第243話 一本目/当日/『最終決闘』一本目:前
タイジュが、一人ずつに対して丁寧に頭を下げて挨拶をしていく。
「お久しぶりです、マリクさん、ヒメノさん」
そう言って、正座してマリクとヒメノに挨拶をし、
「お久しぶりです、シイナさん、タクマさん」
そう言って、正座してシイナとタクマに挨拶をし、
「お久しぶりです、スダレさん。初めまして、ジュンさん」
そう言って、正座してスダレとジュンに挨拶をする。
その、折り目正しい態度に、シイナなどは逆に面食らって挙動不審になる。
「て、丁寧……ッ!?」
「おまえも敬語キャラなんだからあれくらい丁寧でもいいんだぞ」
「何ですか、私が丁寧じゃないとでも~!?」
タクマをポカスカ殴るシイナを、俺含めた家族が生ぬるく眺めた。
「――すぅ、はぁ」
一方で、ラララは一人離れた場所で正座して、静かに呼吸を整えている。
先程までのテンションの高さが嘘のようで、ピリッとした雰囲気を纏っている。
「ラララ……」
挨拶を終えたタイジュも、ラララの方へと目をやる。
そうなると、一気に空気が張り詰める。そして場に満ちるのは、鉄火場の空気。
「余計な前置きはなしでいいな」
皆を代表して、俺が両者に告げる。
すると、ラララとタイジュは同時に立ち上がる。
その瞬間、スダレが『異階化』を行なって、場を『スダレのお部屋』に変える。
果ての見えない、どこまでも真っ白い空間。
スダレの異面体であるデスクトップPCが置かれたそこが、決戦の場となる。
「ルールの確認だ。『相手を剣で殺したら勝ち』。――以上だ」
「「委細承知」」
非常にシンプル極まるルールだが、剣での勝負である以上、剣以外の殺害は不可。
完全回復魔法の使用はありで、その他、トドメ以外ならば剣以外の使用もあり。
ほとんど『何でもあり』に近いルールであった。
これが、異世界でのラララとタイジュの《《いつものやり方》》だ。
「よ~し、それじゃあ巻き込まれないように離れるぞ~」
俺が皆に促し、二人から距離をあける。大体2、300mくらいは離れたかな。
そして、遠視機能を持った偵察用ゴーグルを皆が装着する。
「――構え!」
拡声の魔法で俺が声を張り上げると、向かい合った二人の手に剣が出現する。
西洋長剣風のラララの異面体――、『士烙草』。
日本刀型のタイジュの異面体――、『羽々斬』。
片や、その苛烈なる攻撃から『斬魔剣聖』と呼ばれた『剣士』。
片や、その堅牢なる防御から『守護剣聖』と呼ばれた『剣士』。
二人一組の『連理の剣聖』が向かい合い、刃を構える。
それを見届けて、俺は叫んだ。
「『最終決闘』一本目――、始めッ!」
「「――魔剣式!」」
二人の声は、綺麗に揃っていた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
それは、まさにコロシアムの再演。かに見えた。
「六道之弐――、天道、瞬飛士烙草ッ!」
「六道之伍――、地道、金剛羽々斬」
次の瞬間、ラララ・バーンズの姿がその場から消失する。
そして、タンッ、という一歩の音が鳴った間に繰り出される斬撃は総数六十八。
「……む」
初撃が、コロシアムのときよりも増えている。
それを正確に把握しながら、タイジュのハバキリが受けの軌道を描く。
彼が扱う金剛剣は、一切の攻め技を持たない魔剣六道でも変わり種の剣術。
しかし、それゆえに防御技の種類は多種多様で、あらゆる攻撃への対処が可能だ。
「この程度は、容易い」
六十を超える連撃を捌き切り、タイジュがハバキリを構え直そうとする。
いつもならばラララはここで離れようとする。だが、
「まだ終わりじゃないぞ、タイジュ!」
その気合の声と共に、彼女はシラクサを突き出し、踏み込んでくる。
それは一見単調な突きのようにしか見えない。しかし、見えないからこそ、怖い。
「……何だ?」
大きく後退しながら、タイジュは彼女の作戦を読もうとする。
ラララの使っている魔剣術は瞬飛剣。超絶高速機動を旨とする、先手必勝の剣。
それを使っておきながら、ただの突き。
