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第269話 おばあちゃんを探せ/中

 アキラ・バーンズは、運命論を割と信じている。

 その観点で語るならば、この日の夕方に起きた出来事は、まさに運命的であった。

 この日の夕方に起きた出来事の要素を挙げるとすれば、それは四つある。


 まず一つ目は、襲撃者が愚かであったことだ。

 サイディ・ブラウンの合流によってバーンズ家の存在は『Em』に伝わった。


 しかし、それに対して組織を統べる老キリオは直ちに『不可侵令』を発令した。

 組織の構成員に、バーンズ家には手を出すなと伝えたのだ。


 しかし、どこの組織にもバカはいる。

 例えばオード・ラーツのような。例えばドラガ・ゼルケルのような。


「あそこか」


 買ってそこそこ時間の経ったハンバーガーを頬張りながら、彼は呟いた。

 空の上から偵察用ゴーグル越しに見ているのは、アキラが住んでいるアパートだ。


「ウヒヒ、魔王の嫁で7才、だっけかぁ……? ヒヒヒ……」


 そう言ってねばついた笑みを浮かべる彼は、舌先で唇を湿らす。

 その瞳に宿るのは、下卑た欲望の光。


 背が高く、ひどいクセっ毛に無精ひげ。

 痩せぎすで、頬骨が突き出たその顔は瞳のせいもあってかなり不気味な造形だ。


 股間が大きく突き出して、テントを作っている。

 ありていにいえば、彼という男はとびっきりの性犯罪者であった。

 しかも、性的対象は十歳未満の少女のみだ。


 彼はグドル・ゲラン。

 異世界では『ゲスにしてクズ』呼ばわりされた本物の人でなしであった。


 老キリオより『不可侵令』が出たにも関わらず、彼はそんなモノは即刻無視した。

 そもそも彼が『Em』に入ったのはこっちでも自分の趣味趣向を楽しむためだ。


 その許しを、幾つかの条件付きではあるが、老キリオから得ている。

 これまではその条件に大人しく従っていた彼である。


 しかし、バーンズ家の話を聞いて、彼の勘が即座に反応した。

 魔法の妻。元世界最高値の娼婦である『聖女にして悪女』ミフユ・バビロニャ。

 そんなとびっきりのオンナが、現年齢7才。


 何てことだ、と思った。

 グドルはミフユの存在に運命を感じた。


 きっと、自分と彼女はここで出会うさだめあったのだ。

 そう、ミフユは自分に犯されるために生まれてきた女に違いない。そう確信した。


 自分本位極まりない天啓を得た彼に『不可侵令』など意味をなさない。

 一刻も早く、自分の運命を全うしに行かなければ。一刻も早く、誰よりも早く。

 そして彼はアパートに直行した。


 バーンズ家を知る者であれば、ここまで極端な行動には出なかっただろう。

 しかし、グドルにとってバーンズ家は歴史に登場するただの記号でしかなかった。

 グドル・ゲランは『未来の出戻り』だった。



  ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 その日の運命的な出来事を形作る四つの要素。

 二つ目は、ミフユ・バビロニャが部屋に一人きりだったことだ。


 護衛の人間などはいない。

 ただミフユだけが、部屋で一人寝転がって漫画を読んでいる。


「う~ん……」


 読んでいたのは、キリオから借りた古い少年コミックスだ。

 何でも、昭和の時代に流行した不良が出る漫画、らしい。


 しかしながら、読んでみてもちょっとミフユには理解できなかった。

 筋肉ムッキムキの男達が、奇妙な拳法とかで戦うという、漢感溢れすぎな作品だ。

 何なのだろうか、この民明何たらというのは……。


 理解できない。

 全く理解できないが、やけに勢いだけはある。

 その意味不明な勢いがミフユにこの漫画を読ませ続けていた。


「何なのよ、この濃い絵柄から感じる無理矢理なパワーは……」


 最近の漫画と比べると滑稽とすらいえる展開だが、これが妙に気になってしまう。

 そういう古い漫画を、何故かキリオは大量に所持していた。


「そういえば、前に借りたボクシング漫画も、何かすごかったわね」


 ボクシングのはずなのに、相手がダウンするのではなく高々吹っ飛ぶという。

 しかも、会場の建物の外まで飛んで、頭から落ちて『グワシャア』だ。


 ボク、シング……?

