第239話 ミフユ、ラララにバッサリと斬られる
ミフユ、頭を抱える。
「……そう、それが理由、なのね?」
「うん……」
全てを語り終えたラララは、ミフユの腕の中ですっかり小さくなっている。
あの、威風堂々っぷりが完全になりをひそめていた。
「――そっかぁ」
変わらず娘を優しく抱擁しながら、ミフユが頭の中で今聞いた話を軽く整理する。
「これは、誰にも言えないワケだわ……」
「ぃ、言わないでね……? お母さんだから、話したんだからね……!」
ラララが、顔を青くしてそんなことを言ってくる。
そしてミフユは、彼女が見せる怯えの理由も、よくわかっていた。
「わかってる。一人を除いて、誰にも喋らないわ」
「一人……?」
「お義母様。謝りに行くときに、話さないワケにはいかないでしょ」
「ぅ、ん……、そうだね」
「不安?」
尋ねると、ラララはまたコクリとうなずく。
「ま、大丈夫よ。あの人はちゃんと話を聞いてくれるし、この内容なら許してくれるとも思うわ。あと、ついでにあんたの味方にもなってくれる気がするわ……」
「ごめんなさい……」
「謝るなら本人にキチンと謝るのよ。それで済むとは思わない方がいいけど」
「それは、わかってる」
「うん、そう答えられるなら、よろしい」
そこでは満足げにうなずくミフユだったが、しかし、その表情は直後に曇る。
「しかし、これまた難儀な話ね……。あんたが追い詰められるのもうなずけるっていうか、異世界でのことも踏まえても、そうねぇ、これは色々張りつめると思うわ」
たった今、ラララから聞かされた話。
日本に『出戻り』した彼女が、再びその手に剣を掴み取った理由。
それは、聞けば誰もが『何でそんなことで』と思うようなことだった。
事実、一度聞いただけのミフユはそう感じた。しかし、すぐにその考えを改める。
人から見ればつまらないことでも、当人には非常に重大な意味を持つ事柄。
そんなモノは誰だって多かれ少なかれもっている。例えば意地とかこだわりとか。
ラララが語ったソレは、そういったモノの最たる例だ。
他人にとっては大した意味がなくとも、ラララにとってはまさに人生の宿願。
己の命と、尊厳と、魂と、存在の全てをかけてでも果たしたい願いである。
そして同時に、他人にはおいそれと話せないたぐいのモノでもある。
ミフユが話を聞けたことすら、聞いた今となっては奇跡に近いように感じられる。
ラララも、それほどの重い決意をもって語ってくれたに違いない。
自分を信じてくれた娘に、ミフユは母親として、最大限応えてやりたくなる。
「まずは、わたしの口を封じることから始めましょうか」
「口を、封じる……?」
「あんたの『士烙草』でわたしを斬りなさい。何を斬るかは、わかるわね?」
あっさりとそんなことをのたまうミフユに、さすがにラララは面食らう。
しかし、ミフユは至極真剣だった。
「わたしの口から出る可能性はゼロにしておくべきだわ。わたしだって人間だもの、状況によっては――、なんてこともありうるでしょ? だからわたしを斬りなさい」
「ぉ、お母さん……」
「この一件について、わたしは完全にあんたの側に立つわ。これはその証。契約書へのサインとでも思いなさい。わたしは、あんたを裏切ったりしないわ。絶対に」
「……ッ、うん。ありがとう」
服の袖で浮かぶ涙をグシグシ拭って、ラララは無理やりにでも笑った。
それを見て、やっぱり顔立ちは綺麗系だなぁ、と思うミフユであった。
「ああ、それと、あんたが聞かせてくれた理由についてだけど――」
「ぅ、うん、何、かな……?」
「途端に不安げになるんじゃないわよ。笑えないわねぇ~」
言いつつも、ミフユは軽く苦笑している。
「提案よ、こういうのは、どうかしら?」
そしてミフユは、己の思いつきをラララに軽く語って聞かせた。
「それは……」
「こうでもしないと、あんたはまた自分を追い詰めていくでしょ。そして、今度こそ自分以外の誰かを本格的に傷つけるかもしれない。あんたは、それを望むの?」
