第240話 第一戦/三日前/ああもう、この子は本当に
アキラ・バーンズ、復活ッ! アキラ・バーンズ、復活ッ!
「もう大丈夫なのかい?」
「おー、何とかなー。今日の朝辺りまでだるかったけど、今は普通だわ」
それにしても、魂の疲労か~。
さすがに自分以外の『真念』を飲み干すとかして、無理しすぎたか。
だけど、おかげでわかったこともある。
今の俺ならば、あの『喰威』を反動なしで使いこなせる。
知識としてではなく、感覚としてそれを確信できる。
今日までの熱とだるさは『殺意』に順応するため必要な過程だった気がする。
「そういえばさ」
「何だい?」
「お袋の異面体は、何か変化あったのか?」
「ああ、それかい」
と、お袋はおもむろに取り出した金属符を貼って、部屋を『異階化』させる。
「ほら」
いきなり、お袋の手の中におたまが出現した。
次の瞬間にはそれが消えて、今度は洗濯物を入れるカゴが出てくる。
どちらもウチで使っているモノだ。
しかも、前に使っていた『百髏器』とは違って、透明ではない。
「記憶の中にある道具を再現できる能力――、『裟々銘器』さ」
「前の能力から『殺意』を抜き取ったような感じだな」
「ああ、まさにね」
お袋はカゴを消して、金属符を剥がす。
前の能力は『記憶の中の武器を見えない武器として具現化する』というもの。
対人戦闘に特化した、まさに殺すための能力だった。
新しい能力は透明でなくなった分、対人戦闘能力こそは低下した。
しかし武器に限定しなくなったということは、対応の幅が広がったということだ。
まさに一長一短。
だが俺にとってそれは、望ましい形での一長一短だった。
「いいじゃん、ますます万能主婦じゃん」
「『獅子にして竜』ともあろう者がねぇ……」
「いいんだよ。ここは異世界じゃねぇ。戦争もない。傭兵なら俺がいるさ」
苦笑するお袋に、俺も笑ってそう告げる。
家のチャイムが鳴ったのは、そのときのことだった。
「は~い」
お袋が対応に出ていく。
時間的にはそろそろ夜も近い。ミフユ達が戻ってきたかな。
「おや、アンタは……」
と、玄関の方から伝わってくる驚きの気配。
直後に、まずはやたら元気なミフユの声が聞こえてくる。
「お義母様、ただいま戻りました。ウチのヤツ、どうです? 元気になりました?」
「ああ、もう大丈夫だよ。まだ部屋で寝ちゃいるけど、回復はしたさね」
「それは何よりです。あ、これお土産でぇ~す!」
お袋に取り入る隙を見逃さない嫁の鑑。
しかし、これはいつものことなので、お袋が驚いた理由は別ってこと――、
「ハァーッハッハッハッハッハァ――――!」
……あ、うん。なるほどね。
探るまでもなく、お袋が驚いた原因の方から、俺の耳に飛び込んできたのだった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
居間にて、俺とお袋、そしてミフユとラララの組み合わせで向かい合っている。
「…………」
俺もお袋も、ラララを前に難しい顔をせざるを得ない。
こいつのことについては、俺からお袋に話してある。
コロシアムで無数のゴーレムと戦い続け『殺意』を取り戻そうとしたお袋。
シンラが間に合わなければ、死ぬか、美沙子の人格が消え去っていた。
本当に、ギリギリもギリギリの状況だった。
ラララはそれを知りながら、自分の腕を磨く目的で見過ごそうとしやがったのだ。
直接的には知らずとも、お袋だっていい気分はしないはずだ。
俺だって同じだ。
いや、ラララが見過ごそうとしたその場面を、俺は目の当たりにしている。
だからどうしても、不信感は拭えない。つい数日前のことだ。
「ごめんなさい」
しかし、そんな俺達を前に、ラララは正座した状態から深く頭を下げてきた。
要するに、土下座してきたということだ。
「……ミフユ?」
この突然の行動に、俺はミフユの方を見る。
「これだけで許してほしい、何て言わないわよ、こっちも」
「《《こっちも》》、だと?」
「そうよ。こと、この一件について、わたしはこの子側。ラララの味方よ」
おいおい、何だそりゃあ。
ミフユがタマキ達の監督役として『双子星中学』に行って、たった数時間だぞ。
その間に俺の知らないところで何があったんだ。
「とりあえず、理由を聞いていいか?」
ラララがいきなり謝ってきたことと、ミフユがラララ側についたこと。
重なる急展開に軽く混乱をきたしつつ、俺はそう尋ねる。
「…………」
「おい、ミフユ?」
どうしてそこで、沈黙なん?
