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第218話 勝率0%のエクストラバトル

 ミーシャ・グレンの異面体は、対人殺傷に特化している。

 その名は『百髏器(トドロキ)』。

 記憶の中にある武器を、目に見えない形で具現化させる、暗器タイプの異面体。


 火力と破壊力は程々ながら、使いやすさという意味では随一を誇る。

 目に見えない武器、という時点で対人戦では反則に近い。


 おまけに、攻撃を介して相手の防御や耐性を無視して状態変化を叩き込める。

 事実上、この異面体に一度でも傷つけられればそれで敵はおしまいだ。


 人を殺すのに、大火力は必要ない。

 ただ、わずかな量の猛毒を、わずかな傷を通して相手の体内に流し込めばいい。

 それだけのことで、人は死ぬ。


 そう、人は死ぬ。人を殺す。

 十にも満たない少女が、十年に近い年月を、ただただ殺戮に費やした。


 彼女は、生まれながらの殺人鬼。生まれながらの殺傷の天才。

 前世で己を嫌いすぎたがため、その嫌悪が『人間への殺意』にまで昇華した。


 結果、異世界に生まれ変わった彼女は、総天然快楽殺人者になった。

 何事も極端から極端へ走ってはいけないということの好例だろう。


 その極まった感性より、彼女は親に捨てられて家なき子になる。

 あと三日、捨てるのが遅ければ、彼女の最初の犠牲者は両親になっていた。

 それはきっと、両親にとって最大の幸運だった。


 だが同時にそれは、総天然快楽殺人少女が野に解き放たれたということでもある。

 親という枷をなくした彼女は、そこからついに人々に牙を剥くこととなる。


 殺した。

 殺した。

 たくさん殺した。


 理由はあった。

 全ての殺しには、ちゃんと、彼女なりの理由があった。


 例えば、さっき殺した男はスリだった。

 街の往来でスリを働くところを見た。だから殺した。


 例えば、さっき殺した女は美人局をしていた。

 街の裏道で男と結託して青年から金を巻き上げてきた。だから殺した。


 幼き日のミーシャにとって『殺すこと』は『罰すること』だった。

 悪いことをした人間は、罰を受けるべき。そして彼女にとっての罰とは死だった。


 だから、殺した。

 だから、殺した。

 だから、たくさん殺した。


 あの日、一晩で二つの街を殺し尽くしたときだって、ちゃんと理由があった。

 だってあの街の人間達は、自分を追い出したのだ。

 ちゃんと悪い人を殺して『いいこと』をしてるのに、あの街の人間に追放された。


 一度じゃない。二度だ。

 二つの街で、二度、追放された。


 だから殺した。滅ぼした。

 あの街の人間と、その街の人間を、みんな悪い人間だから、罰として殺した。


 そして、そして――、彼女はついに『真念』へと至った。

 ミーシャ・グレンがこの世に生を受けて、十回目の誕生日の夜だった。



  ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 ミーシャの異能態(カリュブディス)――、『咬鳴百髏器(カミナルトドロキ)』。

