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【連載版】出戻り転生傭兵の俺のモットーは『やられたらやり返しすぎる』です  作者: 楽市
第十一章 覚悟を捧ぐエンドレスラストバトル
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第254話 三本目/前日/ただ一つ、欲しいのはそれだけで

 夢に見たのは、あの日の風景の続きだった。


「ねぇねぇ!」


 彼女は、剣を振っていた彼に話しかけた。


「…………?」


 気づいた彼は剣を振るのをやめて、彼女の方を見る。

 このとき、互いに初対面。まだお互いが誰かも知らない、二人の出会いだった。


「見て見て、私もできるよー!」


 彼女はそう言って、自分を見る彼の前で拾った木の棒を振り回した。

 それは、モノマネにもなり切らない、腰の入っていないブン回しでしかなかった。

 しかもまだ幼い彼女の体に比べ、木の棒は長く、


「わ、きゃあ!」

「うわ」


 木の棒の勢いに体を持っていかれて、彼女は彼を巻き込んで転んでしまう。

 彼がクッションになったおかげで、彼女は傷一つなかったが。


「……何、君は邪魔しに来たの?」

「ぅぅ、ごめんなさい」


 下敷きになっている彼に言われて、横にどいた彼女はしょんぼりしてしまう。

 しかし、彼は、


「別にいいよ。ところで、痛いところ、ない?」


 立ち上がってそう言って、彼女に右手を差し出してきた。


「ん~ん、ないよ」


 その手を握った彼女を、彼は引っ張って立たせた。


「ありがとう!」

「別にいいよ」


 素っ気なく言って、彼は転がった木剣を拾い上げてまた素振りを再開する。

 彼女は、それを何となく、近くに座って眺め続けた。


「……何?」


 それが気になったか、彼は素振りを途中で止めて彼女を見る。

 問われた彼女は、彼に素直に感想を告げる。


「カッコいいね!」

「そう? よくわからないけど……」


 やはり、仏頂面な彼の答えは素っ気ない。彼女は一向に気にしないが。


「ねぇねぇ!」

「だから、何?」


「私も、がんばって練習すればあなたみたいにカッコよくなれるかな?」

「わからない。別に、カッコよくなるためのものじゃないし」


「え~? あなたはカッコよかったよ~?」

「そうかな。ありがとう」


 お礼は言うが、表情はそのままだ。彼はニコリともしない。


「ねぇ、私にも教えてよ、振り方!」

「えぇ……?」

「私もあなたみたいにカッコよくなりたいの~!」


 木の棒を拾い上げて、彼女は駄々をこねる。

 彼は「邪魔だなぁ……」と呟きながらも、結局は振り方を教えてくれた。


 それが、彼と彼女の異世界における初めての出会い。

 のちに『連理の剣聖』と称される、タイジュとラララの一番古い記憶だ。



  ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 変な時間に目が覚めてしまった。

 時計を見れば二時。もちろん午後ではなく、午前の方の二時だ。


「あ~……」


 布団から出てベッドに座ったラララは、闇の中で軽く呻いた。

 つい最近見た記憶のある風景を、改めて夢に見てしまった。


 自分と彼との出会い。

 ラララにとっての全ての原点。出発点とも呼べる記憶だ。


 あれから毎日、木剣を振ってるタイジュのところに行って、彼を観察し続けた。

 そしてそのマネをして失敗しては、彼に木剣の振り方を教わった。


 ザイドに弟子入りしたのは、タイジュに出会って二週間後くらいだったか。

 自分とタイジュのことに気づいたミフユが、アキラに話を持っていったという。


 本当に、あの母親にはつくづく感謝しかない。

 そして自分も正式に再度に弟子入りし、タイジュと共に魔剣術を学んだ。

 そこから『連理の剣聖』の物語は始まったともいえる。


 ラララは『絶界コロシアム』でのことを思い出す。

 あのとき、彼女はタイジュに向けて『連理の剣聖』の称号は蔑称だと言い放った。


 その思いも、ないではない。

 ただ突っ張ってただけではなく、本当にそう感じていた。


 自分達は単独では『剣聖』には届かない。

 周りからそう言われたような気がしてならなかった。気に食わなかったのだ。


 でも、それだけじゃない。

 その称号は、自分とタイジュの絆を示すものだとも感じていた。


 あのとき、それを口に出せなかったのは、追い詰められていたからなのもある。

 ミフユが気づいてくれなければ、自分はあのまま暴走し続けていただろう。

 そして本当に、取り返しのつかないことになっていた可能性もある。