ラララは沈み切った顔で、だがしっかりと首を横に振る。
先刻まで見せていた好戦的な顔は、そこには全く見られなかった。
「でしょ。どこかで区切りは必要なのよ。そしてそれは、早い方がいい。違う?」
「違わない。そう、だね。それがいいと思う」
うなずいて返すラララだが、ミフユは彼女が無理をしているのが一発でわかった。
だから、また抱き寄せて、何度も頭を撫でてやる。
「ごめんね、わたしはあんたに、相当無理なことを押し付けてるね。でも、受け入れてくれてありがとう。大丈夫よ、わたしはあんたの味方だから。だから一人で苦しむのだけは、もうやめてね。わたしも、それが一番辛いから……」
「うん。本当に、ありがとう、お母さん――、ママちゃん!」
ラララの瞳に力が戻る。
そして彼女がミフユから離れて、その手に異面体シラクサを具現化させ、構えた。
「……本当に、いいんだね?」
「構わないから、やりなさい。これを、わたしとあんたの契約の証とするわ」
「――わかったよ、しからば御免ッ!」
そして振り下ろされたシラクサの刃が、ミフユの体を深々と切り裂いた。
ここに、二人の契約は成立した。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
庭に戻ると、みんなでメンコをしていた。
「……昭和?」
「あ、おかしゃん達、戻ってきた!」
圧倒的勝利を収めていたタマキが、ミフユに気づいて指をさしてくる。
すると、ケントが厳しいまなざしでラララのことを睨んでくる。
「――フッ」
ラララはいつもの調子に戻って、その貫くようなまなざしを平然と受け止める。
そして、彼女の方からケントとタマキの方へと近づいていった。
「何だ、再開か? 俺は構わないが?」
ケントが、タマキの前に庇うようにして立つ。
剣呑な気配が、彼から放たれる。
「申し訳ない」
しかし、ラララはそう言って、二人に対して深く頭を下げた。
「……おまえ?」
ケントが、意外そうな顔つきになって、幾度かまばたきを繰り返す。
「このラララとしたことが、礼を失しすぎたよ。誠に申し訳ない。そちらの心情を鑑みれば、言葉のみの謝罪では足りないだろう。気の済むまで嬲り殺しに――」
「もういい、もういい! 急に何だよ、物騒な詫び入れてきやがって!?」
真面目に謝罪してきたラララに、ケントは気味悪がってそんな返しをする。
ラララはあたまをさげたまま、顔だけを上げて、
「……本当に、いいのかい?」
「うん、いいぜー!」
と、ここでケントではなくタマキの方が応じてくる。
「オレがいいって言ったから、ケンきゅんもいいよな? な?」
「いいよ、もう。そっちにタマちゃんをどうこうするつもりがないなら、俺は別に言うことはないし、あんたのバトルマニアに付き合う気もない。そんだけだよ」
「ありがとう。君は強い男だよ、ケントクン」
「ヘヘ~ン、あったりめぇだぜぇ~! 何てたってケンきゅんだからな!」
ケントの隣で、タマキが得意げにVサインをするのだった。
それを見て、キリオも腕組みして笑顔でうなずく。
「うんうん、これで一件落着でありますな!」
しかし、彼の方を向いたミフユが、冷たい視線を送ると共に、告げる。
「何言ってんの、あんた。まだあんたへのお説教が残ってるでしょ?」
「あっれェ!? それって既定路線なのでありますか!」
驚きに跳び上がるキリオに、ミフユは思いっきりまなじりを吊り上げる。
「あんたが余計なこと言わなきゃ、変なこじれ方もしなかったのよ。ヒナタ!」
「はぁ~い、キリオお兄ちゃんお説教会場はこちらになりま~す!」
田中んチの縁側に座っていたヒナタが、元気よく手を挙げる。
「ヒナタも参加でありますかァァァァァァ~~~~ッ!?」
「ヒメノお姉ちゃんがいないだけ、まだ全然マシだと思いま~す!」
ヒメノ・バーンズ。またの名を、鋼鉄の長時間お説教マシーン。
お説教という分野において、バーンズ家で他の追随を許さない強者の中の強者だ。
