第233話 最強、無敵、荷電粒子砲台幼女ヒナタ!
――『絶界』から戻ったときのことを、少し、振り返る。
「何で外から帰ってくるのよォ!?」
風見宅に戻ったら、ミフユにものスゲェビックリされちゃいまして。
そこには、ケントとタマキ、キリオとマリエも揃っている。
本当に、マリエの『黄泉謡い』の直後、ってことか。
外から戻ってきた俺達に、ミフユとケント達は大層な驚きようと見せた。
「一体、何があったんですか、団長……」
「シンラが『真念』に到達して異能態覚醒させて、ついでにお袋と正式に婚約した」
「「「はいッ!?」」」
端的に説明すると、迎える側の一堂が揃って驚きの声をあげる。
「ち、ちょっと、アキラ!」
お袋が顔を赤くして俺を咎めてくるが、おうおう、何でぇ、その反応はよぉ。
「でもしただろ、婚約。なぁ、シンラよ」
「はい、余は今度こそ生涯をかけて美沙子殿を幸せに導くと誓いましてございます」
わぁ、こっちは照れも羞恥も一切なし。堂々たるモンだわ。
今の自分は無敵発言も、どうやらマジっぽいですよ。こいつは。
「本当に、何があったのよ……」
唖然となるミフユ。
すまんな、全部説明すると無断に長くなりそう――、
「膝かっくん」
「ぬおおおおおおおおおおおおおッ!?」
突然の後ろからの奇襲に、俺はなすすべなくその場に尻もちをついた。
くぅ、そうだった。そういえばいましたねぇ、こいつも!
「お父さん、私のことをハブるのはどういう了見なのか聞いていいかな?」
「攻撃後に質問するのは順序が違うよねぇ!?」
「ヒ、ヒナタ……ッ!?」
俺に見事な膝かっくんをくらわした4歳児に、ミフユが口に手を当てる。
その叫びは、さらに周りに衝撃を与える呼び水となった。
「何でヒナタが『出戻り』してんだよッ!?」
「本当だ、ひなたちゃんとは、全然雰囲気が違ってる……」
タマキが驚愕に叫び、ケントがひなたとの違いに戸惑いの声をあげる。
「どういうことでありますか、これは……!?」
「この子が、ヒナタちゃん、なんですか……」
一方で、こちらは揃って状況を理解できずに首をかしげるキリオとマリエ。
「はいはいはいは~い、みんな混乱してると思うけど、ちょっと落ち着いてね~」
渦中のヒナタ本人がパンパンと手を叩いて、場を鎮めにかかる。
「ちゃんと説明はするから、ひとまず家の中に入ろう。ね?」
「ま、そうだな」
ニッコリ笑いかけるヒナタに俺はうなずき、皆もそれにならって風見宅に戻る。
そして、マリエが『黄泉謡い』をしたリビングに、再び皆が集合する。
そこで俺は召喚先で遭遇した『絶界コロシアム』での出来事について説明する。
「あ~、なるほどね。そういう系のイベントかぁ~……」
「何ですか、ミフユさん。随分と訳知り顔というか、はいはいそれね、みたいな」
「実際、知ってるわよ。私のところにも幾つも招待メール届くし」
「マジでぇ……?」
そういえばウチのカミさん、日本でも有数のセレブでございましたわねぇ。
「迷惑よねぇ。ちょっと金持ってる程度の人間が、わたしを同格扱いなんて。本当に金の使い方を知ってる人間はね、時間の使い方も知ってるものよ。はぁ、やれやれ」
「俺はおまえを成金とは思わんけど、時々態度が鼻につくんだわ」
肩をすくめるミフユに、俺は正直に自分の気持ちを打ち明けた。
「え~? じゃあ、今度一緒に行く? ニワカ成金連中の秘密のお遊戯クラブ」
「そんなん行くんだったら家でおまえとゲームでもしてて~わ」
「でしょ~? わたしもよ~。だから行ってられないわ~、くだらない」
と、ミフユは言うが、そのくだらない遊びにお袋とシンラは殺されかけたのだ。
「――『Em』でありますか」
あごに手を当てて考え込んでいるキリオが、その名を口に出す。
「なぁに、キリオお兄ちゃん。『Em』について知ってることでもあるの?」
「ん、いや、そういうワケではないのでありますが、何やら……」
ヒナタに尋ねられ、顔を上げたキリオは軽く首を横に振る。
だが、その反応はどこか煮え切らないモノで、ケントが突っ込む。
「どうしたキリオ、何かあるのか……?」
「わからんであります、お師匠様。《《これがどんな感覚なのかがわからんであります》》」
ん? 何だそりゃ?
