第267話 単なる蛇足。または『災厄』の兆し
シイナが、変なことを言い出した。
「タイジュさん、タイジュさん」
「はい、何でしょうか、シイナさん?」
「もしかしてですけど……」
「はい?」
「何か、実はすごくすごいこと、してませんか?」
「…………はい?」
わ、タイジュが呆気にとられる顔はレアだぞ。そしてシイナ、その語彙力は何事?
「何だよ、シイナ。何なんだよ?」
近くにいた俺が問うと、シイナは腕を組んでう~んと首をひねり、
「いえ、何かタイジュさんが、さっきまでと随分違うように見えてですね……」
「うわぁ、具体性が全然なさすぎて聞いてる方が逆に戸惑うアレ~」
「うるさいですねぇ、わからないんですから仕方がないでしょ~!?」
そこで逆ギレされてもねぇ?
見ろよ、言われたタイジュの様子を。何が何やらって感じで――、
「……わかるんですか、シイナさん」
あれェ!?
「え、タイジュ君、何かな、その反応は……」
オイオイ、もしかしてマジで……?
「やっぱりですよね!」
そこで、タイジュの反応にシイナが大きく声をあげる。
「やっぱり、すごくすごいこと、してますよね!?」
「具体性を帯びろォ~~~~!」
これでも駅では割と噂になる占い師なんですよ、この子。普段こんなだけど。
「……タイジュ、何かしたのかい?」
ラララからもいぶかしむような目で見られ、タイジュは軽く腕組みをする。
「詳しく覚えてるワケじゃないんです」
「ほぉ、記憶にまつわる何かか?」
興味を持った俺が軽く尋ねると、タイジュはとんでもねぇことを言い出した。
「多分、今の俺は『時間を巻き戻した俺』なんだと思います」
「…………何て?」
時間を、巻き戻した……?
「何ていうか、三本目が始まる前に変な感じになって、見たことがない景色が見えたりしたっていうか……。あ~、思い出すと吐き気が……」
「吐き気!? タ、タイジュ……?」
ラララが心配そうに駆け寄るも、タイジュは「大丈夫だよ」と優しく返す。
「その、見たことのない景色っていうのが本当にロクでもないもので、俺が笑いながらラララの心を壊すんです。それで、それから遠い未来に俺はそれを後悔して――」
「後悔して……?」
「これは完全に推測ですけど、俺は『真念』に至ったんだと思います」
タイジュの『真念』……。
それじゃあ、時間を巻き戻した、ってのは――、
「そうですね。それが俺の異能態の能力なんでしょう、多分」
「じゃあ、今のタイジュは、時間をさかのぼってきたタイジュなワケかよ」
「多分……?」
そこで自信なさげなのは本当に覚えていないからだろう。
しかし、こいつが言う『ロクでもない景色』ってのは、どんな感じだったのか。
さっきのタイジュの懺悔を聞くに、こいつが内実は相当歪んでいた。
それをさらけ出した結果、ラララが耐え切れなかった。そんなところ、だろうか。
今となっては、どうでもいい話なんだろうけどな。
「ほらぁ~、やっぱり~!」
そして勝鬨みたいな声をあげるシイナさんがこちらになります。
「やっぱりタイジュさん、すごくすごいことしてるじゃないですかぁ~!」
「それを見抜くおまえの眼力はマジですごいが、語彙力ゥ!」
「ウチのが何か、その、ごめん……」
そして謝るのは、何故かタクマであった。
「……タイジュ」
「ラララ?」
「じゃあ、タイジュは、未来からこのラララを助けに来てくれたのかい?」
「それは違うっていうか、合ってるっていうか……」
「ううん。そうだよ。絶対そう、タイジュは、私を助けに来てくれたんだよ」
素に戻って、ラララはうれしそうに笑ってそんなことを言う。
言われたタイジュは、しかし、どこか複雑そうだ。
「そうだとしても、それって俺が俺からおまえを助けたワケだろ? 何だかな……」
「フフフ、そうだね。ちょっとだけ、おかしいね」
ラララが笑ってタイジュの頭を「よしよし」と撫でる。
あ~、何でしょう、このほっこりした感じ。あ~、いいですねぇ~!
