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第227話 ただいまを言う前に、あと一つ

 一瞬の浮遊感ののち、俺達はアパートの金鐘崎の部屋にいた。


「戻った、のか?」


 周りを見れば、俺と、ヒナタと、お袋とシンラ。

 だけど、それ以外は誰もいなくて、部屋の中は静かなモノだった。


「……時間が、経ってないねぇ」


 お袋が時計を見上げる。

 あ、ホントだ。マリエに『黄泉謡い』をしてもらってから全然経ってない。


「そうなのね。じゃあ、みんな、まだあっちなんだ」


 ヒナタが言う。

 あっちとは、風見家のことだろう。まだミフユとキリオ達はそこ、か。


「じゃあ、さっさと戻るか。あんま心配かけたくないしな」

「……父上、しばしお待ちを」


 そこにシンラのくぐもった声が聞こえ、いきなり、部屋の中が『異階化』する。


「何だ? どうした、シンラ。何かあった――」


 何事かと振り向けば、そこにあった光景に、俺は小さく絶句する。

 シンラが、自分で自分の首を絞めていた。

 本当に文字通り、シンラの左腕がその首をグググと強く締め付けようとしている。


 シンラ自身は、それに抗おうとしている。

 表情を見れば明白。こいつは今、必死になって自分の左腕に抵抗している。


「シンラ、左腕、ちょっとだけ横にズラせ!」

「はッ!」


 勝手に動く左腕を力ずくでわずかにズラした。

 俺はガルさんを取り出してその場で下から上に振り上げて、左腕を斬り飛ばす。


「ぐぅ、ああああッ!」

「シンラさん!」


 片腕を失い、大量の血を溢れさせるシンラに、お袋が駆け寄る。

 そして俺とヒナタは、飛ばした腕の方へと視線を注ぎ、警戒を走らせる。


「……ヒナタ、何かわかるか」

「わかる。けど、しぶといなぁ。まだ消えてなかったんだ」


 その、ヒナタの舌でも打ちそうな物言いに、俺は何となくことの事情を察した。


「余の、異能態でありましょう」


 まだ腕を失ったままのシンラが、斬り飛ばされた己の左腕を見つめ、そう言った。


「『命』と『心』を与える『心命授受』。それが、余の中にかすかに残っていた『異物』にも働き、明確な自我を呼び起こしてしまった。そういうことなのでしょうな」

『……そうとも』


 果たして、シンラの声に答えたのは俺達の誰でもなかった。

 左腕。俺が斬り飛ばした左腕が、声を発したのだ。


 そして、左腕が動き出す。

 まるで一つの生命のように淀みなく動き、その手のひらを俺達に見せてくる。


「目と、口……!?」


 その手のひらに、いびつながらも開いた一つ目と、大きな傷のような口。


『僕は、まだここにいる。……『ひなたの父親』は、僕だ!』

「……風見慎良」



  ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 何事にも、想定外の事態ってヤツは存在する。

 さすがにシンラも、こんな展開は想像していなかっただろう。


「まだ、残っていようとはな……」


 完全回復魔法によって左腕を復元し、シンラが慎良の前に立つ。

 もはや半ばモンスターと化している慎良の目が、ギョロリとシンラを見上げる。


『シンラ・バーンズ、おまえさえいなければ、僕は……!』

「…………」


『おまえが、僕からひなたを奪ったんだ! 父親である、僕から!』

「…………」


『わかっているのか! 『ひなたの父親』は、僕だけだったんだぞ!』

「…………」


 独りよがりに語る慎良を、シンラは何とも言えない表情を見下ろしている。

 そして、それを見る俺達も何とも言えない気持ちになってしまう。


「重なるなぁ、シンラ」

「父上……。はい、まさにその通りですね、これは確かに『余』です」


 フッとシンラの顔に浮かぶ、複雑な笑み。

 自嘲しようにも、もうそれはシンラではない。だが確かにそれは、シンラだった。


 今の風見慎良を見ていると、重なるよ。

 確かに重なってしまう。ひなたを愛することにこだわっていたシンラに。

 何よりも『ひなたの父親』であろうとしていた頃の、こいつに。


 それでもひなたがシンラを慕ったのは、確かな娘への愛情があったからだ。

 だが一方でこいつ。左腕のみのバケモノと化した風見慎良は――、


『ああ、ひなた! かわいそうに、父親の僕を失って、かわいそうに!』


 慎良が嘆く。ひなた本人の気持ちを無視して。


『ひなたは可愛かったのに! 父親の僕のことを、ずっと慕ってくれていたのに!』


 慎良が憤る。ひなた本人の気持ちを無視して。


『僕だけだ。ひなたを本当に愛していたのは、この父親の僕だけだったんだ!』


 慎良が悲しむ。ひなた本人の気持ちを無視して。

 そこに、鋭く抉る言葉の切っ先。


「ひなたちゃんは、アンタを何とも思っちゃいなかったさ」


 言ったのは、シンラでもなく、ヒナタでもなく、お袋だった。


「アンタがシンラさんじゃないよ。だから、ひなたちゃんだって懐かなかったのさ」

『何だよ、おまえ。おまえなんかに、何がわかるんだ! おまえみたいな――』

「アタシかい? アタシは、ひなたちゃんの母親になるオンナさ」


 うおおおおおおおおおおおお、お袋、ブッコんだァァァァ――――ッ!?