「お、お師匠様~!」
「悪いなキリオ。この件については擁護できんし、するつもりもない。死ね」
「死刑宣告来ちゃったでありますよッ!?」
ケントに泣きつこうとするキリオだったが、即座に切り捨てられた。
「はいはい、それじゃあお説教しましょうね~。このバカガキ」
「は、母上殿、それがしを引きずる馬力、バリ強ェでありますなぁ~!?」
こうして、場の流れがキリオのお説教見物会に移っていく中、
「何を、話してきたんだ」
タイジュが、ラララにそう声をかけてくる。
「乙女同士の会話さ。内容は、秘密に決まってるだろう?」
ラララはサラリとかわし、肩をすくめた。
タイジュは表情を変えずに「そうか」とだけ返して、ラララの顔を観察する。
「随分と、すっきりしたようだな」
「ま、色々とね」
「そうか。ところで、田中。明日は学校だけど、お弁当の中身のリクエストは?」
「シームレスにそっちの話に移るのやめろって言ってるだろ、佐藤……。任せるよ」
田中楽々々と佐藤大樹。
幼馴染でお隣さん同士でもある二人は、役割を分担した生活を送っている。
「ああ、佐藤。この間、掃除したとき、エロ本見つけたぞ。このラララも女子なんだから、そういうのは見つからないような場所にちゃんと隠しておいてくれたまえよ」
「それは俺のじゃなくて親父のだ……。まだ隠してたのか、あの疫病神は」
掃除担当のラララに、タイジュもさすがに渋い顔つきになる。
中学生であれば、好きな女子にそんなものを見られたら普通は憤死モノだろう。
「それと、タイジュ。タイジュ・レフィード」
「何だ、ラララ・バーンズ」
と、ここで互いの呼び名が変わる。『出戻り』同士の会話になる。
それを承知しているタイジュが、先に自分が予想した用件を口に出してみる。
「次の立ち合いか? それなら今晩でいいぞ。俺は――」
「違うよ」
「……違う?」
「そうさ、違う。ああ、違うね。全然違うとも!」
そこでラララが、優雅な所作で前髪を掻き上げて、高笑いを響かせる。
「ハァーッハッハッハッハッハァ――――! 一振りの輝ける刃として、今こそ君との因縁に決着をつけるべくこのラララが提案するのさ。『最終決闘』をねッ!」
「……何だと?」
ラララが口走った『最終決闘』の単語に、タイジュが片眉を上げる。
それだけではない。タマキやキリオ、ヒナタまでもが、それに反応を示す。
「え、『最終決闘』やるのか、ラララ!」
「ぬお、マジでありますかッ!?」
「へぇ~、もうやるんだぁ。ラララお姉ちゃん、意外~」
この中で、ケントだけがラララではなく、ミフユの方を見る。
「あんたの仕込みですか、女将さん?」
ミフユは、ただニッコリ笑うだけで、何も言葉を返さなかった。
ただ笑って、タイジュと向き合うラララの方を眺めている。
「まさか、おまえの方から提案してくるとはな、ラララ」
「無論、受けてくれるんだろう、タイジュ?」
「――条件は?」
「大筋は異世界と同じさ。君が勝てば、このラララは剣を捨てる。このラララが勝てば、このラララは『剣士』であり続ける。シンプルだろ?」
「ああ、そうだな。だが、大筋とは……?」
当然きかれるであろうそこを問われ、ラララはタイジュに指を三本立ててみせる。
「今回は、三本勝負をいかせてもらいたい。二本先取で決着だ」
「わかった。おまえがそれを望むなら、俺は構わない」
「マッチメイク成立だ」
ラララがいかにも悪役っぽく含みのある笑いを浮かべる。
それを見て、ミフユは「ああいうのが沁みついてるのかな」と、思うのである。
「今度こそ、君に認めさせてみせようじゃないか。このラララの剣を」
「あり得ないな、ラララ。俺はおまえは好きだけど、おまえの剣は好きじゃない」
「それでこそだよ、タイジュ。それでこそ、屈服させ甲斐があるというものさ」
笑うラララに、静かに闘志を燃やすタイジュ。
睨み合う二人の間で、すでに、空気は熱を上げ始めていた。
――二人の『剣士』の『最終決闘』が、開幕する。




