第225話 CRY! CRY! CRY!
ゴーレム達が、シンラに傅いている。
こいつらは、与えられたものとはいえ『自らの意志』でそれを選んだのだ。
シンラの能力はきっと『命を与える』。それだけ。
だが、素晴らしい能力だと思えた。
だって、あらゆるものとの間に『対話』の可能性を生じさせられる。
戦闘に勝利する能力ではない。
それ以前の『戦いを回避する可能性を造り出す能力』だ。
ああ、こいつはとんでもない能力だ。
さすがはシンラだよ。
国なんてとてつもないモノを建てちまった、俺の息子だよ。心底そう思う。
それも、シンラは『役割』に沿っただけ、なんて言うんだろう。
でも、結果がついてきてるじゃないか。
シンラ自身にとって誇るべきことじゃないのだとしても、国はそこにあっただろ。
多くの人が、それで救われたはずだ。
多くの死が、それで防がれたはずだ。
だったら、シンラがやったことは無駄でも何でもない。
シンラ個人の心の問題を別とすれば、やはり、それはとんでもないことなんだよ。
何かを造り出せる人間を、俺は尊敬するよ。
だって俺は、造り出すことなんてできないからな。
俺にできることは『壊すこと』と『殺すこと』の二つだけだ。
それが、それだけが、アキラ・バーンズという男が得意とする分野だ。
歪めるんじゃない。壊すんだ。
曲げるんじゃない。壊すんだ。
傷つけるんじゃない。殺すんだ。
痛めつけるんじゃない。殺すんだ。
バーンズ家はすごいと、周りはよく言っていた。
だがそれは、俺がすごいんじゃない。
ミフユがすごいんだ。
子供達がすごいんだ。
壊すことと殺すことしかできない俺なのに、周りの人間にだけは恵まれた。
俺の最大の幸運は、ミフユという伴侶に出会えたことだ。
でも、俺の最初の幸運は、金鐘崎美沙子という母親に出会えたことだ。
ミーシャ・グレンじゃない。
金鐘崎美沙子。
流されるままに生きることしかできない、見下げ果てた人間性の、あの女。
でも、俺を生んでくれたのは彼女だ。
俺を最初に愛してくれたのも彼女で、最期までそれを貫き通してくれたのも彼女。
あの人がいたから、ミーシャ・グレンもいた。
あの人がいたから、ミーシャ・グレンも『出戻り』した。
俺は、あの人に尽きぬ恨みがあった。
あの人は、自分の保身のために『僕』を生贄に差し出した。
それに対する恨みが、ずっとずっと、俺の中で燻り続けていた。
でもさ、でも、やっとだ。やっとだよ。やっと俺は、今、あの人を許せた。
恨みがなくなって、俺の中に残ったのは感謝だけだった。
ああ、美沙子はミーシャに『出戻り』したけど、ミーシャの中に美沙子はいる。
だから、今のお袋には最高に幸せになって欲しい。
俺はそれを、強く強く願うようになった。
――それなのに、お袋が消えかけた、だ?
俺を殺しかけて、自責の念に駆られて、自分自身を『殺意』に染めようとした?
それで、ずっと俺を愛し続けてくれたミーシャ・グレンという人格が消えかけた?
ああ? 何だよそりゃあ?
何なんだよ、そりゃあよッ!?
何でそんなコトになった?
誰が悪くて、そんなコトになっちまったんだ?
殺されかけた俺が悪いのか?
殺そうとしたお袋が悪いのか?
それとも、お袋を追い詰めた風見慎良が悪いのか?
はたまた、お袋の回帰を願っていたラララが悪いのか?
そもそも、ここに来るきっかけになったヒナタが悪いのか?
ハハハハハ、笑うわ。
そんなの、どれも違うに決まってる。
悪いのはこんなくだらねぇイベントを開催したヤツに決まってる。
このバカげたイベントを開いたヤツと、それに乗ったヤツ、悪いのはそいつらだ。
……ああ、笑うわ。
フハハハハハハハ――。
ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!
アッハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!
ヒハハハハハハハハハハハハッ! ギャハハハハハハハハハハハハハハハハッ!
アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッッッッ!
――全員、殺してやる。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
力が渦を巻く。
俺の周りに、チリチリと、黒い火の粉が舞い始める。
「異世界でよぉ……」
右手に神喰いの刃ガルザント・ルドラを握り締め、俺は呟く。
「お袋が俺に叩き込んでくれたのは、怒りに狂わない方法だったんだよ」
肩を落とし、顔を俯かせ、スクリーンの方は見上げずに、
「きっとお袋は俺の『真念』が『怒り』であることを見抜いていたんだと思うわ」
俺の周りに渦を巻く力が、徐々に徐々に、勢いと熱を増していく。
「『怒り』ってヤツは、あらゆる感情の中で最も『間違えやすい』感情だ」
黒い火の粉が、ジジジと空気を焼いて、その濃度を高めていく。
「だが同時に最も強く最も激しい感情だ。だから、そいつを正しく扱えれば、それはきっと比類ない力になる。お袋は俺に、そう教えてくれたよ」
『な、何だ、何が起きて……ッ!?』
俺の耳に届く、道化野郎の声。それが俺の意識に火花を散らせる。
ああ、こいつはなかなかキツいな。今回ばかりは正しく怒れないかもしれない。
どうしようもない怒りが、俺の胸の内に暴れている。
無理か。
今回だけは、さすがに怒りに狂わないワケにはいかないか。
そう、俺が思ったときだった。
「抑えつけるんじゃないよ、アキラ」
お袋の声が、聞こえた。
「抑えなくていいさ、制御もいい。ただ、怒りな。アンタなら《《ちゃんとやれるさ》》」
「――ハハハ」
笑いが漏れる。
本当にお袋、あんたって人は。欲しいときに欲しい言葉をくれやがる。
心の底から愛してるぜ。ミフユの次にな。
「オード・ラーツ」
『ぅぐ……ッ!』
俺に名を呼ばれ、スクリーンの向こうの道化野郎が息を飲む。
「そして、世界のどこかでゴーレム越しにこれを見ているおまえら」
俺はゆっくりと、ガルさんを握る右腕を挙げていく。
「なぁ、もしかしてだけどよぉ、おまえら、自分が死なないと思ってないか?」
『何を言ってやがるんだ、このガキ! 僕達が、死ぬワケないだろうがァ~ッ!?』
大層怯えながらも、だが、オードの声には確かな自信があった。
『おまえ達がいる『絶界』は、外側から観測することはできるが内から外に干渉することはできないんだよ! 『金色符』の持ち主である僕が、そう設定したんだよ!』
なるほどね、便利なモンだな、『金色符』。
さすがは金属符のプロトタイプ。いや、オリジナル、かな。
オードがそう言っている以上、その通りなんだろう。
外から内を観測でき、内から外には干渉できない。
そのルールの絶対性はマイナーチェンジ版である金属符よりも遥かに強固だろう。
どんな魔法でも、どんな異能でも、それを破ることはできない。
果たして本当にそうなのか、俺はガルさんに問う。
「どうだ、ガルさん」
『無理だ』
返答は、その三文字。
『『絶界』は、保有者の設定したルールこそ絶対。だからこその『絶界』。そして、俺様は世界を滅ぼす刃だが『金色符』と同時期に造られた。つまり――』
「……『金色符』には、ガルさん対策が盛り込まれている?」
『そういうことだ』
ま、そりゃそうか。
ガルさんは古代文明の戦争時に造られた最終兵器。
一方で『金色符』は、世界が滅びた際の避難場所として創造された古代遺物だ。
新たに作った世界が最終兵器で滅ぼされたら元も子もない。
ならば『金色符』には、ガルさんの力で滅びないための対策がとられている。
それは、至極当然の帰結ではあった。
道化が騒ぐ。
『無理さ、無理さ、無理無理無理無理無理無理無理ッ! 無理なんだよォ! おまえらにできることなんか何もないんだ! おまえらはそこで僕達に逆らおうとしてるけど結局は何もできない、哀れで滑稽な喜劇のコマでしかないんだよォ!』
