第252話 三本目/三日前/旦那がカミさんを甘やかすだけの話
本日も、仁堂小学校の授業は終了。
皆さんさようならのお時間と相成りました。
「ミフユ、ミフユ、ちょっと来て」
「は、何よ?」
ランドセルを背負った俺が、本日はパープル髪のミフユに手招きする。
もうね、周りの誰もミフユの髪と格好にツッコまんのよね。
さすがに季節柄、肩出しへそ出しはしてないけど、おもっくそ太もも出してるし。
俺もこいつも子供だからね、寒さとかへっちゃらなんだわ。
あと着てる服も相変わらずキラッキラですよ。もう俺とか慣れちゃってるけど。
さてさて、その日は別にこのあと、俺もミフユも用事とかはなかった。
ラララとタイジュのことはあるけど、それに直接関わっているワケでもないので。
なので、俺はミフユを伴って誰もいない教室を見繕ってそこに入る。
ミフユは、どこか不機嫌そうに俺のあとをついてきて、教室に足を踏み入れる。
そして俺はドアを閉めて、そこに金属符を貼りつけ、教室を『異階化』する。
「……何なのよ?」
「おいおい、つっけんどんですねぇ~。デートのお誘いだったらどうするのさ」
「それだったら、面と向かって即時提案でしょ、あんたの場合」
ヤベェ、見抜かれてる。笑うわ。
「まぁ、そうだな。でも基本的に誘うのっておまえの側だよね」
「あんたがそういうのに疎いだけでしょ~!」
「お、何だ? やるか? いいぜぇ、すぐに謝り倒してやるよッ!」
俺は威風堂々胸を張って、その場で跪こうとする。
「やめなさいって。本当に、威厳あるのかないのかどっちかにしてよ……」
ミフユは深々息をつき、腰に手を当てて俺を睨んでくる。
「で、何よ? 何の話? ラララとタイジュのことなんでしょ、どうせッ!」
「決めつけてくるねぇ……」
「それ以外何があるってのよ! 言っておくけど――」
「あ、今はそれはどうでもいいっすわ」
俺はきっぱりとそれを断っていく。
すると、語気を強くしかけていたミフユの顔が、一発でキョトンとなる。
「ど、どうでもいい……?」
「うん。どうでもいい。あ、今この場ではね。今、この場では」
非常に重要なことなので、二回言っておきました。
実際、念押しって言うのは大事だぞ。ちゃんと人に話を聞かせたいときは特に。
「そんな、どうでもいいわけないでしょ! あんた、父親なら……ッ!」
「今の俺は父親じゃないでーす! 今の俺はね!」
念押し、重要!
「は、はぁ……!?」
と、ミフユが驚きの声をあげるので、俺はここで自己紹介をする。
「こんにちは! 全自動絶対ミフユたん甘やかすマシーンと化したアキラ君です!」
これ以上ないレベルの真剣な顔と声で、ミフユに向かってそう告げる。
すると、ミフユったらまたキョトンっすわ。何この子~、可愛いんですけど~。
「おまえさ、今日ちょっと張りつめ過ぎ。原因は昨日の二本目だと思うけど、傍から見ててわかるくらい不機嫌そうっていうか、さすがに体内で圧高まりすぎでしょ」
「だったら何だっていうのよ……?」
本当に不機嫌そうに、ミフユは唇を尖らせる。
そんなカミさんに、俺は右手をかざして大声で告げた。
「もう、張りつめてる原因とかは置いておく。そして俺はおまえをこれから甘やかす! 甘やかすったら甘やかす! なお、甘やかしの最後に重大発表があります!」
「何よ、重大発表って!?」
「うるせぇ、観念しろや! 今からおまえは甘やかされんだよ、ゲヘヘヘヘッ!」
「笑い声がゲスゥい!?」
「知るかァァァァァァ~~~~! まずは頭なでなでだぁ~~~~!」
全自動絶対ミフユたん甘やかすマシーンと化したアキラ君、出力120%!
うおおおおおおおおおお、甘やかしてやるゥゥゥゥゥ~~~~ッ!
