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第219話 ラララ・バーンズは輝きの道を往く

 ゴーレムが迫る。

 ミーシャ・グレンが対抗する。


 両手に拳銃、弾丸は入っていない。

 だが、問題はない。弾丸はある。記憶の中にある。


「――『百髏器(トドロキ)』ッ!」


 銃声。銃声。銃声。銃声。銃声!

 しかし、ゴーレムは硬かった。弾かれ、弾かれ、弾かれ、当たり、弾かれた。


 五発中四発が、ゴーレムの装甲に跳ね返される。

 残る一発は、関節の脆弱な部分に命中した。


 だが、ゴーレムは止まらない。

 人間であればその一発で関節を破壊され、たちまち立てなくなるだろうに。


 物言わぬゴーレムは、堅固で、タフで、痛みを感じない。

 対人戦闘を得意分野とするミーシャにとって、それは鬼門に近い相手だ。

 素直に、相性が悪すぎる。


「だけどね、それがなんだってんだい!」


 正面から殴りかかってくるゴーレムの拳をスレスレでかわす。

 そして、すれ違いざまに至近距離で見えない拳銃を連射。通じない。弾かれる。


 そこに背後から、手に剣を持った別のゴーレムが迫る。

 動きこそ鈍重だが、強靭な膂力からの振り下ろしは、一撃で人を両断する。


「見えてる、ってんだよ!」


 前にステップを踏んで、かわす。

 しかし、前にいるゴーレムが壁になって、振り下ろしをかわしきれない。

 切っ先が、ミーシャの背中を浅く切り裂いた。


「……く、ぐッ!?」


 痛い。熱い。溢れる血。濡れる感触。

 一瞬の怒りに、頭が支配されそうになる。だがいいぞ、いい。それでいい。


 そうでなくてはならない。それでこそ『殺意』は高まるというものだ。

 平和に浸かってすっかりナマりきったこの体を、痛みが、危機が、研ぎ澄ます。


 オード・ラーツが言っていたことは本当だった。

 周りに群れるゴーレム達は、壊れない。増えていく。再生していく。


 ミーシャが撃っても、砕いても、次から次に再生して、傷を与えられない。

 砕いた破片も、寄り集まって新たなゴーレムとして新生する。


 無限増殖&無限復活の看板に偽りなし。

 これでは、勝てない。勝ち目など、最初からない。


 それでもミーシャは一向に構わなかった。

 勝つことは最初から投げ捨てている。彼女の目的は殺すことだ。


 この身を極限まで追い詰めて、感情を滾らせて、己を『殺意』で染め上げること。

 それだけが叶えば、生死は問題ではない。

 オード・ラーツを自分の異能態で仕留めることさえできれば、それでいい。


 だから、もっと戦え。もっと舞え。もっと踏み込んで、もっと自分を追い込め。

 今、こんとき、自分を過去のミーシャ・グレンに作り変えろ。

 金鐘崎美沙子としての記憶も心も、目的を果たすときまでは捨て去ってしまえ。


 そうすることでようやく、自分は親としての責務を果たせる。

 アキラを泣かした元凶に募る恨みを叩きつけてやることができる。


 もっと『殺意』を。

 もっと、もっと『殺意』を。

 もっと、もっと、もっと、もっともっともっともっと『殺意』を!


 自分を薄めて『殺意』を濃くしろ。

 もっともっともっともっと自分(美沙子)を薄く、『殺意(ミーシャ)』を、濃く!


 そうすることでしか、今の自分は、親であれない。

 だから、もっと『殺意』を、もっともっと、濃くて強くて激しい『殺意』を!


 ――今のアタシは、金鐘崎美沙子であっちゃ、ダメなんだ!



  ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 まず、ひなたから戻す。


「ひなた、ジッとしてろよ」


 俺はラララと話しながら、マガツラをひなたに触れさせようとする。


「何をするんだ、やめろォ――――ッ!」


 当然、ひなたの父親面をしているバカが阻もうとしてくるが、


「おまえに用はない」


 マガツラをその場から消して、ひなたのすぐ後ろに再出現させる。

 飛びかかった風見慎良は、無様にも前のめりに床に転がっていった。笑うわ。


「あ、ぁう……」


 怯えるひなたの頭を、マガツラが撫でる。

 その瞬間に『絶対超越』を発動。これでまずは、ひなたに記憶が戻った。

 ついでに、その首の『封獄の環』もマガツラで外してやる。


「な、何してんだよ! ひなたに、何してんだァ!」

「うるせぇなぁ、助けてんだよ、ボケ」


 本当に、これがシンラの裏側かと思うと、なかなか味わい深い気持ちになるよ。

 だが、今はそんなことよりも、だ――、


「ラララ、おまえの話は、本当なんだな?」

「もちろんだとも、パパちゃん。おばちゃんは言っていたよ、異能態を使う、と」


 そう、これだ。この件だ。

 お袋が異能態を使う、だと? 自分で『信念』に至れないと言っていたのに……?


