第242話 一本目/前日/クソ雑魚魔力やめてください
アパートの庭、の『異階』。
今、俺が見ている前で、お袋とラララが対峙している。
「――魔剣式、瞬飛士烙草」
自身の異面体であり、愛用の剣でもある『士烙草』を構え、ラララが呟く。
一方で、お袋はその両手に、サブマシンガンを具現化させる。
お袋の新しい異面体『裟々銘器』だ。
「遠慮なしで行かせてもらうよ、ラララちゃん」
「いいよ、来てくれ、美沙子おばあちゃん!」
お袋が両手のサブマシンガンをラララに向ける。
そして、本当に遠慮なしにトリガーをひいて、弾丸を一斉掃射。
サブマシンガンの連射速度は、一分に五百~千発程度。
もちろんそれは、人間に対応できる速度ではない。
しかし、魔剣術の六大主流流派の一つ、瞬飛剣であれば、その程度の速度は、
「せィッ!」
掛け声一つと共に、幾重にも煌く剣閃。そして、火花がチカチカと瞬く。
叩き切られた弾丸が、速度を失い地面に落ち、そのまま消えていく。
ラララの後方に飛んだ弾丸は、一発たりともない。
全て、その刃によって叩き切られて落とされた。恐るべき精度といえよう。
「やるねぇ……」
手からマシンガンを消したお袋が、軽く口笛を一つ。
「ま、このくらいならね。ケントクンはもっともっと速かったよ」
「そりゃねー、タマキ守るモードのケントだモンよ」
軽く額を濡らす汗を拭うラララに、俺はそう返す。そして、
「で、どうよ――」
俺は、隣に座ってるもう一人のギャラリーに向かって感想を伺ってみる。
「う、うぅ~~~~ん……」
腕を組んで唸っているのは、俺と同じ小学生。ただし年齢は一つ上。
バーンズ家の次男、マリク・バーンズであった。
「え、えっと、どこまで言えば、いいかな……?」
ラララを前にして、マリクはオドオドとした調子で尋ねてくる。
「ハァーッハッハッハッハッハァ――――ッ! 忌憚なきご意見をお願いする!」
「ひぇっ……」
いきなり笑い出すラララに、マリクがビクリと身を震わせる。
あ~、懐かしいですね~。
この二人、いっつもこんな調子だったわねぇ~。マリクはラララが苦手なんだぁ。
「う、うう、じ、じゃあ、言うけど……」
黒縁眼鏡のズレを直して、マリクはきっぱり言い切った。
「すっかりクソ雑魚になっちゃったねぇ、ラララちゃん……」
「うわぁ、本当に忌憚なきご意見を言いやがったぞ、この次男ちゃんったら」
「え、え! ダメだった……!?」
マリクが、えらく慌てた様子で俺とラララを交互に見るが、
「いいや、そう言ってもらって、むしろありがたいとも」
わかっていたような言い方で肩をすくめるラララに、マリクは胸を撫で下ろす。
「やっぱり、魔力の扱いはガタガタみたいだね、このラララは……」
「う、うん……。見るも無残、っていう感じ、かな……」
ウチで一番の魔法の使い手なマリクが言うと、重みがあるというか、何というか。
俺にはそこまで細かい部分はわからんのだけどなぁ……。
「そこまでひどいのかい?」
どうやら、お袋も俺と同じような感想のようだが、
「た、多分だけど、最盛期のラララちゃんなら、今の五倍以上は速く動けると思う」
「「そこまで!?」」
「いやはや、錆びついてるねぇ、やっぱり! ハァーッハッハッハッハッハ!」
ラララさん、その高笑い、乾いてますよ。
「ラ、ラララちゃんは、一回、魔剣術を捨ててるから、仕方がないよ」
「残念ながらそれは慰めになってないのさ、マリクの兄クン!」
「ご、ごめんね……」
おどおどしつつも言うべきことはちゃんと言うマリク。おどおどしつつも。
「しかし驚いたな、ラララの魔剣術がそんなに鈍ってるとはなぁ」
「ま、魔剣術での魔力扱いは、と、特に繊細、だから……」
と、マリクが俺に説明してくれる。そこから、ラララが解説を引き継ぐ。
「このラララが呼ばれることとなった『斬魔剣聖』の名は『魔を斬る剣聖』ではなく『魔で斬る剣聖』という意味でね、魔剣六道の中でも特に魔力の扱いが重視される、六道之弐、四、六の偶数術を極めたがゆえに与えられた称号なのさ!」
「で、今はその肝心の魔力の扱いが、今はボッロボロ、と……」
「ハァーッハッハッハッハッハァ――――!」
わろとるわろとる。頬に一筋の汗を垂らしつつ。
「……どうしよう」
急に真顔に戻るな。そして不安げになるな。眉をハの字にしちゃって、もう。
まぁ、仕方がないよね。
異世界では剣振ってなかった時期の方が長いんだし。
「魔剣術の種類は俺も知ってるが、属性剣とかよりも瞬飛剣や斬象剣の方が、魔力の扱いが重要になってくるのか? 何か属性剣の方が魔剣術って感じがするが」
「い、一般的なイメージだと、そうかも。で、でもね、属性剣は、むしろ制御が簡単な部類なんだよ。瞬飛剣とか、斬象剣とかの方が、ずっと難しいんだ……」
え、そーなん!?
