第248話 二本目/前日/彼は彼女を愛するが、剣は彼を愛してる
佐藤んチの庭の『異階』にて――。
「最後ダ、タイジュ。アクセルはベタ踏みのままにシテイケ! いくゾ!」
「――どうぞ」
向かい合うサイディとタイジュの姿が、次の瞬間に消える。
そして、響くのは衝突音。
一つ二つではない。断続的でもない。無数の音が、いつまでも連なっている。
カン、という乾いた音が、幾つも幾つも幾つも幾つも幾つも幾つも重なって。
そのさなかに、サイディのタイジュへの大声による教えの声が響く。
「隙は作ってイイ、ただシ作った直後に消セ! 付け入る暇を与えるナ! それはテメェの体の動かし方がわかってリャ、できるコトダ! 体は道具ダ、使いこなセ!」
「はい」
サイディが手にした木刀が、無音のままにタイジュを狙う。
それを、彼は己の異面体『羽々斬』でそれを受け止め、反撃に転じる。
「――ふッ」
かすかに開けた唇から漏れ出る、鋭い吐息。
踏み込んで繰り出した突きは、サイディの死角を突いたはずだったが――、
「ミリ、踏み込みが足りてネェナ」
彼女は一歩退いただけで、それをギリギリかわす。
そこから、サイディの怒涛の連撃が始まるも、タイジュはまるで慌てない。
「魔剣式――、地道、金剛羽々斬」
彼は守りの魔剣術、地道・金剛剣を発動させて、連撃全てを受け止め、捌き切る。
「そうダ、それでイイ。だが防ぎ切ッテ、終わりじゃネェ。常に次を意識シロ!」
「はい」
サイディが、今度は連撃ではなく木刀を大きく振りかぶる。
その表面に発生する魔力の流動。タイジュはそれが破道・斬象剣であると悟る。
「テメェが過ごした百年の結果ヲ、ワタシに見せてミロ、タイジュ」
「……どうぞ」
タイジュは、退かない。
一本目であれば即座に彩道・属性剣に切り替えていたが、それも行なわない。
サイディの木刀に流れる魔力が、輝きを帯びるほどに強まる。
そこに集束された魔力の総量はラララが見せる斬象剣の十倍以上に達する。
単純な比較はできないが、少なくとも威力面においてはこちらの方が確実に上だ。
「避けるナ、受け止メロ」
「はい」
そして、サイディが木刀を振り下ろし、タイジュがハバキリで受けに回る。
二つの刃の激突に、膨れ上がった魔力が炸裂して『異階』を激しく揺るがした。
そして――、
「ヨシ」
サイディの顔に、豪快な笑みが浮かぶ。
彼女の振り下ろした木刀は、半ばから先がなくなっていた。
タイジュは、受けの構えから何も変わっていない。
その場から一歩も退いていないし、体にはかすり傷一つついていない。
「ここマデダ。明日は本番ダロ? 軽くストレッチシテ、早めに寝てオケヨ?」
「はい、ありがとうございました。お師さん」
ラララとタイジュの『最終決闘』二本目の前日。
先代『剣聖』サイディによるタイジュの鍛錬は、午後三時に終了したのだった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
その日、ラララはタイジュと一緒に食事をしなかった。
「前日ともなれば当然ダナ」
「…………」
「無表情でションボリしてんジャネーヨ」
佐藤んチの居間にて、正座しているタイジュを見て、サイディがケラケラ笑う。
「……あの、お師さん」
「オ、何ダヨ」
「何ですか、その緑色の山は」
サイディは昨日焼いた肉を乗せた大皿に、本日は大量の野菜を乗せていた。
その見た目たるや、今、タイジュが表現した通りの有様である。実にフジヤマだ。
「ア~? ワタシのディナーに決まってるダロ。ダイエット中だっつッタベ?」
「ない。それはない」
手づかみでモッシャモッシャ食べ始めたサイディに、タイジュがかぶりを振る。
「野菜でも食べ過ぎてたら意味がないのでは?」
「ワタシの辞書にそんな文字はナイゼ!」
「せめて食器使う程度の文明レベルに発展してから言ってください。猪口才な」
「チョコザイッ!?」
驚きつつ、サイディは手遣いで野菜を喰らっていく。
