第210話 ご報告、潜入調査開始の件について
死体を切り刻んで遊びたいって言ったら通ったらしい。笑うわ。
「あの道化野郎、色々置いておいて節穴なのはわかったわ」
お袋に蘇生されて、ことのあらましを聞いた俺の第一声がそれだった。
なお、現在地は『異階』。
道化野郎から俺の死体をもらったお袋が『手術ごっこ』をするため別室に移った。
と、いう設定で、現在、小さい部屋の中でございます。
「全く、アンタは……」
起き上がった俺を、お袋が腕組みをして見下ろしてくる。
なお、その姿はロリッ子サイコパスシリアルキラーのミーシャちゃんのままだ。
マガツラの能力による記憶だけの復活。
何とかうまくいったようで何よりだ。大人の姿になったら色々ヤバかった。
「アキラ、ちょっとそこに座りな」
「何でよ……?」
おおよそ、俺の計画通りに行ったのに、何故かお袋がキレ気味だ。なずぇ?
俺は、言われた通りにその場にあぐらをかく。
するとお袋、俺の向かい側に正座して、開口一番。
「どうしてアタシを殺さなかったんだい?」
「…………」
――ま、言われるとは思ってたよ。
「アンタなら、できたはずだろう。アタシを殺すくらい。それで解決した話だよ」
「多分、できた。やろうとすればできたとは思う」
「そうさ。それにアンタに教えただろう。敵は殺せ、誰であっても殺せ、って」
お袋の言う通り、俺は女傭兵ミーシャ・グレンからそう学んでいる。
相対する敵は殺せ。それが何者であっても殺せ。殺さなければ殺されるだけ、と。
だけど――、
「お袋は敵じゃない」
「何言ってんだい。アタシに殺される寸前までいったじゃないかい」
俺の返答にお袋はいったんは呆れるが――、
「でも、お袋は俺を殺さなかった。……いや、殺せなかっただろ」
「……アキラ」
「自分ができなかったことを、俺にさせようとするなよ。俺にだって無理だよッ」
抑えようとしても、語気が荒くなってしまう。
それはダメだと思いながらも、それでも声は次第に大きくなって、俺は、
「何でそんなひどいこと言うんだよ、どうしてさ! お袋は――、ママは……!」
呆然となるママを前に、僕は、力いっぱいに叫んでしまった。
「ママは僕に、またあの悲しみを味わえっていうのかよッッ!」
脳裏に浮かぶ、ママの百一回目の死。
優しく抱きしめられながら、僕はママの胸に、ダガーを突き立てた。
その感触は、今も忘れていない。忘れられるはずがない。
「僕は、もう、イヤだッ。百二回目だけは、イヤなんだ……」
「アキラ……ッ!」
立ち上がって訴える僕を、ママが抱きしめてくれる。
子供の姿だから小さな体で、でも、僕を抱く腕は優しくて、大きかった。
「ああ、そうだね。そうだよね。ごめんよ、アキラ。ごめんね、アタシが間違ってた。そうさ、それだけはもう、アンタにやらせちゃいけないよ。それだけは……」
涙ぐむ僕に、そう言ってくれるママの声も濡れていた。
僕も抱きしめ返して、僕とママはしばし『ただの親子』の時間を過ごした。
……どうしような、ミフユ。俺、少しだけ『人間』に戻っちゃったかもしれん。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
我に返ると恥ずかしいワケですよ。
「シンラにゃ見せられん……」
いや~、シンラ以外の子達にも見せれんと思うよ、今さっきのは。
「仕方ないさ。アンタは金鐘崎アキラでもあるんだから」
「お袋がシンラと結婚したらどうにかせんといかんよなー、とは思うが……」
「あら、どうにかしちゃうのかい?」
「やめてくださいよ、その寂しそうな声。親離れ子離れという言葉をご存じない?」
「小学生低学年には必要のない言葉だねぇ」
くっ、その通りすぎる……ッ!
「本当に、前の『あたし』が遺したモノは大きいねぇ……」
「人間性クソカスだった『あの美沙子』が遺したのが息子の人間性なの、笑うよ?」
「大事に笑っていくんだよ?」
「クッソ~、この母親、普通に嬉しそうに言いやがって……」
この人強いよ~、勝てねぇよ~、色んな意味で。
とはいえ、別に俺が人を殺せなくなったとかじゃないしな。お袋は殺せないけど。
ま、人間そんなモンだ。
平等・博愛・公平、そんなの全部絵空事。人は愛情を注ぐ相手に序列を設ける。
それこそが、言い訳のしようのない厳然たる事実だ。
だがその序列も、大抵、フワフワしがちがな。
人の心なんて水物だから仕方ないが。でも子供達は平等に愛してる自信あるよ。
「で、だ――」
ここで、俺は話題を変える。
「さっきの試合でのミーシャ・グレンちゃんは何事? あれ何? あのサイコパス」
「…………」
お袋はついと顔を背けようとする。
「おっと、させねぇぜ!」
すかさず回り込む俺。逃がすと思うか、お袋さんよぉ~!
