第208話 Aブロック第一試合:少年Avs少女M
さて、まずは現状を確認する。
ひなたとシンラと俺は、召喚転移の魔法によってどこかへと転移させられた。
その場所は、道化の話によれば『絶界コロシアム』なる場所だ。
転移した瞬間、俺達は記憶を外部に抽出された。
その記憶は『記憶の果実』になった。と、道化は言っていた。真偽は不明。
俺はマガツラの能力で記憶の抽出は防げたが、ある程度記憶を持っていかれた。
具体的には、ミフユ以外の身内の顔を思い出せなくなっている。
転移した先には子供しかいなかった。
シンラも転移しているはずだが、居場所は不明。
ついでに、俺含め、十六人の子供達の首には首輪がはめられている。
これははめた者が魔法を使えなくなる『封獄の環』と呼ばれるものだ。
この状態で、俺達十六人はこれから全4ブロックのトーナメント戦に臨む。
試合の勝者には『記憶の果実』を一つ選ぶ権利が与えられる。
道化の言葉通りなら、トーナメントで勝ち上がれば記憶を取り戻せるチャンスだ。
ただし、それに関する裏付けは一切取れていない。
つまりは現状、記憶を取り戻すには道化の言葉に従って戦うしかない。
道化の目的――、不明
道化の正体――、不明。
トーナメントを勝ち上がることで生きて帰れるか――、不明。
トーナメントを勝ち上がることで記憶を取り戻せるか――、不明。
要するに、肝心な部分についての確証は一切ないってことだ。
ここまでの状況を整理して、俺の一つの結論に辿り着く。
――やはり、死ぬしかない。
今、このとき、この瞬間、俺がとれる最善の方法はそれだ。
まだ、後続のガキは来ておらず、長い通路の中に立っているのは俺一人。
あの道化が、こっちを監視している可能性は十分にある。
しかし、ここで行動に出なければ、事態は確実に悪化していく確信がある。
なならばやるしかないだろう。ここで、死ぬしか。
「マガツラ、やれ」
背後に出現させたマガツラに、俺は命じる。
そして、俺よりも遥かに巨大な漆黒の大男が、その太い腕をブゥンと振り回す。
衝撃はなかった。
ただ、ビチッ、という軽く何かが打ちつけられる音がした。
そして俺の視界は勢いよくグルリと回る。
マガツラに刎ね飛ばされた俺の首は、高々と宙を舞った。
首が地面に落ちる前、俺の意識は死の闇の底へと落ち込んでいった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
……………………。
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……………………あー。
「ふぅ……」
無事に意識が戻ったようだ。
俺は立ち上がって、自分の具合を確認する。
手足、問題なし。痛むところ、なし。
足元に首を刎ねたときの血だまりができちゃいるが、これも特に問題はなし。
「全快全癒」
完全回復魔法を発動させて、失った分の血液も元に戻る。
傍らには、マガツラが立っている。
そして、血だまりに転がっているのは、首を刎ねたときに落ちた『封獄の環』。
俺がわざわざ自分の首を刎ねたのは、こいつを外したかったからだ。
この首輪は、無理に破壊すれば持ち主にその事実が伝わる。
できれば、俺のことはまだあの道化野郎には知られたくない。
それもあって、少々無茶をする必要があった。
首輪がなければ収納空間から蘇生アイテムを出せるから、死ぬことは怖くはない。
ま、完全に死んじゃったら一巻の終わりだけど、そのためにマガツラを使った。
マガツラは、俺の精神の一部が具現化したもの。つまりは俺の分身だ。
踏ん張れば、何とかこいつにアイテムを使わせることもできる。
つっても、俺が死んでる状態だと数秒程度しか具現化できないんだけどな。
その数秒で、俺はマガツラに蘇生アイテムを使わせた。
賭けではあったが、勝率九割越えの、結果が見えてた賭けでもあった。
「さて……」
俺は『封獄の環』を収納空間にしまって、そっくりの幻影を首に纏わせておく。
血だまりも邪魔だから血液も収納空間にしまっちゃって、と。
「ここまでで、時間にして十数秒ってところか?」
辺りを窺うが、まだ特に変化はない。
俺以外のガキ共は、かなり怖がっているようだな。好都合だ。
「マガツラ、次だ」
俺の指示に従って、マガツラが俺の頭を掴んだ。
魔法を使えるようにしておくことの他に、今このとき、やるべきことがある。
「やれ」
命じると、マガツラが俺の中に力を叩き込んだ。
頭の中に強烈な火花が弾けたような衝撃を覚える。痛み、目や鼻から血が散った。
「ぐ……ッ」
脳内を掻き混ぜられたかのような感覚に、立っていられず膝をつく。
これだけは毎度ながら慣れない。この、自分に対する『絶対超越』の使用だけは。
今、しておかなければならないこと。
それは、自分の奪われた記憶を取り戻しておくことだ。
記憶を半ば奪われたままでは、最悪、俺がひなたを殺すことだってありうる。
そんなの、本末転倒なんてモンじゃない。
人の顔が思い出せないというのは、それだけで大きなデメリットなのだ。
だが、無理をした甲斐があった。
おかげで、今までモヤがかかったようだった家族の顔を、ハッキリ思い出せる。
「……OK、これでひとまず何とかなる、か」
だが、俺のここまでの行動も全て、道化野郎に見られている可能性だってある。
これ以上の無理は禁物。ひとまずここからは様子見に回ろう。
「ぅぅ、ぅ……」
「助けて、助けてよぅ……」
重い足音と共に、闇の向こうからゴーレムが一体と、三人の子供が歩いてくる。
何とか、ゴーレムが来る前にこっちの態勢を整えることができた。
そのことに、俺はわずかながらも安堵を覚える。
ザッと、俺以外の三人のガキについて観察してみる。
一人目は六歳くらいの男。
髪は短く体が大きい。一番大きな声で泣きべそをかいている。
二人目と三人目は女。どっちも見覚えはない。
一人目と同様に泣いてはいるが、シクシクという感じの泣き方だ。
観察して気づいたことだが、三人がはめている首輪に金属のタグが付いている。
そこには『S』だの『E』だの、それぞれ一文字だけ刻まれている。
なお、俺も含めてだが、十六人のガキは全員、白い服に着替えさせられている。
手術する患者が着るような、飾り気のないローブみたいな服だ。
ゴーレムに後ろに立たれ、逃げることもできないまま俺達四人は通路を進む。
するとその果てに、開かれたドアが見えてくる。その向こうには魔法光の明かり。
『やぁ~~っと来たァ~! もぉ~、待たせないでよね~!』
ドアをくぐると、そこには例の道化野郎がいた。
また、壁にその姿が投影されている。何よ、リアルタイム配信ですかね?
