第205.5話 にゃんにゃんなでなで
猫のタマちゃん。
「ふにゃあぁ~~~~ん」
「ごめんなぁ~、タマちゃん、ちょっと取り乱したわ~」
ケントが、床に座ってタマキを膝枕している。
彼氏の太ももに頭を乗せ、今のタマキは猫。マジで猫。にゃあにゃあ言っておる。
「あ~、こっぱずかしぃ~」
「別にいいにゃ~ん。でももっと撫でてほしいにゃ~ん」
マリエへの態度を今さら後悔してるケントに、猫のタマちゃんが撫でろとせがむ。
「へいへい」
ケントはそれに応じて、それはそれは優しい手つきでタマキを撫でる。
「ふぇ~」
俺達が見ている前で、タマキは撫でられながら身を丸め、満足げに息をはく。
「あ~、やっちまったわぁ~、タマちゃんがいるのに俺はよぉ~……」
「だから別にいいって言ってるにゃ~ん」
「タマちゃんは優しいなぁ~。今後は気を付けるわ~……」
「ケンきゅんはそう言うってわかってるから、許してるにゃ~、ゴロゴロゴロゴロ」
ションボリしつつタマキを撫でるケントと、のどを鳴らす真似をするタマキ。
それを見せつけられている俺は、何とも言えない気分になっていた。
「君らは何してんだい?」
「え?」
こっちを向くケント、タマキをなでなでなでなで。
「にゃ~ん?」
こっちを向くタマキ、ケントにすりすりすりすり。
「…………何してんだい?」
「何って?」
「別にぃ?」
俺の再度の問いかけに、ケントとタマキは顔を見合わせて、揃って首をかしげる。
おうおう、こいつら、これだけやっててイチャついてる自覚なしかよ。
「君ら、人んチでイチャつくのはどうかと思うよ?」
「え~?」
「う~?」
半眼になってはっきり指摘すると、二人はまた顔を見合わせてからこっちを見て、
「何言ってんすか、団長。別にイチャついてないっすよ?」
「何言ってんだよ、おとしゃん。俺達、くつろいでるだけだぜ?」
こ、こいつら、自覚ねぇぇぇぇぇぇ~~~~ッ!?
「ね~、タマちゃん、ね~」
タマキに幾度かうなずき、ケントがまたタマキの頭をなでなでなでなで。
満足そうに目を細め、タマキが「ふにゃあ~」とトロけた声で鳴く。
「えぇ……?」
俺は思わず呻いていた。
こ、こんな口からお砂糖ドバーな光景が、イチャラブではないというのか……!?
では、俺が知ってるイチャラブとは何なのだ。
俺はそこで間違えてしまったというのだ。
「ちょっと、ちょっと……」
認識のギャップに愕然となる俺の服の裾を、ミフユがクイクイ引っ張ってくる。
「はい?」
「ん」
そして、自分の脳天をこっちに向けてきた。
本日の髪の色は、明るいレモン色。明日は何色になってるかなー、この髪。
「早く」
「何をよ?」
「は~や~く~!」
いきなりこっちに頭を向けて、ミフユが何かを急かしてくる。
俺はチラリとケント達の方を見て――、
「こ、こう?」
ミフユの頭を撫でた。すると、ミフユが鳴いた。
「にゃ~ん!」
「ぅッどわぁ~!?」
撫でたら、ミフユが俺に向かって飛びついてきた。
そのまま俺はこいつを抱きとめる形で、床にひっくり返ってしまう。
「おまえなぁ~! ミフユなぁ~!?」
「あっちが羨ましいから構って、ねぇ、構ってにゃ~ん!」
真っ正直! バカがつくほど、真っ正直!
「アキラはこっちからアプローチかけないと構ってくれないから、寂しいにゃ~ん」
「さ、寂しい……!? 俺が、おまえに寂しい思いをさせてると……!」
「そうだにゃ~ん。寂しいにゃ~ん。寂しくて死ぬにゃ~ん。ミフユは寂しいと死んじゃうにゃ~ん。でも兎のあれってただのデマだにゃ~ん」
「くっ、おまえを寂しがらせるのと悲しませるのだけは、あっちゃならねぇ!」
それは俺の人生におけるタブー、絶対に存在してはならない禁忌!
ミフユが寂しいというのなら、俺は全力でその寂しさを抹殺せねばならない!
