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第220話 さようなら、おとうさん:前

 ラララは、素直にタイジュの死体を俺の前に転がしてきた。

 それは間違いなく、俺がコロシアムで見たラララの対戦相手、少年Tだった。


 やっぱりかー。

 最初にラララを見つけたとき、そっちに気を取られてわからなかったが。


 だが、死体が一つ足りないことを知ったとき、気づいた。

 ラララに切り刻まれた少年Tの死体だけがなかった。

 ここまで状況証拠が揃えば、少年T=タイジュという推測は容易く成り立つ。


「……パパちゃんに記憶を戻してもらってから、すぐに回収したよ」


 参加者同士、互いに『縁』のある組み合わせで殺し合わせる。

 オード・ラーツとかいう道化野郎の趣向か。全く、悪趣味なことですねぇ。


 俺はタイジュの死体を蘇生したのち、すぐにマガツラで記憶を戻した。

 すると、蘇ったタイジュが「うぅ……」と呻いたのち、ゆっくりと身を起こす。


「ぁ、あれ……」


 そして部屋の中を不思議そうに見まわして、ラララを見るなり、


「あ、田中」

「うるさい、このラララを苗字で呼ぶな、佐藤ッ!」


 ……何じゃあ?


「え……、ラララさんは、田中さんなの?」


 俺が目を点にして尋ねると、ラララは居心地悪そうにそっぽを向いた。


「そしてこっちが、佐藤さん?」

「あ~、え~と、はい、佐藤大樹(さとう たいじゅ)、ですけど……」


「タイジュ、俺、わかる?」

「もしかしなくても、アキラの親父さん、ですかね?」


 自分を指さす俺の問いに、タイジュは自信なさげに返してきたので、うなずく。


「色々と説明はしてあげたいんだけどさ、俺、これからちょっと急ぎで行かなきゃいけないところあるんだわ。そこの一振りの輝けるバカの相手、任せていい?」

「あ~、はいはい。了解です。……って、ラララ、また親父さんにご迷惑を」

「うるさいな! うるさい、うるさい! おめかし中なんだからこっち見るな!」


 おめかし中、つまり、装備選び中のラララである。

 子供姿のタイジュはそれを見て「はぁ~」とデケェため息をつく。


「別に装備はなんでもいいよ。どうせ、何着てもおまえは最高に似合うんだから」

「黙れェ! このラララの宿敵にして怨敵、タイジュ・レフィード、今日という今日こそは君との長年の因縁に終止符を打ってやるとも、このラララがね!」

「懐かしいなぁ~。おまえら、い~っつもそうやって殺し合ってたよな~」


 急がなきゃならんのに、ついつい感慨に浸ってしまう俺。


「しかし、いいんですかねぇ、親父さん。俺、多分完全にポッと出ですよね。なのにこんな重要な場面を任せてもらっちゃって。……いや、嬉しいんですけどね?」

「すまん、急ぐ」

「あ~、なるほど。一刻の猶予もない、と。OKで~す」


 軽いノリで了承し、タイジュの手の中に一振りの刀が出現する。

 ラララの『士烙草(シラクサ)』と同系統の剣型異面体――、『羽々斬(ハバキリ)』。


「じゃ、親父さん、行ってください。積もる話はまたのちほど」

「あいよ。行ってくるわ、ここは任せるぜ、切り込み隊長」


 ラララは、走り出そうとする俺の邪魔をしてこようとはしない。

 やはり、こいつにとっての優先順位はタイジュが圧倒的一位なんだなーとわかる。

 さて、この場はタイジュに任せて、俺は急ぎ、お袋を探しに――、


「……あー」


 部屋を出たら、そこには大量のゴーレムが待ち構えていた。

 はいはい、そういや壊したねぇ、ひなたの『封獄の環』。それで気づいたか。


「こういうとき、物量ってのは厄介だよなぁ……」


 俺はガルさんを構えて、ゴーレムの群れと相対する。


「ガルさん、こいつらを乗っ取って機能を止めること、できるかね?」

『できんことはないが、即座には無理だな。こいつらも『絶界』の一部だ』


 なるほど、古代文明の産物じゃ、ガルさんでも手を焼くか。

 だったら下手にハッキングするより、素直にブッ壊す方が手っ取り早いか。


「ったく、急がなきゃならんときに……!」

『そう言っている時間も惜しいだろ、我が主。一気に突き進め!」

「そうさせて、もらうさッ!」


 ガルさんを手に、マガツラを具現化し、俺はそのまま突撃する。

 頼むぜお袋、早まった真似だけは、しないでくれよ!



  ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 少年が、彼女の手を引っ張って歩いている。

 その引っ張り方は強引で、歩く速度も全くひなたに合わせる気がない。


「いたい、いたいよ、おとうさん……」


 ひなたがそう抗議しても、


「大丈夫だよ、ひなた。ちゃんと僕が守ってあげるから」


 少年S――、風見慎良はそう言って、まるでひなたの話を聞いてくれない。

 彼の顔に浮かんでいるのは、強い緊張。顔色は悪く、呼吸も乱れている。


「ひなたは僕が守る。僕が、ひなたの父親なんだ」


 そんなことをブツブツ呟きながら、いやがるひなたを引っ張って、歩き続ける。

 彼は、どこかへ向かっているというワケでもない。


 ただアキラから離れようとしているだけだ。

 アキラとかいう、もう一人の『ひなたの父親』からとにかく離れようと。


「いいかい、ひなた。あのアキラとかいうヤツの言うことは聞いちゃいけないよ」

「なんで、アキラおにいちゃん、ひなたにやさしくしてくれるのに」


 ひなたは、すでにマガツラの能力によって記憶を取り戻している。

 だから、これまで自分に優しくしてくれたアキラのことも、当然思い出している。


 しかしその反応は、風見慎良にとってはただ苛立ちを募らせる要因でしかない。

 彼は、キッとひなたの方を振り向いて、大声で怒鳴った。


「いいから、僕の言うことを聞け!」

「ひぅッ……」


 怖い顔をする父親に、ひなたは身を震わせる。

 幸い、近隣のゴーレムはアキラの方に向かっていて、二人を阻むものはなかった。


「……クソ、どっちだ。どっちに行けばいいんだ」


 十字路に差し掛かり、風見慎良が道に悩んで視線をさまよわせる。

 その間も彼の手はひなたの小さな手をギリギリ握り締め、彼女は痛みに抗議する。


「おとうさん、いたい、いたいの……!」

「大丈夫だからね、ひなた。君のことは僕が守る。僕が君の父親だ」


 だが、慎良はまるで彼女の訴えに耳を貸さない。

 ただ己の『役割』を主張し、さも自分はそれを果たしているかのように言うだけ。


 その実、彼がしているのはひなたを危険に晒す行為ばかりだ。

 試合場ではオードを煽り、今さっきもひなたを守ってくれるアキラから逃げた。


「ひなたは僕が守るんだ。僕が、ひなたの父親なんだ」


 繰り返されるその呟きも、ただただ空しく響くだけのものでしかない。

 何より――、


「おとうさん、わたし、戻りたいの……」

「うるさい。君はぼくが守るって言ってるだろッ!」


 そう言って、イヤがるひなたを強引に引っ張るその姿の何が『父親』なのか。


「僕は、ひなたの父親なんだ……!」


 空虚な叫びである。

 全く意味を伴わない、ただ『役割』にすがることしかできない男の言い訳だ。


 この風見慎良は、シンラ・バーンズと切り離された存在だ。

 確かに彼の一部で、同一存在ではあるが、同時にシンラが抱える闇そのものだ。


 そんなものが、ひなたの父親であるものか。

 ただ『ひなたの父親』という『役割』によって自己を繋ぎ止めているに過ぎない。


「――消えたくない。消えたくない!」


 それを、風見慎良自身も、無意識のうちに理解していた。

 己というものに目覚めてしまった彼は『ひなたの父親』でなければならない。


 その『役割』を失えば、もう、自分は自分でいられなくなる。

