第258話 三本目/当日/戦い終わって、明かされて
その瞬間、俺は天を見上げた。
「……終わった、か」
「ええ、終わりましたね」
戦いの決着を見届けて、そう言ったのはケントだった。
隣のタマキなどは、最後まで諦めようとしなかったラララの姿に涙ぐんでいる。
しばし、場に重い雰囲気が漂う。
決着はついた。俺達は、どっちかに勝ってほしいという想いは、あまりなかった。
しかし――、
「ラララァ――――ッ!」
やはりというべきか、戦いが終わり、いの一番に駆け出したのはミフユ。
ラララは、白い地面に大の字になって横たわっている。
その胸を串刺しにしたタイジュの『羽々斬』は、すでに消えていた。
タイジュも、回復もせず地面に座り込んでいる。あっちも魔力が尽き果てた、か。
「ヒメノ、タイジュを見てやってくれ」
「はい、お父様」
「おまえらも、行くぞ」
俺は他の面々にそう告げて、ミフユのあとを追ってラララの方に駆けていく。
「ラララちゃん!」
「お~い、タイジュ殿! 大丈夫でありますかァ~!」
シイナやキリオも、口々に言いながら、大慌てで走っていく。
呼ばれても、勝ったタイジュはピクリとも反応しない。表情も動いていない。
ゴーグル越しに見えるのは、ボンヤリとラララを眺めているタイジュの顔。
瞳は焦点もさだまっておらず、口も半ば開いたまま。
まさに精魂尽き果てた顔、ってヤツだ。よっぽど心血を注いで臨んだんだろうな。
激闘だった。
死闘だった。
でも、よく戦った、なんていう安直な言葉は、出せる空気じゃない。
「ラララッ、ラララ! 大丈夫、ラララ!?」
駆けつけたミフユがラララを蘇生させる。
そっちにはお袋も走っていく。ラララについては、二人に任せればいいか。
「タイジュ」
「……親父さん」
呼びかけると、タイジュが緩慢な動きで俺を見上げてくる。
魂が抜けたような表情で、俺を見る目もボウとしている。ヒメノが横に座る。
「失礼しますね、タイジュさん」
言って、ヒメノはタイジュの目を見たり、脈を取ったりして状態を確認していく。
「勝ったな、タイジュ」
「勝った……。俺が、ですか……?」
自分でもぎ取った勝利を、認識できていないのか、こいつは。
それだけラララとの戦いに全力を注いでたってことだろうな。燃え尽きてやがる。
「HAHAHA! ヤッタナ、タイジュ! テメェはやっぱりワタシの弟子ダ!」
「お師さん……」
やってきたサイディが、タイジュの背中をバシバシ叩く。
しかし、これにもタイジュは無反応だった。
「ぅ……」
聞こえる、ラララの小さなうめき声。
蘇生が終わったみたいだ。俺とサイディ、そしてタイジュもラララを見る。
「ラララ!」
「ぁ、ぉ、お母さん……?」
気が付いたラララを、ミフユが強く強く抱きしめる。
一方で、タイジュはサイディと何かを話している。
「テメェ、聞こえたんダロ? ナァ? だから勝てたンダゼ」
「……ええ、聞こえました」
「やっぱりナァ! ワタシの目に狂いはナカッタゼ! HAHAHAHA!」
何か、明暗分かれたって感じだな。
敗者に何かがあるってワケじゃないけど、やっぱ思うところは出てくるな。これ。
「そっか、私、負けたんだ……」
ラララは、やっと現状を飲み込めたようだった。
心配げに自分を見るミフユやお袋に、健気にも笑って応じようとしている。
「大丈夫だよ、お母さん。大丈夫だか、ら……」
しかし、顔は笑っていても、その瞳にはすぐさま涙が浮かぶ。
「でも、終わっちゃったんだ。……終わっちゃったんだね」
「ラララ、がんばったわよ。あんた……」
「うん。私、がんばった。いっぱいがんばったよ。でもね、でも――」
