第237話 ミフユ・バビロニャは見てられない
ミフユ視点で記す。
「うわぁ~、すっご……」
何か、ビュンビュンいっててドカバキしてる。
それが、ミフユから見た『ケントvsラララ』の対決の様子である。
「うぉッ、今のかわすのかよ、ケンきゅん! さっすがー!」
「いや、ラララもさるものですぞ姉貴殿。攻撃後の隙がほとんどないであります!」
ないの? あるの? どっちなの?
そう思わずにいられないミフユだが、タマキ達には二人の戦いが見えてるらしい。
あ、ちなみに現在は田中んチの庭を『異階化』している。
ケントは『戟天狼』を展開し、ラララも『士烙草』を構えている。
「ハァーッハッハッハッハッハァ――――! なるほど、やるねケントクン!」
いきなり庭の一角に現れたラララが、楽しそうに高笑いをする。
一方で、反対側に現れたケントは真剣な面差しのまま、無言を保っている。
「フフフ、大層ご立腹のようじゃないか。しかし、果たして君はこのラララを止めることが叶うかな? このラララは、まだまだギアを上げていくよ!」
「御託はいいから、来い」
「ああ、無論だとも。――魔剣式、瞬飛士烙草!」
そしてまた、ミフユの前からラララの姿が消える。ケントもだ。
それから、さっきよりビュンビュンいってドカバキだ。何か火花とかも散ってる。
「おぉ、ラララのヤツ、腕上げたなぁ……!」
「むむむ、これはそれがしでは対応できないかもでありますな……」
ないの? あるの? どっちなの?
と、その思考まで同じであったが、ヒナタがテコテコ歩いてきた。
「お母さん、だっこ~」
「飽きちゃった?」
「見てても何にもわかんないも~ん」
それはそう。自分もそう。だったらヒナタもそうに決まってる。
異面体こそ半戦略級ではあるが、ヒナタ自体はミフユと同じく非戦闘員だ。
戦う人間の理屈はわからないし、そもそもついていけない。
こういうときタマキやキリオとの間に『人種の違い』を感じる。隔意はないけど。
旦那のアキラは戦う人間ではあるが、戦いに楽しさを見出す人間ではない。
それもあるから、余計に『戦いを楽しめる人間』の感性はミフユにはわからない。
「すみません、女将さん」
ヒナタをぬいぐるみのように抱いてボーッとしていると、タイジュがやってくる。
「何よ、タイジュ。いきなり謝ったりして」
「いえ……、何か、こっちの事情に巻き込んじゃったみたいで」
「別にいいわよ。そっちもこっちもないでしょ」
タイジュ・レフィード。
アキラの傭兵団が拾った戦災孤児であり、ラララと共に育ち、夫となった男だ。
養育を担当したのはミフユではなく、当時、傭兵団に属していた『剣聖』だった。
子がなかった彼は、拾ったタイジュを後継者として育て上げようとした。
そうしたら、いつの間にかラララまで『剣聖』に弟子入りしていた。
そして、二人は『剣聖』から剣を学んで、その末に『連理の剣聖』と呼ばれた。
今でもよく覚えている。
幼い頃から結婚するまで、ほぼ毎日、二人は斬り合ってた。
当時はすでに蘇生アイテムも普及しており、死はさしたる問題ではなかった。
当初こそ、二人とも死を忌避していたが、それは慣れてしまった。
これは別にタイジュ達に限ったことではない。アキラもそうだし、自分もそうだ。
人が生き返る世界では、死は絶対ではない。だから慣れてしまえるのだ。
それでもミフユから見て、ラララとタイジュは明らかに死にすぎだと思えた。
多いときは、日に十回以上死んだこともある。双方がだ。
ラララは今と同じで通る声で自己を誇り、タイジュは今と同じく無表情で淡々と。
互いに異面体である愛刀を振るって、臆することなく命を奪い合った。
それが終わったのは、確か――、
「ねぇ、タイジュ」
「何ですか、女将さん」
「あっちであんたとラララが結婚したのは、25のときだったわよね」
「はい。俺がラララとの『最終決闘』に勝って、あいつに剣をやめさせました」
――『最終決闘』。
二十年近くに渡り殺し合いを続けたラララとタイジュの、異世界での最後の一戦。
その内容を、ミフユは知らない。アキラも知らない。誰も知らない。
知っているのは、当事者である二人だけ。
ミフユが知ってるのは、ラララが負けて剣を捨てたということだけだ。
「あんたは――」
「はい?」
「やっぱり、あの子が剣を続けることには、反対なの?」