マリクの解説に、俺もお袋も揃って驚く。知らんかったです。
「ほら、地水火風に光闇。そういうのは想像しやすいだろう、パパちゃん。想像のしやすさは、そのまま制御のしやすさなのさ。魔力ってヤツは精神で扱うものだから、瞬飛剣の場合は『何よりも速く、そしてその速度を制御できる自分』を想像しなきゃいけないし、斬象剣の場合は『何物をも断ち切る刃』を想像しなきゃいけない」
「……それが案外難しい、と」
マリクとラララが、同時にうなずいた。なるほどねぇ。
確かに言われてみれば『何物をも断ち切る刃』ってのは想像しやすそうで難しい。
何故なら俺達には『常識的な感覚』が身についているからだ。
例えば、包丁で鉄は斬れない。強化魔法を使えば可能かもだが、普通は無理だ。
そういう『普通は無理』という感覚が、想像する際にノイズになるワケか。
「ふむ、つまりは『想像力』みたいなものが魔力の扱いでは重要で、ラララは現役から長年離れてたから、そこがだいぶ退行しちゃってるワケだ」
「ハァーッハッハッハッハッハァ――――!」
わろとるわろとる。頬を伝う汗の量が増えとりますわ。
「……本当にどうしよう」
そしてまた真顔になる。弱り果てて困り果ててって感じが涙を誘います。笑うわ。
ラララから挑戦状を叩きつけた『最終決闘』一本目は、明日。時間ないねぇ!
「ラララ君はご自分の状況を理解した上でタイジュに挑んだんか?」
「それは、うん、まぁ……」
言いにくそうに口をもごもごさせるラララ。
ふ~む。この辺は、ミフユやお袋にも入れた『制限』の範疇なのかもしれんが。
それにしたって考えなしじゃないかなぁ、それはなぁ!
「ふ~む……」
「う~ん……」
「さてさて……」
俺とラララとお袋の視線が、マリクへと注がれる。
「ぇ、え……?」
「ズバリきくけど、今からできる対策とかって、あったりする?」
そのためにマリクをこの場に呼んだといっても過言ではない。
「た、対策っていうか、根本的に魔力の扱いの精度を治す方法なら、あるよ……?」
「「あるのッ!?」」
「へぇ~、さすがはマリクちゃんだねぇ、すごいねぇ~」
「え、えへへ……」
ビックリする俺とラララに、感心してマリクを撫でるお袋。
クソ雑魚とまで評されたラララの魔力の扱いを根本的に治す方法、それは一体?
「で、それは何?」
興味をそそられた俺は、単刀直入に尋ねてみる。
「ぇ、えっと、これからラララちゃんが――」
「うんうん。これからラララが――?」
「こ、ここで百年くらい、魔力の精度に関する練習をすればいいんだよ」
「なるほど。ここで百年くらい、魔力の精度に関する――、うん?」
待って待って、今こいつ、何て言った?