「…………」
俺の周りに渦巻くものが、どんどんと、どんどんと熱を高めていく。
『『絶界』だけじゃないぞ! 僕達『Em』に投資してくれている、ここを見ているオーディエンスの皆様方には、防護用の古代遺物も提供してある! それがある限り、僕と、ここにいるオーディエンスは何があっても傷一つつかないんだ! 対物理・対魔法・対不運・対即死・対時間・対運命! あらゆる耐性を持ち主に付与してくれる、最高の古代遺物が、僕とみんなを守ってくれてるんだァ――――ッ!』
「…………」
俺の周りに渦巻くものが、どんどんと、どんどんと熱を高めていく。
『だから無駄だよ、無理さ、不可能だ! 今さらおまえみたいなガキがジタバタしたところで、何もできやしないんだ! どれだけすごい能力を持っていようとも、僕達には傷一つもつけられやしないんだ! 無駄なんだよ、バァァァァ~~~~カッ!』
「…………」
俺の周りに渦巻くものが、どんどんと、どんどんと熱を高めていく。
『ヒャハハハハハハハハッ! 精々頑張ればいいんじゃないのぉ~? そして何もできない現実を思い知って『何一つできませんでした!』って、泣きながらママに頭下げて謝ればいいんじゃないのぉ~? ああ、いいね、それはいいね! 撮れ高だよ! アハハハハハハハハハハハハ! ヒハハハハハハハハハハハハハ――――ッ!』
そのときだけは道化らしく、オード・ラーツは俺達を見下して高笑いをする。
その笑い声を聞きながら、俺は高く掲げたガルさんに声をかける。
「なぁ、ガルさん」
『何かな、我が主よ』
「《《おまえの全部を俺に寄越せ》》」
俺は、命じる。
「おまえの能力も、おまえの知識も、おまえの意識も、全て俺に寄越せ。だが、助力はいらない。手助けなんて邪魔でしかない。――《《全部、俺がやる》》」
『……我は主命を受諾せり』
俺の周りに渦巻くものに、変化が生じる。
それは俺の全身ではなく右腕に、ガルさんを握って掲げる右腕に集束していく。
『持っていけ、俺様の力、意識、知識、存在――、そして『怒り』を!』
ああ、ガルさんも怒ってくれている。そうだな、そうに決まってるよな、相棒。
『叩きつけろ、高みの見物を決め込んでいる愚物共に、誰に喧嘩を売ったか、誰の恨みを買ったのか、存分に思い知らせろ、我が主! アキラ・バーンズ!』
そして、激しく渦巻く黒い炎の中に、神喰いの刃はほどけて消えて、同化する。
「ゥアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァ――――」
熱い。果てしなく熱い。
今、俺の右腕で渦を巻いているモノは『怒り』だけではない。
そこには、俺がお袋から受け継いだソレも含まれている。
あの人が長年封印し続けてきた――、深く激しくドス黒い『殺意』の『真念』。
普通であれば『真念』の譲渡などありえないのだろう。
でも、結局のところ『真念』は心だ。
形を持たない、目に見えない、でも確かにそこにあるものだ。
だからやれるさ。
俺はお袋からそれを受け継いだ。だからもう、お袋はそれに苦しまなくていい。
この『殺意』は、ちゃんと俺が自分の『怒り』で飲み干すから。
「あああああああああああああああああああああああああああああああッッ!」
右腕に渦を巻くものが凝縮されて、いよいよ臨界に達する。
そしてそれは明確な形を取り始める。
お袋の『殺意』と、神喰いの刃と、そして俺の『怒り』が混じり合った、ソレが。
「異能態――」
さぁ、見ろよ。そんなに視聴したいならしかと拝ませてやるよ。
これが俺の『さらなる怒り』のカタチだ。
「『|兇貌刹羅/喰威《マガツラ・セツラ/クライ》』ッ!」
そこに現れたのは、巨大な純黒の手。
俺一人くらいならすっぽり包み込めるくらいに巨大化した、真っ黒い右手。
長い鉤爪に、指から手、腕、右肩と右胸、俺の顔の右半分までを覆う、黒い装甲。
