第268話 おばあちゃんを探せ/前
城。
「……うわぁ」
城です。
どう見ても、城。
和風の、どデカイ、何か、おっきい、スゲェ、城!
「これ、何だっけ、江戸城?」
見上げても視界に収まりきらない天守閣を城門近くから眺めつつ、尋ねる。
「いいえ、外観モデルは姫路城ですわ、お父様」
「おー、知ってる知ってる! シャチホコがあるヤツな!」
「それは名古屋城ですわ」
穏やかに笑いながらサクッと訂正してくれたのは、この城の主であるヒメノだ。
「今回の『竜胆拠』は和風を取り入れてみましたの」
そう、ここはヒメノの異面体そのもの。
ジルー・ガットランと同じ、拠点生成型の異面体。それがヒメノのリンドウキョ。
異世界における、バーンズ家の『真の拠点』だったりもする。
「もうみんな来てるのか?」
「はい、皆様、揃っておりますわ」
「何だよ、俺が一番遅いのかよ……」
「ご学友とのお遊戯に熱中されておられたのでしょう?」
「お遊戯言うな! かくれんぼだよ!」
「まごうことなきお遊戯ですわ、お父様」
そういえばそう言うかもしれないね。
と、ここはひとまず引いてやることにしつつ、俺とヒメノは城門をくぐる。
次の瞬間、俺達は他の面子が待っているデケェ部屋にいた。
空間を創る異面体だからね、移動とかはヒメノの心一つなワケだ。便利だね~。
さて、外観が日本の城な割に、到着した部屋は普通に会議室。
この辺り、ヒメノの『デザインより機能優先』なセンスが垣間見えるね。
「おとしゃん、遅~い!」
デケェ円卓の一角に座るタマキに、来て早々叱られてしまった。しゃらっぷ。
「俺は激闘を制してきたんだよ! かくれんぼっていう激闘をな!」
「本ッ当に小学生満喫してますよね、あんた……」
何故かタマキの隣のケントに呆れられてしまったよ? 何で?
「けど、言い出しっぺが遅刻はいかんでしょ。反省文書かせますよ?」
「ひぃ!?」
反省文という言葉に、俺は震え上がる。
そ、それは小学生にとっては地獄の刑罰だぜ、ケントさんよぉ……!
「さて……」
俺は、会議室にいる面子を改めて見回す。
バーンズ家とその関係者でこの場にいないのは――、
「シンラは?」
「平日の夕方前に呼び出されて、商社のサラリーマンが来れるはずないでしょ?」
ヒナタに尋ねたら、見事なカウンターを喰らってしまった。
そ、そうですね。すいません……。
「みさちゃんも今はパート中でしょ? それと同じよ」
「わかりやすい解説ありがとうございます。末っ子」
で、同じ理由でシイナとタクマ、マリエもいない、っと。
「あれ、マリクは?」
「お兄ちゃんなら本日は塾に直行ですわ」
ヒメノが教えてくれた。
マリクのこっちでの母親は大層なお受験ママっぽいからなぁ。大丈夫か、あいつ。
「で、スダレは何でいるの? 探偵事務所のお仕事は?」
「自営業の強みぃ~」
こいつの事務所、大丈夫なのか……?
その辺り、ジュンがしっかりしてそうだから、あんま心配はしてないが。
「で、ラララとタイジュがいて――、って……」
「くっ、この! フフフ、やるじゃないか、タイジュ! だがこのラララは決して負けはしない! どんな勝負でも、勝利にこそ輝きが宿るのだからねッッ!」
「…………」
饒舌なラララと、無言でいかめしい顔つきのタイジュ。
そんな二人が向かい合って何ぞ白熱しておりますね。何してんだぁ……?
「指相撲だって」
ヒナタが俺に教えてくれた。
「オイオイ、そんなお遊びに熱くなれるなんて、羨ましいですねぇ」
「遅刻するほど熱中するあんたよりはマシっすよ」
ケントの心無いコメントが、俺の胸を容赦なく抉った。これは痛ァい!?
「ひどいなぁ、ケント! 俺、小学生だぞ! あんまりいじめんなよ!」
「うるせぇなぁ、さっさと本題入れよ!?」
「それがしもお師匠様と同意見でありますぞ、父上殿」
タマキと動揺に待ちくたびれた感を出しているキリオが、ジト目で俺を見てくる。
「仕方ないなぁ! 今日のところは許してやるよ! 感謝しろよ、おまえら!」
「いいから本題に入れ、ジャリッ!」
ケント君は短気だなぁ、全く。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
まず、ここまで語られてなかったバーンズ家のとある事情について語る。
そのとある事情とは――、お誕生日ッッッッ!
今まで語ってこなかったが、別に事件とか起きてなかったので語らなかっただけ。
実は、ちゃんと毎回やってるんだよ、誕生日祝いをね、ちゃんとね!
盛大にね、パーティーを、やってんですよ!
ちゃんとケーキ(非スダレ製)も用意して、ちゃんと祝ってんだよ、みんなで!
というところを前提として――、
「ママの誕生日がいよいよ来週に迫っています」
俺は、この場に集まった一堂に向かって、真剣な顔つきでそう告げた。
ここでの『ママ』はお袋ではなく、ミフユのことである。
今回、ヒメノのリンドウキョに集まってもらった理由は他でもない。
ミフユへのサプライズお誕生日プレゼント計画の打ち合わせだ。
だから、この場にミフユはいない。
だってサプライズだからね。本人には内緒にしないとね!