「……さすがだなぁ、お母さんは」


 夜の闇の中に、そうひとりごちる。

 そもそも、何故ラララはそんな暴走をしてしまったのか。


 決まっている。

 一度は諦めた『願望』が、再び手の届くところに転がってきたからだ。


 異世界ではついに願うことのなかった、その『願望』。

 自分以外ではミフユと美沙子だけが知り、協力してくれることになった理由。


 まさかそれを得られるチャンスが再び来るとは思っていなかった。

 思いがけない幸運。だからこそラララはそれを求め、焦がれ、渇望してしまった。

 結果、焦りを募らせて、暴走してしまったワケである。


 彼女は『出戻り』した時点で己のブランクについても自覚していた。

 だから、一刻も早くかつての自分を取り戻したいと思った。


 それで美沙子やケントに迷惑をかけてしまったのだから、全く、世話がない。

 今となっては本当に、あの二人には申し訳なさしかなかった。


「……さて、どうしようかな」


 いつまでも物思いにふけっていても、時間は過ぎていくばかりだ。

 しかし、このまま横になっても寝れる気がしない。完全に目が覚めてしまった。


「夜風にでも当たりに行くか」


 しばし悩んだ挙句、庭に出ることにする。

 そして部屋を出て廊下を歩いていると、外から何かが聞こえてくる。


「あれ……?」


 縁側の窓から外を見て驚いた。

 タイジュが、木刀を素振りしているではないか。


 まっすぐ前を見つめ、正眼に構えた木刀を振り上げてブンッ、ブンッ、と。

 こんな時間に、いったい彼は何をやっているのか。そう思ってしまった。


 でも、一心不乱に木刀を振る彼を見て、ラララはさっき見た夢のことを思い出す。

 口元を綻ばせて、彼女は窓を開け、縁側からタイジュに声をかけた。


「ねぇねぇ」

「ん?」


 気づいたタイジュが、素振りをやめてラララの方を見る。

 目が合ったそのときに笑みを深めて、彼女は素直に思ったことを彼に告げる。


「カッコいいね」

「ラララ……、何だ、起きてたのか?」

「君に言われたくないよ。こんな時間に何をしてるんだい?」


 言い返すと、タイジュは佐藤んチの縁側に置かれたタオルを手に取り、汗を拭う。


「何か、寝つけなかったんだよ。それと、ジッとしてられなかった」

「それでベストなコンディションなんて保てるのかい?」

「この時間に起きてるおまえに言われたくないな」


 それは確かに、その通り。


「私も同じ。何か目が覚めちゃったの」

「そうか」


 タイジュが、木刀を収納空間に引っこめて、ラララの隣に腰を下ろす。


「あれ、もう素振りはやめちゃうのかい?」

「もうすぐ決着をつける相手に、そう何度も太刀筋を見せるつもりはない」

「クレバーだねぇ、君ってヤツは」


 ラララは軽く苦笑して目を細め「でも、カッコよかったよ」とだけ付け加える。


「何か、初めて出会ったときみたいだな、どうした?」

「ちょっと夢に見ちゃってね。思い出してたんだ」

「そうか」


 タイジュはその一言と共にうなずき、また無言になってしまう。

 ラララも同じく無言のままで、しばし二人は星空の下で互いに隣り合って座る。


「静かだね」

「ああ、静かだ。俺達しかいないみたいだ」

「私達だけ、かぁ……」


 そんなことを言われて、不意に胸が跳ねた。

 そうだった。今は二人きりで、周りには誰もいないんだった。今さらな気づき。

 一度でも意識してしまうと、もうそれだけで心臓が高鳴ってしまう。


「微妙な表情になってるが、どうかしたか?」

「ど、どうもしないよ、バカ!」

「どうして今、俺は罵られたんだ。何かしたか、俺?」


 何もしていないタイジュには、きっと一生理由はわからないだろう。

 言ったラララ自身が、自分は何を言ってるんだと思っているくらいだから。


 それからまた、二人はしばし夜の静けさに身を浸す。

 夜気は冷たくて、体も冷えてしまうが、それでも心地よく感じられた。


「もう、今日なんだね、タイジュ」

「ああ、そうだな、ラララ」


 こうして隣り合って、一緒に暮らして、確かに相思相愛で。でも殺し合う仲。

 何とも奇妙な関係性だと、ラララはここに来て感じてしまう。それでも、


「次は、私が勝つから」

「次も、俺が勝つだけだ」


 そう言い合っても、別に不快感はない。負ければ泣くほど悔しいけど。

 だけど、この関係性も、ラララはそう嫌いではなくて――、


「ラララ」

「何かな、タイジュ」

「最後に一度だけ頼んでみる。剣を、捨ててくれないか」


 タイジュの静かな声が、ラララに小さな驚きを与える。


「……今日が最後の三本目であることを、わかってて言ってる?」