動きは大雑把で隙も大きく、避けてくれといわんばかりの――、そういうことか。
「はァ――――ッ!」
ラララが、突きを幾重にも束ねて放ってくる。
それはいずれも大きな動きのままの、隙だらけのものでしかない、が、
「――金剛羽々斬」
わざわざタイジュは金剛剣で弾き、回避することなく真っ向から対抗する。
ラララの口元が、にわかに歪んだ。
「さすがはタイジュ、即座に順応してくるか」
「慣れを利用しようとするとはな、猪口才だな、ラララ」
タイジュが無表情にそう述べる。
彼は気づいていた。
ラララの放つ無数の突きが、少しずつ速度と精度を上げていた、その事実。
大雑把で隙が大きいように見えたのは、ラララがそう見せていただけだ。
そうして、その動きに慣れさせておいてからの急加速による奇襲。
急激な緩急を利用したその奇襲こそ、ラララが描いていたシナリオに違いない。
「その程度は読むさ。俺はおまえの何だ?」
「言ってくれるよ、だったら、これは受け切れるかな!」
無表情に告げるタイジュに、ラララは軽く苦笑して、シラクサを構え直す。
「魔剣式。六道之四――、破道、斬象士烙草!」
異面体が纏う魔力が、大きく変質する。
そして、ラララの動きから速度が失われ、代わりに刀身より強烈な圧が放たれる。
「魔剣式。六道之参――、彩道、属性羽々斬」
彼女に応じるように、タイジュもまた魔剣術を切り替える。
今、ラララが使ったのは万物破断を誇る破壊に特化した魔剣術。破道・斬象剣。
その威力は他の五種の魔剣術を遥かに凌ぎ、金剛剣ですら受け止めきれない。
防御は不可。ならば、徹底して避け続けるしかない。
そのためにタイジュが使うのが、万能の対応力を誇る、彩道・属性剣。
六属性を使い分けるこの魔剣術で、タイジュはラララの斬象剣をくぐり抜ける。
「タイジュ――――ッ!」
「真っ向勝負は、御免被る。闇属性、暗渦界」
タイジュのハバキリが闇を纏い、それを振り抜けば、場に漆黒の霧が広がる。
視覚だけでなく、五感全てを不能にするジャミングの魔法だ。
「しゃらくさいね!」
だが、ラララは一刀のもとにそれを切り伏せ、パッと散らした。
「……何?」
コロシアムのときとは違って、今のジャミング魔法はそうそう斬り裂けないはず。
それをいともたやすく両断するラララの剣に、タイジュは軽く驚く。
「ハァーッハッハッハッハッハァ――――! どうしたんだい、タイジュ! 随分な驚きようじゃないか。このラララが、以前と同じラララであるとでも思ったかい!」
「そうか、なるほどな」
闇の霧が完全に消えて、タイジュはその場から飛び退いた。
そして、ハバキリを白い地面に突き立てる。
「地属性、塊牙烈」
コロシアムのときと同じく、タイジュはラララに向けて岩の牙を発生させる。
「試すつもりかい。――構わないさ!」
ラララが、大きく身をひねってシラクサを振りかぶった。
「斬象――、空津波ッ!」
そして、シラクサの刃が大きく横一文字に空を切って、鋭い音が響き渡る。
シャキィン、と、そんな感じの、いかにもな鋭さを有した斬撃音である。
その一閃で、刃の間合いの外にある岩の牙が、全て切断された。
「斬象剣の遠当てか、恐ろしいな」
「飛翔する斬撃の射程を即座に見切ったくせに、よく言うね」
ラララが肩をすくめるも、すぐさまシラクサを構えて、タイジュを見据える。
タイジュもまたハバキリを構えるが、次の一手を決めあぐねる。
そこに、ラララが声をかけてくる。
「なぁ、タイジュ」
「何だよ、ラララ」
「一つ、確認しておきたい」
「いいぞ。何でも応えられる範囲で答えてやる」
「君、コロシアムのとき、手加減してたろ」
「ああ」
こともなげに、タイジュはあっさりと答えた。
「なるほど、それがわかるくらいには腕を磨き直したか」
「そんなところさ。悪かったね。気を遣わせてしまったみたいだ」
「俺は、田中が好きな佐藤だからな。おまえのことは大事に扱うさ。いつだって」
「それは『剣士』にとっては侮辱だとわかって言っているのかな……?」
真顔で返すタイジュに、ラララは目を細めて再度問う。