 まず、異能態というものの存在を俺に教えてくれたのは、お袋だ。

 それは俺に傭兵としての生き方を叩き込んでいた中でのことだった。


『いいかい、アキラ。アンタの異面体は強いよ。能力だけ見れば『誰にも負けないこと』に特化してる。最強に近い能力だろうさ。――でもね、異面体じゃ絶対に勝てない領域ってヤツがあるんだ。それが『異能態』。異面体の先にある力の顕れさね』


 そんな風に言っていた。

 そしてそのときに、俺はあの人に尋ねたのだ。


『お袋は、その『異能態』ってヤツになれるのかよ?』


 お袋はそのとき、何だか妙な感じに苦笑して、かぶりを振った。


『いや、なれないね。アタシはもう『真念』にゃ至れない。だから、使えないよ』


 そのときのお袋の顔が何故か印象的で、そのやり取りは今も覚えている。

 俺は、そこでようやく悟る。そうか、だから『至れない』、なのか。


「あれ、パパちゃん、何かに気づいてしまったのかい?」


 ラララが、俺の表情の変化を読み取った。

 相変わらずこいつは鋭いなぁ。それもこいつの『敏感肌』がなせる業、かね。


「簡単なことだったよ」

「何がだい?」

「お袋は、おそらく若い頃に一度『真念』に到達したんだ」


 俺の説明に、ラララが「ほぅ!」と声をあげる。


「パパちゃんやママちゃんですらだいぶ後年になってようやく到達した『真念』に、若くして、か! しかも想像するに、十代。いや、もっと前かもしれないね!」

「ああ……」


 俺が対峙した、総天然快楽殺人少女を、俺は思い出す。

 もし、あの頃のミーシャ・グレンで『真念』に至ったというのであれば――、


「お袋は、一度到達した『真念』を、自ら封印したんだと思う」

「何だって? おばあちゃんが、そんなもったいないことを……? どうして?」


 ラララが理由を問うてくる。が、おそらくそれはこいつには理解できない。

 お袋が一度到達した『真念』を捨てる決断をした理由。それは――、


「そうすることで、お袋は『人間』になれたんだ」

「ふむ、そうなのかい?」


 ほら、やっぱり理解できない。

 だが別にいい。ラララがそれをどう思おうと、今はそれは関係ない。


「お袋は過去の自分を毛嫌いしてた。目の前に現れたら、八つ裂きにするとまで言ってたくらいだ。だったらその時代に到達した『真念』なんぞ疎ましいに決まってる」


 そして、お袋は『人間』になって、新しく自分を育み始めたのだ。

 結果、できあがったのは俺達が知るミーシャ・グレンで、金鐘崎美沙子、なのだ。


「クソッ!」


 俺は毒づく。今頃になって、状況の危うさに気づいた。


「オイ、ラララ! お袋はどこだ! 急がねぇとあの人がヤバイ!」

「どうしてさ。要するに、おばあちゃんは封印してた『真念』を取り戻そうとしてるだけだろう? パパちゃんは、それの何がヤバイって言うんだい?」

「バカッ! 『真念』ってのは、そんな簡単なモノじゃねぇんだよ!」


 到達できていないラララが実感できることではない。

 だが、そこに至った俺はわかる。『真念』とは、まさしく自分の根幹なのだ。


 受け入れるにしろ、否定するにしろ、己の在り方に大きく影響を与える。

 もし、一度は拒んだお袋が、改めて己の『真念』を受け入れたら、どうなるか。


「――最悪、金鐘崎美沙子が、消えるッ」


 そして、新たに表れるのはミーシャ・グレン。

 俺が知る『竜にして獅子』としてのミーシャ・グレン、ではない。


 ラララから聞いた総天然快楽殺人者、『喜々にして死屍』としてのミーシャ。

 お袋が忌み嫌い、長年封印し続けた最悪のミーシャ・グレンが表面化してしまう!