ワケのわからんことを言い出すキリオの方に、皆が注目する。
「変な感じがするであります。胸がザワつくというか、あまりいい気分じゃない」
「キリオ様……?」
隣に座るマリエが、心配げにキリオの手に自分の手を重ねる。
すると、キリオは「大丈夫」と告げて、さらにその上に逆の手を重ねる。
「それがしは大丈夫であります。マリエ。心配をかけてすまんであります」
「いえ、いいのです。キリオ様に問題がないのでしたら、それが何よりですから」
そして、無言で見つめ合う二人――、
「はいはい、二人だけの世界作らないでねー。まだ話の途中だからねー」
に、容赦なくブッこんでいく4歳児。
いいぞ末っ子! もっともっと言ってやれ! そこだ、アッパーだ!
「ひぇっ、すまんであります。ヒナタ!」
「あ、ああああああ、ご、ごめんなさい~!」
慌てて元の位置に戻るキリオとマリエを見て、ちょっと俺、ニヤニヤしちゃう。
「いや~、何か本当にヒナタが戻ってきたんだな~って実感するねぇ~」
「何よ、お父さん。私も『出戻り』したんだから、当たり前でしょ?」
「そうだけどさ~、それだけじゃなくてさ~」
俺とヒナタがそんなやり取りをしていると、ケントがシンラの方をチラチラ見る。
「どした、ケント?」
「ああ、いえ、ヒナタちゃんが団長を父親呼びしてるのに、若がキレないな~って」
ああ、なるほど。これまでのシンラを知ってるケントなら、不思議にも思うか。
水を向けられたシンラは、軽く肩をすくめるのみで特に答えなかった。
「こいつも『真念』に到達して、一皮剥けたってことよ」
俺が言うと、シンラはうなずき、
「然様にてござりまする。余はひなたの父であり、ヒナタの兄でありますゆえ。それを否定したところで、何がどうなるというワケでもありますまい」
「はぇ~、若も変わったんすね~。んで……、ヒナタちゃん?」
ケントの目が、ヒナタの方へと向けられる。
「はぁ~い、ヒナタ・バーンズだよ、ケントさん!」
「何か、いい匂いしますね。よく乾いた洗濯物の匂い、みたいな……」
「するする~! この匂いかぐのも久しぶりだぜ~! ヒナタの匂いだ~!」
ケントの隣でタマキが両腕を広げる。するとヒナタが、そこの飛び込んでいった。
「タマキお姉ちゃん、ヒナタちゃんだぞ~!」
「わ~、ヒナタだヒナタだ、お帰り~! 会いたかったぜぇ~!」
「きゃ~!」
嬉しそうに頬ずりする長女と末っ子。
「実に心温まる光景だな。バーンズ家の最強存在と最終兵器の抱擁だ」
「何ですか、団長。その物騒オブ物騒なワードは……」
「ただの事実ですけど、何か?」
ケントは知らないからな~、ヒナタの破壊力を。何も知らないからな~。
「お師匠様」
「おう、何だよ、キリオ」
「ウチの末っ子のヒナタでありますが」
「おう」
「半戦略兵器であります」
「…………おう?」
キリオの説明に、ケントが固まる。
「ヒナタ単騎で、一日で五つの街を制圧し、50000の戦力を蹴散らしたこともあるであります。バーンズ家の最終兵器という称号に、一切の誇張なしであります」
至極真剣な顔をして語るキリオに、ケントはみるみるうちに青ざめる。
そして、自分の彼女と戯れている末っ子の方を振り向く。
「……もしかして、タマちゃんより強い?」
「純粋な火力だけなら、な。でも、小回りが利かないから、タマキにゃ勝てん」
強さの基準をどこにするかにもよるけど、やっぱ総合力だとタマキなんだよなー。
「フフフ、ケント殿も驚かれたようですな」
「そりゃあ、驚きますよ、若……」
「可愛い。そして大火力。素晴らしい。父にして兄である余も非常に鼻が高いッ!」
「おまえは『役割』から解き放たれてもそこは変わんねぇのな、バカ親バカ」
なにが『クワッ』だ! 知らんわ!