「アタシはね、アキラ」
「はい、何ざましょ」
「ああいう、享楽的に人を殺すようなノが一番腹が立つんだよ」
「俺も割と面白おかしくブッ殺したりしてますが?」
「それは仕返しだからいいんだよ。楽しくない仕返しなんて意味ないからねぇ」
「そう言えちゃうあんたも大概だって自覚しとけよ、金鐘崎美沙子」
ツッコんでも、お袋は決して俺を見ようとはしなかった。
「そこまで黒歴史なのかよ、シリアルキラーミーシャちゃん」
「アタシの前に現れたら笑顔で八つ裂きにしてやれる程度にはねぇ……」
やだー、この母親、言ってることがサイコなんですけどー。
「そんなアタシを『人間』にしてくれたのが、ライミとタケルさね」
「ん、その名前は……?」
「前に教えたろ。異世界での、アンタの実の親さ」
それは聞いたことがある。
だが、そんな昔からの知り合いだったとは知らなかったな。
「アタシとあの二人は同じ孤児院出身でね。ま、色々あったんだよ」
「色々、ですかー」
「そうさね、色々、さね」
ふむ。これは、これ以上突っ込んでも詳しい話は聞けないな。
ま、いいさ。そんなのはあくまで余興。それよりも――、
「Aブロック、ちゃんと勝ち上がれよ。こうなったら表側は任せるからな」
俺は、話を本筋に戻す。
「ハハンッ、わかってるって」
言って、お袋は笑いながら手の中でリンゴをクルクル回す。
第一試合を勝利した褒美として、十六個あるうちから選んだモノだ。
「こいつにゃ魔力は感じない。ってことは、多分、異面体の能力だろうさね」
「だろうねぇ。じゃあ、このコロシアムは何だろう、ってな話にもなるが……」
この『絶界コロシアム』、異面体が使えるから『異階』なのかと思っていた。
しかし、何か違う気がする……。言語化できない程度の違和感がある。
「謎は、これから調べていけばいいことさ」
お袋はそう言って、壁に貼り付けていた金属符を剥がそうとする。
「表はアタシがやるさ。だから、裏は任せたよ」
「わかってる。とにかく、ひなたの確保を最優先するさ」
シンラは、まぁ、見つけ次第どうにかする。
記憶がなくても、あいつはアキラ・バーンズの長男だ。そこまでヤワじゃねぇ。
それよりも、ひなただ。
今まさに、あいつの『死期』真っ最中。いつ『非業の死』が訪れるかわからない。
状況的に予想できる末路もあるが、それだけは起きてくれるなと願う。
「それじゃ、行動開始だよ、アキラ」
「ああ、お袋もがんばれよ」
俺が『隙間風の外套』を羽織ったあとで、お袋が金属符を剥がす。
そして空間はコロシアムへと戻り、お袋は一足先に部屋を出ていった。
「ガルさん、出番だぜ」
一人残った俺は、収納空間からガルさんを取り出す。
『フンッ、なかなかのお涙頂戴モノだったぞ、グスッ、我が主よ、グジュッ!』
「見てたんか~い。そして泣いてるんか~い」
さすがは『魔剣にして魔導書』にして鉈の形をした親戚のおじさん。
内部では時間が止まっているはずの収納空間からこっちを覗き見できるとは。
『貴様のその変化、ミフユ様は何と言うだろうな』
「そんなの、決まってるよ。茶化しながらも、よかったって言ってくれるさ」
あいつは絶対にそう言ってくれる。目に浮かぶよ。
「さて、動くぜ、ガルさん。ひなたを探して確保する」
『わかっているとも。俺様の力、存分に使い、振るうがよいぞ、我が主』
身を隠しながら、俺はガルさんを手に部屋を出る。
ひなたとシンラを確保したら、あの道化野郎には最高の仕返しをしてやる。
そう思って、俺は決意と共に通路を走りだす。
――だが、事態はこのとき、すでに動き出していた。
お袋が軽くAブロックを勝ち上がって、続くBブロック。
そこで、俺が危惧していた最悪の展開が、現実のものとなってしまっていた。
Bブロック第二試合、少年Svs少女H。
即ち『シンラvsひなた』という、あってはならない対決が始まろうとしていた。