「……アキラ」
ミフユが、俺に何か言いたげにしてくる。
「どう思う?」
「んん?」
一瞬俺は首をかしげるも、すぐに分かった。タイジュの異能態、ってヤツか。
時間を巻き戻したってコトについては、信じがたい部分もあるが――、
「異世界から戻ってきた俺達がそれを論じること自体、ナンセンスじゃね?」
「そう言われると、返す言葉もないわね……」
でしょ~?
転生した俺達という確固たる現実があるのだ。
時間をさかのぼったタイジュという現実があったって、何もおかしくはないだろ。
「そうね、タイジュとラララの愛の奇跡ってことにしておきましょうか」
「んだんだ。それがいいべさ」
「ママちゃん、パパちゃんッ!?」
納得するミフユと肩をすくめる俺に、ラララが顔を赤くして慌て出す。
何を今さら慌てているやら。さっきあれだけ熱い抱擁を交わしておいて。笑うわ。
「ッカァ~! なァ~にがラブのミラクルダヨ、くだらネェ!」
そして、そこでサイディが騒ぎ出す。
その顔に浮かんでいるのは、憤懣やるかたない、とった感じの表情。
「ヘイ、タイジュ! テメェ、何だこの結末ハ! 茶番にも程がアルダロウガヨ!」
「何ですか、お師さん。俺達の決闘は別にエンタメじゃないですよ?」
「Shit! テメェ、タイジュ! 聞こえてたヨナ、『剣の声』ガヨ!」
サイディが半分キレながら、妙なことを言い出す。
何だよ、その『剣の声』ってのは。何か随分と重要用語っぽいじゃん。
「ああ、聞こえましたよ。あのノイズ。邪魔でしかなかったですけど」
「ノ、ノイズダァ……? テメェ、それに従っテリャ、ラララにだって勝テテ――」
「は? 何で俺の戦いで俺以外の何かに従わなきゃいけないんですか?」
タイジュ、冷静沈着な様子で、だがド正論パンチッ!
「テメェ……」
顔色を怒りに真っ赤にして、サイディが拳を震わせる。
こいつの突っかかり方も半ば言いがかりに等しいが、タイジュも言い方キツくね?
「ああ、そういえばお師さん」
「何ダヨ、テメェ。まだワタシに何かあるのカヨッ!」
今にも牙を剥きそうなツラをしているサイディは、タイジュは無表情のまま、
「次の就職先。決まったらしいですね。――『Em』、でしたっけ?」
「ナッ、テメェ……!?」
…………オイ。
「待てよタイジュ、今、何て言った?」
「次のお師さんの就職先が『Em』だって言いましたよ、親父さん」
へぇ、そうかい。聞き間違えじゃなかったのか。
「……『Em』?」
「ええ、確かに聞こえましたな、タイジュが言いました。『Em』、と」
「へぇ~、ここでその名前聞いちゃうなんてねぇ~」
当然のように、お袋とシンラ、ヒナタが反応を示す。
「ケンきゅん、確か『Em』って……」
「ああ、そうだよ、タマちゃん。団長達が巻き込まれた例の一件の、さ」
「そっか~」
ケントにうなずかれたタマキが、笑顔になって拳をポキリと鳴らす。
「あなた様……」
「それがしの隣から離れてはならんでありますぞ、マリエ」
キリオも万が一を考えてか、異面体を展開してマリエを庇うように前に立つ。
「オイオイ……」
俺や子供達に囲まれて、サイディが頬に汗を伝わせる。
「お師さんはここからスダレさんを狙って逃走を図る可能性があります。ケントさん、キリオさん、それを念頭に置いて動くようにしてください」
タイジュが、その手に『羽々斬』を具現化し、壁役二人に言う。
それに、サイディは激しく仰天した。
「ナ、何デ、わかンダヨ……ッ!?」
「さぁ? ここじゃない時間でそうやって逃げたのを俺が見たからでは?」
素知らぬ顔でそんなことを言うタイジュに、サイディは強く舌を打つ。
「……テメェの『時空逆行』の異能態、カヨ」
「どうなんでしょうね。ただ、夢を見てただけかもしれませんよ」
タイジュはいけしゃあしゃあと言うが、そんなワケないだろ。
サイディの次の就職先とやらについて明らかに確信がある様子で語ってたしな。
「さて、話を聞かせてもらおうじゃねぇか、サイディよ」
「アキラ……」
俺は手にガルさんを取り出して、サイディに近づこうとする。
「ウェイト、ウェ~イトッ!」
「英語わかんね!」
「待ってって意味ダヨォ!」
じゃあ『待って』って言えよ! こちとら日本の小学生だよ!