声を震わせ、その双眸から涙を溢れさせて、ラララは言う。
「でも、私、ダメだった。……タイジュに、褒めてもらえなかったよ、お母さん」
「ラララ……」
「ダメだった、一回も、結局、私……、ぅ、ぅう、く……ッ」
ミフユに抱きしめられながら、ラララが両手で顔を覆ってさめざめと泣く。
その様子を、俺や周りにいたケント達は、声もなく見守るしかない。
「……俺に、褒めて?」
言ったのは、誰でもない、タイジュ本人だった。
「そうさ」
お袋が、悲しげに目を伏せながら、説明してくれる。
「今、制約が解けたよ。だから言うけどね、ラララちゃんはタイジュ君に自分の剣を褒めてほしかっただけなのさ。それだけを願って、この子は剣を握ってたんだ」
「ああ、そうなのか。だから、か……」
お袋が告げたその理由は、何ともささやかなものだった。
しかし、同時に俺含め、場にいる全員が納得するだけの重さを持った願いだった。
「そんな、い、言ってくれれば、褒め言葉なんて……」
ラララが自分に挑む理由を知り、勝ったタイジュが愕然となっている。
だけど俺は、ラララがそれをタイジュに教えなかった理由がわかる。
「言えるワケないだろ。ラララが欲しかったのは、おまえの本心からの褒め言葉なんだよ、タイジュ。だから、おまえに認めさせるしかなかったんだ。自分の剣を」
「ラララ――」
俺の言葉に顔を青くして、タイジュは泣いているラララを見つめる。
「だから、教えてくれなかったのか。異世界のときから、俺に挑んでくる理由を何度聞いても教えてくれなかったのは、それが理由だったから、なのか……?」
声を硬くし尋ねるタイジュに、ラララは泣きながらもコクリとうなずく。
「一度でいいから、褒めてほしかった……」
「…………ッ」
濡れた声で告げるラララに、タイジュが奥歯を軋ませ、音を響かせる。
もう、本当に、誰も何も言えなかった。
これで、タイジュが本当の意味でラララの剣を褒めることは、できなくなった。
タイジュがそれを知ってしまったことで、可能性は潰えた。
「ラララ、聞いてくれ……」
今度は、タイジュが何かを語り始める。
「俺は、本当に剣なんてどうでもよかったんだ」
天を仰ぎ、体を震わせ、勝利したはずの『剣士』は、嘆くように言葉を紡ぐ。
「だけど、その剣のせいで、俺はラララに、嫉妬をしてた」
「し、っと……?」
ラララが、その言葉に反応して、俯かせていた顔を上げる。
「お師さんは俺に剣才があるとか言ってたけど、自分ではそうは思えなかった。俺からすれば、ラララの方がよっぽど天才だった。剣の才能も、魔法の才能も、俺なんかより、ラララの方が遥かに飛び抜けて優れてる。ずっとそう思ってた」
「ウソ……」
「本当だよ、ラララ」
唖然となっているラララに、タイジュが向けるのは激しい自嘲の笑み。
「俺はおまえが妬ましかったんだ。だけど同時に、そんな自分が嫌いだった。俺はおまえが好きで、剣なんてどうでもいいと思ってる。そのはずなのに、剣を理由にしておまえを妬んでたんだ。どれだけ自分勝手なんだよ、俺は……」
空を見上げるタイジュが、強く強く、拳を握り締める。
そして、握る圧のあまりの強さに拳は小刻みに震えていた。一滴、血が滴る。
「結局、俺がおまえの剣を認めなかった理由の大半はそれさ。俺は、おまえにずっと嫉妬し続けてたのさ。今の今の今まで、こんなことになるまで……」
「タイジュ……」
「おまえに、こんな想いを味わわせるくらいなら、さっさと認めてればよかったよ」
語るタイジュの声も、徐々に震え出し、涙声へと近づいていく。
「誰よりも、おまえの剣のすごさを知ってるのは俺だ。それを、もっと早く、ちゃんとおまえに言葉で伝えてれば、こんな戦いをする必要なんて、なかったんだ……」