『ほらほら~、早速だけど武器選んで、武器ィ~、もうお客さんもお待ちだぞぉ~』
……客、ねぇ。
「はぁ~い、僕、どれにしようかなぁ~!」
ここで、俺はバカを演じながら、武器を選ぶ。
連れてこられた部屋の中には、多種多様、様々な武器があった。
短剣、剣、槍、斧などの異世界ファンタジー御用達の武器から拳銃まで。
チェーンソーとかあるが、どう見ても十歳未満のガキに扱えるシロモノじゃない。
「じゃあ、僕これ~、カッコいいから~!」
俺が選んだのは、斧。柄が長く、刃も分厚くて大きく重い、両手用の斧だ。
そのズッシリとした重みは、七歳程度に使える武器じゃないことを教えてくれる。
『――プッ! いいじゃん、いいじゃん~! いいんじゃないの~!』
道化野郎が、斧を選んだ俺を見て噴き出した。
声からはこっちを小馬鹿にしているのがありありと感じとれる。
ふむ、この様子からして、通路でのことは知られていない。そう思っていいか。
俺が斧を選ぶと、他の三人も泣きながらも武器を選ぶ。
そして、女の片方がダガーを選んだ瞬間、俺とその女の足元に魔法陣が浮かぶ。
これは、転移の魔法陣だ。
道化野郎のさっきの言動からして、移動する先は――、
『それじゃ、血沸き肉躍る試合場にご案内~!』
道化が言った直後、光がパッと弾けて、俺と女は広い場所に出た。
大きな、円形の広場。地面には砂が撒かれている。
周りを見れば、高い壁と、その先にあるすり鉢状の観客席。
そこには、俺達を部屋に連れて行ったゴーレムが観客代わりに並べられている。
――闘技場。もしくはコロッセオ。
俺と女が転移した先は、つまりはそういう場所だった。
そこに、またしても道化野郎の声が高らかに響く。
『それではAブロック第一試合、少年Avs少女M、開始開始開始ィ~~~~!』
ウ~~~~ゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ~~~~!
カァン!
キ~ンコ~ンカ~ンコ~ン!
甲子園のサイレンと、ボクシングのゴングと、学校のチャイムが立て続けに響く。
えっと、そのチョイスは、何?
「ひぅッ、……ぅ、ぅぇぇ、えぇん。……ママ、ママァ」
俺の対戦相手の女――、少女Mが試合開始の合図にビビッて座り込んでしまう。
観客席はゴーレムで満たされているが、当然、歓声などはなく静かだ。
だだっ広い空間に、俺達だけがいて、少女Mの泣き声だけが小さく聞こえている。
殺し合いというからには、俺はこの女を殺さなきゃならないんだろうなぁ。
それは、道化野郎の思惑に乗っかるようでイヤだな。
でも、ひなたとシンラを探すために、一回殺しておくか。あとで蘇生すりゃいい。
「なぁなぁ、泣くなよぉ~! 見ろよ、僕の斧、カッコいいぜ~!」
と、無駄かもしれないがバカガキ演技を続けつつ、俺は少女Mに近づいていく。
観察はしているが、体は震えているし、泣き声も本物。現状に怯えきっている。
斧で延髄を叩き切って即死させてやるかぁ。
そう思いながら、俺は両手斧を担いで、少女Mに近づいた。
刹那、本能が警告を発する。
死。死ぬ。俺は死ぬ。今この場で、俺は死ぬ。
「――――ッ!?」
眼前に、切っ先があった。
思考は働かない。目の前の事態に対し、勘だけが俺を動かす。
少女Mが繰り出してきたダガーの突きを、顔を横に向かせて、避けようとする。
だが、刃の軌道が変化する。眼球狙いから、首筋へ。クソ、判断が早い。上手い。
危機感。死の予感。戦慄。恐怖。恐慌。
だが冷静に、そして反射的に体が動いて、俺はダガーの刃に噛みついた。
「おっと」
ガキンと噛む音が鳴って、そこに聞こえる少女Mの声。
同時にダガーの刃が後ろに引かれて、俺の唇を浅く切っていった。
「へぇ~、首筋狙いのダガーを噛んで無理矢理防いだんだぁ、やるじゃん!」
あっという間にその場から飛び退き、間合いを空けた少女Mが俺を褒める。
クソ、泣いてたのは俺の演技と一緒で、こっちを油断させる擬態だった。
こいつ、この少女M、この女――、
「……さすがにこいつは、冗談キツいぜ」
この女、お袋だァ――――ッ!?