第246話 二本目/三日前/来訪者は灰色の髪の女
さて、一本目が終わって翌日である。
俺とマリクは現在、佐藤んチに向かっている。タイジュの家である。
『なぁ、マリク』
『は、はい、何ですか、お父さん……』
飛翔の魔法で家へと向かいながら、俺は途中、魔力念話でマリクに話しかける。
『おまえって、もしかしてタイジュに協力するの、乗り気じゃない?』
『ぇ、な、何でですか……?』
聞いたら、聞き返されてしまった。
まぁ、そりゃあ聞き返しもするかぁ、突然だったしな、今の俺の質問。
『いや~、何となく?』
本当に、理由と呼べる理由は特にないんだけど。
『ラララのときはかなりおまえの方から積極的だったじゃん?』
『ぅ、ご、ごめんなさい……』
『いやいや、謝る必要はないんだが――、って、そこで謝るってことは、もしや?』
再び俺が質問を飛ばすと、無言ではあるが申し訳なさが気配で伝わってくる。
『……本気でタイジュに協力するの、乗り気じゃないのか?』
『そ、そういうワケじゃ、ないけど……』
ふぅ~む? じゃあ何だと?
『ぼ、ぼくは、ラララちゃんに勝ってほしいなぁ、って思ってるだけ、です……』
『なるほど。おまえ個人としてはそう思ってるワケだ』
「は、はぃ~……』
それ自体は、理解できるよ。
別に、どっちかを応援するのは悪いことじゃないからねぇ。
『あれ、でもそうすると、タイジュに『百年異階』で修行させるの、イヤ?』
『そ、それは特に。ラララちゃんを応援してるけど、えこひいきはダメです……』
さすがは次男。ちゃんとその辺は割り切って考えている模様。
『しかし、また百年かぁ……』
『ぉ、お父さんは、別についてこなくても……』
そういうワケにはいかんべよ。
タイジュにゃ、俺が焚き付けた部分もあるしよ~。
『しかし、マリクよー。おまえ、今回の『最終決闘』、どっちが勝つと思う?』
『ぅ? ぅ、う~~~~ん……』
飛翔するマリクが、腕組みをしながら悩み始めてしまう。
『……わかんない。お父さんは?』
『俺も同じ。わかんね。あの二人、本当に互角だったからなぁ、異世界だと』
俺も傭兵として常に戦い続けてきた身ではある。
しかし、それでも俺はラララやタイジュとは『人種』ってヤツが違っている。
タイジュは剣にこだわりはないと言うが、それでも異世界では『剣士』だった。
ウチの傭兵団では先代の『剣聖』の跡を継ぎ、切り込み隊長をやっていた。
ラララは、剣を捨てるまではタイジュと同じで、切り込み部隊に所属していた。
結婚さえしなければ、俺はラララに斬り込み隊長を任せていたと思う。
タイジュは防御に優れるタイプだったからな。
切り込み隊長ってのは、攻撃力が高くてタフなやつが適している。
その条件に適合していたのは、ラララの方だった。
『どっちが勝つやらねぇ……』
マリクと一緒に、俺も飛びながら腕を組んでしまう。
『で、でも、ただ……』
『お?』
どっちが勝つかなー、と考えていると、マリクが何やら言いたそうにする。
『何だよ、マリク』
『ぼ、ぼくは、《《ラララちゃんが勝つ方がいいと思う》》』
む? 何やら含みのある言い方だな。勝つ方がいい。とは、どういうことだ?
『何だそりゃ、何かあるのか?』
『わ、わかんない……』
『オイ、マリク君? オイ……?』
『ひ、ご、ごめんなさい……! でも、本当にわからないんだ、何か……』
その『何か』は何なのさ?
『それは、ラララを応援してるのとは別、なのか……?』
『うぅ~~~~ん……、か、かも……?』
煮え切らねぇなぁ、次男坊! 結局どっちなんだよォ~~~~!?
『あ、着いた』
『あああああああああ、着いちゃったァァァァァァ~~~~!』
これ絶対に『百年異階』中に忘れちゃうヤツじゃないですかァ~!
