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【連載版】出戻り転生傭兵の俺のモットーは『やられたらやり返しすぎる』です  作者: 楽市
第十二章 史上最大の仕返し『冬の災厄』

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第274話 柏木蓮司という男について

 物心ついたときから、柏木という男は『変化』と『差』に対する興味が強かった。

 ちょっとしたことが原因で、人やモノは大きな変化を起こす。

 その『変化』の過程と、元の状態との『差』を確かめるのが好きだった。


 例えば、飼い犬を蹴ってみる。

 最初は鳴いて怖いが、何回も蹴っているとやがて犬の方が怯えてくる。

 最終的に、蹴ろうとするだけで犬は弱々しく鳴くだけになった。


 飼い犬よりも自分が強いのだという気になれた。

 しかし、蹴りに行くのも面倒で、他に簡単な手段はないかと常日頃探し続けた。


 そうして辿りついたのが『薬物』であった。

 薬を飲めば、病気が治る。

 柏木は、幼い頃からその現象が不思議で不思議で仕方がなかった。


 何故なら、風邪をひいたとき、ご飯を食べても熱は下がらない。

 しかし『熱を下げるお薬』を飲むと、すぐ熱が下がった。


 不思議だった。理解できなかった。

 まるで魔法だと思った。何でそうなるのだろうと必死に考えた。


 しかし、当時はまだ柏木は小さくて、知識もなかった。

 そのため彼にとって薬は『飲めば必ず目的通りの変化を起こす魔法の品』だった。


 物事の『変化』に興味を持つ彼が『薬物』に心惹かれたのは、半ば必然だった。

 そうして、柏木蓮司は『薬物』と隣り合わせの人生を歩むこととなる。


 だが、勘違いしてはいけないのは『薬物』は目的ではなく手段であるという点だ。

 柏木は別に、化学者になりたいワケではない。


 その人生の中で歩んだ道は確かに化学に寄っていた。

 高校も、大学も、そうした分野を重視して選び、じっくりと学んで知識を蓄えた。

 彼を知る周りの人間は、柏木は化学者になると信じて疑わなかった。


 だが、彼が進んだのは教職の道だった。

 理化学系の学部で博士号までとった彼だが、そこから教育学部に入り直したのだ。


 その珍妙なる行動に、誰もが驚いた。

 しかし、柏木は『化学教師になるのが夢だった』と嘯いて周囲をけむに巻いた。


 もちろん、そんなワケがない。

 ただ、教師になりたいという想いは本物だった。

 本気の本気で、彼は教師を目指した。


 だが根っこにあるのは『未来ある子どもを導きたい』という高潔な志ではない。

 あるのは、真っすぐで純粋な『実験動物の変化を近くで見たい』という欲求だけ。


 柏木にとって学校は『実験用の大きな箱』で、学生は『実験用の動物』だった。

 年齢を経ても、彼は何も変わっていない。

 この男はどこまでも『変化』という過程と『差』という結果を愛していた。


 かくして、柏木蓮司は化学教師となった。

 幸運にも彼は周りに合わせる程度の社交力があり、疑う者は一人もいなかった。

 そして欲求を満たすことについても、彼は非常に狡猾に動いていた。


 勤め先は、星葛市内の中学校。

 化学教師としてそこに着任した彼は、授業に使う名目で薬品を買い漁った。


 そして、保険教諭に接近し、体の弱い生徒の情報を集めて回った。

 次に、その生徒の普段の体調と家庭環境、特に財政面について深く調べていった。


 さらに、自分からその生徒に近づき、信頼を得ていった。

 厄介なことに、柏木は人当たりがよく、処世術に長けていてコミュ力が高かった。

 そして関係を深めることで、その生徒の悩みを聞くまでの関係を築いた。


 これで、自分専用の実験動物ができあがった。

 あとはその生徒に『効き目の高い薬』と称して『薬物』を飲ませるだけだ。


 騙すのは簡単だった。

 その生徒の家の財政では手が出せない高価な薬だと偽ったのだ。


 多くの人間は『高価な薬』を『いい薬』であると誤認する。

 もちろん、その認識でも間違いはない。

 ただ、それが実際に『高価な薬』であった場合は、だが。


 柏木が生徒のために用意した薬は『高価な薬』などではなかった。

 それは、彼自身がただメチャクチャに調合しただけの『薬物』でしかなかった。


 だが、一定の時間をかけて築き上げた偽りの信頼関係が、柏木を守った。

 彼は『副作用は強いが、効き目も高い薬だ』と偽って、生徒に薬を渡し続けた。


 そして、その生徒は何ら疑いを持つことなく、柏木から渡された薬を飲んだ。

 この時点で、柏木の行ないを知っている者は彼本人と生徒だけ。

 生徒も柏木を信じ切っており、彼のことを周りに口外することは決してなかった。


「君のためを思ってのこととはいえ、僕がしていることは社会的には正しいことではないだろう。だから、すまない。このことはどうか黙っていてほしい」


 そんな風に言われると、生徒の方も悪い気はしない。

 柏木は、自分のことをそこまで重く捉え、考えてくれている。と、感じてしまう。

 無論、柏木本人はそこまで見越して、生徒にそう言ったワケなのだが……。