 今ここにいる風見慎良にとって、それは明確な『自分の死』だ。消えてたまるか。


 だから、自分にはひなたが必要なのだ。

 彼女がどれだけ嫌がろうとも、拒もうとも、そんなものは関係ない。


 風見ひなたの気持ちなどお構いなしに、自分は『ひなたの父親』で在り続ける。

 それこそが、自分にとって何より『正しい選択』なのだから。


「おとうさん、いたい、やめて、はなして!」


 さらに強く引っ張られ、手もきつく握られて、ついにひなたが悲鳴をあげる。


「ダメだ! 君はここにいなきゃダメだ! 僕は父親なんだぞ!」


 泣き叫ぶひなたに対する風見慎良の返事が、それだった。

 次の瞬間、ひなたは慎良の腕に噛みついていた。


「ぐぁッ! こ、この、ガキッ!」

「あッ!?」


 噛みつかれた慎良がその顔を憤怒に歪めて、ひなたの顔を殴りつける。

 殴ったのは7歳程度の少年だが殴られたのは4歳の幼女。当然、吹き飛ばされる。


「どうして、僕の言うことが聞けないんだ、ひなた! 僕は君の父親なんだぞ!」

「……ちがうよ」


 興奮に顔を赤くする慎良を、ひなたは強く睨み返す。そして言う。


「おとうさんじゃない」

「な、何だと……?」

「あなたは、おとうさんじゃないモン!」


 叫んで、ひなたは逃げ出した。

 その背中を、慎良は呆然と立ち尽くし、見送る。


 今、彼女は何と言ったのか。

 父親である自分に対して、何と言ったのか。


 おとうさんじゃない。

 おとうさんじゃ、ない、だって……?


「…………ひなた」


 色が抜け落ちていた風見慎良の顔に、再び怒りの色が浮かび出す。

 それも、さっきより強く、激しく、荒々しく、まさに激怒と呼ぶに相応しい形相。


「なんで僕の言ってることがわからないんだ、僕が、君の父親だろうにッ!」


 そして慎良はひなたを追いかけ始める。


「ひなた、ひなたァァァァァァァァァ――――ッ!」


 必死の咆哮であった。

 自分は『ひなたの父親』でなければならない。

 そうでなきゃ、自分は消えてしまう。


 自分こそが父親なのに。自分だけが『ひなたの父親』でなければならないのに!

 なのにどうして、ひなた自身がそれを否定する。そんなことは許されない。


 風見慎良が、大股に歩いてひなたを追う。

 いくらひなたが走っても、4歳の彼女が稼げる距離はたかが知れている。


 慎良は、ひなたが許せなかった。

 自分というものを受け入れない彼女に対し、明確に怒りと憎悪を抱いていた。

 それは今の彼の顔を見れば、誰であろうと瞭然だろう。


 殴るか、蹴るか、髪を掴んで引きずり回すか。

 言うことを聞かない子供には、そうした『しつけ』が必要だろう。

 慎良の口元が、昏い想像からなる喜悦にだらしなく歪んだ。


「ひなたぁ、逃げても無駄だからな、ひなたァァァァ~~~~!」


 そして、風見慎良はひなたが逃げ込んだ場所へと辿り着く。

 そこは奇しくも、少し前に金鐘崎美沙子がオードを殺そうとした控室だった。


 数多の武器が転がっているそこに、今は、主催の道化の姿はない。

 そして彼はそこで、自分の娘を見つけ、仰天する。


「……ひなた」


 風見慎良に向かって、風見ひなたが両手に握ったダガーを構えていた。

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