その装甲は刺々しく、そして禍々しく、俺の『怒り』を表現している。
そして俺の髪の右側は灰色に変じ、装甲に覆われた右目に真っ赤な光が灯る。
『な、何だ、その姿……、な、な――?』
道化がいきなりそこで呆ける。
聞いたのだろう。俺がこの姿になったことで生じる、空間の軋む音を。
それはギギギギギと耳障りに響き渡る。
そして、俺を中心として『絶界』に真っ黒い亀裂が走っていく。
『バ、バカなァ!!?』
道化の悲鳴。
『嘘だ! そんな『絶界』が壊れ始めてる!? う、嘘だ嘘だ、嘘だッ! そんなこと、古代文明の最終兵器だって無理なんだぞ! あり得ないだろ、そんなこと!』
「どうだっていいよ、もう」
俺は、巨大化した自分の右手を、グパァ、と開いた。
すると、その手のひらに『牙』が生えていく。
指先から、指の第一関節、第二関節にも、長く太く、鋭く反り返った『牙』が。
「おまえらは俺に喰われるしかないんだ。諦めろ。生きることも、何もかも」
『な、何する気だ、おまえ……。や、やめろ、やめ……ッ』
構わずに、俺は『牙』が生え揃った右手を振り上げ、そして――、
「|天地咀嚼す、神喰い奈落」
その名と共に一気に右腕を振り下ろした。
『うああああああああああああああああああああああああああああああッ!?』
世界が壊れようとする中に響く、道化野郎オード・ラーツの声。
『あああああああああ! うわああああああ! あああああああ――、あ?』
しかし、その滑稽な悲鳴も、自分に特に何も起きてないことに気づいて、止まる。
『な、何だ? 別に何も起きてないじゃないか……ッ!』
オーソは二、三度自分の姿を見回して、変わりないことを確認して息をついた。
そしてまた俺達に向かって、ゲラゲラと笑い出す。
『お、驚かせやがって! 散々思わせぶりなことを言ってそれかよ! ヒャ~ハハハハハハ、なさけないねぇ、カッコいいねぇ! ヒーローごっこは楽しかったでちゅか~、僕~? ヒハハハハハハハ――、って、おい、おまえのそれ、何だよ……?』
オードが見たのは、俺の右手が掴んでいるモノのことだろう。
それは、青白い光のような、炎のようなものだった。
俺の黒手から生えた牙が、その青白いモノにしっかりと食い込んでいる。
道化野郎がこれに反応を示したのは、きっと本能が働いたからだろう。
この右手が喰らいついたものが、自分にとって重大なものだと気づいたのだ。
「これは、おまえらの『命運』だ」
『へ……?』
「今の俺の右手は、俺と『繋がりを得たもの』の『命運』を握ることができる」
ああ、本当に、俺は『壊す』か『殺す』かしかできないな。
だけど、それが性に合ってるんだから、仕方がない。俺はそういう人間なんだよ。
「俺の右手に『命運』を喰われた者は、程なく死ぬ。ただ死ぬんじゃない。数多の不運と不幸が一気に押し寄せて、苦しんで死ぬことになる。何故なら――」
『や、やめろ……』
道化が声を震わせる。
俺がしようとしていることと、それで起きる結果を、こいつは理解してしまった。
「何故なら、おまえらの『命運』はここで俺に喰われて尽きるからだ!」
『やめろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!』
「イヤだね!」
そして俺の右手が、そこに集めた千余人分の『命運』をその『牙』で咬み砕く。
次の瞬間、俺の存在に耐えきれなくなった『絶界』は崩壊した。
――次回予告ッッッッ!
やめて!
アキラ・バーンズの異能態が進化しちゃったら、イベントを主催してたオード・ラーツとそれを見てた視聴者の皆様の『命運』まで一緒に喰い尽くされちゃう!
お願い、死なないでオード・ラーツ!
あんたが今ここで倒れたら『Em』の娯楽部門や次の企画はどうなっちゃうの?
命はまだ残ってる。ここを耐えれば、次のイベントも開催できるんだから!
次回「オード・ラーツ死す」ザマァな犬死にスタンバイ!