 かくして、柏木はついに自分の欲求を満たす環境を手に入れた。

 一応、生徒の状況が極端に悪化しないよう、調合の際には配慮もしていた。


 渡す薬の成分の半分は、元から生徒が飲んでいた薬と同じものを使った。

 そしてもう半分に、自分が調合した薬を使った。

 柏木は、その生徒の『変化』を長期的な視野に立って楽しもうと考えていた。


 それからの一年半は、まるで夢のような日々だった。

 その生徒の微細な『変化』と日によって現れる小さな『差』を、柏木は楽しんだ。

 自分が薬が引き起こした『変化』が予想と違っていた場合などは射精までした。


 楽しかった。

 本当に楽しかった。


 一日一日、生徒に現れる小さな『変化』を日記に綴り、それを抱いて寝た。

 生徒が患っている病気が『深刻ではないが治りにくい病』なのも幸運だった。


 傍目には生徒の様子の変化など誰もわからなかった。

 生徒本人も、調子が悪い程度にしか認識していなかっただろう。


 そして柏木はそれを『副作用』と断言し、実際は快方に向かっていると騙した。

 生徒側も、完全に柏木を信じ込んでおり彼の薬を飲み続けた。


 こうした秘密の『実験』を、彼は生徒が卒業するまで続けていればよかった。

 そうすれば、あるいは彼は内実はともかく今も化学教師でいられたかもしれない。


 しかし、状況の『変化』が彼に道を踏み外させた。

 柏木蓮司は自分が騙し続けてきた女子生徒から告白され、愚かにも関係を持った。

 それは、女子生徒が中学を卒業していく数日前のことだった。


 救えないのは、柏木は別に女子生徒に好意を持っていたワケではないことだ。

 この期に及んで、彼は己の欲求に従った。

 自分が彼女の好意に応えることで、彼女はどんな『変化』を見せるか。


 それを、どうしても知りたくなった。

 そして柏木は女子生徒と肉体関係を持ち、生徒は妊娠してしまった。


 さすがにこれには柏木も焦った。

 だが同時に、またしても彼は己の欲求を満たすことを優先した。


「今の君に必要な薬を用意したんだ。飲んでごらん。楽になれるから」


 そう言って、懐妊が判明した直後の女子生徒に、柏木は新しい薬を飲ませた。

 薬?

 いいや、それは薬でも何でもなかった。


 毒だった。

 柏木自らが明確な意図をもって調合した、毒だった。


 女子生徒は彼を全く疑うことなく、その薬を飲んでしまった。

 そして、柏木が見ている前で散々苦しみ抜いて、最終的に腹の子供共々息絶えた。


 その光景を、柏木は恍惚とした表情で見届けた。

 生から死という、人が見せる最大の『変化』と、永久の沈黙という大きな『差』。


 ああ、何て素晴らしいのだろう。

 彼女は、この女子生徒は、最後の最後まで自分を楽しませてくれた。


 女子生徒が息絶えたあとで、やっと彼は彼女への愛を自覚した。

 その愛は、子供がお気に入りのおもちゃに向けるものと同じ、幼稚な愛情だった。


 そして、真の外道となった彼はことが露見する前に逃亡しようとした。

 だが、不幸にも女子生徒の親に見つかってしまった。

 女子生徒は柏木のことを誰にも話していなかった。が、日記には書いていたのだ。


 生徒の親はそれを見つけ、柏木にまで辿り着いた。

 親は、柏木の腹を包丁で刺した。だが、柏木は即死しなかった。

 死ぬまでにしばし時間があり、その間に親はその場を去って警察に自首した。


 だが、警察が現場に駆け付けたとき、そこに柏木はいなかった。

 彼はそのとき、すでに錬金術師レンジ・カルヴェルに『出戻り』をしていたのだ。


 自分を一度殺した女子生徒の親に復讐するか否か。

 それを考えていたところで、彼は『ミスター』から勧誘を受け『Em』に入った。

 理由は当然、そちらの方がより大きな『実験』を楽しめそうだからだ。


 以上が、柏木蓮司――、レンジ・カルヴェルに関するいきさつだ。

 そしてその情報を、バーンズ家はすでに把握している。



  ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 ――『工房』拠点、二階通路。


「おや……?」


 研究室から出てきたレンジ・カルヴェルは、薄暗い通路にいる誰かに気づく。

 彼が通路に出たのは、違和感を覚えたからだ。


 それは、拠点の中が『異階化』した証に他ならない。

 そして通路に出てみれば、そこには見覚えのない三つの影。しかも全員が子供だ。


「君達は、どなたかな?」


 尋ねるレンジに、三つの人影の中で最も小さな影が言ってくる。


「僕達は――」


 女の子に見まごうばかりの可愛らしい顔をした、眼鏡をかけた美少年。

 その手には、何故か真っ赤な色をした大腿骨が握られている。


「今日で『Em』を潰す者。……バーンズ家だ」


 静かな声音で言って、マリク・バーンズが蓮司をきつく睨みつける。

 その左右に立つヒメノとタイジュが彼と同じく、厳しい顔つきを見せていた。

 午後21時29分、『工房』制圧戦、開始。

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