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【連載版】出戻り転生傭兵の俺のモットーは『やられたらやり返しすぎる』です  作者: 楽市
第十二章 史上最大の仕返し『冬の災厄』

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第275話 柏木蓮司の黄昏:前

 マリクにとって、レンジ・カルヴェルを取り巻く事情などどうでもよかった。

 彼がどういう経緯で『Em』に入ったかは、スダレから聞いている。


 なるほど、柏木蓮司は大層な悪人だ。

 人を殺した数は一人でも、その一人の命を完全におもちゃにしていた。


 被害者の女子中学生については気の毒だとも思う。

 お腹の子のことも含めて、柏木蓮司がやったことはまぎれもない外道の所業だ。


 しかし、それでもマリクには他人事だった。

 名も顔も知らない女子中学生には、同情もするつもりはない。

 ただ、運が悪かったな、と思う程度。


 またマリクは、異世界におけるレンジ・カルヴェルについても考える。

 錬金術師レンジ・カルヴェルは、異世界では関わったことがない相手だった。


 主な活動地域が、バーンズ家と遠く離れていたことが理由としては大きい。

 ただ、レンジの名はマリクも聞いたことがあった。


 同じ錬金術師のジルーとも関わりを持っていたレンジは、ある分野で有名だった。

 その分野とは『肉体強化用魔薬』作成について、だ。


 数百年に渡る戦乱が続いた、バーンズ家の活動期。

 そこで最も広く使われた魔薬が、回復用のポーションと強化用魔薬だ。


 魔薬を娯楽のために使っていたジルーと違って、レンジはその分野の権威だった。

 カルヴェル製の強化魔薬といえば、確かな効き目から常に需要は尽きなかった。


 マリクも、弟のジンギと共にその強化用魔薬を解析したことがある。

 見事な効き目を発揮する、芸術的な蘇生の魔薬。そう思ったことを覚えている。


 その芸術性は、レンジ・カルヴェルという人間の在り方がなせる業だったようだ。

 生物の『変化』とそこに生じる『差』をこよなく愛する、レンジの性癖。

 その度し難い嗜好が、長く続く戦乱の時代に上手くマッチしてしまった結果、か。


 人に大きな『変化』をもたらす魔薬の調合は、彼にとって最高の趣味だったろう。

 しかも、それが常に需要が尽きないとなれば、異世界は天国だったに違いない。


 そんな彼が『出戻り』を経て日本に戻ってきた。

 こっちでの彼は単なる犯罪者だ。警察も追っているだろうが、まぁ、捕まるまい。

 ただ『出戻り』というだけで、日本では大きすぎるアドバンテージだ。


 そんな、柏木蓮司の現状。

 そんな、レンジ・カルヴェルの現状。


 ああ、やっぱりどうでもいい。

 マリクにとって、目の前の男の存在はどうでもいい。在り方もどうでもいい。

 ただ唯一、これだけはと思える、許せないことがある。


「おまえ」


 マリクが、手にした己の異面体『篩嬌骨(フルイキョウコツ)』をレンジへとかざす。


「何で中学校にしたんだ?」

「……何の話かな?」


 いきなりの質問に、レンジは片眉を上げる。


「何で、小学校でもなく、高校でもなく、中学校を選んだんだ?」

「もしかして、私の赴任先について言っているのかな?」

「何でだよ、答えろ!」


 食ってかかるようなマリクに、レンジは軽く肩をすくめる。


「その様子だと、私が赴任先について自ら希望を出していたこともご存じのようだね。まぁ、大した話でもないが、中学生が一番やりやすかったからだよ」

「小学生じゃ、子供への親の影響が強すぎてやりにくい。高校生じゃ、生徒本人が余計な知恵をつけていることも考えられる。だから中学生にしたんだな。自分が自立しているという幻想に囚われた、でもその実態はまだただの子供でしかない中学生に」

「そうとも。よくわかったね」


 パンパン、と、レンジが軽く拍手を贈る。

 そして、その後方から何か低い唸り声が聞こえてくる。


「ところで侵入者諸君。君達が私と悠長に話している間に、番犬が到着したぞ」


 唸り声の主が、レンジの横を通り過ぎて姿を現す。

 それは、虎よりも一回り以上は大きい、黒い毛に覆われた四足の獣だった。

 頭の左右からは捩れた角が伸びて、この世界のどの肉食獣とも違う姿をしている。


「……合成獣(キメラ)、ですね」


 手に愛刀を構えたタイジュが、一歩前に出ようとする。


「フフフフ、ウチのキメラにそんな刀一本でも挑もうというのかい? バーンズ家といったが、どうやらとんだ愚か者の集団らしいね。全く、笑わせてくれるね」


 言って、レンジはいつの間にか手にした注射器をキメラの背に突き刺す。

 すると『変化』は直ちに生じた。


「ゥゥゥゥゥゥオオオオオオオゥゥゥゥゥゥゥゥゥ――――ッ」


 ただでさえ大きなキメラがさらに肥大化し、角が増え、目が剥き出しになる。

 口はより大きく裂けて、鋭さを増した牙はそれ自体が刃物のようだ。


「アハハハハハハハハハ! アッハハハハハハハハハ! 美しい、素晴らしい! 最高の『変化』だ! 強きものがより強く、より雄大に! アハハハハハハハハ!」


 そこに起きた『変化』と、元の姿との『差』にレンジが心底から歓喜する。


「なこれから君達はこのキメラに八つ裂きにされる。……もったいないと思わないか? 君達はいずれも容姿に優れている。ここでそれを破壊し尽くされて無駄に骸を晒すくらいなら、私の実験台になってくれないか? 君達の『変化』が見たいんだ」