 という感じになってしまったことが記憶に新しいミフユであった。


「濃さとパワーは昔の漫画の方がすごいのかしら……?」


 しかし、ミフユは自分が読んだものと今との漫画の差を言語化できずに苦しむ。

 そうこうしていると、ピンポ~ンとチャイムが鳴った。


「お届け物で~す」


 ドア越しに聞こえた声は、馴染みの男性配達員の声。

 そういえば、後見人である叔母の夢莉が、荷物を送ると言っていたか。


「はぁ~い!」


 それを思い出したミフユはコミックを床に置いて、玄関に出る。

 ドアを開けると、二十代半ばほどの背の高い大柄な好青年が、荷物を抱えている。


興宮(おきのみや)のお兄さん、ご苦労様で~す!」

「お~、ミフユちゃん、こんにちは~。ハンコかサイン、いいかな~?」


 興宮という青年は、三か月ほど前からちょくちょく荷物を配達してくれている。

 とても気のいい性格をしていて、ミフユも非常に好印象を持っている相手だ。


「はぁ~い、サインサラサラっと!」

「はい、ありがと~う! 食べ物みたいだから冷蔵庫に入れておくといいよ」

「わかりました~。ありがとうございます!」


 元気に、年相応の女の子の態度でミフユは接する。

 しかしその目はチラリと、荷物の方を見て――、


 ……ああ、叔母様が厳選した『お歳暮』ね。


 それを納得する。

 今どきはちょうどその時期で、ミフユ宛の『お歳暮』が大量に贈られてくる。

 有利がその中でまともなモノを厳選して改めて宅配してくれたのだ。


 国内有数のセレブであるミフユ宛には、常に様々な『届け物』が手配されている。

 その防波堤となるのも、後見人である夢莉の役割であるのだった。



  ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 さて、この日起きた運命的な出来事を形作る四つの要素。

 その三つ目が、興宮の宅配であった。

 興宮が部屋を訪れたことで、監視していたグドルがミフユの在宅を知ったのだ。


 アパート周辺には、偵察用ゴーグルの透視効果を遮断する結界が張られている。

 張ったのはマリクで、それがある限りゴーグルは使えないも同然だった。


 しかし、ミフユが荷物の受け取りに出てしまったことで、彼は見てしまった。

 チラリ程度でしかないが、確かに見てしまったのだ、ミフユの顔を。


「……いたァァァァァ~、ミフユちゃんだぁァァァァ~!」


 顔を見た瞬間、グドルは達していた。

 股間にできたテントの先端に、汚いシミが広がっていく。


 ああ、何てことだ。

 やっぱり彼女こそ自分の運命の女。だって、思い描いていた通りの美しさだ。


 彼女が魔王の妻だなんて、間違っている。

 あの少女こそは自分専用の慰み者になるべく生まれてきた存在に違いない。

 ああ、待っていてくれ、俺の天使。今行くからね。


 自分の欲望を頭の中で運命という名の美しい物語に変換し、グドルは空を翔ける。

 一目見た瞬間から、彼はミフユに恋をした。

 もちろんその恋の主成分は『性欲』で、次点の成分が『肉欲』だ。


 壊してやろう。

 いい声で鳴かしてやろう。


 美しい少女を穢し、その心を凌辱するのが大好きだ。

 幼く儚い肢体を犯して、初雪に小便をブチまけるように台無しにするのが好きだ。

 悲鳴を聞くのが好きで、心を踏み砕くのが好きで、光が失せた瞳が好きだ。


 つまり、グドルはミフユの全部が好きだった。

 ただしそれは『自分が犯しに犯したミフユ』という意味で、だが。


「ミフユちゃんミフユちゃんミフユちゃんミフユちゃんミフユちゃんミフユちゃんミフユちゃんミフユちゃんミフユちゃんミフユちゃんミフユちゃんミフユちゃんミフユちゃんミフユちゃんミフユちゃんミフユちゃんミフユちゃんミフユちゃんミフユちゃんミフユちゃんミフユちゃんミフユちゃんミフユちゃんミフユちゃんミフユちゃんミフユちゃんミフユちゃんミフユちゃんミフユちゃぁぁぁぁぁぁ~~~~んッ!」