途中、にんじんスティックだけは小動物がするようにポリポリ食べていた。
「ア~、どうすッカナ~。ネクタル入れちまうカナ~」
ネクタルとは異世界で流通していた酒で、かの『アムリタ』から作った果実酒だ。
飲めば様々な効用を体にもたらしてくれるが、アルコール度数が相当高い。
「お師さん、一応、こっちじゃ未成年でしょ」
「固ェコト言うナッテ。ラララだってこっちで酒飲んでンダロ?」
「ラララは別です。酔うと可愛くなって俺得なので」
この、露骨すぎる贔屓に、サイディも「ケッ!」と声を荒げて、顔をしかめる。
「テメェはホントに何でもかんデモ、ラララ、ラララダナ、オイ!」
「そうですね。俺は『田中が好きな佐藤』なので」
タイジュは表情一つ変えることなく、ハッキリと自分の師匠にそれを告げた。
それに、サイディはブロッコリーを口に入れつつ、
「そこまで愛されてラララも幸せダナ? ン~?」
「茶化さないでくださいよ、お師さん」
少しばかりイラッとなって、タイジュは眉間にしわを集めた。
サイディは笑ったまま、片手だけホールドアップする。
「ソーリー、からかうつもりはねェンダヨ、ワタシハ。タダ、ナ……」
「何です?」
「タイジュ、テメェはラララが剣を捨てタラ、どうするツモリダ?」
それは、異世界でも毎度毎度色んな人間からきかれていたことだった。
異世界では、剣は生きるために必要な道具だった。だから『続ける』と答えた。
しかしこちらでは、そんな必要もない。
「やめますよ。俺は別に、剣にこだわりは持ってないんで」
「ヘェ、やっぱテメェはそう答えるカ」
「お師さんには、それこそ異世界でもそう言ってたでしょう、俺は」
「ダナァ、ワタシがきくたびニ、そう言ってたヨナ」
「変わりませんよ、何も。俺はラララに剣をやめさせたいだけなんですから」
「アア、それもずっと言ってるコトダヨナ」
そこで、サイディはニヤリと笑う。
タイジュはその笑みに、奇妙な『含み』のようなものを感じとった。
「何ですか、お師さん?」
「オ、嗅ぎ取ッタカ。イイゼ、タイジュ。今のはポイント高いゼ」
「それはどうも」
鋭い八重歯を剥き出しにして笑うサイディに、タイジュはつっけんどんに返す。
「そう邪険にするナヨ。ワタシはヨ、もったいネェと思ってンダヨ」
「……もったいない?」
「そうサ。だってテメェのコトダ、将来は普通に就職とか考えてンダロ?」
「まだ中学生なんで、そこまで明確なビジョンはないですけど……」
「ケド、何だヨ?」
「人生設計としては、ラララと同じ高校に進んだら二年になる前に告白して正式にお付き合いした上で、二人で貯金を始めて大学はラララが望めば進む。望まなければ就職で、就職先はここから一時間以内の場所で、給料の金額より働きやすさと自分の時間が作りやすさを重視して決めたいと思ってます。婚約指輪については高望みはしすぎないようにするつもりですが、それでも最低限のこだわりは持ちたいですね」
「ワ~オ、クッソ明確でやんノ……」
これにはサイディ師匠もお口あんぐりになってしまう。
「まだまだ月単位、日単位のビジョンまでは設計できてないので、これからですよ」
「そこまでやるノカヨ、怖ェ~ヨテメェ。ちょっと鳥肌立ったワ……」
右手で、剥き出しの左腕を軽く撫でるサイディ。
しかしタイジュは、会話をそこで止めたりせずに、彼女に続きを促す。
「それで、お師さんは何が言いたいんですか?」
「オウ、それヨ。ナァ、タイジュ。テメェ、ワタシと一緒に戦場に出ネェカ?」
「戦場……?」
この人は何を言うのか、と、タイジュは思った。
戦場なんて、この令和の日本の一体どこにあるというのか。あるはずがない。
「アア、ジャパンにはネェナ。ここは何だかんだ平和な国だからナ」
「お師さん、その言い方は……」
「HAHAHA、ソウサ愛弟子。一緒に外に行コウゼ? 戦場はそこにアル!」
外。外国。日本ではない場所。
確かに、日本の外なら戦場はあるのかもしれない。いや、確実にある。