「ケ、契約ダ! ワタシと契約を交わしてクレ!」
「あァん? 何だァ、そりゃあ……?」
「ワタシはテメェらにウソをツカネェ! だからテメェらはワタシを殺スナ!」
「あ~、そういう……」
はいはい、まぁ、その手の契約は異世界でも結構やってましたねぇ。ウン。
「親父さん……?」
タイジュが、俺に判断を求めてくる。
「そうだな、契約は交わしてやってもいい。サイディは傭兵でもあるモンな。傭兵にとって契約は命より重い。それを知った上で、俺に提案してるんだよな?」
「ア、当たり前ダ! ワタシだってそこまで腐っちゃイネェ!」
それについては、どうだかね。
「ただし、一つ、附随条項を設けさせてもらうぜ」
「フタイジョウコウ?」
「『ここでバレなくとも、のちのちにウソが判明したら、俺達はおまえを殺す』」
真顔でそれを告げる俺に、サイディも同じく真顔になって、
「OK、それで契約成立ダ」
「いいぜ。じゃあ、言いたいことがあるなら言えよ」
シイナ達、非戦闘員は後ろに下がり、戦える連中は残らず異面体を展開する。
俺にタマキ、ケントにラララとタイジュ、ヒナタ。ダメ押しとばかりシンラ、と。
サイディが妙な動きをすれば、その瞬間にあいつは『罪の泥』に飲まれて終わる。
こうなれば、完全に詰みだ。サイディは大人しく喋るしかない。
「ジャア、言うケドヨ」
「ああ」
「確かに『Em』ッテ連中と関わりはアル」
ほぉ、なるほど。あるにはあるのか。……それで?
「ダ、だけどナ、先日オファーがあったばっかナンダヨ! マダ入っちゃイネェ!」
「タイジュ――」
俺は、今の言葉の真偽をタイジュに確かめようとする、が、
「すいません、親父さん。そこまでは……」
「そうか。わかったよ」
と、すると、ここはサイディの言うことを容れるしかない、か……。
「まぁ、いいさ。契約を交わした上でウソをつくようなら、俺はおまえへの信用も信頼もなくして『あ、そういう人だったんですね~、ふ~ん』って思うだけだよ」
「ナメんな! ワタシにだってプライドはあんダヨッ!」
「今は、その言葉を信じておくぜ、サイディ」
俺はスダレの方へを目をやる。
それに気づいたスダレが、コクリとうなずいて『異階化』を解く。
真っ白いだけだった景色が、元のホテルの部屋に戻る。
「Shit! ワタシは帰るゼ! 冗談ジャネェ!」
「これからどうするんだ、おまえ」
「……シンキングタイムサ。『Em』に入リャ、テメェラと敵対コースダロ?」
「それは間違いないね」
「チッ!」
うわぁ、気分悪そうな舌打ちしちゃって。マナー悪ゥ~い。
「タイジュ! テメェは今日限りで破門ダ! 精々ラララとイチャラブシテナ!」
「ああ、いいですよ。元々やめるつもりだったし、願ったり叶ったりですね」
「グ……ッ!」
ダメージ与えようとしたら逆にダメージ受けてる師匠の図。笑うわ。
「クソ共ガ! 所詮、テメェとラララは半端者なんダヨ! 何が『連理の剣聖』ダ! 魔剣術全てを極めるノガ『剣聖』なんダヨ! くだらネェ称号授かりヤガッテ!」
「あ、言いましたね。わかりました、じゃあ俺がラララを『剣聖』にしてみせます」
あれぇ~? 何かタイジュがヤベェコト言い出したぞ?
