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【連載版】出戻り転生傭兵の俺のモットーは『やられたらやり返しすぎる』です  作者: 楽市
第十二章 史上最大の仕返し『冬の災厄』

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第276.5話 マリク・バーンズの告解

 レンジの研究室を出て、直後。


「あ」


 マリクが小さく声を出す。


「お兄ちゃん?」

「どうしました、マリクさん」


 反応するヒメノとタイジュに、マリクは「ごめん」と軽く苦笑する。


「ちょっと忘れ物したよ。一回戻るね、一分くらいで戻るから」


 その手に『竜胆符』を取り出して、マリクは再び研究室に入っていく。

 閉じたドアに符を貼れば、室内の様子は一変する。

 符の力によって『竜胆拠(リンドウキョ)』内にあるマリクの部屋に通じたのだ。


 多数の本棚が並んでいる、書斎のような部屋だった。

 その一角に、ベッドと机が置かれている。

 大きな窓から外を除けば、のどかな田園風景が広がっている。風景だけだが。


「…………」


 マリクは、辺りを見回して小さく息をついた。

 そしてすぐさま、自分の部屋の中にさらに魔法による結界を張る。

 これによって、室内の時間の流れが加速し、一分が一時間ほどに引き延ばされる。


 それだけではない。

 彼は次に、探査無効の結界を展開した。


 これで外側からこの部屋の中を覗き込むことはできなくなる。

 リンドウキョの主であるヒメノであっても、この部屋の中は確認できないはずだ。

 加えて、スダレでもこの場で異面体を使わない限りは、何もわからないだろう。


「――あと、少しだけ」


 呟いたのち、マリクはさらに何種類もの結界を張っていく。

 その厳重さは病的なほどで、その防備を突破できるのは異能態だけというレベル。

 それでもいくばくかの不安が、彼の中には残っていた。


「これくらいが限界、か……」


 思いつく限りの防護結界を多重展開し、マリクは息をつく。

 そして、収納空間(アイテムボックス)の中から、机の上に何かを取り出す。


 それは、見るからに古めかしいランタンだった。

 火はついていないが、中にポツンと小さい光が宿っている。


 マリクは、そのランタンを前にして床に膝立ちになり、両手をしっかりと重ねる。

 目は伏せて、強く念じながら俯くさまは、誰が見ても祈りのポーズ。

 事実は、彼は祈っていた。


「……我が神よ」


 声を零すその唇は、にわかに震えている。


「どうか、この愚かなぼくの罪を、どうかお聞きください。……我が神よ」


 マリクが祈っていると、ランタンの芯の部分にある光がポゥと強まる。

 そして、そこから光の粒子を散らし、小さな妖精らしき姿をした少女が出現する。


 背に透明な羽根を生やした彼女こそがマリクが言う『神』。

 彼が信奉している『光と闇の神』であるディディム・ティティルだ。


 御大層な二つ名を持っているが、その実、神としての格は底辺である『矮神格』。

 司っているものも本当は『光と闇』ではなく、ただの『照明器具』である。


 その性格はビビリで、三下で、とても神とは思えない。

 普段から何かにつけてマリクに頼り、泣きついているという情けなさであった。


 マリクから『ディ・ティ』と呼ばれる彼女だが、しかし今は様子が違う。

 現れ出た彼女は、祈るマリクの前まで飛んで、自らも手を組んで祈り彼に求める。


『あなたの罪を聞きましょう。告白しなさい、マリク』

「はい、我が神よ」


 マリクが、眉間にしわを集めて自らの『罪』を言葉にし始める。


「ぼくは、負けました。また、負けました。今日こそはヒメノを守ろうと思ったのに、また、負けたんです。ヒメノを守ろうとして、ヒメノに守られたのです」

『それは、何故ですか。あなたは何に負けたのですか?』


「ぼくが負けたのは、敵の異面体です。触れた時点で終わるしかない。そういうたぐいのものであることを、ぼくは見抜けませんでした。ぼくはそれに負けました」

『ですが、あなたは生きています。負けたのに生きているのは何故なのでしょう?』


「ヒメノです。彼女の力がぼくを守ってくれました。ヒメノがいなければ、ぼくは負けていました。こうして、ここで罪を告白することもできていなかったでしょう」