タイジュが、やっとラララの方を向く。その瞳に、うっすら涙が浮かんでいる。
「そうなんだろ、ラララ?」
「……うん」
涙を流したまま、ミフユに抱きしめられたままで、ラララは小さく首肯した。
「タイジュが褒めてくれたら、私、それで満足してた。剣もやめてたと思う」
「ああ、だろうな。……本当に、悔いるしかないよ。ハハハッ」
乾いた笑いを漏らすタイジュの頬を、一筋の涙が伝った。
後悔、しているのだろう。ラララとの間にあった長年の齟齬にやっと気づいて。
だがもはや後の祭りでしかない。
ラララの『目的』は明らかとなり『最終決闘』もタイジュの勝利に終わった。
二人の一件は間違いなく、ここに決着を見たワケだ。
「なぁ、ラララ……」
タイジュが、改めてラララへと近づいていく。
「俺達、こんなことになったけど――」
「うん……」
「また、改めて一緒に歩いていかないか。俺、田中を好きな佐藤のままでいたいよ」
「タイジュ……」
「おまえを傷つけた分を、俺は、一生をかけて償いたい。おまえを幸せにしたい」
「その、言葉、それ……ッ」
「そうだよ。異世界でも、おまえに言った言葉だ。覚えててくれたか」
目を見開くラララに、タイジュがそう言って笑いかけた。
異世界でも『最終決闘』が終わったあとに、タイジュは同じ言葉をかけたのか。
内容を聞けば、それは事実上のプロポーズ。
それをラララが受け入れれば、日本でも異世界と同じ展開になる。
ラララにとっては残念な結果に終わったが、まぁ、でもこれもハッピーエンドだ。
「NOOOOOO! 考えなおセヨ、タイジュ! ここで終わってイイノカヨ!?」
「いや、マジで剣はもうやりませんって。前から言ってるでしょ」
サイディが頭を抱えて喚いちゃいるものの、無表情のタイジュに断られてやんの。
あいつ以外、周りにいる家族達は二人を祝福するような――、あれ?
「……シイナ、どうかしたか?」
何故か、シイナだけが軽く首をかしげているのが見えた。
その表情も、二人を祝福するというよりは、何か怪訝そうな、疑問があるような。
「父様、何でしょう。何ていうか、う~ん?」
「いやいや、きいてるのこっちなんですけど。言語化してよ!」
「わからないから首ひねってるんじゃないですかー!」
わからないって何だよ。何がわからないのかわからないよ、こっちは!
と、俺とシイナが話している間にも、タイジュはラララに向けて手を差し伸べる。
「ごめんな、ラララ。今日までの分も、俺はおまえを大切にする。だから……」
「タイジュ……。私こそ、ワガママ言って、困らせて、ごめんね……」
「いいよ、そんなの。だって俺は『田中が好きな佐藤』だからさ」
ほんのり笑って言うタイジュに、ラララもまた涙ぐんで、その手を取ろうとする。
シイナの言いたいことはわからんが、こっちはようやく結末が――、
「待ちなさい」
だが、全てが解決に向かおうとしている中、その流れをせき止める冷たい声。
「その手を取るのは、少しだけ待ちなさい、ラララ」
「お、お母さん……?」
言ったのは、ミフユだった。
ラララを抱きしめたまま、ミフユがタイジュに対し、険しいまなざしを向ける。
「タイジュ、わたしの質問に答えなさい」
「何です、女将さん。俺に答えられることなら、何でも答えますけど……」
明らかに喧嘩腰なミフユに、タイジュもやや困惑している様子で応じる。
何だ、ミフユ。この期に及んで、おまえ、何を言おうってんだ?
「タイジュ、あんた――」
そしてミフユが告げたのは、場の流れを一変させる爆弾発言だった。
「あんた、ラララの『理由』を知ってたわね?」