第215話 総天然戦闘狂少女vs総天然快楽殺人少女
トーナメントが、大詰めを迎えようとしていた。
『さぁ~~! いよいよ今回もやって来ちゃったよぉ~~~~! 白熱の『絶界コロシアム』バトルトーナメント、これがラストの決勝戦だァァァァァ~~~~!』
試合場の方から、道化が騒ぐ声が聞こえてくる。
毎度毎度、盛り上げるのが上手だなと、ラララ・バーンズは感じる。
そう、《《毎度毎度》》。
本当にあの道化は変わらない。異世界にいた頃から、何も、全く。
それに乗って戦う自分も似たようなものか、とは思うが、それもまたよし。
自分をいう刃を常に磨きあげ続けるのが、彼女が自らに課した命題だ。
ラララ・バーンズは一振りの剣。
その身は真剣にして、聖剣にして、魔剣にして、邪剣にして、妖刀にして、名刀。
あらゆる意味を内包した、世界にただ一振りの輝ける刃。
己を剣士と自覚したときから、その想いは変わらない。
まぁ、幼馴染の『彼』に対してだけは、少しばかり意味が変わってくるのだが。
だがいい、今、この場に『彼』はいない。
いない男の話はいい。それよりも、考えるべきことは次の試合と、その他が少々。
決勝戦が、もうすぐ、これから始まろうとしている。
相手は少女M。またの名をミーシャ・グレン。もしくは金鐘崎美沙子。
何と、自分の父親であるアキラ・バーンズの母なのだという。
ミーシャ・グレンの名は、異世界にいた頃から知っている。
父アキラ・バーンズの育ての母で、伝説の女傭兵と称された人物だ。
逸話に事欠かない人物で、幾つもの異名を持っている。
一番代表的なものは『竜にして獅子』。
その他異名は何個もあるが、そのうち一つだけ、本人が嫌う『忌み名』がある。
異世界では、その名でミーシャを呼んだ者は、例外なく始末されたという。
おそらく、アキラはそれを知らないだろう。
ラララがその異名を知ったのも、偶然によるところが大きい。
かつて、ミーシャ・グレンが十にも満たない頃のこと。
彼女は《《たった一人で》》、《《たった一晩で》》、《《二つの街を壊滅させた》》。
二つの街の住人、合計15000人。
その数がそのまま、ミーシャに手にかかって殺された犠牲者の数でもある。
アキラ・バーンズはクレヴォスタリアの街の住人20000人を虐殺した。
それに比べれば数は劣るが、ミーシャは十にも満たない段階で街を二つ潰した。
どちらがよりおぞましいか。
少なくとも、比較の対象にされるのは間違いないだろう。
そして、この出来事ののちに。ミーシャ・グレンはこう呼ばれるようになった。
喜びをもって死を運ぶ、少女の形をした死神――、『喜々にして死屍』、と。
その話からも想像される、ミーシャ・グレンの卓抜した殺人適正。
ラララにとっては垂涎といっても過言ではない、是非とも刃を交えたい相手だ。
が、残念ながら今回はそれは不可能。
父アキラからの言いつけで、ミーシャに協力することになっている。
至極残念。本当に、残念極まりない。
刃たるこの身と魂の輝きを、一層強く磨き上げる絶好のチャンスだというのに。
しかし、タマキの居場所を人質に取られてしまったのでは仕方がない。
タマキ・バーンズは、ラララにとっては常にそびえる高き壁。
唯一、『彼』を除けば、タマキこそは彼女にとっての最大最高の好敵手であった。
おまけにタマキと付き合っているケントは、アキラにも劣らぬ猛者とのこと。
ミーシャのことは非常に惜しいが、天秤にかければどちらに傾くかは明瞭。
よって、ラララ・バーンズは今回に限り、ミーシャ・グレンに協力する。
「試練と受け止めようじゃないか。このラララの魂を輝かせる試練。こうして、このラララはまた、新たな輝きを帯びてしまうのか。嗚呼、世界よ、すまない!」
右手を天にかざして叫んだところで、道化の声が聞こえてくる。
『それではぁ~! 決勝戦に進出した、少女二人の入場でぇぇぇぇ~~~~す!』
「出番か、では行こう。このラララが主役を務める舞台へと!」
そしてラララは試合場へと進んでいく。
そこにはすでに、自分の相手であるミーシャ・グレンが待ち構えていた。
総天然戦闘狂少女vs総天然快楽殺人少女の試合が始まるまで、あと、二分。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
決勝戦――、A・Bブロック勝者、少女MvsC・Dブロック勝者、少女L。
少女M、つまり美沙子の得物は両手に構えた二丁拳銃。
自身の異面体である『百髏器』の使用を見越しての選択である。
一方で、少女Lの武器は、長剣。
まだ七歳程度の彼女が使用するには、明らかに大きい。
だが、少女Lは美沙子の前でそれを難なく振り回し、そして構えてみせる。
その動きの淀みのなさに、美沙子は内心舌を巻く。
令和の日本に、こんな抜き身の刃みたいな印象を与えてくる少女がいたとは。
まさか『出戻り』なのか。
そんな、真実の一端をかすめる予想が頭をよぎる。
懐柔は可能か、美沙子はまず、それを吟味する。
この試合に勝ったのち、美沙子は道化の殺害を視野に入れていた。
さすがに優勝が決まれば道化も出てくるのではないか。
そんな推測が頭に浮かんでいたからだ。
だからまずは、この戦いに勝利する必要がある。目の前の少女Lを打倒する。
現状、アキラの動きがわからない以上、自分が動く前提でいなければならない。
試合に勝ちさえすればこの厄介な首輪を破壊して、アキラと連絡が取れるのだが。
「とにかく、勝たなきゃね……」
勝ってから、道化を殺して、それから。それから――?
