第256話 三本目/当日/『最終決闘』三本目:中
満たされないことを満たそうとする。
そういった行動を、人は『欲求を満たす』と呼ぶ。
「――邪道、刻空士烙草!」
戦いの始まりと共に、ラララは六本の空剣を出現させ、操作する。
魔剣六道之六、邪道・刻空剣。
それはラララにとっての切り札であり、唯一、王道・魔装剣を源流としない技。
「このラララは、この戦いに時間をかけるつもりは、ない!」
その叫びと共に、六振りの空剣がそれぞれ別の軌道を描いて高速飛翔する。
魔剣術の中でも特に高度な魔力操作を必要とするそれは、習得難易度が最も高い。
「来てみろ、ラララ」
それを、タイジュは手にした愛刀の刃を白く輝かせ、迎え撃とうとする。
彼が使うのは、刻空剣以外の全ての魔剣術の祖、魔剣六道之壱、王道・魔装剣。
魔力消費こそ激しいが、全ての祖であるため、全ての技を内包する総合魔剣術。
飛び来る空剣を、白く輝く刃が打ち払う。
だが、ラララも見ているだけではない。その姿が、影と共に消える。
「タイジュウゥ――――ッ!」
刃が閃く。刃が重なる。
瞬時に繰り出された斬撃の数、三百二十三。
超高速で放たれるソレは、魔剣六道之弐、天道・瞬飛剣。
コロシアムのときよりも、一本目よりも、二本目よりも、それは鋭くキレがある。
タイジュは魔装剣の防御術によって対抗しようとするも――、
「まだまだ、速度は上がっていくぞ!」
ラララの言葉通りに、さらに増していく斬撃の数。
そこに、六本の空剣も加わって、タイジュの体に小さな傷が刻まれていく。
「どうだい、タイジュ。このラララの技の味は!」
「…………」
誇るラララに、タイジュは無言を返すのみ。
それを、彼女自身もわかっている。この程度、もう幾度も見せつけてきた。
まだ足りない。まだまだ足りない。まだまだまだまだ、足りない。
「タイジュッ!」
「来い、ラララ」
六本の空剣を操りながら、ラララがタイジュに躍りかかった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
――ラララ・バーンズにとって『剣』とは何なのだろう。
彼女自身、剣を嫌っているワケではない。
それなら最初からやっていない。ラララは、剣を振ること自体は好きだった。
剣を握り、できないことができるようになっていくのは気持ちがよかった。
剣を振って、強いと思っていた相手に勝てたときの爽快感は得難いモノだった。
そう、ラララは剣を嫌っていない。親しみすらも感じている。
だからこそ、彼女の異面体は剣の形を取った。
それこそ、ラララの中にある剣というものの象徴だ。
自分の隣にある、自分の体の一部。自分というモノの延長線上にあるもの。
それが、ラララにとっての『剣』というものだ。
「タイジュ――――ッ!」
ラララが、剣を手にタイジュへと躍りかかる。
刃が閃いて、タイジュの刃と激突し、そこに大きく火花を散らす。
この火花が、ラララは好きだ。
心の底から綺麗だと、いつも思っている。もっと見たいとも思っている。
だけど、それは相手がタイジュじゃないと成り立たない。
何故かはわからない。でも、そうなのだ。
自分が綺麗だと思える火花は、相手がタイジュじゃないと、散ってくれない。
シラクサに帯びる魔力を瞬飛剣から斬象剣にスイッチ。
攻撃力を一気に底上げして、ラララはタイジュにさらに激しく切り込んでいく。
今のタイジュは、斬象剣を使う彼女とも打ち合うことができる。
それは、ラララにとって脅威であり、そして同時に歓喜すべき事実でもある。
タイジュが強い。
その事実が、ラララは嬉しい。
タマキがケントの強さを信じ続けたように、ラララもまた彼の強さを信じている。
彼は強いんだ。彼はすごいんだ。彼は大きくて、そして雄々しいんだ、と。
タイジュと打ち合うたび、その信頼が証明される。
それが、ラララは嬉しくてたまらない。彼への想いが、さらに強くなっていく。
そして思うのだ。
自分もまた、彼のように強くありたい。彼の隣に在れる人間でありたい。
ラララ・バーンズは、タイジュ・レフィードにとって相応しい人間でありたい。
極論、それこそがラララが『剣』を振るう理由だった。
刃が衝突し、火花が散る。
二人だけの戦場を彩るそれを目にしながら、ラララは刃を強く握る。
「どうしたんだい、タイジュ。君は、こんな程度じゃないだろう!」
「当たり前だ、ラララ」
互いに減らず口を叩き合う。
斬り合いの中に混じるそういった一瞬もまた、いとおしい。
胸が高鳴る。汗が煌く。顔には自然と笑みが浮かんできてしまう。
勝たねばならない戦いだ。そんなことはラララだって十分わかっている。
それでも、彼とのせめぎ合いの中に、ラララはどうしても感じてしまうのだ。