 空飛ぶ変質者が、トップスピードでミフユの部屋の玄関に突っ込んでいった。



  ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 何が起きたのか、ミフユには咄嗟に理解できなかった。

 一分弱、興宮青年と世間話をして、そして彼が自分に背を向けた瞬間だった。


「ミフユちゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ~~~~んッッ!」


 という自分を呼ぶけたたましい声がして、興宮が部屋の中に吹っ飛んできたのだ。


「お、興宮のお兄さん……?」


 唖然となって興宮を見れば、その胸に刃物を突き立てられ、グッタリする彼の姿。

 口から血を流し、半分開いたままの瞳は何も見ていない。


「な、何が……?」

「ウヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒハハハハハハハハハハハハッ!」


 ショックに動けなくなっているところに聞こえてくる、卑しい笑い声。

 そしてミフユの矮躯を、違和感が襲う。これは部屋が『異階化』されたからだ。


「ヒヒヒヒヒ、来たぜ。俺、来ちゃったぜ……ッ!」

「な、だ、誰……、って――ッ」


 ミフユがおかんと共に振り返ると、そこには全裸の男がいた。

 口からよだれを垂らし、右手に刃物。股間のモノがギンギンにいきり立っている。


「…………誰、あんた?」


 しかし、ミフユは一瞬ギョッとしつつも、すぐに冷静さを取り戻して尋ねる。

 自分の姿を見て驚かない彼女に、名も知れぬ変質者は「あ~?」と首を傾げた。


「何で驚かねぇんだよ……。何で、驚いてくれねェんだよ!」

「いやいや、そんな程度のちゃちぃモン見せられてもねぇ……」


 ミフユは変質者を鼻で笑って、ため息をつく。


「な、ちゃ、ちゃちぃだとぉ~~~~!?」


 変質者がその一言に顔を真っ赤にして怒り出す。


「いや、その程度で怒んないでよ。ただの事実でしょ……。っていうか、裸晒すならもうちょっと鍛えなさいよ、何よ、その貧相な体。見せられても怖さよりも哀れさが先に立つわよ? 何ていうか、変質者やるにしても、もう一歩がんばりなさいよね」