「はい。そうですね。ラララには剣をやめてもらいたいと思ってます」
思っていた通りの答えが、タイジュから返ってくる。
彼のその考えは、異世界の頃から一貫していた。いや、最初からずっと、か。
「俺は、剣を握ってるより、ラララの手を握ってたいんですけどね」
「表情変えずにサラっとそういうこと言うのがあんたよね」
タイジュは、異世界でも子供の頃からこんな感じだった。
わりと早くからラララへの好意を露わにし、彼女に求愛し続けていた。
だがラララはそれを断り続けた。
いや、彼女の方もタイジュへの好意は明らかだった。
ラララの側も、自分の相手としてはタイジュ以外の人間は考えていなかったろう。
それでもタイジュを袖にし続けたのは、今と同じ理由だ。
ラララは剣士であることにこだわり続け、タイジュはやめさせようとし続けた。
そんな、単純な理由からの、長年の意地の張り合い。
異世界では、タイジュに軍配が上がったワケだ。
ただミフユは、まさか『出戻り』してまでそれが続いているとは思わなかった。
いや、それどころか……、
「ラララ、あの子、悪化してない?」
「女将さんもそう思いますか……」
奇しくもそれは『絶界コロシアム』でアキラが感じたこと同じだった。
「喜々として戦場に突撃していくような子だったけど、お義母様を犠牲にするなんてことまではするような子じゃなかった。しかも、それを公言するなんて……」
ケントをキレさせたのだって、わざとにしか思えない。
異世界でも露悪的なところはあったが、あそこまで露骨ではなかったように思う。
「『このラララは、他のバーンズ家とは違う。家族なんてものにうつつを抜かして、自らの腕前を錆びつかせるなんて愚かなことをするつもりはないのだよ』」
タイジュが、いきなりそんなことを言い出す。
「『絶界コロシアム』で立ち合ったときに、あいつが言ってたことです」
「あの子が、そんなことを……?」
「こうも言ってましたよ。『前世では俺に負けて『女』としての生き方を選ばざるを得なかったけど、こっちでは負けない』、って」
続けて、タイジュがそんなことを零す。ケントとラララの勝負はまだ続いている。
「『負けて、生き方を選ばざるを得なかった』、かぁ……」
「はい」
戦う者の価値観や道理、思考パターンや精神構造、心情はミフユにはわからない。
だが、もっと単純な『負けっぱなしじゃいられない』という思いならわかる。
「あの子は、そんなにあんたに勝ちたかったのかしらね」
「『最終決闘』での負けを、悔やんでたのかもしれません。剣士ですから、あいつ」
「……悔やんで?」
タイジュはそう語るが、しかし、ミフユはそこに違和感を覚える。
ラララが、悔やんでいた? タイジュに負けたことを?
それは、ミフユの記憶の中にあるラララの姿とは、どこかそぐわないものだった。
いや、ラララもまた『戦う者』だった。
だから単に、ミフユが理解できないだけかもしれない。
最後の一戦で敗れた悔しさを、人知れずずっと抱え続けていた。
それが『出戻り』したことでぶり返してきて、ラララは今のラララとなった。
十分に考えられる可能性ではないか。
タイジュの言った通りに、ラララも確かに『剣士』であったのだから。
何より、二十年来殺し合い、その後に添い遂げた夫であるタイジュの言うことだ。
他の誰の推測よりも、信憑性が高いように思える。
だけど、それでもやはりミフユは違和感を拭えない。
だってミフユの記憶の中にいるラララは、とても幸せそうだったのだ。
タイジュとの間に一人娘をもうけて、母親として、すごく幸せそうにしていた。
ミフユが知る限り、彼女は剣を捨てたことを悔やんではいなかった。
そんな話は一回も聞いたことがないし、悔やむ姿など一度も見たことがない。
タイジュと結婚したのちのラララを見て感じたのは『幸せそう』。ただそれだけ。
そう思った自分の目が節穴なのか、自分がただ鈍いだけなのか。
それで、ラララがひそかに抱えていた鬱屈としたものに気づけなかったのか。
「ねぇ、タイジュ」
「何でしょうか、女将さん」
「あんたは、剣を続けてるの?」
「別に続けたくもないんですけどね。ラララがやってるので、仕方なく」
「仕方なく、かぁ。『守護剣聖』とも呼ばれたあんたがね」
何となくおかしくなって、小さく笑う。
