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第235話 あいつこそが田中の王子様

 ……頭痛が痛い。死んで死ぬ。


「ちょっと、何事よ?」


 布団で寝ている俺を、ミフユが見舞ってくれた。

 対応に出るのはお袋と、ヒメノ。


「それがねぇ、朝から熱と頭痛がひどいらしくてね、アキラったら」

「完全回復魔法は?」

「効果はありません。お父様の症状は、肉体ではなく魂の方の問題なので」


 俺が寝ている横で、ヒメノが俺の症状についてミフユに説明する。


「お父様はつい最近、かなりの無茶をなされたとのことで、それが原因で、魂の力が一時的に減退しているのです。風邪というよりは過剰な疲労のようなものですね」

「……異能態の進化が原因、だろうねぇ」


 お袋が説明に一言補足を加えて、三人が俺を見た。


「っつ~ワケで、ごめん。今日ついてけないわ……」

「バカ、そんなのこっちで何とかするから、あんたは寝てなさいよ」

「すまん……」


 久々のダウンに俺も気弱になっているのか、そんな声を漏らしてしまう。

 すると、ミフユは苦笑して、俺のすぐ隣に寄ってきた。


「いいのよ。わたしはあんたの何? 信じて任せておきなさいよね、バカ」


 そう言って、ミフユは俺のおでこにキスしてくれた。

 ああああああああ、情けない。情けないけど、カミさんの思いやりが心にしみる。


「父様の症状は、新しい力に慣れていないから起きたものであると推測されますので、一、二日程度安静にしていれば、魂も回復して状況も改善するかと思いますわ」

「そう。わかったわ。悪いけどヒメノ、そこのバカをお願いね」

「はい」


 笑って返すヒメノに、ミフユも笑みを返して部屋を出ていく。

 その直後、お袋がポツリと一言。


「アンタは本当にいい子を捕まえたね、アキラ」


 はい、俺の自慢のカミさんです。



  ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 ミフユが玄関を出ると、外にはすでに全員が揃っていた。

 タマキにキリオ、ケント。そして――、


「……何であんたがいるワケ、ヒナタ?」

「私もラララお姉ちゃんとタイジュお兄ちゃんに会いに行きたいから~!」


 元気よく手を挙げて返事をするヒナタであった。


「そう。ま、アンタがいる分にはこっちも助かるけど」

「でしょでしょ~? 保護者は多い方がいいモンね~!」


「だよな~、キリオ。オレ達もしっかりヒナタの保護者しないとな!」

「そうでありますな、姉貴殿。それがし達がしっかりせねば!」


 ミフユとヒナタのやり取りを受け、鼻息も荒く自分も保護者宣言をするバカ二人。

 そこに、ケントが冷や水の如き一言を浴びせかける。


「あんたら、両方とも保護される側ですんで」

「「えッ!?」」

「もうね。その反応があかんワケですよ。ええ、言っても無駄なの知ってますけど」


 現在、誰よりもこの二人に振り回されている普通の中学生郷塚賢人がデカい嘆息。


「俺はね、タマちゃんが楽しそうならそれはそれでいいんです。でもね、やっぱ限度ってモンがあるワケですよ。そしてね、俺らがいないと、あんたらはその限度を余裕でぶっちぎっていくんですよ。だから一緒についていきますが、何か反論は?」

「「ありましぇ~ん……」」


 腕を組むケントに、タマキもキリオもションボリしつつ白旗を上げる。

 それを見て、ヒナタが唸った。


「やるね、ケントお兄ちゃん。あれが、お父さんの親友なんだね……!」

「そうよ。生きてた頃からもっぱら苦労人ポジだったわ」

「やめてくれませんか、女将さん。その評価は俺の心を抉るんですよ……」


 そう言って肩を落とすケントだが、ミフユからすると本当に心強い味方なのだ。

 異世界時代、アキラの幼馴染でもあったケントを、彼女も強く信頼している。


「さ、行きましょ。場所は、ケントがわかるのよね?」

「へいへい。知ってますとも。天月っていっても宙色にかなり近いんで」


 いよいよ出発が近づくと、タマキとキリオがあっさり復活した。


「ヘヘヘ~、楽しみだなぁ~! ラララと会えるんだぁ~!」

「絶対に姉貴殿に喧嘩吹っ掛けてくるであります。賭けてもいいであります!」


「風紀委員長が賭博はやめなさいよ……」

「はッ!?」


 ミフユに指摘され、我に返るキリオ。これで、進学校の成績トップである。


「はい、それじゃ行くわよ~。ケント、案内お願いね」

「わざわざ学校休んで、何やってるんだろうなぁ~、俺……」


 ケントがそうボヤきつつ飛翔の魔法を使うが、それは言わないでほしいところだ。

 ミフユだって、できれば学校は休みたくはないのだ。


 しかし、それはそれとして『田中の王子様』はこの目で拝みたい!