そこまで考えた美沙子の脳裏に、さっき告げられた言葉が蘇ってくる。
『記憶が戻って、ひなたを助けられたら、君には報いを受けてもらう。ひなたを撃った報いをだ。それは忘れるなよ。君は、僕の大事なひなたを撃ったんだ』
忘れようにも忘れられない。
その言葉は、彼女の意識の裏側にべったりと張り付いてしまっている。
彼に記憶が戻ったら、きっと自分は聞かずにはいられないだろう。
あれは、本音だったのか、と。
彼は、どう答えるだろうか。それは聞くまでわからない。
けれど、その答えを予想してる自分がいる。
あれほどまでに娘を愛する彼なのだ。
きっと『本音だった』と答えるのではないだろうか。
実際に、自分に報いを受けさせようなどとはしないだろう。
でも、彼からの答えこそが、自分にとっての『報い』となる。そんな気がする。
身が震える。
彼が自分を見る、あの刺し殺すようなまなざしが記憶に焼き付いている。
息子以外の誰から睨まれても、こんな気持ちになることはなかった。それなのに、
「何やってんだろうねぇ、アタシは……」
つい、呟きが漏れてしまう。
本当に、自分はここに何をしに来たのか。
神に『死期』を告げられたひなたを助けるために転移して、記憶を失った。
かつての自分に戻り、享楽を貪るために息子を殺しかけ、泣かした。
胸が痛む。胸の奥に、ズキズキとした痛みが走る。
果たして息子を殺しかけた今の自分に、母親を名乗る資格はあるのか。
そんな考えすら、頭に浮かんでしまっている。そして――、
『ところでアタシの名前は金鐘崎美沙子ってんだけど、聞いた覚えはあるかい?』
『知らないよ。覚えていたくもない』
親としての格の違いを見せつけられた相手から、そんな言葉を叩きつけられた。
それが、痛い。どうしても、痛い。今もずっと我慢し続けている。
記憶が戻れば、彼は真摯に謝ってくれる。
そんなことは自分だってわかってる。でも、だけど……。
「本当に、アタシは何をしてるんだか――」
「ね。本当にね」
独り言に、返事。
ハッと顔を上げれば、眼前に少女Lが迫っていた。
「ハァーッハッハッハッハッハァ――――! 何を呆けているんだい、少女M! もう試合は始まっているよ! それとも、銃を選んでおきながら『待ち』の戦法かい! もしそうなら、大したものだよ、この少女Lを相手にしながら近接戦闘とは!」
「く……ッ!」
長剣を振るってくる少女Lの動きは、すこぶる鋭い。
放たれる斬撃を何とか避けようとする美沙子だが、そこで気づく。
こいつ、この剣の軌道――、当てる気が、ない?
美沙子だからこそ、それに気づけた。
傍から見れば少女Lの剣は自分を狙っているように映るだろう。
だがその実、剣の軌道が途中で変化して、ギリギリ当たらないようになっている。
遠めに見ただけでは、きっとそれはわからない。
それだけ巧妙な剣筋の変化。周りからは美沙子が避けているように見えている。
「アンタ、一体……?」
「ハローハロー、ミーシャおばあちゃん。初めまして、ラララ・バーンズさ」
バーンズ家!?
アキラの、子供……!