「人ってノヨ、争う生き物ナンダヨ。戦場のない世界ナンテあり得ネェノサ」
「それは、そうかもしれませんけど……」
「ワタシ達はただの『剣士』ジャネェ。魔剣術を極めた『魔剣士』サ」
「だから、何なんです?」
「この世界の兵器程度ジャ、ワタシラは殺せねぇッテコトダヨ」
サイディは、こともなげにそれを断言する。
「核兵器でも使わナキャ、ワタシやテメェを殺しきるのは不可能サ。そしてこの世界の兵器程度の強度ジャ、魔剣術は防げネェ。ナァ、タイジュ。きっと楽しいゼェ?」
「お師さんは――」
舌なめずりして語る自分の養父にして師匠に、タイジュは改めて尋ねる。
「お師さんは、《《何のために剣を振るうんですか》》?」
「決まってるダロ。《《剣を振るうタメに剣を振るうノサ》》」
まるで答えになっていない。
しかし、この先代『剣聖』は本気でそれを言っている。タイジュにはわかる。
「いちいち理由なんて考えるナヨ、ワタシらに『手』がアリ、ワタシらの近くには『剣』がアル。ナラ、掴んで持ッテ、振り回すしかネェダロ。それが『剣士』ダ」
「じゃあ、俺は『剣士』じゃないですね。それこそ、ラララの方が該当しそうだ」
「アイツはダメサ」
ラララの名を出すタイジュに、しかし、サイディは肩をすくめて首を横に振った。
「どういうことです?」
「何でチョット殺気立ってンダヨ。剣やめさせてェンダロ?」
「それはそれです。ラララを否定するヤツは敵です。どの角度、どの方向でもです」
「テメェもめんどくせぇヤツだナァ、本当ニヨー!」
いつの間にか空になった大皿を置いて、サイディは軽く髪を掻く。
「アノナ、単純な剣才ならラララよりテメェが上ダ。ガ、単純な魔法の才ならテメェよりラララが上ダ。『魔剣士』ってノハどっちの才モ必要不可欠。テメェらが『連理の剣聖』になったノハある意味、必然だったんダロウヨ。……デモナ、タイジュ」
「はい」
サイディが笑みを深める。ソレは人より獣に近く、そして確信に満ちた笑み。
「――『剣に愛される才』を持ってるノハ、テメェの方ダゼ」
「剣に、愛される才、ですか……?」
「そうサ。だからワタシはテメェを引き取って魔剣術を教エタ。テメェならなれル。そう思ったカラナ! どうだタイジュ、ワタシと一緒に外ニ――」
そうしてサイディが、再びタイジュを誘おうとするが、
「あ、ラララを幸せにする仕事で忙しいんで、それはまた今度にしてください」
これ以上なく、きっぱりと彼に断られてしまうのだった。
「テメェは本ッ当にラララ基準で人生送ってンナァ――――ッ!」
「『田中が好きな佐藤』ですから」
「もうちょっとサー! 興味くらい持ってもよくネーカナー!」
と、食い下がろうとするサイディだが、タイジュはひたすら迷惑そうな顔をする。
「元々、俺は別に『剣士』であることにこだわりはないんですって。それは何度も言ってるでしょうに……。『剣に愛される才』なんていりません。迷惑なだけだ」
「アー! テメッ、そゆこと言っちゃウ?! 師匠のワタシに言っちゃウワケ!?」
「だって、あっても別にラララを幸せにする役には立たないし」
「フン、まァ、イイサ」
サイディは唇を尖らせて、いつの間にか取り出したネクタルをラッパ飲みする。
「いいモンネ、いいモンネ~! テメェなんかいなくタッテ、ワタシ一人で諸国漫遊ぶった斬りワールドツアーしちゃうモンネェ~! ヘヘェ~ンダ! フンッ、ダ!」
「ガキですか……」
タイジュは小さく息をつき、その場から立ち上がる。
「そろそろ部屋に戻ります。お師さんは適当に寝てください」
「ヘイヘイ。明日は勝てヨー」
「勝ちますよ。勝って、ラララから剣を取り上げます。それじゃ、おやすみなさい」
最後に挨拶を交わして、タイジュは早々に自分の部屋に戻る。
そして一人残ったサイディは、彼の部屋の方を見つめて、軽くほくそ笑む。
「それデモ、テメェは『剣士』であることから逃げられネェサ、タイジュ」
――『最終決闘』二本目、本番は、いよいよ明日だ。




