第247話 二本目/二日前/田中と佐藤のお夕飯、おまけ付き
ラララはその日、タイジュと夕飯を一緒に食べる約束をしていた。
それは、いつもはあまり意味のない約束だった。
何故なら二人は日常的に一緒に食事をしているからだ。
お隣さん同士の田中と佐藤は、家こそ二軒だが生活はほぼ共同。食事も毎日一緒。
だから、週に一度は一緒に食事をしよう。
などという約束はあってないようなもので、完全に有名無実化していた。
しかしラララはミフユの部屋にいるため、一時的にお隣さんではなくなっている。
田中と佐藤のこの約束が機能するのは初めてのことではないだろうか。
そんなことを考えつつ、ラララは自分の家へと戻る。
「YO! 来たナ、ジャジャ馬! 待ってタゼ!」
あ、そういえばこの人いたんだった。
待ち構えていたアメリカンビッグTS師匠に、ラララはそんなことを思った。
――サイディ・ブラウン。またの名をザイド・レフィード。
異世界におけるタイジュの養父にしてラララの師匠でもある先代『剣聖』だ。
昨日、戻ってきたアキラから聞かされていたが、当たり前だが実在していたとは。
なお、昨日、タイジュに『百年異階』を提供しに行ったアキラとマリク。
しかし、それをすることなく、サイディに追い返されてしまった。
先代『剣聖』のサイディは魔法の腕前も相当で『百年異階』を自ら展開できた。
そこで、タイジュの特訓はマンツーマンで行ないたいとの意向を示したのだ。
アキラとしても断る理由もなく、了承して戻ってきたワケである。
そしてラララは、その一部始終を父親から聞かされていた。
「え~……、お師様クン? お師様ちゃん?」
「その敬称を重ねる呼び方モ、今聞くト懐かしく感じるナァ! HAHAHA!」
「その豪快な笑い声、本当にお師様ちゃんだぁ……」
自分にとってはもう一人の父親にも等しかったザイド・レフィード。
それがまさか、女性になっているとは。
ラララとしても実際に会うまではなかなか信じがたい現実であった。が、現実。
「来たな、田中」
「あ、佐藤!」
ラララはようやくタイジュに気づいた。
サイディが壁になっていて、彼の存在に気づくのが遅れてしまった。
そこで、ラララはさらにもう一つ、気づく。
あ、この二人、今まで二人っきりでいたんだ。という、その事実に。
「…………」
ラララは、自分よりも頭二つ分は背の高いサイディを見上げる。
美人だった。かなり野性味あふれるワイルドな顔立ちをしているが、美人だった。
そして、大きい。非常に大きい。メロン。いや、スイカか?
中学生の自分には望むべくもない、というか成長しても勝てる展望が見えない。
さらには、そんな大物を抱えているくせに、全身引き締まっている。
何、あの腰の細さ。何、あのプロポーションのよさ。え、ウソ。信じられない。
「……やるじゃないか、お師様ちゃん! だがこのラララには『可能性』という名の武器と、先んじて関係を構築し続けてきたという『自負』がある! その二つをもってこのラララはお師様ちゃんに抗ってみせようじゃないか! 負けはしないぞ!」
「おまえは何と戦ってルンダ……?」
唐突すぎるラララからの宣戦布告に、サイディは思いっきり首をかしげる。
そんな二人を見て、タイジュがボソリと。
「安心してほしい、田中。俺はおまえ以外は眼中にない。あと、さすがに養父とはいえ父親に対して欲情するような『人間という呼称を使いたくない存在』にもなりたくないし、そもそも大きすぎるのは好みじゃない。つまりお師さんは100%、ない」
「おまえもおまえデ、容赦ネェナ! ワタシ、何かしたカヨ!?」
いきなり田中と佐藤の双方からディスられたかわいそうなサイディ、19歳の冬。
「……そうか、佐藤は大きいのは好みから外れるのか」
「外れる」
「もし、このラララが将来的にお師様ちゃんほどではないにせよ大きくなったら?」
「大きいのが好みに入る」
「そっかぁ!」
「そこでのナイススマイルは違くネ? アレ、ワタシがおかしいノカ?」
田中と佐藤が展開する世界観に、先代『剣聖』はただ首をひねるしかなかった。
「ところで田中。今日の夕飯は何が――」
「おぉット! そこはインターセプトさせてモラウゼ!」
ラララに夕飯のリクエストを聞こうとしたタイジュを、何故かサイディが阻んだ。
その行動に、田中は表情を凍てつかせ、佐藤は無表情で顔の色だけ青くする。
「お師様ちゃん……?」
「お師さん……?」
戦々恐々の空気を纏う二人の前で、彼女は腕を組んで仁王立ち。そして叫んだ。
「今日のディナーハ、このワタシが作ってヤルゼ!」
「「却下で」」
「イイヤ、作るネ! 作るッタラ作るネ! 絶対作ってやるカンネ! 絶対ダ!」
「「ワガママ……」」
言い出したら聞かないし、止まらない。
異世界でもずっとそうだった先代『剣聖』の稚気に、弟子二人はため息をつく。
さっきまでとは、完全に立場が逆転してしまった。
「任せろッテ! このワタシの料理にベロドラム止まらなくさせてヤルゼ!」
「ああ、舌鼓……」
それは何となくわかるタイジュであった。
先代『剣聖』のクッキングタイム、たった今からスタートです!