 その瞳に尋常ではない光を宿し、レンジがそんな要求をしてくる。

 タイジュは無表情に彼を睨み、ヒメノも険しい顔つきを見せる。そしてマリクは、


「うるせぇな、これからクタばるてめぇに趣味の時間なんて残っちゃいねぇんだよ」


 一人、静かにブチキレていた。


「クソ野郎が、よりによって中学をターゲットにしやがって。それでまかりまちがってヒメノの学校にてめぇが着任してたら大変なことになっただろうがよ。あァ?」

「ふむ、何の話かな……?」

「ぼくがこれからてめぇを殺す。そういう話をしてるんだよ!」


 そして、マリクが深紅の大腿骨を真上に高く掲げる。

 異面体――、『篩嬌骨(フルイキョウコツ)』。

 それはマリクという少年が宿す蛮性の証であり、バーンズ家で最も器用な異面体。


 そのときの『マリクの気分』に合った姿と能力を、彼に与える。

 例えば、ストレスが溜まりまくった際には、はっちゃけるように魔法少女の姿に。

 例えば、使命感に心を燃やした際には、誰よりも勇敢に立ち向かう勇者の姿に。


 そして今、妹を案じ、迫る脅威を排除せんとする彼に、深紅の骨は力を与える。

 そこに現れるのは、大きく広がる漆黒の翼。腰から伸びる黒い尻尾。


「うぉ、出た……」


 それを見ていたタイジュが思わず低く唸る。

 変化したマリクの姿は、皆が悪魔を想起する。その名も安直、デーモン・マリク!


「喰い殺せ!」

「ルルルルルルルルルルルルルルォォォォォォォォォォ――――ッ!」


 レンジの命令を受けて、キメラがマリク達に襲い掛かろうとする。

 そこに、黒翼を生やした少年は小さく一言。


「死ね」


 パンッ。

 と、風船が割れるようん軽い音がして、巨大な肉食獣はその姿を消した。


「……あれ?」


 命じたままのポーズで、レンジが固まる。

 三人の子供を喰い殺すはずだった肉食獣は、その身を黒い雫に変えて消えた。


「久しぶりに見ましたわね。タイジュさん」

「そうですね……。さすがは、マリクさんの『完全即死魔法』だ」


 外敵を排除する意志によって発現するデーモン・マリクの能力。

 それは、蘇生アイテムも使えない、対象を液化させ死体も残さない『即死魔法』。


 殺傷能力の面でいえばタマキを超え、ヒナタを超え、バーンズ家最強格。

 ただし、デーモン・マリクは家族に働かない能力なので、格付けに意味はないが。


「…………」


 デーモン・マリクが、レンジの方を一瞥する。

 レンジは、顔を青ざめさせながら身をのけぞらせるが――、


「な、何だ今のは! ど、どういう『変化』なんだ! 一体何をしたんだ!?」


 その顔には、興味の笑みが浮かぶのだった。

 彼の『変化』に対する愛情は本物だ。タイジュとヒメノがそれを感じとる。


「これから死ぬてめぇに、知る機会はねぇよ」


 マリクだけは一顧だにせず、手にした赤い骨をレンジにかざす。


「う、ま、待て……ッ、話せば、は、話せばわか……!」


 途端に慌て出し、後ずさるレンジ。

 しかし、言い終える前に汗にまみれたその顔に歪んだ笑みが浮かぶ。


「今だッ! 猛冒硫(モボル)ッ!」


 レンジ・カルヴェルが己の異面体を展開する。

 彼の前面に現れたのは、空間に浮かぶ巨大な『口』。そこから何かが放たれる。


 毒々しい濃い緑色をしたそれは、生物に様々な『変化』を与える変成ガスだった。

 吸い込む必要などない。

 肌にガスが触れさえすれば、即座に何らかの『変化』を生じさせる。


「アハハハハハハハハハ! フッハハハハハハハハハハハハァ――――ッ!」


 腐蝕の霧に包まれたその場を見て、レンジが再び笑い声を響かせた。

 終わりだ。終わりだ。終わってしまった。自分の勝ちだ。勝って終わったのだ。


 変成ガスの効果の強さは、彼が最も誇るところだ。

 どんな生物だって、このガスの前には無残に『変化』して肉の塊と化してしまう。

 そして自分は、無力化した敵を見て、その『変化』を楽しむのだ。


「ヒハハハハハハハハハハハハッ! 口ほどにもないな、バーンズ家、ハハハ――」


 笑うレンジの右肩を、刃が貫いていた。


「――ハ……?」

「『羽々斬(ハバキリ)』。おまえの全回復魔法を刺し貫いた」


 固まる彼の前で、ハバキリを握るタイジュが、静かにそう告げる。

 腐蝕の霧は晴れて、そこに全く『変化』していないマリクとヒメノが立っていた。


「ぁ、あ……? ぁぁ、あああああああああああああああああああああッ!?」


 受け入れがたいその光景と右肩に走る激痛に、レンジが絶叫を響かせる。

 手にした扇を開いたヒメノが、口元を隠して告げる。


「私の『竜胆拠(リンドウキョ)』は、あなたのような能力には天敵でございまして」


 ヒメノの異面体であるリンドウキョの能力は拠点形成だけではない。

 ヒーラーであるヒメノの性質を帯びた『不傷』の効果を、身内に付与できるのだ。

 それは負傷や毒といった悪影響を受けつけなくなる、かなり強力な効果だった。


「詰みだ、レンジ・カルヴェル」


 尻もちをついたレンジを、三人が取り囲む。

 ここに、一つ目の戦いは決着した。そしてここからは、仕返しの時間だ。


「中学生を狙った時点で、てめぇの末路は破滅一択だ、レンジ・カルヴェル」


 デーモン・マリクの顔に、その名に相応しい笑みが浮かんでいた。

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