第272話 準備、準~備、準備だ、準備ィ~♪:後
衝撃的事実、判明。
「え、リリス義母さんって『未来の出戻り』なんですか!?」
「はい、そうなんですよ。実は」
穏やかな物腰で、その驚きの情報を俺に教えてくれるリリス義母さん。
「ですから、スダレちゃんの旦那さんのジュン・ライプニッツさん、でしたね? お名前も知っていますし、お会いしたこともあるんですのよ。お懐かしい……」
「ほぇ~、そうなんだぁ~」
これには、俺と一緒に話を聞いていたスダレもビックリ……、してる、よね?
こいつ、普段から人の形したこんにゃくだから、リアクションわかりづらいんよ。
「今度ジュン君に聞いてみるねぇ~、おババ~」
「はい、よろしくお伝えくださいね」
あ、そういえば今日はジュンはいないんだった。
ネンマツハンボウキとかいうヤツらしい。お仕事お疲れ様ですよ。
「あの~、リリス義母さん……」
「はい、何でしょうか、アキラさん」
俺は今の話について、さらに深く聞いてみることにする。
「失礼ですけど、俺が『ル・クピディア』に行った時点でお義母さん……」
「はい、齢八百は越えてましたね。最終的に享年千百三十歳程、でしたかしら」
「スゲェ~、ハイエルフ、スゲェ~……」
ハイエルフが千年程度生きるってのは知ってたけど、それでも長寿すぎんだろ。
俺、あっちで千年生きてるハイエルフなんて一回も会ったことないぞ。
「ハイエルフは、己の死を自分の家族以外には見せないならわしがありますの。私も端くれではありましたがハイエルフでしたから、晩年は森の国に戻っていたんです」
森の国。
国土の七割が大森林で覆われたエルフ達の領域だ。
キリオの最初の妻であるサティアーナ・ミュルレもそこで生まれた。
あの子は人間だったけど。
「それじゃあ、お義母さんも死に際には家族に看取られて……?」
「いいえ、私が死ぬときは、一人でした」
え……。
「だって、私の家族はミフユちゃんと皆さんだけですもの」
その言葉を、リリス義母さんは陰りのない笑顔で言い切った。
「ハイエルフの人生は人よりもずっと長い分、密度が希薄で、その人生の中で何があったかもあまり覚えていられないんですのよ。そんな私にとってミフユちゃんとアキラさんの存在は、本当に、本当に輝かしくて鮮烈で、忘れられませんでした」
「リリス義母さん……」
「おババちゃん……」
ニコニコしながら言うリリス義母さんに、俺もスダレも、続く言葉を紡げない。
「ミフユちゃんとアキラさんがほぼ同時に天寿を全うしてからの私の人生は、おまけのようなものでした。もちろん、ミフユちゃんの子孫は可愛いけれど、それでも私だけのいとしい娘は、ミフユちゃんなんですよ。何にも代えがたい、大事な娘です」
俺はリリス義母さんに、ミフユの母親になってくれるよう要求した。
言い出しっぺは俺で、お義母さんはそれを引き受けてくれた。
そのことを、俺は後悔したことはない。
しかし、それについて何も思っていないと言えば、それはさすがにウソになる。
今のリリス義母さんの言葉に、俺は、どこか救われた気分になった。
「そう、言ってくれるんですね……」
「当たり前じゃないですか。私の千年を超える人生の中で、本当の意味での家族はミフユちゃんです。ミフユちゃんでいいんです。だから私は一人の死を選びました」
三百年は、さすがにハイエルフといえども短い時間ではないはずだ。
だけどこの人は一人の余生を選んだ。選んでしまった。いや、選んでくれた。
「リリス義母さんにミフユをお願いしたことは、やっぱり正解でした」
「ええ。私もそう思いますよ、アキラさん。こんな私に可愛い娘を、ありがとう」
スダレが見ている前で、俺とリリス義母さんは互いに頭を下げ合った。
本当にこの人は、人を不快にさせない話し方をしてくれる。さすがだと思った。
そして、ここからは――、
「ではここからは、仕返しに関する打ち合わせに入りたいと思います」
「はい、いいですよ」
「はぁ~い」
仕返しという言葉に驚き一つ見せないリリス義母さん。
当たり前だよなぁ!
愛する娘が襲われたんだモンな、そりゃあお義母さんだってハラワタマグマ化よ!