 それは、距離や空間を超越して対象を確実に殺す、最高の殺傷能力を誇る。


 渦巻く殺意が集束した右手は禍々しい黒に染まる。

 これぞ『咬鳴百髏器』の発動状態。

 ミーシャがその手をグッと軽く掴めば、それだけで相手の心臓を掌握できる。


 文字通りに、生殺与奪を彼女に握られるのだ。

 そして、ミーシャがそこに力を込めれば、敵の心臓は容易く潰され、砕け散る。


 まさに必殺。

 防御不能にして、回避不能。逃走不能。絶対確殺。


 最強ではないものの、至高の殺害能力だ。

 長らく封印していたそれを、今、ミーシャは目の前の道化野郎に行使する。


「オード・ラーツッ! アンタはここで死ぬんだよッ!」

『ヒャアアアアアアアアアアアアッ! ぅ、アアアアアアアアアアアアアアア!?』


 ミーシャの異能態を前に、オードは恐怖から絶叫する。

 彼は、油断しきっていたのだ。ミーシャに、自分を殺す手段などないと。


 高を括って、侮って、安心しきって、高みから見下ろしていた。

 その結果がこれだ。愚かしいにも程がある。

 睨むミーシャが、黒く染まった右手でオードの心臓を掴もうとする。


「覚悟はしないでいいよ。精々、泣きわめいて、死に――」


 だが、最後まで言い切ることは、できなかった。

 発動したはずの異能態が、右手を染めあげていた黒が、急に薄まり出したからだ。


「な……ッ!?」


 突然の事態に、ミーシャは面食らう。

 その間にも、右手の黒は色を薄くしていき、ただの肌色に戻っていく。


「こいつは、何で……!」


 初めての事態だった。こんな経験は、異世界では一度もなかった。

 確かに、発動したはずなのだ。

 自分の異能態が、『殺意』に染め上げられた必殺の黒き手が、発動した、はず。


『ヒ……、ヒャ?』


 迫る死に怯え、声をあげるだけだったオードが、状況の変化に気づく。

 そして、恐怖に歪んでいたその顔は、今度は急速に憤怒に彩られていった。


『お、おまえ、おまえ! よくも、おまえェェェェェ――――ッ!』

「あ……ッ!」


 次の瞬間、ミーシャは試合場に転移していた。

 そこには物言わぬ無数のゴーレムがすでに待ち構えている。


『観客の皆様ァ~! ただいまより、トーナメント終了後のエクストラバトルイベントを開幕いたしまァァァァァァ~~~~ッす! 演目は、総天然快楽殺人少女Mvs無限復活無限増殖ゴーレム軍団で、ございまァァァァァァ~~~~ッす!』


 そして響き渡る、キレ気味のオードの声。


『トーナメント本戦にて圧倒的な強さで優勝をかっさらっていった少女Mが、絶対に、絶対に、絶対に、絶対に、絶対にィィィィ――――ッ! 勝てるはずのない無限増殖無限復活ゴーレムを相手に、散々頑張った結果、無力さを晒して八つ裂きにされるサマを、観客視聴用ゴーレムを通じて、たっぷりとお楽しみくださいませェ~!』

「やれやれさね、何とも悪趣味なこった……」


 右手は、もう完全に普通の色に戻っている。

 ミーシャはそれを確認して、二丁拳銃を抜き放ち、ゴーレムの群れと対峙する。


「別に、完全に失敗したワケじゃあないさ」


 異能態は消えてしまったが、それでも、ミーシャの顔には笑みが浮かぶ。

 そう、失敗ではなかった。確かに一度は、力が渦を巻いたのだ。


「要は『殺意』が足りてなかったってことだろ。――なら、ちょうどいい」


 壁にしか見えないゴーレムの群れを前に、ミーシャはほくそ笑む。

 人間でないのならば、いくらでも戦える。いくらでも壊せる。いくらでも殺せる。


 ああ、足りてないのならば補充すればいい。満たせばいい。

 自分という器から、余計なものを捨て去って、空いた分を『殺意』で満たせ。


 満たせ、満たして――、思い出せ。

 まだまだ自覚が欠けている。だから思い出せ。自分が何者なのかを、思い出せ。

 そして『殺意』を充填し、今度こそ異能態を発動させる。そのために、


「……来なよ、ブリキの兵隊さん?」

『その女をグチャグチャにブッ殺せェェェェェェェェェェェェェ――――ッ!』


 勝率0%のエクストラバトルイベントが、開幕した。



  ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 あれ、シンラじゃないじゃん。

 少年Sを一目見て、まず俺はそう感じた。理由は不明。


 次に見たときに、あれ、でもシンラっぽいぞ、と思っちゃったんだよなぁ。

 何だこれ、この何ともいえない、不思議な感覚。


「パパちゃん、ちょっと戸惑ってるでしょう?」

「ラララ、おまえ、何かわかるんか……?」


 ひなたを抱きしめて、あからさまにこっちを警戒している少年S。

 一方で、いかにもな訳知り顔でニヤニヤしているウチの五女。


「知ってるなら教えろよ、ラララ」

「ハァーッハッハッハッハッハァ――――ッ! いいとも、このラララが教えてあげようじゃないか! 悩める若人を知識の輝きで照らすこともまた大事なことさ!」


 相変わらず大袈裟ですねぇ、この子は。で、結局は何なん?