二人一組の『連理の剣聖』と呼ばれたラララとタイジュ。攻めに優れるラララは『斬魔剣聖』と称され、守りに優れるタイジュは『守護剣聖』と呼ばれた。
「異世界でだって同じようなモノでしたよ。俺にとって剣は生きるための手段で、道とか、生き様とか、そんな高尚なモノじゃありませんでした。手段は手段ですよ」
そう言い切るタイジュに、ミフユは安心すら覚える。
ラララと同じだ。少しも変わっていない。
挑むラララと応じるタイジュ。片や剣にこだわって、片や剣にこだわりはなく。
タイジュが今も剣を振るうのは、ラララに剣をやめさせたいから。
それ以外の理由などどこを探してもないのだろう。まさに意地の張り合いだ。
ただ、やはり――、違和感。
タイジュとの会話の中に得た疑問を抱え、ミフユはラララ達の方へ目をやる。
「ハァーッハッハッハッハッハァ――――!」
ラララの高笑いが、そこに響いていた。
「やるね、ケント・ラガルク! このラララを前に、ここまで粘るとは! 正直、思っていた以上だったよ、素晴らしい! 君が秀でた守護者であることは、このラララも保証しようじゃないか。最高と呼ぶに相応しいかどうかは、別にしてね!」
「ああ、そうかよ。いいから来いよ、まだまだこれからだ。そうだろう?」
相変わらず謳うように声を張り上げるラララに、ケントは冷たい。
ちょっとだけ、ミフユはケントに対して良心の呵責を覚える。
仕方がないこととはいえ、実質、彼女はケントを巻き込んでしまった。
美沙子に対してラララがした行ない。それを表に出して、ケントの怒りを誘った。
だがそうしなければ、ケントはラララに叩きのめされていた。
彼の異面体は本人が『タマキを守る気』にならないと真価を発揮してくれない。
そして、ラララはラララで、別の理由で怒りに燃えていた。
キリオがケントを『最高の守護者』だなんて呼んでしまったからだ。
ラララにとってのそれは、他の誰でもない、タイジュなのだ。
あのバカ四男がケントを変に称賛した結果、ラララの逆鱗に触れてしまった。
つまり、悪いのは全部キリオ。
あとでヒナタとのダブルでのお説教確定である。そして一方で――、
「ハハハハハハハッ! もちろんこれからさ! さぁ、好敵手よ! このラララを追い詰めてくれ! そして死地を、死線を、このラララに! その全てを乗り越えて、このラララはさらなる輝きを手に入れてみせる! 一振りの刃として!」
「おまえが手に入れるのは、敗北だ」
「アハハハハハハハ! その意気やよし! このラララが、いざ参る!」
という言葉の応酬からの、ビュンビュンドカバキ、ビュンビュンドカバキ。
「…………」
ミフユが、ラララを見ている。
「速い、強い、硬い! 素晴らしいね、ケントクン! さすがはタマキの姉ちゃんが想い続けただけはある! 君ならば、このラララの最高の糧となるだろう!」
ミフユが、ラララを見ている。
「ほぉ、そう来るか! だがまだまだ、このラララは健在だとも! フハハハハハ! さぁ、もっと見せてくれ! 君の輝きを! 君の真価を、本領を――――ッ!」
ミフユが、ラララを見ている。
「むぐっ、まさかこのラララが死角を突かれるとはッ、だが、いいぞ、最高だ。いいや、もっと上があるはずだ! さぁ、ケントクン、君がこのラララをここで仕留めねば、このラララはいつか、君の大事な家族を『糧』にしてしまうぞッ!」
ミフユが、ラララを見て……、もう、見ていられなかった。
「ごめんねヒナタ、ちょっとこっちに座ってね」
「むにゃ~……」
居眠りしかけていたヒナタをタイジュに頼んで、ミフユは歩き出す。
「女将さん? 止めに行くなら、俺が――」
「いいわ。大丈夫よ」
言ってくるタイジュに笑ってかぶりを振って、ミフユはそのまま歩み進んでいく。
彼女が向かう先では、今もラララとケントが激しくやり合っている。
「あれ、おかしゃん?」
「母上殿、え、何をしに……?」
戦いを見守っていたタマキとキリオも、ミフユに気づき戸惑いの声を漏らす。
だがそれに構うことなく、彼女はケント達の戦う場へと歩いていき、
「うぉっとッ!」
「む……」
ミフユの乱入に、ケントに斬りかかろうとしていたラララが動きを止める。
そしてミフユはケントを庇うような形で、ラララの前に立った。
「……何かな、ママちゃん。水を差さないでほしいんだけど」