「わぁ……」

「わぁ……」


 シンラとヒナタ、当事者二人、お袋の爆弾発言に口あんぐり。


『は、母親……?』

「ああ、本当に。見るに堪えないってのは、こういうことをいうんだろうねぇ……」


 唖然となっている慎良に、お袋は見せつけるようにため息をつく。


「シンラさん」

「は、はい、美沙子殿……」


「《《これ》》を、自分と思わないでくださいね」

「ぇ、いや、しかしそれは確かに余の一部であったもので……」

「違います。《《これはシンラさんじゃない》》」


 お袋が、風見慎良を見下ろしながら、それをきっぱり断言した。


「これはね、シンラさん。あなたが捨てた『ひなたの父親』という『役割』そのものなんです。それが、何の因果か命と心を得てしまった。それだけのものです」

「余の捨てた『役割』……?」


 お袋が、シンラに向かって笑いかける。


「シンラさんは、まだ『役割の奴隷』ですか?」

「いいえ、違います。余は踏み出したのです。己の道を、あなたと共に」

「だったらやっぱり、《《これ》》はシンラさんじゃありませんね」


 改めて言って、お袋はその笑みを慈愛に満ちたものに変える。

 それを見て、俺も、そしてシンラも、背筋に冷たいものを感じて青ざめる。


「でも、こいつムカつくから精々苦しめてから殺してやりましょう」


 ほら、こーなる!

 やっぱこの人、俺の母親なんだよなー!


「あ、はいはーい、それじゃあそれは私がやりたぁ~い!」


 そして、そこでヒナタが元気よく手を上げる。

 おうおう、ウチの末っ子もやっぱりウチの末っ子ですねぇ。笑顔が溌溂だぜぇ!


「ぶっちゃけ、今回の一件で一番ムカついてたのは私とひなたなので、ここは是非私に任せてほしいでぇ~す。具体的には、イバラヘビくらわせてから、私の『燦天燦(サンテンサン)』の放射線で全身癌化させて、そのあとで『燦天燦』の放射線治療で、全身の癌細胞を壊して、ただの肉の塊にしてから細胞の一片まで焼き尽くしまぁ~す!」


 戦慄の仕返し案を喜々として語る、風見ひなたちゃん(4)。

 ちなみにこいつの言ってた通り、ヒナタは異面体を通じて放射線を自在に操れる。


 ただの荷電粒子幼女じゃないんだぜぇ、ウチの末っ子ちゃんはよぅ。

 ま、そんな物騒な能力もあってバーンズ家の最終兵器なんですけどね、この子。


「どうかな? いいかな?」

『待て、待ってくれ、そんなの死んじゃうじゃないか! 何でそんな……ッ!?』


 風見慎良がギャアギャア喚き出す。

 そうか、こいつ、生命体として独立したばっかりだから死ぬのが一番怖いのか。

 一方でお袋とシンラさんは「せ~の」で声をタイミングを揃えて、


「「やってよし!」」


 お袋は中指をおっ立て、シンラは親指を下向きに突き出していた。


「わぁ~い! がんばる~!」


 喜び、飛び跳ねるヒナタ。

 風見慎良の一つ目が真ん丸になって、その口がヒナタの名を何度も呼ぶ。


『ひなた、やめるんだ、ひなた! 僕は父親なんだぞ! なのに僕を殺すのか!?』

「え、左腕だけで生きてる生物に人間の娘がいるワケないでしょ?」

『…………ッッ!』


 笑うわ。こんなん。

 この自称『ひなたの父親』、4歳児に論破されてしまいましたわ~! 


『シンラ、シンラ・バーンズ! 君はこのままでいいのか!?』


 進退窮まった風見慎良が、なりふり構わなくなってシンラに助けを乞い始める。


『君は僕のはずだ! 君と僕は同じもののはずだ! だったら僕を助けてくれよ!』

「そう、確かにおまえは余から生じたもの。それは間違いない」


『そうだろ、そうだろ!? だったら君には僕を生かす責務が――』

「だが、余から見ればおまえはクソのようなものだったな」

『え?』


 言葉を失う慎良に、シンラはゆるりとかぶりを振る。


「美沙子さんの言葉でやっと理解した。余にとって『役割(おまえ)』は余の身から出た排泄物と何ら変わりない。余は常識は弁えているつもりだ。さすがに未来の妻の前で自分の排泄物を助けてくれ、などという変態性に溢れた言動はできぬ」

『な、は、排泄物……。僕が……?』


「余に『役割』を教えてくれたかつての恩師には感謝している。しかし、あの人とて、余が『役割』に縛られた生き方をすることは望むまい。諦めろ、風見慎良」

『ぅあ、ぁ……、あ……ッ!』


 死刑宣告を受けて、風見慎良は震え出す。

 だがそんなことはお構いなしに、ヒナタが自分の傍らに小型の太陽を出現させる。

 ヒナタの異面体である『燦天燦』だ。あとついでにイバラヘビも召喚済み。


「はぁ~い、それじゃあちょっとだけチクッとしますよぉ~!」

『うぁぁぁぁぁぁぁぁ、やめてくれ、ひなたァァァァァァァァァァ――――ッ!?』

「やだ。思い知って、死んじゃえ」


 かくして響き渡る、風見慎良の悲痛な叫び。

 その後、慎良はヒナタの『人体実験ごっこ』に三十分以上付き合わされた。


 最後は当初の宣言通り、サンテンサンが慎良を蒸発させて、終了。

 それから俺達は改めて現実に戻ることになるのだが、


「……なぁ、お袋?」

「何だい、アキラ」


 僕は、ママを見上げて、言う。


「ママは、結婚しても、僕のママだよね?」

「――ハハンッ」


 それは、なんか久しぶりに聞く気がする、ミーシャ・グレンの笑い声。


「当たり前じゃないかい。何があっても、アタシはずっとアンタのママさ」


 そう言って、僕の頭を撫でてくれるママの手つきは、すごく、優しかった。

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