「……あの、マリクの兄クン。一本目は、明日」
「ぅ、うん。だから、《《これからここの時間の流れ》》、《《速くするね》》?」
おお、なるほどな! 『異階』内の時間の加速によってそれを補うって寸法か!
「――って、思いっきり俺とお袋巻き込まれるんだが! あと寿命は!?」
「じ、寿命は『不老の呪い』をみんなにかけるから、だ、大丈夫……」
「いやいや、ちょっとマリク君! 俺達が巻き込まれる件についてはッ!」
抗議する俺に、マリクはニッコリと柔らかく微笑んで、
「うるせぇなぁ! 娘が修羅場なんだから大人しく付き合えや、親ッ!」
清々しいくらいのブチギレを見せてくれやがりましたよ、この次男ったら!
「ぼ、ぼくはラララちゃんに付き合うよ、お父さんと、美沙子さんは?」
「おまえさぁ~、それはズルいよ? この流れでその質問はさすがにズルいよ!?」
「ごめんなさい……」
そこで素直に謝るのがマリクというヤツである。
あ~あ~、百年かぁ~、そっか~。
「ま、付き合ってやるさね。アタシはラララちゃん側だしねぇ」
「しゃあねぇな~! もぉ~!」
お袋まで同意するなら、もう多数決でも勝てないじゃん。仕方ないですねぇ!
「ところで空腹とかうんことか、どうすりゃええのん?」
「あ、そ、その辺は呪いで何とか……」
便利だなー、呪い!
さすがはマリク君だぜ、ちきしょー、このやらぁ! やってやらぁ!
「ぁ、あの、ラララちゃん……」
「何だい、マリクの兄クン?」
「ひ、百年間、付きっきりで魔力の操作を叩き込むから、がんばってね……?」
「それは、嬉しいけど……、どうしてそこまで……?」
俺もそれは気になった。
マリクが見せる、ヒメノに対するレベルにも匹敵するラララへの献身っぷり。
百年付きっきりはさすがに度を越しているように思うが……。
「ぼ、ぼくは、ラララちゃんに勝ってほしいから……」
「マリクお兄ちゃん……」
小学生の姿をした兄の答えに、ラララは少しの間動かなくなり、すぐにうなずく。
「ああ、このラララは必ず勝つさ。勝って、そして――」
「勝って、それで……?」
「あ、うん。何でもないよ。ハァーッハッハッハッハッハァ――――!」
「ひぅっ……!?」
高笑いにビビるのは変わらんのかい。
「こりゃあ、『斬魔剣聖』も完全復活するだろうねぇ」
「何言ってんだよ、お袋。復活じゃねぇよ、新生さ」
何てったって、ウチの魔法の天才児が百年付きっきりだぜ。
異世界にいた頃より、断然強くなるのは間違いなしだ。父親の俺が保証する。
「ところで、アキラ」
「ンだよ、お袋」
「アンタは、どっちが勝つと思うんだい?」
「あ~、そうだなぁ~、ぶっちゃけどっちでもいいんだよな、俺自身は」
そこで俺は、素直に自分の心情を吐露する。
「おや、そうなのかい?」
「まぁな~。ラララもタイジュも、俺からすれば家族だし」
「なるほどねぇ。アンタからすれば、そういうモンかもしれないねぇ……」
ラララ側に立つと宣言したお袋と違って、俺は『理由』を聞いてないからね。
それに、だ――、
「俺はさ、お袋。とにかく『最終決闘』が無事に終わってくれりゃ、それでいいよ」
「何だい? 何か、勘働きでもあったのかい?」
さすがは我が母親殿、わかっておられる。鋭いというか、何というか。
「明確に予感がしてるワケじゃないんだけどな。なぁ~んか、変な感じがな……」
こういう『感じ』がするときって、大抵ロクでもねぇコトが起きるんだよなぁ。
「そ、それじゃあ、ラララちゃん、始めるよ……?」
「ハァーッハッハッハッハッハァ――――! 始めてくれたまえ、兄クン!」
「ひぃ……!?」
テンドンしてる我が子らを見つつ、俺は呟く。
「百年経って覚えてたら、シイナにでも占ってもらうかねぇ……」
そして体感百年後、見事にそんなことは忘れ去っていた、俺なのであった。
この忘却を、俺はのちのち、後悔することになる。