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
ミフユさんはですね、猫なんです。
「ほ~れほ~れ、こうかぁ~、ここをこうなでなでかぁ~? ん~?」
「あ、あぅあぅあぅあぅ……」
猫なので、実は結構、ストレスに弱いんですねぇ~。
「おうおう、今日は明るめのパープル髪かぁ~、リボンが似合って可愛いねぇ~」
「はぁうぅぅぅぅぅ~……」
俺が教室の椅子に座り、その俺の太ももの上にミフユが座る。
見よ、この完璧な布陣を。
もはやミフユに退路なし。こいつは大人しく俺に撫でられるしかないのだ。
「相変わらず、髪の毛の感触がサラサラですなぁ~、いや~、いい撫で心地っすわ」
「うううううぐむむむむむ……」
やだぁ~、この子ったら顔が真っ赤ですことよ、笑うわ~。
「な、何なのよ、いきなり……」
「いや、本当にマジでおまえを甘やかす以外の意図はない」
まだ疑っている様子のミフユに、俺はきっぱりそれを告げ、さらに頭をなでる。
こいつの髪ねぇ~、本当にねぇ~、触り心地がよくてねぇ~。ああ、至福。
「ん……」
撫で続けられてくすぐったくなったか、ミフユが小さく声を漏らす。
しかし、その声がまた可愛らしくて、俺は強く抱きしめながらさらに撫で回す。
「ぁ、あ、あの、そろそろ、あのね……、アキラ?」
「ん~、もうちょっとだけ」
「はぃ……」
俺が言うと、ミフユは一声鳴いて、そのまま口を噤んでしまう。
いやぁ~、本当に猫属性だわねぇ~、ミフユちゃん様。
しかし、撫でているだけというのも芸がない。心のケアは行動+言葉でしょ。
「なぁ~、ミフユさぁ~」
「な、何よぅ……」
「ラララのことでさ~、俺に話せないことがあるのは、まあいいんだけどさ~」
「うん……、それは……」
「それですよ、それ」
「え……?」
「そうやって、気に病む風なのはやめてくれなさいよ」
話せないことがある、なんてことはこっちも最初からわかってるんだから。
それを気にするのはまた違うでしょ。って話ですよ。
「おまえのその判断は、ちゃんとおまえが考えて決めたことだろ」
「それは、そう……」
「ならいいじゃん。俺はそれを支持するよ。だから、力抜けってば」
抱きしめて、頭を撫でて、俺はなるべく声を柔らかくしてそう告げる。
「俺はよー、おまえがいかめしいツラしてるのがイヤなワケよ」
「うん。ごめんね、アキラ……」
「そこは『ありがとう』でお願いします。俺が喜びます」
「……ありがと」
くぅ~、聞きましたかアキラさん、今のミフユたんの声!
小さくちぢこまりつつも、俺の耳に甘い余韻を残す、カミさんからのお礼の言葉!
「ねぇ、アキラ……」
「はいはい?」
「キス、したい」
「はいよ、お嬢様の仰せのままに」
俺はミフユを一度向き直らせ、顔を近づけて間近に見つめる。
上気した頬に、濡れて、揺れて、切なげな瞳。リップを塗った唇がかすかに開く。
「……あんたは、ズルいのよ」
言って、ミフユは俺の唇に自分の唇を重ねた。
「こっちがどうしようもなくなる前に、別の意味でどうしようもなくするんだから」
言葉を重ねて、もう一度キスをしてくる。
「本当にズルいわ。そんなんだから、あんたから離れられないのよ、わたし」
三度、唇を重ねて、ミフユは俺の首筋に熱い吐息をかけてくる。
「そんなに簡単に、わたしを救わないでよね……」
「ダメだったか?」
「わたしの悩みがちっぽけなものに思えてくるじゃないのよ。バカ、もう、バカ」
「おまえが懊悩するよりは全然いいな、それ」
答え、そして今度は俺からミフユにキスをする。
キスをした瞬間の小さなミフユの震えが、またどうしようもなくいとおしい。
あぁ~、ヤバイわこれ。
「早く精通こねーかなー」
「ちょっ、いきなり生々しいこと言うのやめてくんない……?」
「おまえはこの状況で気持ちが盛り上がらんと申すかッ!?」
「こっちだってガマンしてんのよ! 女の子に何言わせンのよ、クソジジイ!」
「あァン!? おまえがそそるのが悪ィンだろうがよ、クソババア!」
そこからちょっと一分ほど、毀誉褒貶激しい意味不明な言い合いをする俺達。
けなしてると見せかけて、結局お互い褒め合ってるの、笑いますわよ。
「もぉ~! もぉ~! もぉ~! もぉったらもぉ~~~~!」
そしてキレたミフユが、俺の唇含めた顔全体にキスの雨を降らせる。
額に両側のほっぺに鼻先に、そしてやっぱり一番多いのは唇。
「…………ホント、さいてーよ」
すっかり顔を真っ赤にして、ミフユはそんなことを言ってくるのであった。
これはすごいぞ、言行不一致も甚だしいぞ。
「で、そろそろ教えなさいよ」
「ああ、重大発表?」
「そうよ。もったいぶらないでよね。さっきから気になってるのよ」
でしょうねぇ、ミフユ君はこの手のヤツは気になって仕方がない人だからねぇ!