「当たり前だ。でも、俺はやっぱり、おまえに剣を続けてほしくないんだ」


 自分を見るタイジュの目は、真剣そのものだった。

 二本目のときも彼は言っていた。自分は『ラララの剣が嫌いなタイジュ』だと。

 真摯で、裏を感じさせないその目に、ラララは神妙な面持ちになる。


「タイジュ」

「ああ、何だ、ラララ」

「このラララは、私はね、ただ……」


 ただ――、と、そこまで言いかけて、ラララは口を閉ざして続きを言わなかった。

 言えば、タイジュはきっとそれを叶えてくれる。その確信がある。


 だが同時にそれは、自ら『願望』を放棄することを意味する。

 ラララが求め続けた、本当の意味での『願望』の実現が、露と消えてしまう。

 それだけは、どうしてもイヤだった。


「ラララ?」


 タイジュが、ラララの言葉を待っている。

 だが、ここでそれを口に出すワケにもいかず、ラララはしばし悩んで、そして、


「ん……」


 タイジュの唇を、自分の唇で塞いだ。

 時間にして、たっぷり五秒。

 冷え切った互いの唇が触れあって、かすかながらも熱を伝え合う。


「――はぁ」

「…………。…………」


 唇を離して息を吐くと、タイジュが目を真ん丸にしてこっちを見ていた。

 その顔を見て、ラララも自分のやったことに気づき、頬を紅潮させる。


「ファーストキス、あげちゃった」

「おまえ……ッ」


 さすがにこれにはタイジュも絶句するしかないようだった。

 ラララは縁側から立ち上がって、家の中に入ろうとする。


「じ、じゃあ、私寝るから。き、き、今日はお互いが、が、がんばろうねッ」


 あ、ダメだ。自分も動転してる、これ。

 そんな当たり前のことに、彼女は遅まきながら気づいた。ダメ、顔から火が出る。


「お、おやすみ!」

「ぁ、ああ、お、おやすみ……」


 互いに声を震わせて、田中と佐藤は自分の家に戻っていった。

 そして部屋に戻る途中、ラララは自分の胸を手で押さえ、盛大に息を吐きだした。


「何やってるんだろう、私……ッ!?」


 ここまでの派手な『言うに事欠いて』も珍しい。

 さっきまで冷え切ってた体が、今は暑く火照って仕方がない。汗ダラダラよ。


 それでも、選択としては間違えていない。

 あそこで彼に言うことはできなかった。自分の『願望』を教えるワケには……。


 だってそれは、もう間近に迫っている。

 ラララ・バーンズにとっての最後の、そして唯一の機会。


 自分の話を聞いてくれたミフユは言っていた。

 その『願望』を持ち続ければ、また暴走するかもしれない。

 だからラララは、母の提案に従って、タイジュに『最終決闘(ラスtバトル)』を申し込んだ。


 回数を三回にしたのも、ミフユの提案を受け入れたから。

 実現のチャンスは多い方がいい。しかし、多すぎても逆に疑われかねない。

 だから三回。ギリギリまで増やして、この回数。


「今日こそ、私はタイジュに勝って、そして――」


 そして、そして、今度こそ、今度という今度こそ……!


「タイジュに、私の剣を褒めてもらうんだ」


 それが、ラララが異世界の頃から胸に秘め続けてきた、ほんの小さな彼女の大望。

 それこそが、ミフユと美沙子がラララに協力する理由となった、ささやかな宿願。


 二度の人生を通じて、彼女は一度もタイジュに剣を褒めてもらったことがない。

 だから――、一度でいい。本当に、一回だけでいい。

 タイジュに自分の剣を褒めてほしかった。ずっとすっと、それを願い続けてきた。


 一回でも褒めてもらえれば、それで自分は満たされる。

 それが叶ったなら、ラララは何の躊躇も未練もなく、剣を捨て去ることだろう。


 この『願望』について、ラララは今まで一度もタイジュに話したことがない。

 彼に知られれば、きっと褒めてくれる。でも、その称賛は偽物だ。


 欲しいのはタイジュの本物の言葉。心からの称賛。

 褒めるための称賛なんていらない。

 何も知らない状態の彼に認めてもらってこそ、その称賛には意味が生じる。


 彼が自分の剣を認めていないのは知っている。

 今日勝っても、褒めてくれる可能性が低いことも重々承知している。


 それでも、欲しかった。

 どうしても、どうしてもそれを諦めきれなかった。


 ラララがタイジュに褒めてもらうために、満たすべき条件はただ一つ。

 彼に勝って、自分の剣を彼に認めさせること。


「今日こそ、必ず……」


 ラララ・バーンズは今日、自分の『願望』を叶える最後の機会に臨む。

 二人の『最終決闘』三本目開始まで、あと半日。

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