ラララが露骨に不機嫌そうな表情になる。言う声にも苛立ちと憤りが表れていた。
「女将さん。どいてください。この女は俺が叩きのめしますから」
ケントもラララを睨みそう言うが、ミフユにはどうでもいいことだった。
「ラララ、あんたちょっとわたしと一緒に来なさい」
「……は?」
「あの、女将さん?」
乱入しただけでなく、急にラララに対してそんなことを言い出す。
これには、やり合っていた二人も揃って声をあげてしまう。
「ちょ、おかしゃん……!?」
「母上殿、急に何を言い出すでありますか! 二人の勝負を止めるなど――」
「うっさいのよ、キリオォッ!」
「ひぇっ!?」
ミフユがキレた。
「元はといえばあんたがケントを『最高の守護者』とか言っちゃうから、こうなったんでしょうが! ラララにとっての『最高の守護者』はタイジュなのよ! それを知りながら、あんたって子は! あとでクソ説教してやるから覚悟してなさい!」
「えええええ! それがしのせいでありますかァ~~~~!?」
キリオが騒ぎ始めるが、それもまた、今のミフユにはどうでもいいことだ。
そんなことよりも、ラララだ。
「ラララ、来なさい」
「ママちゃん、本気で言ってるのかい? このラララはケントクンとの――」
「いや、俺はもういい。ここまでにする」
だが、ケントはそう言うとゲキテンロウを消して、さっさとラララに背を向けた。
「な……」
「おまえのことは許せないけど、女将さんが何かあるんなら、そっちを優先する」
「バカなことを! このラララは言ったぞ、君の家族を『糧』にすると……!」
「だから、許してねぇって言ってるだろ。また、いつでも相手してやるよ」
それだけ言うと、ケントはそのまま歩いてタマキの方に寄っていく。
「あ~、疲れたよ~、タマちゃ~ん!」
「ヘヘヘ~、お疲れさんだぜ、ケンきゅん、カッコよかったぜ~!」
「マジで~? やったぜ~」
途端にイチャつき始める二人。もはやどう見ても、闘争の空気ではない。
その光景をしばし口を開けつつ眺め、ラララはミフユを睨む。
「……ママちゃん、よくも」
そのまなざしには、怒りを越えて憎しみに近いものすら宿っていた。
しかし、それを見返すミフユは、眉根を下げるのみだ。
「いいから、いらっしゃい」
「何だい、今さらこのラララにお説教かい? こざかしいね!」
吼えるラララの声を聞きながら、ミフユは庭の『異階化』を解除する。
「部屋を一つ借りるわ。ラララ」
「ふん、何を言ったところで、このラララは変わらないよ。ママちゃん」
ラララが、ミフユに対して小馬鹿にするように鼻を鳴らす。
「ラララ、おまえはいい加減に……」
「タイジュ。構わないわ。それよりもラララ、行くわよ」
「はいはい」
咎めようとするタイジュを制して、ミフユはラララを伴って部屋に入る。
そして、ドアに金属符を貼って『異階化』。これで、彼女とラララの二人きりだ。
「さぁ、何でも言うがいいさ、ママちゃん」
勝負にケチをつけられた腹いせか、ラララはその場に座って投げやりに言う。
その態度は横柄そのもので、まるでミフユに対する敬意が感じられない。
「何だい? 何の話だい? ミーシャおばあちゃんのことかな? それともケントクンを怒らせた件? どっちもこのラララにとって必要だからしただけのことで――」
「ラララ」
ミフユが、ラララの頭を両腕でしっかりと包むように抱きしめる。
そしてその手は、娘の短い髪を優しく撫でつけて、彼女はラララに問いかけた。
「どうしたの? 何がそんなに苦しいの? ママに言ってごらんなさい?」
「な、マ、ママちゃん……?」
「痛かったのね。辛かったのね。大丈夫、ママはちゃんと、聞いてあげるから」
ミフユは、ラララを叱るようなことは一切なかった。
ただ、抱きしめたその手で、さっきまで修羅の如く戦っていた娘を、撫で続けた。
優しく、優しく、慈しみながら、大事に、大事に、いたわりながら。
「何か、とっても辛いことがあったのね。だから、今も苦しんでるのね。ラララ」
怒りなんて、何もなかった。
今のミフユの中にあるのは何かに苦しむ娘を案じる、母としての想いだけ。
言葉を失っているラララを、彼女はひたすら抱きしめ、撫で続ける。
母に優しく包まれて、やがて娘はその身を震わせ、弱々しく小さな声を漏らした。
「……やめてよ」