「おー! 今回は何プレゼントするんだー!」
こういうお祝いごと大好きなタマキが、早速ノリノリで声をあげる。
プレゼントに関する打ち合わせは今回が初。なので、こいつらにもサプライズ。
「ママです」
「うん、おかしゃんにプレゼントだよな! 何贈るんだー?」
「だから、ママです」
「え、だから、おかしゃんに――」
「ミフユに、ママをプレゼントします」
きっぱりと、俺は全員に向かってそう断言する。すると、タマキはキョトン顔。
「え、おとしゃんのおかしゃんを?」
「ちっげーよ! ミフユのママなんだからリリスばあちゃんに決まってんだろ!」
「「「ええええええええええええええええええええええええッ!?」」」
タイジュとヒメノを除く全員の絶叫が、リンドウキョの会議室にこだまする。
「あらあら、リリスおばあ様ですか……」
「リリスさん、どこにいるかわかったんですか、親父さん?」
頬に手を当ててヒメノが呟き、無表情のままタイジュが俺を見てくる。
「それがわかってればここにこうしておまえら集めないで俺だけでリリス義母さんに接触して俺だけでミフユ驚かす愉悦とミフユからの感謝を独り占めするわ」
「団長らしいといえばらしいけど、女将さん関わった瞬間家族を投げ捨てるなよ」
それが俺っていう存在なんだよ、ケントォ!
「今のところ、手がかりとかは何にもないけど――、スダレ」
「はぁ~い」
俺はスダレにバトンタッチして、ここで一旦着席する。
うへぇあ、椅子が、椅子がおっきぃ……! しかもなんか、固いのに柔らかい!
「えっと~、『出戻り』にちょっとした法則性があるのはぁ、知ってるかなぁ~?」
「……名前のことかな?」
前置きもなしに早々に説明を始めるスダレに、ラララが正解を言い当てる。
「そぉ~、おララちゃん正解ぃ~、異世界とこっちで名前が同じか似てるのぉ~」
「お師匠ちゃんみたいな例もあるから、全部同じではないのだよね」
「……ラララ。あの人のこと、まだ師匠って呼ぶのか?」
サイディのことを言っているラララに、タイジュがそんなことを尋ねる。
咎めるようではなく、単に質問って感じのきき方で。
「このラララは破門はされてないから、一応ね」
「そうか。そうだな」
納得しちゃうのか、タイジュ……。
「で、はぁ~い、これぇ~」
スダレがフニャフニャしながら言うと、円卓のそれぞれの前に書類がパッと出る。
「宙色市とぉ~、天月市にいるぅ~、おばあと名前似てる人のリストだよぉ~」
「璃々、莉々、亜理栖、凛々子、久利須……、二音以上重なってる名前か」
俺もリストを見てみるが、二つの市を合わせても百人はいない程度、か。
「さすがにありふれた名前ってワケでもないし、こんなモンか」
「住所と年齢が結構散ってますね。最年少で6歳、最年長で46歳か……」
同じくリストを見ているケントがそう呟くのが聞こえる。
「父上殿、一体どうやってこの中からおばば上を探すおつもりで?」
キリオが俺にきいてくるが、そんなモノは決まっている。
「総当たり」
「そんな、脳細胞一個も使ってない方法を……」
「しょうがねぇじゃん! 肝心要の『黄泉読鏡』が一個っきゃないんだから!」
円卓の真ん中に置かれた胡散臭い名前の超絶レアアイテムに、俺は目をやる。
「ジンギがいれば何とかできたかもしんねーけど、いねーもん、今!」
ジンギ。ジンギ・バーンズ。
ウチの五男であると共に、『実験者にして実践者』と呼ばれた辣腕錬金術師。
異世界ではマリクと評判を二分していた、魔法分野のもう一人の天才児だ。
魔法道具とかについてはマリクですら及ばない。そういうヤツ。
ジンギがいれば、もしかしたら『黄泉読鏡』に近い性能の道具ができたかもだが。
「いない以上は仕方がない! この一個の『黄泉読鏡』を使って探していく!」
「この人数で、ついでに言うともっと増えますけど、それでどうやって?」
ケント君が俺に尋ねてきますが、俺はこう返しますね。
「俺にきくなァ――――ッ!」
「何でだよ!? 俺ら集めたのあんただろうが!」
「俺一人じゃ思いつかないから、おまえらに考えれもらうために集めたの!」
何でもかんでも俺一人でできるもんかー!
「見ろ、ラララ。親父さんの逆ギレだ。あれを見るのも久しぶりだな」
「そうだね、タイジュ。実にバーンズ家って感じがするね!」
「俺の逆ギレは季節の風物詩じゃねぇんだよ!?」
もぉ~、ヤダァ~、バカップルが一組増えやがってよぉ~。
「はぁ……」
でも、ああいう仲いいところを見ると、微笑ましいけどため息も出る。
仕方がないとはいえ、いつも隣にいるミフユがいないと、何か調子出ないわー。
「今頃何してますかねぇ、ウチのカミさんは……」
小さくボソッと俺は呟く。
ミフユに迫る危機を俺が直感で掴み取るのは、そのおよそ三十分後のこと。
――『Em』が、ミフユに迫っていた。