「ごめんね、アキラ」
「何です?」
どうしてそこで、謝罪なん?
「理由は、話せないわ」
「ンン?」
「今のわたしには、話せない『制限』がかかってるのよ」
そう言われて、俺はすぐにピンときた。
「ラララ、まさかおまえ、シラクサでミフユを斬ったのか!?」
異面体シラクサは『ラララが斬りたいものを斬る剣』だ。
その効果は物体に限らず、様々なものに適用される。
「ああ、そうだとも、パパちゃん。このラララはママちゃんを愛刀シラクサで斬ったとも。そしてママちゃんの『理由を言う』という行動を切り捨てたのさ」
「そういうことよ。ちなみにこれ、ラララとわたしの合意のもとでの行動だから。契約の証、っていえば、あんたになら伝わるでしょ。アキラ」
二人は揃って語る。
その内容を、さすがに俺はすぐには呑み下せない。
「何が、あったんだ……?」
「ごめんね、今回はあんたじゃなくて、お義母様なのよ、メインは」
そしてミフユは、お袋の方へと体を傾けて向き直る。
「お義母様」
「何だい、ミフユちゃん」
「ラララのこと、許せていませんよね?」
ミフユが、どストレートにそれをお袋に向かって問いかける。
お袋は、軽く腕を組んで、ふぅと息を一つ吐いて、
「アタシが直接関わってたワケじゃないけどね。アキラから話は聞いてるさ。さすがにね、いい気分はしてないよ。それに、何でそんなことを? とも思ってるさ」
「――はい、そうだと思っています。仕方がないです」
お袋の言葉に逐一うなずいて、ミフユは時々隣のラララを見たりもする。
ここは自分に任せろ、というアイコンタクトだろう。
「ですので、弁明の機会を与えてくださいませんでしょうか。お願いします」
ミフユとラララが、お袋に深くこうべを垂れる。
お袋が、チラリとこっちを見てくる。
「お袋の判断が優先されるべきだろ、ここは」
「そうかい。なら、話を聞かせてもらおうじゃないかい」
そういうことになった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
で。
「何で締め出されてるんですか、俺とおまえ」
庭です。
俺とミフユは、部屋から追い出された。
今、部屋にはラララとお袋だけ。
しかも、窓に金属符が貼ってある。『異階化』までする念の入れようですか!
「本当にごめんね、アキラ」
「あ~?」
「ラララのこと、許せてないよね。……それなのに、何も話さないで、こんな」
「ああ、別にいいよ、それは。ぶっちゃけ、もうそこまで怒ってない」
俺がそう言うと、ミフユは意外そうに目をパチクリ。
「そーなの?」
「ミフユ君は自分の旦那を何だと思っているのかな?」
「てっきり、ラララのことを恨んでるのかと……」
「そりゃなぁ~、あのときの結果が最悪のモノになってたら、恨んでたかもだが」
最後はシンラが間に合って、お袋は自分を保てたワケだしなー。
「そうはならなかったのに恨むのは、逆恨みってモンでは?」
俺は簡単に人を恨むけど、逆恨みだけはしないようにしてるんですよ。
だって逆恨みは、正しい恨み方じゃないからねー。
「それに、さ」
「うん」
「おまえがラララ側に立つってことは、そうするだけの理由があったんだろ?」
「理由があっても、やったことはやったこと、でしょ?」
「それはそう。でも、それについて判断するべきは俺じゃなくてお袋だろ」
逆にいえばお袋が許さないなら、ラララは許されない、ってことだ。
お袋も身内に甘いところはあるが、それでもコロシアムでは本当に危うかった。
さて、果たしてどういう判断をするのやら。
「本当にごめんね、話せなくて……」
「ん~、それな。俺にも話せないこと、なのか……?」
ミフユがラララに自分を斬らせて話せない縛りを入れるほどのこと。
よっぽどの理由があるからこそ、という風には見受けるんだが。
「アキラに、っていうか、これは本当は誰にも話せないことなのよ」
「おいおい……」
「ラララも本当に重大な決意をもってそれをわたしに話してくれたと思うの」
そ、そこまでのこと、なのか……?