「え~、それではウチのカミさんへの重大発表その1です」
「待って、複数あるの!?」
あります。
まずは一つ目です。
「実はですね、かねてより、親父とカディルグナにお願いしてたことが叶いまして」
「お義父様とカディルグナ様に、お願いしてたこと?」
いきなり出てきた名前に、ミフユは不思議そうに首をかしげる。
フッフッフ、今からそのツラを驚愕と歓喜に歪めてやるぜ。
「佐村勲と佐村美遥の魂、とっ捕まえたわ」
「え……」
あ、ミフユが無表情になった。
これアレだ、驚きすぎて驚くリアクションもできなくなっちゃったヤツだ。
まぁ、いいか。俺はそのまま話を続ける。
「豚がさー、カディルグナの作った無間地獄で今も無様に苦しみながら殺され続けてるじゃん? あそこに佐村夫妻の魂もブチ込もうと思うんだけど、どうよ?」
「即日でお願いするわ」
真顔での即答だった。まぁ、即答だろうなー、とは思ってた。
見ろよ、ミフユの顔がちょっと晴れやかだぜ。いいことすると気持ちがいいぜ~。
佐村夫妻には未来永劫、輪廻もなく転生もなく苦しんで死に続けてもろて。
ま、今後あの連中の『出戻り』とか出てくる可能性をね、ゼロにね、したくてね。
「で、それが一つ目なのね……?」
「そう。今のが一つ目で、前フリ。こっちが本命。というか提案だな」
佐村夫妻の処遇を早々に決定したのち、俺はミフユに一つの提案をする。
「探そうぜ」
「誰を?」
「リリス義母さん」
その名を口にした途端、ミフユの目が大きく見開かれた。
「リリス、ママを……?」
「うん。『黄泉読鏡』もあるし、できなくはないと思うんだよな」
もちろん『出戻り』してない可能性もあるが、してる可能性も十分にある。
俺自身は、どちらの可能性も半々程度であると踏んでいる。
「幸運なことに、俺にはお袋がいてくれた。でも、おまえにはいないじゃん?」
「そ、そんなの気にするようなことじゃ……!」
「会いたいだろ?」
俺は答えが決まり切ってるその問いを、あえて投げかける。
すると、すぐにミフユの瞳が潤み出してしまう。
「うん、会いたい。ママに会いたい……」
「じゃあ、探そうぜ。仮に『出戻り』してなくても、お友達になりゃいいさ」
「うん、うん……ッ」
ミフユが、俺にギュッとしがみついてくる。
体を小さく震わせて泣くカミさんを、俺は抱きしめ返して、頭を撫でてやる。
こいつは俺と同じだ。
親に恵まれず、共に『非業の死』を遂げて、そして『出戻り』した。
でも、俺にはお袋がいた。そのおかげで俺は現状、確実に救われてる。
だがミフユはどうだ。
こいつが本当の意味で甘えられる存在は、今のところは俺だけしかいない。
しかも普段は母親として、子供達に接している。
本当に立派なモンだと思うよ。心の底から尊敬するしかない。
だけど、このままじゃダメだと俺は思った。
お袋の存在に救われた俺だからわかる。ミフユにも甘えられる『親』が必要だ。
俺にとってのお袋のように、子供としての素をさらけ出せる相手が。
そしてミフユにとっての『親』とはただ一人、リリス義母さん以外にはいない。
だからまぁ、探すか。って思ったんだが、見つかるといいなぁ~。
「アキラ、ありがとう……」
「どういたしまして」
頭をグリグリ押し付けてくるミフユを、俺はいたわるように抱きしめた。
結論から述べれば、リリス義母さんは無事に見つかった。
ただその際、ちょい厄介な事態が起きたりするんだが、それはまた別の話だ。