喜びと、幸せを。
「ハァーッハッハッハッハッハァ――――ッ! このラララは今からが真骨頂だ!」
「そうか、だったら勝つのは俺だな。俺の真骨頂は、まだだいぶ先だ」
互いに一言喋れば、相手は必ずそれに応じる。
例え無言であっても、表情で返す。雰囲気で答える。
そして、ラララは実感する。
自分の『剣』は今、間違いなく、タイジュのそれに匹敵している。
彼に並び、彼を確実に追い込みつつある。
その事実が、たまらなく嬉しいと思ってしまう。
歓喜が、幸福が、血に乗って熱となり全身を巡り、彼女の能力をさらに高める。
ラララ・バーンズは、戦いながらさらに成長していく。
タイジュを倒すためではない。彼に並ぶために、彼の強さに追いつくために。
始まりは、あの日の出会い。
剣を振っている彼を見て、素直に『カッコいい』と思った。
きっとそれは、一目惚れだった。
だってあの日からずっと、ラララの胸の中には彼の姿が焼きついたままだから。
だから欲した。だから求めた。
自分が『カッコいい』と思った、憧憬の対象である彼からの褒め言葉。
それが聞きたくて、ラララは剣を握った。自らの憧れに追いつきたいと願った。
「――瞬飛、士烙草ァ!」
攻める、攻める、攻める。
魔力に優れ、攻撃に特化した『斬魔剣聖』が、一気呵成に攻める。
「金剛、羽々斬――」
防ぐ、防ぐ、防ぐ。
剣才に優れ、防御に特化した『守護剣聖』が、金城鉄壁の守りを見せる。
二人の戦いはやはり互角。
ラララが攻め切るか、タイジュが守り切るか。そういう戦いになっていく。
――ああ、やっぱりこの人はすごい。
必死に攻め続けながら、ラララの中にその思いが浮かぶ。
自分の攻撃を、タイジュはほぼ完全に防ぎきる。その動きの一つ一つが流麗だ。
こんなにも強くてすごい人だからこそ、褒めてほしい。
ラララが、その思いを新たにする。
剣を握る理由として、誰かに褒められたいという思いはそこまで不純ではない。
人が道を歩み出す理由など、それこそ十人十色。
金を欲し、利益を求め、強さを望み、あるいは死に場所を見つけるため、など。
そういった理由の中に『好きな人に褒めてほしい』というものがあったっていい。
確かに、他に比べれば幼稚かもしれない。愚かしいかもしれない。
だが、それだけを求め、願い、望み続けた結果として、ラララは今、ここにいる。
幼いながらも純粋なその一念が、少女を『斬魔剣聖』にまで至らせたのだ。
そして今、ラララは最後の機会に臨んでいる。
異世界、日本を通して、タイジュに自らの剣を認めさせる、最後のチャンス。
この戦いに勝てば、自分は『剣』を続ける。
この戦いに負ければ、自分は『剣』を捨てる。
タイジュとの間に交わした取り決めはそれだけ。
だが、すでにラララは決意を固めていた。
これを、本当の『最後』にする。
勝っても負けても、もう自分は、タイジュには挑まない。
仮に自分が勝ったとして、それでも彼が認めてくれなかったら。
そのときは、潔く諦めよう。
ずっと持ち続けてきた願いを捨てて、自分は『佐藤が好きな田中』に戻ろう。
タイジュに『最終決闘』を挑んだときから、そう決めていた。
その決意が、今、ラララを勝利へと駆り立てている。この瞬間、力を与えている。
「このラララは君に勝利する。勝利するんだ、タイジュ・レフィード!」
「それを阻み、おまえに剣を捨てさせる。ラララ・バーンズ」
刃と刃がぶつかり合い、二人の『剣士』が鎬を削る。
そこに、ラララは遥か遠い過去の光景を重ね見た。自分と彼との勝負の日々を。
異世界で、日々斬り合っていた自分とタイジュ。
結局は、それは今と変わらない。
自分が彼に褒めてほしくて、ただずっとその一念で、挑み続けていただけ。
――今と、変わらない?
いや、もしかしたら、それは少しだけ違うのかもしれない。
だって今は、前よりもずっとずっと『褒めてほしい』という気持ちが強い。
ラララにとって、その想いこそ、力を生み出す源泉だ。
彼女という『剣士』を形作った基礎の基礎、根底の根底。全ての始まりの想い。
だからこそ、ラララは自らの剣を彼に誇ろうとする。
「このラララの技のキレ、まだまだ上がり続けるよ、タイジュ!」
そうして彼女は、自分がどれだけ強くなったのかを彼に示し続けるのだ。
タイジュ――、この技を見て、すごいでしょ!
タイジュ――、あなたの技を避けたよ、私。ねぇ、すごいでしょ!
今、ラララ・バーンズは生涯最高の絶好調をもって、タイジュに己の技を誇る。
全ては『彼に褒めてほしい』という、純粋にして無垢なる乙女の一念なれば。
「タイジュ・レフィード、この戦いをもって、私は君を越えていく!」
――私、あなたのおかげで、こんなに強くなれたよ、タイジュ!