「エ?」
「ヘ?」
と、サイディとラララが揃ってタイジュを見る。
「ラララももっと『剣』を上手くなるって言ってるし、俺はラララに足りてない部分を補えるんで、まぁ、何とかなるでしょう。やってみせますよ、サイディさん」
「テ、テメェ……ッ」
早速お師さん呼びじゃなくなってるの、バリ笑うんですけど?
「■■■■!」
そして、サイディはちょっと聞いたことない英語を叫んで、ホテルを出ていった。
きっとアレだな、メタクソな意味の罵声だったんだろうな。
「お達者で~」
無表情のまま手を振って見送るタイジュ。
意味伝わんなきゃリアクションもできないしねぇ~。ヤベェ、サイディが面白い。
「あの、タイジュ。さっきの話……」
「ああ、本気だ。俺はおまえを『剣聖』にする」
おずおずと尋ねてくるラララに、タイジュはそう返して肩をポンと叩く。
「ラララ、おまえは俺を斬れなかったけど、敵なら真剣勝負でも斬れるはずだ。だから『剣聖』になれるのは俺じゃない。おまえだよ。おまえなんだよ、ラララ」
「……タイジュ」
「俺が必ず、おまえを『一人の輝ける剣士』にしてやるさ」
「…………ハハ」
そして轟く、いつもの1.25倍くらいの高笑い。
「ハァーッハッハッハッハッハァ――――! いいとも! このラララが、君の剣を受け継いであげようじゃないか! そしてこのラララは真なる『剣聖』となって、このラララから、パーフェクトグレードこのラララにランクアップするのさ!」
プラモか、おまえ?
だが、高笑いを響かせるラララを前に、それをツッコむ者は誰もいなかった。
「サイディ、おまえはこれから、どうするんだ?」
五女のバカ笑いを聞きつつ、俺は、ホテルの部屋の入口に目をやる。
ま、あいつのことだ。
このあとどうするつもりかは、もう目に見えてるけどな。
――だってあいつは、ウチの傭兵団で一番のいくさ好きだったんだからな。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
宙色市駅前。
そこを、背の高い灰色の髪の外人女性が険しい顔つきをして歩いている。
「クソガッ、どこまでもワタシをナメやがッテ!」
サイディ・ブラウンは肉食獣の雰囲気を漂わせる顔を、憤怒に歪めている。
発散される殺気に、誰もが気圧されて彼女の方を見ようとしない。
これからバイキングに繰り出して、そこにあるモン全部喰い散らかしてやろうか。
そんなことを考えているサイディのスマホが震え出す。
「アァ? 何ダヨ!」
イラ立ちを隠そうともしないまま、サイディは電話に出る。
そしてその場に立ち止まってしばし、彼女の顔から怒りの色が失せていく。
代わりにそこに浮かんでくるのは、何とも楽しそうで無邪気な笑顔。
しかし誰かが言っていた。
無邪気という表現の中にこそ、本当の邪気は隠れている、と。
「GoooooooooooooooooooooooooooD!」
やがて、そんな声が笑みに歪んだサイディの唇から漏れる。
そして彼女は、考えるまでもなく、判断を下す。
「イイゼ、会ってヤルヨ。テメェラ『Em』のボスにヨ」
これが、先代『剣聖』サイディ・ブラウンの決断。
そして彼女はその日、驚愕の邂逅ののちに新たな称号を授かることとなる。
――その名は『帝威剣聖』。
《《彼》》の『帝国』に属する『剣聖』を意味する称号であった。