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【連載版】出戻り転生傭兵の俺のモットーは『やられたらやり返しすぎる』です  作者: 楽市
第十章 金鐘崎親子のブッコロコロシアム

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第207話 ようこそ『絶界コロシアム』へ!

 意識が遠のく、その一瞬に、俺は自分の中から何かが吸われる感触を覚えた。

 不快だ。不快すぎる。極めて不快。著しく腹が立つ。


兇貌(マガツラ)ァ!」


 俺が叫ぶと同時、表れた黒い巨腕が、そこにある『何か』を叩く。

 同時、何かが吸い取られる不快感が消え去る。


 やはりそうか。

 俺の中に生じる納得。俺が《《理解》》した通りだった。


 ――吸われたのは『記憶』だ。


 クソッ、マガツラの『絶対超越』で阻みはしたが、記憶に欠落を感じる。

 これは『記憶を吸い取る』だけの能力じゃないな――、ぐっ!


 俺が思考できたのは、そこまで。

 その瞬間、今度こそ俺の意識は途切れ、闇に落ちた。



  ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 声が聞こえる。


「――――ッ」

「――――」

「――――ッ!」


 幾つかの声が、俺の耳に届く。

 一人ではなく複数人。どれもこれも、子供の声に思える。


「ぅ……」


 目が覚める。俺は、冷たい石床の上に寝ているようだった。

 懐かしい感触だ。異世界では、よくこういう場所に雑魚寝していたのを思い出す。


 ってことは、ここは日本じゃないのか。

 そんなことを思って、俺は身を起こして目を開ける。


 そこは、薄暗い窓のない部屋だった。

 広い石造りの空間で、軽く辺りを見回しても、扉は見えない。


 天井近くに、うすぼんやりと光る球体が浮いている。

 見覚えがある。安物の簡易魔法光源だ。光量も大したことはなく、寿命も短い。


 どうやら、俺はひなたの召喚転移に巻き込まれたようだ。

 しかし今回は、ミフユと行った世界とは違って、俺達の異世界絡みの話らしい。

 あとは、俺の他にこの場にいる《《十数人のガキ共》》、か。


「ど、どこ、ここ……?」

「ううう、何で、あ、あたし、誰なの……」

「ママァ~! ママァァ~ッ!」


 不安げに辺りを見回すガキ、記憶を思い出せず混乱してるガキ、泣きわめくガキ。

 小さい子は4、5歳から、大きくても俺と同い歳くらい。

 全員の様子を見れば一発でわかる。こいつらみんな、記憶を失っている。


 おそらくは、俺を襲ったあの不快感と同じなのだろう。

 何らかの能力で記憶を外部に吸い取られている。

 それが異面体か、それとも魔法のアイテムによるものかはひとまず置いてく。


 俺は咄嗟にマガツラの『絶対超越』を使って、それを半ば防ぐことに成功した。

 そう、半ばだ。

 マガツラの能力は俺が『理解』した範囲にしか及ばない。


 俺の記憶は現在、完全ではない。

 思い出そうとすることで自覚できる。はっきりと、記憶の中に欠落がある。

 詳しくは――、《《顔が思い出せない》》。


 タマキ、シンラ、お袋、ひなた。

 そうしたパーソナルな部分についても覚えている。関係性も覚えている。

 だが、誰がどんな顔だったのかが思い出せない。一人を除いて。


 例外の一人?

 ミフユに決まってんだろ。あいつの顔だけは何があっても忘れんよ、俺は。


 とはいえ、ムカつきますねぇ~。

 愛する家族の顔を俺から奪いやがったヤツ。これは恨むしかないですねぇ~。


 しかし、ここにいる全員が子供というのが不可解だ。

 多分だが、てんいしたひなたもここにいる。だが、今の俺には顔がわからない。


 あとは、シンラだ。

 あいつは俺よりも先にひなたの部屋に飛び込んだ。


 俺がここにいる以上、あいつもここに転移しているはず。

 他に誰が転移したかまではわからないが、もしかしたら誰かいるかもしれない。


 しかし、やはりこの場にいるのは子供だけ。

 大人は別室に隔離されているのか。だが、それにどんな意味があるんだ。

 ふむ、この状況は何なんだろうな……。


 考え込んで、俺は髪を掻こうとする。

 そのとき、首辺りにある何か固いものが手に触れた。何かと思えば、首輪だった。

 手で触って質感を確かめる。表面はサラサラしているが鉄のような硬質さ。


「ち、やられた……」


 この首輪には心当たりがある。

 首輪をつけた者の魔力を封じる『封獄の環』だ。主に奴隷や捕虜に用いられる。


 これを着けた人間は、一切の魔法が使えなくなる。

 つまり現状、俺は完全回復魔法も収納空間(アイテムボックス)も使用できない。


 ガルさんを取り出せないのは痛いな。

 あの鉈の形した親戚のおじさん、収納空間の中じゃ寝っぱなしだからなぁ……。


 ――ジジ……、ジジジ……。


 安物の魔法光源が軽い音を立てて明滅している。

 子供達も泣きやんで、そろそろ場に静けさが訪れつつある。

 そんなときだった。


『ようこそ『絶界コロシアム』へ~!』


 いきなり場に響き渡る陽気な声。

 そちらを向けば、石壁をスクリーンにして何者かの姿が映し出されていた。


 道化、としか表現しようのない恰好をした人間だった。

 顔には仮面を着けて、体はゆったりとした服を着ていて、性別もわからない。

 声も変声の魔法によって、男女どちらかわからないようになっている。


 何だァ、この『いかにも』なヤツはぁ?