 もう、ケチョンケチョンであった。

 変質者の男はミフユの容赦ない品評にしばし呆け、そしてすぐに顔を歪める。


「おまえ、おまえぇぇぇぇぇぇぇぇぇ――――ッ!」


 そしてその背から、巨大な八本の粘液まみれの触手が生えてくるのが見える。


嬢麻斑(ジョウマダラ)ッ! あの小娘を捕まえて動けなくしてやれ!」

異面体(スキュラ)を出してきたってことは、あんた、敵ね。全くもうッ!」


 ミフユは狭い部屋の中で己の異面体であるNULLを具現化させる。

 しかし、NULLは戦闘力が低いし、ミフユ自身もか弱い少女だ。


 刃物を持ち、異面体を繰り出してきた敵に戦う力など――、あるに決まっている。

 アキラは彼女に護衛の人間をつけていない。それは何故か。

 一番信頼できる相棒を、愛する彼女の護衛につけているからだ。


「出番よ、ガルさん、ベリーちゃ~ん!」

『おう、ミフユ様。俺様の出番か!』

『はぁ~い、何か久々に登場の可愛い聖剣包丁のベリーでぇ~っす♪』


 右手に真っ黒い剣鉈、左手に真っ白い包丁という、異様極まる二刀流。

 どちらも魔法の武器としては最上級の力を持った魔剣と聖剣が変質したものだ。


「何だァ、そんなモンがぁ~!」


 全裸の男――、グドル・ゲランが触手を伸ばして襲い掛かってくる。

 しかし、両手に構えた剣鉈と包丁が、鋭く軌跡を描きながら、それを切り刻んだ。


「うわ、弱……」


 ミフユが呆れかけるが――、


「何だァ、そんなモンよぉ~~~~!」


 断ち切ったはずの触手があっという間に再生し、しかも枝分かれして数を増やす。


『フン、猪口才な』

『アハハァ~、ベリーはまだまだイケますよォ~!』


 魔剣と聖剣と共に、ミフユが身を躍らせて触手を切り刻み続ける。

 が、いくら切られてもグドルにダメージは無いようだ。しかも触手は増え続ける。


「……めんどくさいわね」


 状況的に負ける可能性はあり得ない。

 しかし、実はミフユはジワリジワリと追い詰められていた。


「ウヒヒヒヒヒ、おまえなんかこの触手で捕まえて滅茶苦茶にしてやるよ、ミフユちゃんよぉ~。ミフユちゃんよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ~~~~ッ!」


 ダランと舌を怒鳴るグドルの瞳に、思い出したくもない男の顔が浮かぶからだ。

 それは、グドルとは全くの無関係にミフユの精神力を削った。しかも、


『む、こりゃ厄介な』

「ガルさん、どうかしたの……?」


『ミフユ様、あの男、自己防護の古代遺物(アーティファクト)を持っておりますぞ』

「それって確か、あのコロシアムのときの……?」


 ミフユはそれについて聞き覚えがあった。

 アキラと美沙子達が巻き込まれた『絶界コロシアム』での催し。

 それを見ていた千人の視聴者に配布されていたという、超高耐性のアイテムだ。


「でもあいつ、裸よ?」

『おそらくは体内に埋め込んでいるのでしょうな』

「まさに肌身離さず、ってワケね……」


 それは確かに厄介な話だ。


『多分ですけどぉ~、ガルるんとベリーちゃんを直接当てれば壊せますよぉ~!』

『ガルるんて……』

「直接当てれば、ねぇ――」


 ガルさんもベリーも、刃渡りはそこまで長くない。

 当然、ミフユの背も低いので、相当近づかないとそれは叶わないが――、


「近づく、わたしが、あの男に……」

「ヘヒヒヒヒ、イヒヒヒヒヒッ、ミフユちゃん、ミフユちゃぁぁぁ~~~~ん!」


 あの、実の父親を思い出させる目をしているあの男に、自分が……?


『無論、俺様とベリルラント・カリバーでミフユ様を強化しますぞ』

『イヤン、ちゃんとベリーちゃんって呼んでよぉ、ガルるん♪』

『だ、黙れェい……ッ!』


 魔剣と聖剣の漫才を聞きつつ、しかしミフユは、今一歩踏み切れない。

 実力的に負けるはずがないのはわかる。しかし、どうしても嫌悪感が足を止める。


「ヒヒヒヒヒヒッ! ミフユちゃん、ミフユちゃんッ! ぉ、お、俺が、俺が君を気持ちよくさせてあげるからさぁ~、ヒヘヘ、フヒヒヘヘヘヘヘヘヘ……ッ!」


 とはいえ、いつまでもこの半端な変質者に名を呼ばれるのも業腹だった。

 こうなったら、嫌悪感をグッと堪えて、あの野郎に近づいて直に殺すしか――、



「目を閉じてなさい。ミフユちゃん」



 後ろから声がした。

 それは、ここで聞くはずのない、懐かしい声だった。


「ぇ、今の……」


 身が震える。いや、魂が震える。

 まるで声色が違うのに、その声を耳にした途端、心の中の恐怖心が消え去った。

 そして、後ろから伸びてきた大きな手が、彼女の頭を撫でる。


「三秒間でいいわ。ママのお願いよ」

「ぁ、あぁ……」


 聞こえた声に、ミフユは声を震わせながら驚きに見開きかけた目を閉じる。


「ああ、本当に――」


 呟いた声の主が、ミフユの手からガルさんを掴み取り、グドルの方へ走り出す。


「な、何だよおまえェェェェェェェェェ――――ッ!?」

「本当に、運命というものは数奇なモノね。そうは思わないかしら、ガルさん?」

『そ、そのお声は――、リリス様ッ!?』


 数秒前に『出戻り』した興宮凛々人(おきのみや りりと)が、グドルに向かって斬りかかる。

 この日起きた運命的な出来事を形作る四つの要素。

 その最後の一つは、この場に彼という人物が居合わせたことだった。

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