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
先代『剣聖』のクッキングタイム、ついさっきフィニッシュです!
「できたゼー! どうよコレ!」
佐藤んチの居間にて、どこからか持ってきたコック帽を被るサイディが勝ち誇る。
その前には、昭和を強く感じさせる丸いちゃぶ台と、立ち尽くす弟子二人。
「お師さん、これは……」
「お師様ちゃん、このメニューは……」
二人の顔に浮かんでいるのは、絶望に近いもの。
そこにさらに『知ってた』という感じの、諦観までもが多分に含有されている。
サイディが、本日のディナーメニューを二人に告げる。
「――『肉』だ!」
そう、肉だった。
肉料理、ではない。肉だ。デカイ、ただこんがり焼いただけの、肉ッッッッ!
しかもその質量、実にアメリカ~ン!
「レシピハ、肉! 塩! コショー! 調理法ハ、焼ク! フィニッシュ!」
「「ないない」」
これを料理と豪語するサイディに、ラララとタイジュは揃って首を振る。
しかも、信じがたいのが、デカイ皿の上にデカイ肉が一つ。以上、終わり。な点。
「あの、お師さん、ナイフとかフォークは……?」
「NO! そのままかじりツケ!」
「田中~、台所からナイフとフォーク持ってきてくれ~」
「は~い」
「ホワッツ!?」
何故か驚く先代『剣聖』。
「ヘイ、タイジュ。おかしいゼ! ワタシの辞書に食器の文字はないんダゼ!?」
「食器もないような文明レベルのクセに辞書を使わんでください。生意気な」
「ナマイキッ!?」
ショックに固まるサイディの横を、食器を持ってきたラララが通り過ぎる。
「持ってきたよー、佐藤」
「とりあえず、食べるか。残しておくわけにもいかないし」
「そうだね……」
本日の田中と佐藤のお夕飯は、非常に野趣あふれるメニューとなったのだった。
それでも、ナイフを差し込んでみると――、
「え、やわらかい……ッ」
「ウソだろ、この見た目でか……」
「HAHAHA!」
ステーキ用のナイフで、ほぼ抵抗なく切ることができた。
しかも、一口大に切ったそれは、非常に食欲をそそる匂いを漂わせてくる。
「くっ、こんな『料理』以前のモノが、どうしてここまで美味しそうな匂いを!」
かぐわしい芳香に、ラララが悔しげな顔をする。
タイジュの料理を愛する者として、これを美味しそうと思うことに抵抗があった。
だが、見るがいい、このこんがりと焼けたお肉を。
そこに滴るテラテラと輝く肉汁と油を。そして、肉を彩る少し焦げたコショウを。
美味しいよ、僕、美味しいよ。と、肉が訴えているかのようではないか。
見た目と香りはやはり強い。ラララののどが、自然とゴクリと鳴ってしまった。
「食べよう、田中」
「そ、そうだね、佐藤……」
「HAHAHAHA!」
勝利を確信しているサイディの笑い声を聞きつつ、二人は肉を食べようとする。
フォークを突き刺すときさえ、抵抗はほぼなく、本当に柔らかいのがわかる。
「……いただきます」
そして、田中と佐藤が、フォークに突き刺した肉を、それぞれ口の中に入れた。
そこからさらに、しばし咀嚼して、ラララの瞳がカッと見開かれる。
「こ、このお肉……ッ」
驚愕と共に、彼女は感想を述べた。
「――普通だッッ!」
まさに普通。本当に、ただ塩とコショウをかけて普通に焼いただけの、肉!