「ま、結論から言うと、この少年Sはシンラの兄クンじゃなくて、風見の方だね」

「まさか、シンラと風見慎良が、分離してるってのか!?」


「状況的に見て、あり得なくもないんじゃないかな」

「……マジかよ」


 いや、だが確かにラララの言う通り、あり得なくはない、のか。

 俺が思い起こすのは、夏のキャンプのケントだった。

 あのときは、一時期ではあるが、ケントではなく賢人の方にかなり寄っていた。


 俺だってそうだ。

 俺と『僕』は同じ存在だが、同じ心かと問われれば、悩まざるを得ない。


 同じコインの裏と表。

 いつか誰かが言っていたその表現が、最もしっくり来る。


「つまり、シンラは……、シンラ・バーンズという魂は――」

「そうだね。吸われた記憶の方こそが、シンラの兄クン、ということになるね」


 じゃあ、ここにいる少年Sの中にあるのは、風見慎良という人格、だけ。

 しかも記憶を失っているから、俺達のことも知らないまっさらな状態ってことか。


「ほへぇ~……」


 想定外すぎる事態に、俺は思わず感心の声をあげてしまう。

 あるんだなぁ、そんなことも……。

 そういえばケントも最初は『出戻り』しかけだったりしたモンなぁ。懐かしい。


「な、何だ、一体何の話をしてるんだよ、君達は!?」


 少年S――、いや、記憶を失った風見慎良は、ひなたを抱きしめて怒鳴っている。

 記憶がない割に、ひなたのことは守ろうとするんだな、こいつ。


「ひなたの父親だっていう自覚だけはあるんかな、この状況でも」

「ン~フフフフフ、それはねぇ、パパちゃん」


 ラララがこれまた訳知り顔の含み笑いを見せてくる。表情豊かだな、こいつ。


「このラララはね、知ってしまったんだよ。誰も気づけずにいた、シンラの兄クンが抱える歪みを、知ってしまったのさ。やはり人は、完璧にはなり得ないのだね。そんな中で唯一、完璧になりえる輝けるものは、そう、このラララのみなのさ!」

「どゆこと。説明」

「ねぇ、反応して? お願いだから、反応してよぉ!」


 知らん知らん、めんどくさいわ。


「ラララ、説明」

「え~、別にいらないでしょ。この程度の歪み、誰だって抱えてるものさ。少年Sがシンラの兄クンに戻っても歪みは解消されないだろうけど『ひなたちゃんの父親』という『役割』を果たす上では、それこそ何の問題もないよ。このラララが保証する」


 ふ~む……。

 俺はしばし考える。


 ラララが保証するとまで言うからには、実際にその通りなんだろうけどなぁ。

 それに、歪みなんて誰だって多かれ少なかれ抱えてるモンだしなー。


 別に、このままでも問題ないなら、それでもいい、かな。

 とりあえず、風見慎良とひなたをマガツラの『絶対超越』で戻すとしますかね。


「マガツラ」


 俺がマガツラを具現化させると、風見慎良がビクリと身を震わせる。


「な、何だよ、そいつは……!?」

「あ~、新鮮な反応だね。大丈夫大丈夫、おまえらの記憶を戻すだけだから」


 俺は頬を掻いて苦笑しつつ、マガツラを二人に近づけさせる。

 すると、縮こまるひなたの前に風見慎良が立って、両腕を広げてみせる。


「ひなたに手を出すな! 僕が、ひなたを守ってみせるぞ!」

「あらぁ~、完全に信用されてませんねぇ、こりゃ……」


「当たり前だ。僕はひなたを守る。僕は、ひなたの父親なんだから!」

「それを言うなら、俺だってヒナタの父親さ」

「な、に……?」


 ま、ひなたか、ヒナタかの違いはあるけどなぁ。

 でも、父親であることは確かさ。ものの弾みで言っちまったけどねぇ。


「ハァーッハッハッハッハッハァ――――! その通りだよ、風見慎良! このアキラ・バーンズこそ、このラララと、ヒナタちゃんのパパちゃんなのさ! 子供が十五人とか、聞くたびに『あ、ウチはおかしいんだ』って思うね!」

「ミフユに言ってくれると助かります」


 俺も片棒担いだから、それについては強くは反論できないんだけどさッ!