『それは悪いことなのですか? あなたが守られたことは、本当に罪なのですか?』


「いいえ、我が神よ。それは罪ではありません。それは罪の根に当たるのです」

『では、あなたの言う罪とは何なのですか。我が信徒、マリクよ』


 一対一で、互いに祈りを捧げながら、信徒は神との対話による告解を続ける。


「ぼくの罪は……」


 一瞬だけ、言い淀む。声にも震えが走る。


「ぼくの罪は、妹のヒメノに対して『消えてほしい』と願ったことです」

『…………』


 自ら告げたその事実にマリクはきつく目を閉じ、耐えようとする。

 神は、そんな彼に無言を返す。


「ヒメノがいなければ、ぼくは負けていました。その事実を知りながら、ぼくはあの子に対して悔しさと憎悪を募らせたのです。助けてもらったのに、大事な妹なのに」

『何故、そんなことを感じたのですか? 何故、その罪を犯したのですか?』


 神は、信徒の心の中に容赦なく切り込んでいく。

 信徒は、己の罪を暴こうとする神に感謝を捧げながら、さらに続ける。


「我が神よ、聞いてください。罪を犯した理由は、ぼくが『お兄ちゃん』だからです。ぼく自身がそのことに、勝手に誇りと優越感を持っているからです」

『それは、悪いことなのですか? それは、罪に繋がることなのですか?』


「違います。神よ。ぼくが感じている誇りは罪ではないはずです。でも、ぼく自身が愚かであることが、罪を生み出しているのです。ぼくは、妹に嫉妬しているのです」

『何故、嫉妬などするのですか? 兄であることを誇りに思うあなたが、何故?』

「それはぼくが……、《《ぼくが》》、《《劣っているからです》》」


 自らも心底自覚している、己自身の罪の根源。その根っこ、全ての核心。


「ぼくは、ヒメノに激しい劣等感を抱いているのです。それが罪の根っこです」


 ――劣等感。優れた妹に対する、劣っている兄の、醜い対抗心。


「ヒメノは、ぼくの自慢の妹です。美人で、性格もよくて、人当たりもよくて、物腰も柔らかで、友人も多いし、スポーツもできるし、魔力量もぼくの何倍も多いし、精神力だってぼくよりずっとある、欠点なんて何も見当たらない『万能の人』です」

『あなたは、それを妬んでいるのですか?』


「そうです。ぼくは魔法の天才なんて呼ばれていますけど、本当の天才はぼくではなく、ヒメノの方なんです。ぼくはただ、あの子に負けたくなくて頑張っただけです」

『それは、あなたにとって苦しいことなのですか?』


「いいえ、神よ。身に着けた魔法の技術は、今のぼくを立たせてくれている大切な背骨です。でもそれは同時に、ぼく自身のみじめさの象徴なのです……」

『何故、みじめなのですか? 何が、あなたを苛んでいるのですか?』


 神と信徒の一問一答。

 マリクは、それを通じて自らの醜さに向き合おうとする。


「ぼくは、自分が身に着けた魔法に縋っているのです。ぼくがヒメノに優っているのはこの点だけで、他の全てであの子に劣っています。その事実が、ぼくを苛みます」

『それだけではありませんね、我が信徒よ』


「はい、その通りです。我が神よ。ぼくはさっき、ヒメノに救われました。負けていた戦いを、あの子のおかげで生き残れました。ぼくはヒメノに感謝しています」

『それだけではありませんね、我が信徒よ』


「はい、その通りです。我が神よ。ぼくはヒメノに感謝しています。そして同時に、再び妬みの感情に駆られました。負けた己を棚に上げて、ぼくは妹を妬んだのです」

『それが、あなたの罪なのですね』


 踏み込んでいく。どんどんと、神の導きによって、己の醜さの中へと。


「そうです。劣るぼくは、秀でるあの子に妬みと憎しみを抱えています。そして、兄であるいう事実に縋り、根拠のない優越感をもってあの子に接しているのです」


 自分こそが、ヒメノを導く側である。

 だからヒメノはぼくを導くんじゃない。妹のクセに。導かれる側のクセに。


 自分こそが、ヒメノを守る側である。

 だからヒメノはぼくを守るんじゃない。妹のクセに。守られる側のクセに。


 兄である自分こそが、ヒメノを守り、助け、導くんだ。

 自分が、兄である自分こそが、お兄ちゃんである自分こそが――、嗚呼、醜い。


 ほぼあらゆる面において、妹に劣っている分際で……!

 何といびつな優越感。何と肥大化した劣等感。見るも無残、語るも無残!