「……それは、本当かい?」


 俺の話を聞いたラララが、重苦しい声で尋ねてくる。

 しかし、その問答の時間すら今は惜しい。


「悪いがラララ、俺はすぐにお袋を追いかけなきゃいけなくなった。場所を教えろ」


 ひなたを戻した今、風見慎良のことはもう頭になかった。

 シンラに戻すのは一番最後でいい。とにかく今は、お袋のところへ急ぐ――、


「ごめんね、パパちゃん。無理だよ」


 だが、娘が俺に返したのは、歓喜に震える声。

 そしてラララは、俺の前に己の異面体であるシラクサの刃を抜き放つ。


「何のつもりだ、ラララ……?」

「決まっているだろう。阻むのさ。パパちゃんを、この場で阻むんだ!」


 こいつ、何を言ってやがる。

 今がどういうときか、理解できてンのか!?


「ああ、わかるよ。このラララの行動が不可解なんだね? でも考えてほしいんだ。このラララは一振りの刃。いつだって己を磨き上げる機会を望んでいるんだよ」

「まさか、おまえ……ッ」


 わかった。こいつの行動の意味。ラララの、最悪すぎる目的が。


「おまえ、お袋を、ミーシャ・グレンに戻す気か!」

「そうだともッ、おばあちゃんが総天然快楽殺人者に戻るかもしれないだって!? 最高だ、それは最高すぎるよ、パパちゃん! 何せおばあちゃんは強かった、とても強かったんだ! それなのにさらに強くなるんだろ? そんなの見逃せるはずがないだろ! このラララは『喜々にして死屍』と、是非とも鎬を削り合いたい!」


 目を見開き、顔には激しい悦を浮かべて、ラララが大声でそれを叫ぶ。


「そのためなら、このラララはパパちゃん相手でも反旗を翻そうじゃないか」


 そして表情を引き締めて、ラララが俺にシラクサの刃を突きつけた。


「ラララ、このバカが……ッ!」

「何とでも言ってくれて構わない。このラララは、一振りの輝ける刃なんだから」


 こいつ――、


「おまえ、本気で言ってるんだな。本気でお袋を、《《家族を》》見捨てるんだな?」

「見捨てるという表現が正しいかはわからないけど、このラララの目的は変わらないとも。そうさ、ミーシャおばあちゃんには、最高の好敵手(とも)になってもらうよ!」

「ラララ。おまえ、異世界のときより『悪化』してねぇか……?」


 俺がそれを指摘すると、ラララの顔から笑みが消える。そして俺を睨みつける。


「黙れよ、パパちゃん。このラララは今度こそ『刃』としての生涯を全うするんだ」

「ああ、そうかい。そうかよ。よぉ~くわかったぜ……」


 こいつの言っていることを、俺は理解する。その上で、叩きつけてやる。


「だったら、今この場で、今すぐにでも《《決着をつけるべき相手》》がいるよな?」

「――何の話を、してるんだい?」


 怪訝そうに眉を寄せるラララだが、そんなすっとぼけは通用しませんよ、五女。


「ここに来るまでに、この『絶界コロシアム』の中を色々調べて回ったよ。そして、そこで今回のトーナメントに参加させられたガキ共の死体を見つけたりもした」

「へぇ、それで……?」

「見つけた死体は、10人分。――おかしいと思わねぇか?」


 俺、ラララ、シンラ、ひなた、お袋。

 ここまでで5人。そして、俺が見つけた死体をプラスしても、15人。


「一人足りてねぇんだ。なぁ、ラララ。一人、足りてねぇんだよ」

「…………」


 ラララが押し黙る。

 その頬に伝う一筋の汗を、俺は見逃さない。


「シラクサを使えば『封獄の環』を壊さずとも魔法を行使できるようになるよな?」

「さすがは、パパちゃん……。そこまでお見通しか」


 やっぱりな。やっぱり、そうだったか。


「あるんだな。おまえの収納空間(アイテムボックス)の中に、異世界でおまえの最大のライバルであり、最愛の夫だった、タイジュ・レフィードの死体が!」


 傭兵団の切り込み隊長だった男の名を、俺は、大声で叫んだ。

 そのとき、風見慎良はひなたを連れてどこかへと逃げ出してしまっていた。


 俺はそれに気づいたが、お袋を優先しないわけにはいかなかった。

 だが、その選択が、あの『別れ』へと繋がってしまう。

 一つの『祝福』を生むこととなる、あの悲しき、一つの『別れ』へと――、

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