「このラララはバーンズ家の五女さ。早速だけど、情報交換だよ。いいかい?」
「……ああ、わかったよ」
今の短いやり取りで、美沙子は少女Lことラララが味方であることを確信する。
そして二人は、一見死闘を繰り広げているように見える情報交換を開始する。
「まずはそうだね、このイベントの主催者について教えておくよ」
「あの道化野郎を知ってるのかい?」
「もちろんだとも。あの道化は自称『黒幕にして元凶』、名前はオード・ラーツ。こういったアンダーグラウンド向けイベントを主催してる裏のプロモーターさ」
「アンタはそれを、どうして知ってるんだい?」
言いながら、美沙子が二丁拳銃を連射する。
ラララは長剣で弾丸を容易く打ち払い、美沙子へと肉薄しよう突っ込んでいく。
「異世界で彼のイベントに参加したことがあってね。このラララは、自らの輝きを磨ける場所なら、どこにだって参上するのさ。それがこのラララの命題だからね」
「そうかい、なるほどね……」
一瞬の交差でこれだけのやり取りをして、二人はまた離れ、そしてまた激突する。
「それじゃ、こっちの番さね。シンラさんとひなたちゃんを確保してあるよ」
「へぇ、さすがはパパちゃんのママちゃん。行動が迅速だね。それで、場所は?」
「場所は――」
美沙子が、ラララにシンラのいる場所を伝える。
そしてラララは代わりに、美沙子にオードに関する情報を追加する。
「オードだけどね、確実にこの空間にはいないよ」
「……そうかい」
驚くには値しない。
アキラがそうであったように、美沙子にとっても想定内だ。
「彼は臆病だ。自分に危険が迫る可能性を極力排除してる。ここにはいないはずだ」
「推測じゃなくて、確信あり、なんだね。そいつぁ」
「もちろん。このラララは、確信のない推測――、つまり嘘はつかないとも」
離れ、走り、銃を撃って、剣を振るう。
それは、まさしく死闘。激闘。――にしか見えない、茶番だった。
「で、そのオードってのは、優勝者を生きて帰してくれるのかい?」
「生きて帰してくれると思うかい? このラララは、そんな甘い夢は見れないね」
つまりは、そういうことなのだろう。これもまた想定内ではあった。
そこからさらに、二人は情報交換を進めていく。
その中でラララを驚かせたのは、ひなたに迫る『死期』の話。
「ひなたちゃんに『死期』が迫っている、だって? それは本当なのかい?」
「冥界の神が言ってたんだ、本当だろうねぇ」
「そうか……」
ラララが何かを考え込む。
彼女の思考の内側は、さすがに美沙子でも見渡せない。
「まぁ、いい。それよりも――」
「何だい?」
「さすがの技量だね、ミーシャおばあちゃん。このラララは今、悶えたい気分だ」
爽やかに笑って、ラララが白い歯を輝かせる。
言ってる内容と表情が、丸っきり正反対ではないだろうか。美沙子は思った。
「君のような相手と、こんな茶番しかできないなんて……、何て苦しい試練だろう。でも、このラララの輝きはこの程度じゃ曇りはしないさ。ああ、この程度じゃね!」
「本当に、ウチの孫達は個性豊かだねぇ……」
苦笑する美沙子に、だがラララは笑顔でかぶりを振る。
「個性についてはそちらだって大したものじゃないか。異世界屈指の殺人適性を持って生まれた、総天然快楽殺人少女の、ミーシャ・グレン?」
「アンタ……」
「君のことは知っているとも、そう、《《あの忌み名のことだって》》」
「オイタはそこまでにしておきな、ラララちゃん?」
美沙子の声が、一段低くなる。
刹那、ラララの顔に汗が噴き出る。そして彼女の顔は喜悦に歪んだ。
「ああ、イイ、イイなァ! その、身の毛がよだつ鋭い殺気、人を殺すことに没頭できる人間だけが発せられる、濃密な殺意。イイな~、鎬を削り合いたいなぁ~!」
「ふん、やなこった。それより、そろそろ試合を終わらせるよ」
多少間合いを広げた状態から、二人は唇の動きのみで会話する。
「終わらせるって、どうやってだい?」
「アタシの異面体を使うさ。アンタを気絶させてやるよ」
「へぇ、考えてる結末は同じというワケだね。ミーシャおばあちゃん」
ラララがニヤリと唇だけで笑みを作る。
そして変わる気配を、美沙子は敏感に察知する。目は、ラララの剣に注がれた。
いつの間にか、さっきまで持っていた長剣とは違うものになっている。
いや、形状は同じだ。だが、冴えが違う。凄味が違う。これは、同じ形の別物だ。
「その剣、あんたの異面体かい?」
「そうとも。剣士の得物は剣に決まっている。名は『士烙草』といってね、情緒と風情に溢れるいい名前だろう? このラララの『斬りたいもの』を斬る剣さ」
美沙子は直感する。ラララの異面体は、自分によく似ている。
彼女はおそらく、その異面体で美沙子の『意識』を斬るつもりなのだろう。
「最後の最後に一勝負、ってところかい?」
「ああ、ここまで高ぶってしまったんだから、少しは晴らさせてほしいんだよ」
「そうかい。好きにしな。アタシは、これが終わったらオードを仕留めるさ」
「ん? どうやってだい? オードはここにはいないって言ったろ?」
「ああ。でもね、できるんだよ、できるとも」
言って、美沙子が浮かべた笑顔は、とても寂しいものだった。
「アタシならオードを殺せるんだよ。アタシの異能態なら、ね」