 と、すると、ラララが学校にいるときに行くしかないワケで。ああ、不可抗力!


「ラララ、元気にやってるのかしらねぇ~♪」


 一方で純粋に母親として娘のことも気になっている、ミフユなのであった。



  ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 黄色い声援。もしくは、嬌声。ってヤツ。


「キャー! 田中様ァ~~~~!」


 その声を聞いたとき、ミフユは耳を疑った。


「田中、様……」

「もうダメだ。バカの予感しかしない……ッ!」

「これは始まってるわね。ラララ塚劇場が」


 額に手を当て早々に諦めるケントに、深刻な顔でこの先の展開を予想するヒナタ。

 一方で、タマキとキリオは笑顔満面で声のした方を向いている。


「あっちで何かやってるぜ。この空気、これ絶対アレだよな」

「はいであります、姉貴殿! 遠くに聞こえる喧噪は間違いなくアレであります!」

「「喧嘩だァ~~~~ッ!」」


 バカ二人、嬉しそうに飛び出していく。


「コラァ! タマちゃんはまだしもおまえはそれやっちゃダメだろうが、キリオ!」

「あ~ぁ、ちゃんとリードを繋いでないからこうなるのよ……」


 ケントが慌ててそれを追いかけて、ヒナタが辛辣なコメントを寄越す。

 ミフユとしてはヒナタの言い分もわかる。

 だが同時に興味に駆られるタマキの気持ちもわかるので、コメントは差し控えた。


 五人は、ケントの案内で『双子星中学』のグラウンド近くの物陰に降りた。

 そして早々に、田中様を称える声が聞こえてきたのである。


「行くわよ、ヒナタ。『田中の王子様』を拝みに」

「お母さんも結構、ノリのいい方なんだよね~」


「そういうあんただって結構興味あるクセに、何言ってるのよ」

「あちゃ~、バレちゃった?」


 7歳の母親と4歳の娘が、手を繋いで一緒に歩いていく。

 その耳に、何人もの女子の大はしゃぎな声が、随時届いてくる。


「田中様ァ~!」

「田中様、カッコいい~!」

「田中様、そんなブサメン、さっさとやっつけちゃってくださぁ~い!」


 大人気ねぇ、田中。

 ミフユがそう思いつつグラウンドに出ると、そこにはちょっとした人だかり。

 タマキ達もその中に加わっているのが見える。そして――、


「あれ、か」


 そこに集まった学生達が見ているのは、まるで演劇のような中学生の喧嘩。

 他校の生徒と思われる十人近く集団vs竹刀を持った男子生徒一人。


 集団の方は、髪キラキラだったりタトゥー入りだったりと、いかにもな外見だ。

 一方の男子生徒は、そのショートの髪を掻き上げて、笑う。


「ハァーッハッハッハッハッハァ――――ッ! まさか放課後にこのラララに奇襲を仕掛てくるとは、なかなか見上げた度胸をしているじゃあないか、天月西中の岸村クンとその手下諸君。素晴らしい、実に素晴らしいよ! だがすまない、このラララは、君達のその悲壮な覚悟をも乗り越えて、勝利するさだめにあるのだよッ!」


 男子生徒――、ではない。それはラララだ。男子の格好をした、女子だ。

 しかし、彼女を前にして集団のリーダーである岸村がバットを手に怒鳴り散らす。


「うるせぇ、黙れよ男女ァ! おまえのせいで、おまえのせいで俺は……!」


 彼は全身をわななかせ、何やら顔を憤怒に染めている。

 そこに、聴衆から、またラララへ向けた声援が送られる。


「田中様ァ~、そんなブザ野郎、ケチョンケチョンにしてやってくださぁ~い!」

「そんな、美和ちゃあぁぁぁぁぁぁぁ~~~~ん!?」


 声援を送った女子生徒に、岸村が絶望の悲鳴をあげる。

 何となく、ミフユは見抜いた。あの岸村って子は、美和ちゃんに惚れてるのだ。


 が、そんな美和ちゃんはラララにお熱。

 そりゃあ、岸村の怒りがウチの五女に向くのは仕方がないんだろうけれど。

 ミフユからすれば、岸村の行為は魚に餌をやるのと何ら変わりない。


「イイ、イイよ、岸村クン! このラララに向けるその怒り、実にイイ! さぁ、諸君! このラララはここにいる! この細い体を蹂躙せんとするならば、かかってくるがいい! 諸君の怒りと憎悪で、このラララという刃を磨き上げてくれたまえ!」