タイジュは相変わらずの鉄面皮で、
「そのつもりはないが、俺はおまえを『剣士』として認めたつもりはないよ」
「認めさせてやるさ。この『最終決闘』でこのラララが勝つことで、ね」
「やってみろ。コロシアムのときのままなら、永久に不可能だぞ」
「まさか、ここまで戦って、今のラララの腕前がわからない君じゃないだろ?」
「…………」
タイジュは押し黙る。ラララの言う通りだからだ。
彼女は明らかに、コロシアムのときよりも強くなっている。
今とて、彼は次の一手に悩んでいる。
何を繰り出しても、ラララの斬象剣に斬られるヴィジョンしか浮かばない。
「たった数日で、相当な鍛錬を積んだようだな」
「ああ。このラララは随分ブランクが長かったからね。必死の思いだったとも」
異世界でのラララは『最終決闘』に敗れて25で剣を捨てた。
それから天寿を全うし『出戻り』した彼女の腕前は、相当落ちているはずだった。
コロシアムでの一戦でも、実はタイジュはかなり手を抜いていた。
そしてラララは、あの時点ではそれにすら気づいていなかった。
あれから数日。
そんな鍛錬を積む時間など無いと思っていたが――、
「…………」
「気が鋭くなった。やっと本気を見せる気になってくれたね、タイジュ」
ラララが薄く笑う。
そして構えた彼女の刃を這う魔力、それは、斬象剣のものではなくなっている。
「瞬飛剣に切り替えたか、随分と滑らかな魔力の転換だな」
「さすがに、それは見逃さない、か。騙せないね、君のことは……」
斬象剣に見せかけた、瞬飛剣での超高速の不意打ち。
それを狙っていたらしきラララが、軽く口笛を吹いてみせる。
「守りについては、俺の方が長じているつもりだ」
「そうだろうね。何せ君は『守護剣聖』だからね。ただ――」
タイジュは、全感覚、全知覚能力をもって、ラララを捉えていた。
彼女のどんな小さな動きも見逃すまいとして、極限まで集中力を尖らせていた。
なのに、見えなかった。
「自分がすでに騙されている事実に気づいてないだろ、タイジュ」
声は、背後から。
「……な、」
「遅い」
振り抜かれたシラクサが、身をひねろうとした大樹の右腕を斬り飛ばす。
「――全快全」
走る激痛を堪え、タイジュは全回復魔法を唱えようとする。
しかし、そこで活性化されるはずの魔力が働なない。魔法が、使えない。
「我がシラクサで、《《君の中の全回復魔法を切り捨てた》》」
ラララが斬りたいものを斬る、異面体の能力!?
「なるほどな……」
残された左腕に改めてハバキリを具現化させ、タイジュは悟った事実を語る。
「最初から、これが狙いだったのか。ここまでは手加減していたな?」
「腕を斬り飛ばされて顔色一つ変えないのはさすがだけど、まぁ、そういうことさ」
何のことはない。
ラララは数日前とは比較にならないレベルで強くなっていた。
それこそ、異世界での全盛期にも匹敵するレベルで。
その事実を隠し続け、実力の半分程度でタイジュとやり合ってきたのだ。
そして、彼がそれに慣れるのを待って、本気になった。
瞬飛剣で狙ってみせた急激な緩急による奇襲。
あれもまた、こちらの奇襲を悟らせないための見せ札でしかなかった。
「どうだい、タイジュ。このラララの組み立ては、大したものだろう?」
「まだ、俺は負けていないぞ、ラララ。勝つ前から自分を誇るな」
笑うラララに、タイジュは冷たくもそう告げる。
するとラララは顔から笑みを消して「そうだね」と返し、うなずいた。
「だったら、このラララは君に圧倒的な差を見せつけ、この一本目をいただくことにするよ。タイジュ・レフィード、このラララの前に、君はここで倒れることになる」
そして、これまで以上に強大な魔力が、ラララの全身から放たれ始める。
「使う気か、おまえが一番得意な、六道之六を……」
「無論だとも、必殺技は最後の最後にお目見えするものさ!」
ラララがその目を大きく見開く。
「――魔剣式!」
そして『斬魔剣聖』の最大奥義が、今、ここに開帳される。
「六道之六――、邪道、刻空剣!」