「う、嘘だ! そんなの嘘だ! ひなたの父親は、僕だけだ! 僕だけなんだァ!」

「オイオイ、そこでそこまでキレるんかよ……」


 風見慎良が娘を大事に思ってるのは、これでもかっていうほど知っている。

 しかし、それでもこの反応は随分激しいというか、過剰では――、って、もしや。


「ラララ、おまえが言ってた『歪み』って……」

「ん? まぁ、無関係ではない、とだけ言っておこうかな」


 またこいつは、無駄に勿体ぶりやがって……。

 まぁ、いい。とにかくシンラとひなたを戻して、お袋と合流しないとな。


「悪ィけどな、風見さんよ。あんたとひなたの記憶を戻さねぇと、話が進まねぇんだわ。お袋とも合流してぇし、すぐ済むからちょっとだけ協力してくれや」


 シンラとひなたを戻して、お袋を見つけて、それから『金色符』を破壊する。

 それで、くだらねぇ『絶界コロシアム』とはおさらばだ。と、考えていた俺だが、


「……君も、あの女みたく、ひなたを傷つけるつもりだろ?」

「ん? あの女?」


 この場にいなくて、風見慎良が言いそうな『あの女』といえばお袋だろう。

 だが、何だ。自分を助けた相手のことを言ってるにしては、この敵意は一体……。


「傷つけた、って、ひなたを気絶させたときのことか? あれはさすがに不可抗力だろう。あの状況下で、他にどんな手段でひなたとあんたを助けられたってんだ?」

「そんなことはわかってる!」


 と、風見慎良は、俺の言葉に理解を示しはするのだが、


「でも、あの女はひなたを撃った。ひなたを傷つけたんだぞ!」

「…………オイオイ」


 助けるためっていうのは理解してて、その反応かよ。風見さんよ。


「だから、僕達が助かったあとで、あの女に報いを受けさせてやるんだ……!」

「……あ?」


 聞き返す俺の声は、我ながら随分と低かったと思う。

 だがそれも仕方がないだろ。

 だってこいつ、自分を助けた相手に『報い』とか言い出してるんだぜ?


「あのね風見君、お袋は君とひなたを助けたんだよ? いいかい? お袋は、君とひなたを、助けたんだよ? わかってる? 理解できてるかな? 助けたんだよ?」


 俺は、一言一言、諭すように、言い聞かせるようにして、告げていく。


「そんなことわかってる! でも、ひなたを撃ったのも事実だろ!」


 だがそれでも、敵意をもって高らかに恨みを叫ぶ風見慎良。

 俺は、そこで会話を打ち切ることにする。OKOK、よぉ~くわかった。


「わかった。もういい。おまえは消えろ。あとはシンラに土下座でもさせるわ」

「ぇ……?」


 呆けた声を出す風見慎良を、俺はもう見ない。

 無理矢理にでもマガツラで戻す。もう、これ以上、風見慎良と話すことはない。


「……お袋とのことも、考え直す必要があるかな、こりゃ」


 今は分離しているとはいえ、この慎良があのシンラと同一人物なのは確かだ。

 その風見慎良が、お袋にここまで敵意を見せる。

 それはつまり、シンラもまた同じようにお袋を敵視する可能性があるってことだ。


 だったら俺は、あいつにお袋を任せるつもりはない。

 今の俺にとって、金鐘崎美沙子はミフユの次に大事な人なのだ。


 尽きぬ恨みがあろうとも、俺は、あの人の『人としての幸せ』を願ってやまない。

 だから自分の息子でも、お袋を敵視するような人間に、お袋は任せられない。


 ――って、そういえば、


「おい、ラララ。お袋は今どうしてるか知ってるか?」

「ハァーッハ」


「知ってるなら教えてくれなさい。ほら早く、早く、早くってば!」

「高笑いくらいさせてよぉ!?」


 ヤダよ、めんどくせぇ。今はそんな余裕ねぇんだよ!


「ミーシャおばあちゃんなら、オード・ラーツを始末しに行ってるけどぉ~?」

「オード・ラーツ?」

「このトーナメントの主催の道化野郎だよ~だ!」


 頬ぷっくーさせてんじゃないよ。つつくぞ。


「待て待て、あいつはこの『絶界』にはいないだろ? 始末するって何だよ?」

「え、ミーシャおばあちゃん、異能態を使うって言ってたけど」


 …………。…………。…………。…………は?


「パパちゃんにも言ってなかったらしいけど、実は使えるって――」

「いや、そんなはずはない」

「え……?」


 お袋が異能態を使えるなんて、絶対にあるはずがない。

 それはあり得ない。それだけは、あり得ないはずだ。だって――、


「お袋自身が言ってたことだ。自分は決して『真念』には至れない、って……」


 ――イヤな予感がした。

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