え~っと、何か他にも忘れてる気がするけど、ま、いいか。
『しゃーない、タイジュに挨拶に行くか~』
『は、はぃ~……』
というワケで俺とマリク、佐藤んチに到着ゥ~。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
ピンポーン。
佐藤んチの玄関で、俺がチャイムを鳴らす。そしてしばし待つ。
「…………」
「…………」
俺とマリクは並んでタイジュが出てくるのを待つ。
あ、ちなみに今の時間帯は夕方です。冬だからすっかり暗くて、ほぼ夜っすわ。
「…………」
「…………」
俺とマリクは並んでタイジュが出てくるのを待つ。
ラララはミフユの部屋に泊まってるので、ここにはタイジュしかいないはず。
「…………」
「…………」
俺とマリクは――、って、タイジュ出て来ねぇな。
「……ぉ、お父さん?」
マリクがチラリと俺を見てくる。
「ぁ~、どうすっかねぇ~」
俺は軽く腕を組み考え込む。すると、庭の方から話し声が聞こえてくる。
「タイジュのやつ、庭にいるみたいだな。回り込むか~」
「は、はぁ~い……」
俺とマリクは、隣の田中んチをグルリと回って、二つの家にまたがる庭を目指す。
そうすると、庭で話しているタイジュの声が少しずつ大きくなってくる。
「……です。……から」
「……ダナ。……ナヨ」
ん~? 話してるのは女、か?
ちょい高めでハスキーな感じで、あとは何かイントネーションが……。
「飛び越えっか」
「い、いいのかなぁ……」
周りを見て誰もいないことを確認し、飛翔の魔法で庭を囲む塀を飛び越える。
「お~い、タイジュ~」
「あ、親父さん」
着地した俺に気づき、タイジュが俺の方を見た。
一方で、こっちはタイジュと話していた女の方をチラリと見てみる。
よもやタイジュが浮気……、なんてことはさすがにないと思うんだがなー。
「ン~?」
と、その女の方も、こっちを探るように見てくる。
わ~、外人だ~。外人の女の人だぁ~。煤けた灰色のロングヘアのデカイ女だ~。
どれくらいデカイかというと、タイジュより大きく、タクマより背が高そう。
骨格ガッシリしてて、肉付きもよくて、しかも引き締まっている。
あとは、何これってくらい、おっぱいが大きいぞ。
タマキも大きいけど、そういうレベルじゃないというか、ホント何これって感じ。
顔つきは、うん、凶暴そうで獰猛そう。
目も冴えるような美人だけど、その美しさは均整の取れた獣のそれだわ。
例えば豹、例えば虎、例えば猛禽類。そういったたぐいの『美』。
人が本来持ちえないそれを醸し出してるのは、こいつがかなり『強い』からだ。
一見して俺が受けとったこいつのイメージは『灰色の狼』ってところだ。
あと、服装がね。
何でこの冬も近い時期にタンクトップと短パンだけなん。信じらんねーわー。
しかもおっぱいでタンクトップが盛り上がってて、おなか丸見え。
何より、こいつが右手に提げてるもの。
それは大型のギターケースだったが、こいつの雰囲気が俺に中身を告げている。
「マジかよ……」
あまりのことに、俺は思わず片手で頭を抱えた。
「なぁ、ちょっと教えてほしいんだが。俺はどこからツッコめばいいと思う?」
その『灰色狼』の女に向かって、俺は思い切って尋ねる。
「教えてくれねぇかなぁ――、ザイド」
「Oh! やっぱリ、テメェ、アキラかヨ! ハッハァ、ちっちゃくナッタナ!」
「おまえは性別変わっとるやんけェェェェェェェ――――ッ!?」
そう、そこにいた『灰色狼』の女は、異世界における先代『剣聖』。
つまりは、タイジュの師にして養父でもあった男、ザイド・レフィードであった。
「HAHAHA、こっちジャ、サイディ・ブラウンだゼ。よろしくナ!」
「うわぁ~、何かアメリカ~ン……」
「当たりダゼ、アキラ。ワタシはイングランド系アメリカ人なのサ」
「ワタシとか言うなよぉ、おまえへのイメージがグッチャグチャになるわッ!」
喋り方も異世界と全然違うしさぁ! 前との共通点、髪の色と雰囲気だけじゃん!