「じゃあ、おまえと一緒で、ラララに『話せない縛り』を入れてもらうのは?」
制限を入れることを前提に、人の話すのはどうなのだろう。それでもダメなのか。
「……ダメよ」
しかし、ミフユはこれにかぶりを振る。
「何でだよ?」
「制限を入れることで、絶対にどこかに違和感が出てくるわ。そういうのも、極力抑えたいの。だから本当にごめんね、アキラ……」
ふむ、そっか。
そういうところにまで気を遣わなきゃいけない理由、か。
「わかった。ならもう俺は何も言わない」
「ありがとう……」
「それとな、ミフユ」
「うん?」
「ラララも俺の娘だよ。俺だって、あいつは可愛いさ」
「……うん。愛してるわ、アキラ」
「俺もだよ」
と、アパートの庭で夫婦二人、ほっこりしていたところで、
「ああもう、この子は本当に!」
部屋の中から、激しくも厳しい物言いのお袋の声が聞こえてくる。
あっちの話も終わったようだが、どうなった?
「お袋!」
「お義母様!」
俺とミフユが窓を開けて部屋に入る。すると――、
「ああああああああ、もう! 何かあったらすぐにアタシに言うんだよ! アタシはアンタの味方だからね! 本当に何でも言ってくれていいんだよ、ラララちゃん!」
「……うん、ありがとう、おばあちゃん」
涙ぐんでラララをきつく抱きしめているお袋の姿が、そこにあった。
抱きつかれているラララの方も、ちょっと声が湿ってる。
「えぇ……」
な、何があったし……?
「よかった。思った通りの結果だわ」
狼狽える俺の横で、ミフユがホッと胸を撫で下ろしている。
予想通りではあるが、何割かの不安もあった、ってところかな。この反応は。
「あの、お袋様、あの……?」
「おおっとアキラ、何も言うんじゃないよ。今聞いた通りさね。アタシはこっち側につくよ。ミフユちゃんと一緒でラララちゃんに縛りを入れてもらったところさね!」
「別に理由は聞かんけど、俺だけ仲間外れにするのはやめろよォ!?」
何か、事情がどうとかそういうのとは別の部分でさー!
俺だけハブられんの、何か納得いかないっていうかさー! フンガァ~~~~!
「ま、でもケジメはつけないといけないさ。ラララちゃんには明日から一週間、ウチの掃除と洗濯をやってもらうよ。地味にキツいから、覚悟しておくこったね!」
「本当に地味にキツいな、その罰……」
ラララの家は天月だぞ。
まぁ、飛翔の魔法使えば三十分もかからんけどさ……。
「――家事は好きだよ、私」
自分を『私』呼びして微笑むラララの顔に、コロシアムで見た険しさはなかった。
「タイジュと『最終決闘』、か」
「お父さん……」
あ、今のこいつ本当に素だ。パパちゃん呼びじゃない。
「あの……」
こっちに何かを言いかけるラララの背中を、俺はポンと叩く。
ラララの背が高くて、頭に手が届かんのだ……。
「ま、がんばれよ」
お袋が許したなら、俺はもう何も言わない。家族として接するだけだ。
「うん、がんばるよ」
少しだけ驚くような素振りを見せて、ラララはぎこちなく笑って、うなずいた。
「ああ」
俺は一声だけで答え、うなずき返す。
思い出す、あの『絶界コロシアム』でのこと。
俺を前にして『反旗を翻す』とまで言った、ラララの顔を。
そのときはお袋が消えるかもしれないこともあり、他を気にする余裕がなかった。
だが、今になって振り返ってみると、気づくこともある。
お袋は限界を超えて追い詰められた結果、『喜々にして死屍』に戻ろうとした。
それと同じことが、ラララにも起きていたとすれば?
俺も知らない何らかの事情から、ラララがすでに極限状態にあったとしたら?
もちろん、それでラララの行動が正当化されるワケではない。
だけど、きっとミフユとお袋は、その理由を聞いてラララの側についた。
何なんだろうな、その理由ってのは――。
俺がそれを知るのは、三本目の『最終決闘』の決着後。
あの最悪の終わりを迎えた直後のこととなる。
――『最終決闘』一本目開始まで、あと三日。