「これがぼくの罪です。醜く穢れた、きたならしいぼくという人間が犯した罪です」

『よろしい』


 神が、信徒の罪を聞き届ける。そして問う。


『では我が信徒よ、あなたは私に何を求めますか。罪を告白し、どうしますか?』

「神よ、ぼくの心の内を唯一知る方よ。――《《どうかぼくを許さないでください》》」


『それは何故ですか? 罪に対し、あなたは許しを求めないのですか?』

「はい。ぼくが許しを求めることはありません。ぼくは自らの罪を抱えて生きていきます。この醜さもぼくの一部なのだと知りながら、生きていきます」


『では、そのために、あなたは私に何を望むのですか?』

「我が神よ、どうかあなたの光で、この醜さを照らし続けてください。ぼくの醜さ、ぼくの罪、ぼくの愚かさを、その光で心の陰から浮かび上がらせてください。そうすることでぼくは、自分の醜さを戒め続けられるから。それを表に出さずに済むから」


 神が、閉じていた目を開く。そこに、涙を流しながら悔いる信徒の姿が見える。


『我が信徒、マリクよ。あなたの望みを叶えましょう。神としては小さき身なれど、このディディム・ティティルは精一杯の光で、あなたの心を照らしましょう。だから、どうか泣かないで。あなたが己の醜さを悔いるのは、あなたの中にヒメノちゃんに対する確かな愛情があるからなのよ。それはきちんと自覚しておきなさいな?』

「はい、はい……ッ!」


 ズビと鼻水を啜って、マリクは服の袖で涙を拭う。

 そして、彼もやっと目を開ける。


「うううぅ~、ありがとうございます。ディ・ティ様ぁ~!」

『あてぃしねぇ~、マリクのそゆとこはちゃんとご両親に打ち明けて、じっくり時間をかけて話し合うべきだと思うんだけどぉ~? 現状維持は苦しいだけよぉ~?』


「無理ですぅぅぅ~~~~! それだけは、絶対に無理ですよぅぅぅぅ~~~~!」

『はいはい、あてぃしが悪かったってば。だから泣くのはやめなさい、ね?』


 床に正座して声をあげるマリクの周りを、ディ・ティが苦笑しながら飛び回る。


『ホントーに、あてぃしみてーな三流の『矮神格』なんかを信奉しちゃって、マリクも変な子なのよねぇ~。あてぃしにできることなんて、大したことないのに~』

「いいえ、ディ・ティ様はすごい神様です。今だってぼくの心は救われました!」

『そぉ~お? ならよかったわぁ~♪』


 マリクに言われて、ディ・ティは嬉しそうにその小さな手を叩いた。


『あなたは可愛いから、泣いてるより笑ってる方が絶対似合うのよ~!』

「ぼく、男の子ですけど、ディ・ティ様?」

『キレすぎると女装するクセを持ってるヤツがどの口でそれを言ってるのかしら?』


 図星を突かれ、マリクは何も言えなくなってしまう。

 さらに、そこにトドメとばかりにディ・ティが追撃を仕掛けた。


『また何かあったらいつでもお話するのよ、マリク。遠慮だけはしちゃダメよ? だって、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「うぐぅ……ッ!?」


 からかうような軽い調子で告げられた神の言葉に、マリクは一気に顔を赤くする。


『あらら~、照れちゃったわ~。でもマリクったら、いっつもその辺に触れてくれないから、あてぃしもちょっと寂しいっていうかぁ~、ねぇ~?』

「そ、それは申し訳ないっていうか、あの、その……」


 すっかり恐縮するマリクのおでこに、ディ・ティが小さくキスをして笑いかける。


『フフ~、今日のところは可愛く照れるマリクが見れたから許してやるのよ。ほら、そろそろお行きなさい。ヒメノちゃん達が待ってるんでしょ?』

「はい、そうですね。それじゃあディ・ティ様、ぼく、行ってきます」


『はぁ~い、いってらっしゃ~い、あ・な・た♪』

「それはやめてくださぁ~~~~いッ!?」


 マリクが、派手に照れて声を荒げる。

 ディ・ティはそれに満足して、最後に笑顔を見せてランタンへと戻っていった。

 ランタンを収納空間に収めてのち、マリクが盛大に息をつく。


「……今度、何か供物を用意しなくちゃなぁ」


 そうひとりごちて、彼は結界を解除して自室から出ていく。

 鬱屈したものを抱えていたその心は、たった数分間で見違えるように軽くなった。


 バーンズ家次男、マリク・バーンズ。

 十五人の兄弟の中でただ一人、神と婚姻を交わした男が、彼である。

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