いや、マズくはないのだ。しっかりと美味しい。
噛めば肉汁も溢れるし、肉のうまみもしっかり活きている。
だが、普通。別にそこまで大した美味しさではなく、普通に美味しいだけの肉。
「えぇ、逆に信じられない……」
肉を飲み下しつつ、ラララが続けてそんな感想を漏らす。
あそこまでに美味しそうな前フリをしておいて、この普通な美味しさ。
正直、一番コメントに困るヤツである。
認めるには今一つ物足りず、否定するには普通に美味しい。どうしろというのだ。
「お師さん、美味しいです」
「HAHAHAHA! ダロ!」
だが、そこでタイジュがサイディに向かってキチンとそれを告げる。
彼がお世辞を言うような人間でないことは、誰よりもラララが一番知っている。
まさか、これ、本当は美味しいのか?
食べた自分の味覚がおかしい?
一瞬、そんな疑念に駆られるラララをよそに、タイジュが続ける。
「でも俺が作る方が美味しいので、今後お師さんはキッチンに入らないでください」
「アレッ!?」
佐藤、信じてたよ、佐藤! それでこそだよ、佐藤!
内心に喝采をあげながら、田中は肉を食べ続けた。……そろそろ、飽きてきたが。
「しょうがネェナ、ここはタイジュのホームダ。従ってヤルゼ」
かなり渋々ではあるが、サイディはそう言って肩を落とす。
だがそれも一瞬のことで、彼女はすぐに話題を切り替えてきた。決闘のコトだ。
「ナァ、ラララ。三本勝負、一本目はテメェが勝ったそうじゃネェカ」
「そうとも、このラララが勝ったのだよ、お師様ちゃん。この、ラララがね!」
「ケケケ、おまえのその自己顕示欲、ワタシは嫌いジャナイゼ」
「…………」
笑うサイディの隣で、タイジュは無言で肉を頬張り続けている。
「聞きゃ、テメェ、刻空剣と斬象剣の併用を実現させちまったそうダナ。大したモンサ。歴代の『剣聖』でもなし得なかった偉業ダゼ、そいつハ。ワタシでも無理サ」
「ハァーッハッハッハッハッハァ――――! もっと言っていいんだよ!」
「アア、言わせてモラウゼ。もっとタイジュを追い込んでクレヨ、《《当て馬チャン》》」
そのサイディの言葉に、場の空気が一気に冷える。
「ワタシが選んだ次代の『剣聖』はテメェじゃナク、タイジュなんダヨ。ワタシがテメェに魔剣術を教えてやったノハ、最終的にそれがタイジュを伸ばすコトに繋がると思ったカラダ。ラララ・バーンズ、テメェは所詮当て馬でしかねぇんダヨ。ナ?」
その場にあぐらをかき、ちゃぶ台に頬杖を突いてサイディがラララを睨む。
それに、タイジュもラララも、彼女の方を逆に睨みつけて、
「お師さん――」
「お師様ちゃん――」
「何デェ?」
聞き返すサイディに、二人は同時に言った。
「「それはもう聞き飽きてます」」
「よ?」
「けど?」
「HAHAHAHAHAHAHAHAHA! ダーヨネー!」
サイディ・ブラウン、大爆笑である。
「だってお師様ちゃん、このラララが弟子入りした日からず~ッと言ってることじゃないか。それ。聞き飽きたっていうか、聞くのは久しぶりだけど、聞き飽きたよ」
「だってヨー! ワタシが次の『剣聖』と見込んだタイジュが圧倒的に負けたトカ、そんなの聞かされたらヨー! コウ、何かちょっとモヤモヤするジャ~ン!」
「ダダっ子か?」
畳の上でジタバタし始めるアメリカン巨女に、ラララが適切な例えをする。
「次は勝ちますよ」
ナイフとフォークを皿の上に置いて、タイジュが手を合わせてから言う。
「そのために必要なことは、やってますから」
「フフフ、やはり君はそうでなくてはね、タイジュ・レフィード!」
静かにこっちをねめつけてくるタイジュの視線を、ラララは笑顔で受け止める。
今このときだけ、二人は田中と佐藤ではなく、対立する『連理の剣聖』であった。
それを、先代『剣聖』も笑って眺めている。
「ところで――」
タイジュが、サイディをチラリと流し見て、
「この肉、俺とラララだけじゃ絶対食べきれないんですけど、どうするんです?」
「それはお師様ちゃんが食べるんじゃないの?」
「イヤ、ワタシはちょっとダイエット中ダカラ、肉は食べないゼ!」
「じゃあ何で焼いたの!?」
「育ち盛りのテメェラのコトを考えてやった結果ダロウガ!」
騒ぎ始めるラララとサイディを尻目に、タイジュは表情を変えずに嘆息する。
「収納空間行きだな」