 そう思いながら、俺はその道化の言葉に耳を傾ける。


『はぁ~い! 今この場には、何と16人の子供達が集まっていま~す! 今から、君達には殺し合いトーナメントに参加してもらいま~す! イェェ~~~~イ!』

「「「えええええええええええええええええええええええええええ!?」」」


 陽気な声での道化の宣言に、子供達が驚愕の悲鳴をあげる。

 オイオイ、随分とまぁ、えげつないことを考えるねぇ、あの道化さん。


『おうちに帰れるのは、優勝者たった一人だけで~す! あとぉ~、君達、何も思い出せないでしょ? 何も思い出せないよね~? 不安~? 怖い~?』


 カメラギリギリに顔を近づけて、道化がこっちを煽ってくる。

 う~む、なかなかいい性格してますねぇ。これはなかなか腹が立つ。


『ウフフフフ~! みんなの記憶は、何とここにあります! ジャジャア~~ン!』


 と、道化が示した先には、大皿の上に山盛りになっている多種多様なフルーツ。


『何と、みんなの記憶はフルーツになっちゃいました~! わ~、何で~!?』


 何でじゃねぇよ、おまえがやったことだろうがよ。

 しかし、なるほどね、外に吸い出した記憶を別の形で保存できる能力なワケか。

 今回の場合は、それはフルーツの形になった、と……。


『え~、このフルーツだけど~、見ててね~』


 道化は山盛りフルーツの中からリンゴを手に取って、それを近くの台の上に置く。

 そして道化自身が手にしたのは、巨大なハンマーだった。


『ウフフフフ~、今から、このハンマーでリンゴを叩き潰しま~す! 当然、リンゴが潰れたら、リンゴの持ち主の記憶は戻らなくなりま~す! 当たり前だよね~!』

「「「えええええええええええええええええええええええええええ!?」」」


 再びガキ共の悲鳴が石造りの空間に響くが、ふむ、この道化の行動の意味は――、


『そぉ~~~~れッ!』


 ガキ共が見ている前で、道化がリンゴにハンマーを振り下ろす。

 誰もが、リンゴがベシャベシャに潰れるところを想像するに違いない。


 しかしガキィンという固い音がして、リンゴはハンマーの一撃をはじき返した。

 見ていたガキ共の間から、大きなどよめきが起きる。


『うわ~、すご~い、このリンゴ、硬ァ~い!』


 茶化すような言い方をして、道化はハンマーを放り捨て、リンゴを手に取る。


『見ての通り、この『記憶の果実』はその記憶の持ち主以外にはどうにもできない。だから他人が食べることもできないし、潰すこともできない。安心してね~!』


 リンゴを片手に持ったまま、道化が陽気に手を振ってくる。ムカつくなぁ。


『そして、ここからが大事だぞぉ~! これからみんなが参加する殺し合いトーナメントで~、試合に勝った子には、ここにあるフルーツから一つだけ選べる権利を差し上げま~す! 自分の『記憶の果実』を当てられるといいねぇ~!』


 ははぁん、そういうことですか~。

 奪った記憶を賞品にして殺し合いの動機にしようってワケだ、こざかしい。


『全部外しても、問題ないぞ~! 何故なら優勝したら、副賞としてフルーツ全部が贈呈されるからだぁ~! 生きておうちに帰れるし、記憶まで戻る! こんなに嬉しいことはないよねぇ~! だからみんな頑張って優勝を目指そうねぇ~!』


 そして、映像はそこで消える。

 直後、重々しい音がして、四方の壁の真ん中辺りが開いて、入り口が出現する。

 そこから現れたのは、成人男性の二倍くらいの大きさのゴーレム。


『誰デモイイ、四人来イ』

『誰デモイイ、四人来イ』

『誰デモイイ、四人来イ』

『誰デモイイ、四人来イ』


 東西南北の入り口から現れたゴーレム四体が、全く同じ言葉を口にする。

 無機質なその姿とその声に、ガキ共はまたしばらく泣いたり喚いたりしていた。


 しかし、ゴーレムは反応を示さず、ただひたすらに待機し続ける。

 16人トーナメントと言っていたな、あの道化。

 つまり、1ブロック4人参加の4ブロックからなるトーナメントということだな。


「それなら……」


 俺は、誰よりも早く近くの入口へと走っていく。


「それじゃあ、俺、こっち~!」


 わざわざそう声を張り上げて、俺はゴーレムの横を通って、入り口をくぐった。

 広間と同じく易い魔法照明に照らされた、真っすぐ続く石造りの通路。


 先には闇が蟠るばかりのそこをある程度走ったところで、俺は後ろを向く。

 そこには、伸びる通路と闇しかなかった。誰もいない。ゴーレムも、他のガキも。


「いないな。よし」


 それを確認してうなずき、俺は呟いた。


「じゃ、自殺するか」

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