第250話 二本目/当日/『最終決闘』二本目:後
刃が、荒れ狂う。
ラララとタイジュを中心とした広範囲を、六本の刃が駆け巡り、飛び回る。
その全てが、威力に特化した斬象剣の効果を帯びている。
「さぁ、生き延びてみせなよ、タイジュ! この斬撃の檻から逃げることはまずできないと思いたまえ! 君に許されているのは、防ぐか逝くかのどっちかだ!」
「後者はいらないよ、ラララ」
純白の輝きを帯びた『羽々斬』を手に、タイジュがそう返す。
前後と頭上から、三本の空剣が彼に迫る。
さらには、ラララ自身までもが踏み込んで、瞬飛剣で斬りかかった。
「ならば、生き延びてみせろよ、タイジュ!」
「言われるまでもない。――王道、魔装剣」
呟いたのち、ハバキリの輝きが一瞬だけ強まる。
その一瞬のうちに、金属音が立て続けに四回。三本の空剣が、空中に跳ね返る。
「……む、ぅ!」
そしてラララ自身までもが、受け止めた衝撃を殺しきれず、二歩ほど後退する。
歪んだ顔で、彼女は白く輝く刀を握るタイジュを睨みつける。
「今のを、軽々と防ぐのかい……」
「そう、難しいことでもないさ」
難しいことではない、はずがない。
タイジュを襲った空剣は全てが斬象剣を帯びていて、触れれば切り裂く必殺の刃。
一本目のように、ハバキリであっても断ち切れるはず。……なのだが、
「さっきと同じことをしたワケか、刃の腹を叩いて、はじき返した」
「それくらいはできる。今の俺ならな」
確信に満ちた声で、タイジュはそれを言う。
しかし、ラララにはわかる。その芸当がどれだけの難易度を誇るのか。
前後と上。
前から襲う空剣を囮にして、二方向の死角から同時に襲い来る破断の刃。
さらにはラララ自身までも加わって、斬撃の雨を浴びせかけた。
当然、逃げ場はない。
そこに立てば敗れる以外の道はない、いわゆる『殺し間』。
タイジュは、それを軽く打ち破ってみせたのだ。
「……震えが来るね」
「ビビッて欲しいところだ」
「当然ながら武者震いさ。君にとっては残念なことに、このラララは勇敢でね」
「ああ、知ってるよ」
そして、タイジュが再び正眼の構えを取る。
ラララに向けられたその刃には、炎のように立ちのぼる純白の魔力光。
それは、何ら属性を帯びていない無属性の魔力である証だ。
「なぁ、タイジュ」
「何だ、ラララ」
「今の君は、《《一体どれだけもつんだい》》?」
「さぁ、どれだけだろうな。正確に計ったことはないよ」
「そうかい! だったら精々、がんばることだね!」
ラララが、今度は六本全ての空剣をタイジュめがけて発射する。
シンプルな、だが、だからこそ威力に優れ、非常に回避しにくい突進攻撃である。
「ああ、がんばらせてもらうよ」
タイジュは表情を変えないままにそう返して、ハバキリを両手に握り直す。
それから彼はゆるりと状態をひねって、直後に、姿がブレる。
鳴り響く甲高い金属音、その数は、六。
タイジュが、白く光る刃によって全ての空剣を跳ね返した音だった。
目の当たりにしたラララが、軽く唇を噛む。
――王道の魔剣術、やはり、強い。
当たり前のことだが、ラララは魔剣術の全てを知っている。
タイジュが用いている魔装剣は、ほとんどの魔剣術の源流となった技だ。
だが、魔装剣自体に何らかの特色のようなものはない。
斬象剣のように、切れ味のみを追求しているワケではない。
金剛剣のように、受けと捌きだけで成り立っているワケでもない。
瞬飛剣のように、速度だけに特化して先手必勝を目指しているワケでもない。
属性剣のように、あらゆる状況に対応できる万能性を有しているワケでもない。
魔装剣は、ただただ純粋な、誰もが想像する魔剣の技でしかない。
魔力で身体能力を底上げし、攻撃の威力を高め、剣の範囲外に技を届かせる。
そんな『普通の剣技ではできないことをするための技』でしかない。
だが、それこそが厄介なのだ。
「おおォ!」
ラララが空剣を操作し、さらに自身も踏み込んで攻撃を仕掛ける。
「魔装剣――、咆光剣撃」
タイジュが呟くと共に振るわれた刃より白い輝きが奔り、空剣を二本撃ち落とす。
魔装剣の基礎を担う技の一角である、遠当ての剣技だった。
同じ広範囲の技でも、刻空剣の方が遥かに威力が高いが、迎撃に使えばこの通り。
そして、タイジュはさらに全身に白い光を帯びて、ラララの攻撃を捌き切る。
魔装剣は、何かに特化した魔剣術ではない。
だが同時に、全ての魔剣術の源流になった技でもある。
つまりそれは、《《全ての技のエッセンスを含んだ魔剣術でもある》》ということだ。
斬象剣ほどではないが、剣の切れ味を高められる。
金剛剣ほどではないが、受けと捌きの技に秀でている。
瞬飛剣ほどではないが、自らの動きを鋭敏化することができる。
属性剣ほどではないが、複数の属性を用いた対応力を発揮することができる。
原点にして基礎。
万有にして最優。
魔剣六道の中で最も総合力に優れた魔剣術。
それが、魔剣六道之壱、王道・魔装剣という技なのだ。
「……どうする?」
一本目であれば確実に通じていた攻撃をあしらわれ、ラララはその一瞬、悩む。
今のタイジュはまさに難攻不落と呼ぶにふさわしい。
刻空剣まで使って攻めているのに、ほとんどダメージを与えられていない。
このままでは攻めきれずに疲弊して負ける。
いや、それはないだろう。魔装剣には、致命的な欠点がある。
他の魔剣術よりも、消費する魔力量が何倍も高いのだ。
魔装剣は、ほとんどの魔剣術の原点。
それは、技の発展途上で克服された欠点が残っているということでもある。
タイジュがあまり魔装剣を使わない理由も、そこにある。
彼が宿す魔力量は、ラララよりもだいぶ少ない。
それが、タイジュが防御に特化せざるを得なかった理由の一つでもあった。
「魔装剣を使ってきた以上、あっちは短期決戦を狙っていると見ていい」
この推測は外れてはいないと思う。
そして、そこから見えてくるラララの勝ち筋は――、魔力量に任せた持久戦。
戦いが長きに及べば、今は鉄壁を誇るタイジュでも、やがて綻びが見えてくる。
そして彼が攻めに転じたところで一気に総攻撃を仕掛ければ……、
「……ダメだ、そんなの」
浮かびかけたプランを、ラララは即座に破棄する。
勝つだけならば、それでいい。きっと勝てる。きっとであって、確実ではないが。
しかし、ラララにとってこの『最終決闘』は勝つための戦いではない。
もちろん、勝たねばならない。それは前提条件だ。
だが、彼女の『目的』は、自分が勝利したその先にこそある。
ミフユに語ったその『目的』。その『理由』。
そうだ、自分はこの戦いで目の前の彼に、タイジュに勝利して、そして――!
