……もちろん、そのためにはまず自分自身が神に対する敬意を持っていなくちゃいけない。それはわかるね?」

「はい、もちろんです」


 タイジュはうなずく。


「『人は神を敬い、神は人を救う』。それが異世界での人と神の関係性だ。一方で、神が実在しないこっちだとそれは『人は神を敬うけど、神そのものは人を救わない。救う役割を果たすのは別の人間か自分自身』といういびつな形になってしまうね」


 それはそうだろう、と、タイジュは思う。

 神の実在が証明されてないこちらの世界では、宗教の扱いも大きく変わってくる。

 先に挙げられた『死』に関する差異もあり、異世界とは根から違っている。


「ぼくがミサキを許せないのはね、あの女がこっちの世界の理屈を異世界に持ち込んだことなんだよ。異世界の聖職者として、それは絶対的な禁忌だとぼくは思ってる」

「それは、どうしてですか?」

「こっちの世界における『神』は《《人に利用されるためのものだからさ》》」


 こっちの世界と異世界との違い。

 それは『死』が絶対的な価値を持っていることと、神が実在しないこと。


「『機械仕掛けの神様デウス・エクス・マキナ』とはよく言ったものだと思うよ。こっちの世界での『神』は、まさに人が『救い』を得るために構築したシステムなんだ。電車や郵便と同じく、人が利用するために人が生み出した概念だよ」

「……そうか、なるほど」


 ここまで説明を受けて、タイジュはマリクが禁忌と言った理由を理解し始める。

 人は電車や郵便を利用するが、果たしてそれらを畏れ敬うか。という話だ。


「――こっちの世界の人間は『神』を敬わない?」

「そこまで行くと極論すぎるけど、言ってしまうとそういうことだね。いや、敬ってはいるんだろうけど、その敬意は結局『救いをもたらす神という概念』に対してのモノで、もし神が違うモノだったらそこに敬意は生まれてないんじゃないかな?」


 つまりこっちだと『神は人を救い、人は神を敬う』というカタチになるのか。

 まず最初に『救い』ありき。そして次に神への敬意、感謝。

 でも考えてみるとその順番は、いわば『救い』をもたらす神への報酬ではないか。


「立場が、まるっきり逆転してるだろ?」

「はい……」

「だから禁忌なんだよ。自分を救ったら敬ってやる、なんて、異世界で誰がどこの神様に言えるんだい? 少なくとも、ぼくはそんなことを言うヤツは即殺即滅だね」


 マリクの言うことが過激だ。しかし、気持ちはわかる。

 自分を救えば敬ってやる、などという態度のどこに敬意があるのか。


 だが、こっちの世界ではそれで正しい。

 今のところ、こっちでの神は、空想の中だけに存在する虚像に過ぎないのだから。


「これは、どういう差なんでしょうか?」

「決まってるよ。肌で感じられるかどうかの差だよ、これは」


 神という存在を実際にその身で実感できるか否か。

 それが全てであると、マリクは語る。


「なるほどなぁ……、なるほど」


 タイジュは腕を組んでうんうんと何度もうなずく。


「何か、一つ賢くなれた気がします。ありがとうございます。マリクさん」

「う、ぼ、ぼくからすると、半ば愚痴みたいなモノなんだけどね……」

「そうなんですか? それにしては、すごく説得力がありましたよ。あと、さすがは神様を奥さんに持ってるマリクさんですね。神様への深い敬意も伝わってきました」


 彼にそう笑いかけられて、マリクの顔があっという間に真っ赤になってしまう。


「あれ……?」

「ふふふ、マリクお兄ちゃんはその話題になると、すぐにこうなっちゃうんですよ。照れ屋さんですから。もっと堂々としててもいいと思うんですけどね、私は」


 それまでずっと黙って聞いているだけだったヒメノが、小さく笑う。

 すると、マリクはますます顔を赤くして、その場から逃げるように駆け出した。


「ほら、次に行くよ、次ー!」

「は~い、待ってください。お兄ちゃんったら」


 ヒメノが、笑顔のままそれを追いかける。

 先を行く双子を見送りつつ、タイジュもそれに続いて歩き出す。

 そして彼は呟いた。


「……『救い』、か」


 自分にとってのそれは何か。

 そう考えたとき、答えは即座に出た。考えるまでもないことだ。


「あ~、何か無性に会いたくなってきたなぁ、田中……」


 そういえば今日のお弁当の感想、聞いてなかったな。

 そんなことまで思い出し、余計にラララに会いたくなったタイジュだった。

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