「ザ、ザイドさんだぁ……」
「Oh? ……オー! マリクの坊ちゃんじゃネーノ。久しぶりダゼ!」
「ご、ご無沙汰してまぁ~、ぁわわわわぁ~~~~!?」
「アハッハァ! こいつは再会記念のハグサ! 受け取ってクレヤ!」
丁寧に頭を下げようとするマリクが巨女サイディのハグの餌食になってしまった。
それを眺めつつ、俺はタイジュに視線を送る。
「タイジュ君、これ、何事?」
「それが、いきなりお師さんが訪ねてきて、ちょっと話してました」
「三日前に『出戻り』したノサ、ワタシもヨ!」
三日前て……、そんなタイミングバッチリな。
「留学でこっちに来てたンだけドナ、事故にあっちまったゼ。HAHAHA!」
「笑いごとじゃねーけど、案外多いな、事故による『出戻り』……」
タマキやマリエと同じパターンかい。こいつも災難だったな。……だったのか?
「それにしてもおまえ、よくタイジュの居場所がわかったな」
「わかるサ。こいつハワタシの息子だゼ? 気配の『匂い』は覚えてるッテノ」
「ああ、そう……」
そういえばこいつもタイジュと同じ『超嗅覚』の持ち主だったっけな。
「ところでザイド? サイディ? どっちでもいいけど、マリク放してくんね?」
「ン~? ……Oh!?」
巨女が俺の言葉にやっと気づく。
マリク君、デカおっぱいに顔挟まれて窒息しそうなんですよ、そろそろ!
「ソーリー! ワリィワリィ! 坊ちゃんをヘブンにご案内するトコダッタゼ!」
「ふみゃああぁぁぁぁぁ~~~~……」
完全にマリクが目を回しておるわ。縁側に退避させて寝かせておくかー。
「ところデ、タイジュに聞いたガ、面白いコトになってるみてぇじゃネエノ」
「ああ、おまえならそう言うよね。おまえなら」
「タイジュとラララの『最終決闘』、なんダッテナ……」
それを口に出して、ザイド――、ああ、もうサイディでいいや。
サイディがその顔に獰猛な笑みを浮かべる。
「ヒドいゼ、アキラ。ワタシに知らせてくれないナンテヨ!」
「いるかどうかもわからんヤツにどうやって知らせろというんですかね?」
「HAHAHAHA!」
笑えば誤魔化せると思ってんのか、この先代『剣聖』。
「三本勝負デ、一本目はラララが取ったッテナ。情けねぇナ、タイジュ。ナァ?」
「別に。次は勝ちますよ、俺は。そのために親父さんに来てもらったんだ」
「ヘェ~?」
ニヤニヤ笑いながら、サイディがこっちを見てくる。
そのまなざしに、俺はこいつの考えていることを一発で理解する。
「……混ぜろ、と?」
「Yes! Yeeeeeeeeeeeeeeees!」
ほぉ~ら、思った通りでしたわ。
タイジュとラララの師匠だけあって、こいつも生粋のバトルマニアだからなー。
二人の『最終決闘』なんてイベントを見逃すはずがない。
「お師さん、別に見物はいいですけど、余計な茶々入れはやめてくださいよ?」
「HAHAHA、言うネ、タイジュ。だがワタシがするのはそんなつまんねぇコトじゃネェサ。ナァ、タイジュ。ワタシがテメェを鍛え直してヤルヨ。一からナ!」
「俺を……?」
「テメェはワタシが選んだ後継者だゼ? なのに何で負けてンダヨ。ザコカヨ」
サイディが目つきを険しくし、タイジュに圧をかける。
しかし、自分を射貫く眼光をサラッと受け流して、軽くかぶりを振る。
「相手はラララですから、負けることだってありますよ」
「ハッ! 口先だけはいっちょまえダナ、テメェハ。だがワタシはテメェを鍛えるゼ。観念するんダナ、タイジュ。ワタシはテメェを強制的に最強にしちまうカラヨ」
「それを断るとは、俺は言ってませんよ」
タイジュの返答に、サイディは満足そうにヒュウと口笛を吹く。
何ともまぁ、これも巡り合わせ、なのかね。まさかここでザイドが参加するとは。
「それにしてもさ……」
ここで、俺は思ったことを口に出す。
「サイディ、女になって何が大変?」
「ションベンダナ!」
それはそれは豪快な笑顔で断言する先代『剣聖』、サイディ・ブラウンであった。