「あ~、でも、ヒナタが戻ってきてくれたら、これから色々楽になるわね~」
「楽に、ってのはどういうことです、女将さん?」
「ケント、ヒナタってしっかりしてると思わねぇか?」
「ああ、そうですね。末っ子っていったら甘えたがりと思いますけど。やけにしっかりしてるっていうか、周りも見てるし、自分の意見をちゃんと言えてるし……」
「ヒナタはな、ミフユの後継者なんだよ」
「後継者?」
俺の言っていることの意味がわからず、そのまま繰り返すケント。
でもこれについては、まさに文字通りな意味である。
「ヒナタはミフユと同じで、十五人の子供を育て上げた母親なんだよ」
「えッ!?」
「えッ!?」
仰天し、声をあげるケント――、と、お袋。
「そりゃあ、本当かい、ヒナタちゃん」
目を丸くするお袋にそう問いかけられ、ヒナタがこっちを向く。
「4歳のヒナタで~す!」
「7歳のミフユで~す!」
「「二人合わせて、三十人のお母さんでぇ~ッす!」」
……笑うわ。
「こりゃあ、何ともビックリだねぇ……」
お袋は、笑うどころの話じゃなさそうだけど。それもまた、笑うわ。
「ちなみにケントの言ってた甘えたがりの末っ子は、ヒナタの一つ上の姉でな。……俺とミフユが最も手を焼いたクソメスガキがいるんだよ。ササラっていうんだが」
「「「「ああ、あのクソガキ……」」」」
俺が言うと、タマキとシンラとキリオとヒナタが、同時に声を揃えた。
いや~、可愛いよ、愛してるよ、でもクソガキなんだよ、あのササラはよぉ~。
「……って、クソガキで思い出したわ」
「はぁ? まだ何かあるんすか? もうお腹いっぱいっすよ、俺……」
「そう言うなよ、親友。もしかしたら、おまえなら知ってるかもと思ってな」
「はぁ……、何です?」
「田中楽々々って名前、知らない?」
「……ラララ?」
俺が口に出した名前にいち早く反応したのはケントではなく、隣のタマキだった。
「おとしゃん、もしかして、いたのか……?」
家族の中では一番やり合った相手だからか、タマキは素早くそれを察したようだ。
そしてその隣で、腕を組んで首をひねっていたケントが、
「あ、思い出した。その名前、天月の『双子星中学』にいるヤツの名前ですよ」
「やっぱり、いやがったか……」
ラララの言動から、こっちでの年齢は相当若そうだと思ってたが、ビンゴだ。
「女子なのに男子の制服を着て、学校中の女子から王子様扱いされてて、ついたあだ名が『田中の王子様』だったかな、確か。幼馴染の佐藤ってヤツといつも一緒とか」
「……『田中の王子様』とか」
またヒッデェネーミングもあったモンだ……。
「『絶界コロシアム』で会ったんだよ。ラララと、佐藤の方はタイジュだ」
「マジかァ~! ラララとタイジュいるのかぁ~! そっかぁ~!」
そこで、タマキのテンションが一気に上がる。
あ、これは――、
「よぉ~し、キリオ、明日『双子星中学』に殴りこみに行こうぜ!」
「合点承知であります、タマキの姉貴殿!」
「…………」
「…………」
明らかな迷惑行為を画策して盛り上がるバカ二人を、保護者二人が笑って眺める。
「あの、君ら、止めんの?」
俺がそう尋ねると、
「タマちゃんが楽しそうなら、俺が言うことは何もないです」
「キリオ様が楽しそうなら、私が言うことは何もないです」
「いや、せめてマリエは止める側に回れよ、おまえは警察官だろうがよぉ~!?」
菅谷真理恵、あばたもえくぼか、菅谷真理恵ッ!
「どうすんの、アキラ……」
「俺もついてくわ。……でも、ミフユも来てくれると嬉しいなぁ、って」
「はいはい。仕方がないわねぇ~」
ここでミフユが仕方なさげに言ってくれるのが、本当に嬉しかったワケでして。
そして翌日――、俺は高熱でダウンしてしまうのだった。