「で、まずスダレに確認するけど」
「なぁにぃ~?」
「『Em』に関する調査は?」
「何にもヒットせず~」
ああ、やっぱりね。前にも聞いたけど、そのときそういう返答だった。
「これは『未来の出戻り』の技術で隠れてるんだろうなぁ~って」
スダレの予測は、俺が考えていたものと同じだった。
かつて、スダレの夫であるジュンが遭遇したもめごとで、そういうことがあった。
スダレの異面体である『毘楼博叉』の検索を無効化するアイテム。
それを、ジュンの異世界の妻であった女が所持していたのだ。
「そのアイテムの実物が手に入ればぁ~、ビロバっちゃんのアップデートもできるんだけどなぁ~。ジュン君は持ってなかったんだよねぇ~。にゅ~ん……」
あれま、持ってなかったのか、ジュンのヤツ。
割とそれをアテにしてたんだけどな、俺。
スダレが情報集めできないなら、どうするかな。『Em』の居場所がわからん。
「情報隠蔽用のアイテム……、もしかして、これでしょうか?」
そこで、リリス義母さんが取り出したのは、真っ黒い金属符だった。
「おババちゃん、これはぁ~?」
「これは『黒影符』というもので、効果は、今の話に出ていた通りよ」
「ふみゅ~ん」
スダレがお義母さんから黒影符を受け取って、詳しく検分を始める。
「森の国で一人で死ぬときに、誰にも見つかりたくなくて、使っていたんですのよ」
「そうだったんですね。……スダレ、どうだ?」
スダレが、ビロバクサを実際に展開して、黒影符を調べてみる。
すると、小さなエラー音が鳴り響いた。
「わぁ、これだぁ~! おババちゃん、サイコ~!」
「あらあら、合ってましたか? お役に立てたようで何よりですね~」
黒影符を手にしたまま、スダレがリリス義母さんに抱きつく。
そこに、たまたまミフユが通りかかった。
「あ、ちょっと、スダレ!?」
お義母さんに抱きつくスダレを見て、ミフユの顔色が一気に変わる。
「誰のママに抱きついてんのよ、あんた! リリスママはわたしのママなのよ!」
「おまえの心情もわからんではないが、自分の娘に嫉妬するのはやめれ」
対抗するようにリリス義母さんに抱きつくミフユを見て、俺はしみじみ呟いた。
「スダレ、アップデートにどれくらいの時間かかる?」
「んみゅ~、解析してぇ~、対応してぇ~、更新してぇ~、諸々で三時間くらい?」
三百年もの時間をかけた技術的発展をものの三時間でなかったことにするってか。
相変わらず、情報関連についちゃ一強だわね~、ウチの三女は。
「わかった、三時間後だな」
「うん。これは確約ぅ~。……だから、三時間半後には『Em』は丸裸だよ」
「OKだ、スダレ。三時間半後、俺達は動く」
それを即断で決定したのち、俺は真顔で、
「ところで君ら、いつまで抱きついてんの……?」
「アキラさんも来ます?」
「ご遠慮します、お義母さん!」
スダレとミフユに抱きつかれながら和やかに笑っているリリス義母さんであった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
三時間半後、仕返し開始。
その知らせは『竜胆拠』内にいるバーンズ家全員に直ちに通達された。
――リンドウキョ内、練武場。
板張りの木造の場内で、タイジュとラララが鍛錬を行なっている。
「ラララ、いいか。瞬飛、斬象、刻剣は使わずに捌け」
「いいとも、タイジュ。来て!」
タイジュが、己の手に『羽々斬』を展開し、ラララに告げる。
対して、ラララも同じように『士烙草』を握って、応じる。
次の瞬間、タイジュの姿が一瞬ブレて消える。
彼はあまり使わない瞬飛剣で、ラララに向かって斬りかかったのだ。
その連撃の数は三十にも及ばないが、常人には認識すら難しい速度での攻撃だ。
ラララが魔力の流れを整え、シラクサを前に構える。
「六道之伍――、地道、金剛士烙草!」
発動するのは、防御専用の魔剣術である金剛剣。
それによってラララはタイジュの連撃を防ごうと試みるが――、
「十四、十五、十六、十七、十八……、あッ!?」
最初こそ、順調に連撃を捌いていったラララだが、二十を待たずに限界が訪れる。
閃くハバキリの刃にシラクサを巻き上げられ、ラララは無手になってしまう。
「もぉ~! あと少しだったのにぃ~!」
「さっきは十六で失敗したから、一応、少しは前に進んでいるな」
頬を膨らませて悔しがるラララに、タイジュがそう言ってくれる。
しかし直後、続けざまに――、
「だけど、俺が使う程度の瞬飛剣も防ぎきれないのは、言っては悪いが論外だな」
「知ってる……」
ズズ~ン、と背景に闇を背負って沈むラララを肩をタイジュが叩いた。
「仕方がないだろう。今までラララはずっと攻撃一辺倒だったんだから」
「タイジュゥ……」
「亀の歩みであっても、進んではいるさ。もどかしいだろうが、積み上げていこう」
「……うん」
そしてラララはシラクサを手に戻し、タイジュに向かって構え直す。
「さぁ、もう一本だよ、タイジュ! 私を『剣聖』にしてくれるんでしょ!」
「ああ。してやるさ、必ずな」
「仕返しが始まるまで、あと少し。その時間も、無駄にしたくない!」
やる気を見せるラララに、タイジュも口の端をかすかに上げる。
二人はこのように時間を過ごして、そして、あっという間に時間は過ぎた。
ところで、異世界においてバーンズ家はこのように呼ばれていた。
世界を一変させた『最悪にして災厄なる一家』、と。
これから『Em』に所属する『出戻り』達は、それを心底思い知ることになる。
――『冬の災厄』が、ここから始まる。