 ほ~ら、あんな生き生きとしちゃって……。

 だが、そんなラララの態度に、敵対しているグループは一様にヒートアップする。


「うるせぇ~! 俺から美和ちゃんを奪いやがって! 絶対許さねぇ!」

「そうだ、俺もあの男女にさやかちゃんを……!」

「俺も、俺よりあいつの方がいいって、葵ちゃんに言われてよぉ~!」


 全員、ラララ被害者の会だった。

 ここにアキラがいれば絶対に『笑うわ』という場面であるが、ミフユなので、


「……笑えないわねぇ」


 と、なる。


「ハァーッハッハッハッハッハァ――――ッ! 御託はいいから、来たまえ!」

「「「うおおおおおおおおお、ブッコロしたらぁぁぁぁぁぁぁ!」」」


 岸村を始めとする不良の集団が、ラララめがけて突っ込んでいく。

 ミフユの耳に、タマキが呟くのが聞こえた。


「七秒くらいかな」


 その直後だった。岸村達の前から、ラララの姿が消える。


「え」


 突撃していたグループが、標的の消失に動きを止めてしまう、が、それは悪手。

 呆気に取られている観客の前で、パパパパン、と、何かを軽く叩く音が響く。


「――ふむ」


 そして、ラララが敵グループの後方に、背を向け合う形で現れる。


「ありがとう、諸君」


 踵を返し、彼女は岸村とその手下に向かって一言、礼を告げた。

 瞬間、彼らは揃って白目を剥いて、全員がグラウンドに倒れ伏してしまった。

 その額や首筋には、竹刀で打たれた跡がしっかり残っていた。


「ありがとう、岸村クン。ありがとう、岸村クンの手下諸君! 君達という好敵手(とも)との戦いによって、このラララというひと振りの刃は、また新たな輝きを帯びるに至った! このたびの勝利を、このラララは胸にしかと刻みつけよう!」

「「「田中様ァァァァァァァァァ――――ッ!」」」


 堂々と胸を張り、腕を高く掲げてのラララの勝利宣言に、観客達が盛り上がる。

 う~ん、なるほど。ヒナタが言っていた通り、まさしくラララ塚劇場。

 そして、こんなものを見せられてしまうと、当然――、


「ハッハァ~~~~! スゲェ、スゲェなぁ~~~~! ラララ~~~~!」


 やっぱり、タマキが突撃した。

 ケントも何も言わないのを見ると、了承済みの突撃であるようだった。


「おや、君は……」


 ラララがタマキに気づく。


「お、何だよ? わかんねぇ? オレだ、タマキだァ! ババァ~~~~ン!」

「げぇ、タマキの(あね)ちゃんッ!?」


 それまで貴公子然としていたラララが、そこで初めて動揺を見せる。


「フハハハハハハァ――――ッ! それがしもいるでありますぞ、ラララ!」

「げげぇ、キリオの(あに)クンまでッ!」


 いきなり現れた家族二人に、ラララは一気に余裕をなくす。

 そして、それを見ている観客達もザワめき始める中、ミフユはヒナタと出ていく。


「はいはい、会えて嬉しいのはわかるけど、落ち着きなさいよ、あんた達」

「「はぁ~~~~い!」」

「き、君は……」


 手を打ち鳴らしてタマキとキリオを制するミフユを、ラララが強く凝視する。

 そしてポツリと、


「……もしや、ママちゃん?」


 ミフユは返事はせず、ただ、微笑みを返した。

 彼女の笑顔を前に、ラララは三秒ほど固まって、一気にその顔を紅潮させる。


「やだぁ~! 何で何で何でぇ~! 私、今日全然おめかししてないのにぃ~! どうしてパパちゃんみたいなことするのよぉ~! もぉ~、ヤダ、最低ェ~~~~!」


 おめかし=武装。

 いきなりその場に座り込んで騒ぐラララに、観客達はさらに激しくザワつく。


 だが、ミフユは安心していた。

 あ~、本当にラララだわ、この子。全然変わってないわ~。


「うんうん、これでこそラララだな!」

「そうでありますなぁ、いやぁ~、懐かしい……!」

「え、そうなん? こういう子なの……?」


 同じく懐かしさに浸っているタマキとキリオに、ケントが首をかしげていた。


「お~い、どうした田中ァ~。終わったのか~?」

「あ、佐藤ォ、佐藤ォ~~~~!」


 聞こえてきた男子の声に、ラララが立ち上がって助けを求める。

 小走りで寄ってきたその男子生徒は、佐藤大樹(さとう たいじゅ)だった。


「あら、本当にタイジュだわ」

「え、あれ、もしかして、女将さんですか……?」


「わ、タイジュだタイジュだ! 本当にタイジュだぁ~!」

「ぬおおおおおお、懐かしいでありますなぁ~~!」


 タマキとキリオが、バカ高テンションのまま、タイジュにまとわりつく。

 しかし、特に迷惑そうな顔もせず、彼はミフユに一言。


「ども、お久しぶりです」

「変わらないわね、あんたのそのマイペースっぷりも……」


 ミフユの記憶の中にもしっかりと残っている。

 いつでもどこでも、慌てず騒がず、叫ばず乱れない、鋼のマイペース男。

 それが、ラララの夫であったタイジュ・レフィードという男だった。

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