「タイジュ・レフィード、勝負だッ!」
シラクサを構え、六本の空剣によって斬撃の嵐を作り出し、ラララが突進する。
それを、タイジュは白く輝くハバキリを手に、真っ向から迎え撃つ。
「俺は最初からそのつもりだ、ラララ・バーンズ」
長期戦狙いなどという、最も勝利に近い愚策を、ラララは投げ捨てる。
勝つのだ。
今、この場で、タイジュが最も強いこの瞬間、その強さを上回って、勝つのだ。
「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォ――――ッ!」
「…………ッ」
雄叫びをあげるラララと、無言を貫くタイジュ。
しかし何故だろう、その戦いを見る者達の目には、二人の表情が似通って映った。
甲高い剣戟音。
白い空間に火花が幾度も瞬いて、吹きすさぶ風に血が混じる。
タイジュの頬を、空剣が斬っていた。
それはとりもなおさず彼の鉄壁が崩れかけたことを示す。
怒涛の連撃が、ラララの乱れなき心が、不動の大樹を揺り動かしたか。
だが、まだまだタイジュが折れるには至らない。まだ到底、崩れきらない。
アキラ達が見ている先で、二人の刃が激突を重ねる。
その実力はまさに伯仲。その戦いはまさに白熱。その戦いは全くの互角に進む。
圧倒的な攻撃力でタイジュの守りを圧殺しようとするラララ。
圧倒的な防御力でラララの攻撃を凌いで反撃を狙うタイジュ。
まさに二人それぞれの在り方を象徴するような、気迫に満ち溢れた攻防であった。
だがついに、その天秤が片方に傾く。
空剣の一振りが、タイジュの左肩に深く突き立ったのだ。
「く……ッ」
低く呻き、かすかに体勢を崩すタイジュ。
しかし今の二人にとって、その『かすか』が勝負の分かれ目となる。
「今、だァ――――ッ!」
ラララは、その隙を見逃さない。
残り五本の空剣が、次々にタイジュの身に襲いかかっていく。
彼は、それを必死に捌いていくが、隙を埋めきれない。そこに空剣が突き刺さる。
今度は右の脇腹。刃は、彼の背まで貫通してしまう。
「う、ぐぅ……」
身を強張らせるタイジュを、さらに三本目、四本目の空剣が貫いていく。
一本目が貫いた左肩と、右の太もも。もはや動けるはずもない一目でわかる重傷。
タイジュはまだ立っているが、出血量はおびただしく、動きもおぼつかない。
窮地であった。誰が見ても、タイジュの勝ち目はないように思われた。
だが、ラララは油断しない。
今度こそ、最大威力の斬象剣でタイジュをハバキリごと両断する。
それで、誰も文句のつけようのない、完全なる勝利だ。
「タイジュ・レフィード、覚悟ォ――――ッ!」
ラララが深く踏み込んで、大上段からタイジュを斬り伏せにかかる。
タイジュは、右手のハバキリでそれを受け止めようとする。
だが、その刃にはもう、白い光は宿っていない。
魔装剣はもう使っていない。それを察し、ラララは勝利の確信を深める。
そこに、聞こえた。
「自分がすでに騙されている事実に気づいてないだろ、ラララ」
――何だって?
「……金剛剣、全覇鏡転」
キィィィィィン、と、これまでで最も甲高い金属音がそこに響き渡った。
折れて宙を舞ったのは、ハバキリではなく、シラクサ。
タイジュとハバキリを諸共両断するはずだった、ラララの刃だった。
「ぇ……?」
何が起きたのか、ラララには理解できなかった。
ただ、そこに自分の異面体が壊れたという事実があり、意識が遠のいていく。
タイジュが何か言うのが聞こえた。
「魔装剣は、釣り餌だ」
そして放たれたハバキリでの突きが、一本目とは真逆にラララの心臓を貫いた。
ラララとタイジュの『最終決闘』二本目は、こうして決着した。