「ど、どうしてほしい?」
「あっち」
ミフユが、ケントとタマキの方を指さす。
相変わらず、タマキが膝枕されてご満悦だ。顔が安心しきっている。
「タマちゃんはな~、本当に器が大きいっていうか、懐が深いっていうかさ~」
「え~、そんなことないって~、オレはケンきゅんを信じてるだけにゃ~。にゃ~」
「はいはい、もう少しゆっくり撫でるな~」
「エヘヘヘ~、オレの言いたいことすぐに伝わって、嬉しいにゃ~」
そう笑い、タマキはケントの太ももにまた頬をスリスリと。
いや~、笑えるほどイチャついとりますねぇ、あのお二人さんはよ~。
そして俺はミフユに視線を戻す。
「あれがいいの?」
「ん!」
ミフユが強くうなずくので、俺はもう一個尋ねた。
「あれでいいの?」
「え!」
そのまま、驚くミフユの背中に腕を回し、俺は寝ながらミフユを抱きしめる。
「あれじゃあ足りない。俺が足りない。俺にも構えよー」
「にゃ、にゃ、にゃ~!?」
俺は右腕でミフユをしっかり抱きしめると、そのまま頭を撫で始める。
「ほ~れほ~れ、おまえも俺を撫でろよ~。俺に構ってくれよ~」
「にゃ、にゃ~~……」
ミフユが顔お赤くしつつ、おずおずと俺の頭に手を回して、撫でつけてくる。
その手つきはおっかなびっくりだが、しかし、撫でられ心地はいい。
俺はねぇ、前から思ってるんですよ。
男だって撫でられたいときは撫でられたいんだよ! だって気持ちいいし!
「撫でるぞ~、撫でるぞ~、撫でろよ~、撫でろよ~」
「ふ、ふにぃ……」
俺は、俺の体を動かすための知識を総動員して、ミフユの頭を丁寧に撫でた。
ククク、このアキラ・バーンズ、嫁を喜ばせるすべは常に鍛えておるわ。
「そ~れ、そぉぉぉ~れ、この手つきはどうだァ~、気持ちよかろう~」
「うぅ、にゃ、にゃ、にゃぁぁぁぁああああ~~~~……」
フフフフ、震えておる震えておる。我がなでなでの手つきに打ち震えておるわ。
そして、ミフユも俺の頭を撫でてくる。これがまた、心地いいですねぇ!
「あ~、ミフユちゃんになでなでされて、気持ちいいわぁ~」
「ほ、本当……? あの、お世辞とかじゃ……」
「ふはぁ~、疑うなら俺の顔見て判断してくれぇ~」
「あ、はいです、にゃ~」
ちょっと不安げなところもいつもとのギャップがあってグッド。
いやぁ、本当に気持ちいいんよ。ミフユに頭撫でられると。落ち着く~、幸せ~。
「むぅ~」
こっちを見る視線と共に、タマキの声が聞こえる。
「ケンきゅん、ケンきゅ~ん」
「はいよ、どしたよ、タマちゃん?」
「交代するにゃ~、今度はオレがケンキュンに膝枕してなでなでする~!」
「えっ、そ、それはちょっと恥ずかしい……」
「いいの~! するの~! するにゃ~! オレもケンきゅん撫でるにゃ~!」
猫のタマちゃんが癇癪を起こしおった。笑える。
こうなると、ケントに勝ち目はない。
「し、仕方ないなぁ……。ちょっとだけな?」
「わかってるにゃ~! オレのなでなでテクでケンきゅんは極楽浄土だぜ!」
殺すって意味かな?
思いながら、俺はミフユをなでなで、ミフユは俺をなでなで。
「うううううう~、こ、これ、あうぅ~……」
「オイオ~イ、ミフユちゃんよぉ~、何恥ずかしがってるにゃ~?」
おまえが始めた物語だぜぇ~?
あ~、たまらんなぁ。何というか、ミフユのこういうところがたまらんなぁ~!
「普段は強気なのに、こうなると途端に委縮するの、マジで可愛いにゃ~」
「や、やめてよ……!」
「あれぇ~、にゃんこ語尾はもういいんですかにゃ~?」
そ~れ、なでなで、なでなで、おまけに背中ポンポン。
すっかり顔を真っ赤にして、ミフユは、それでも俺の頭を撫でてくれる。
「ああ、優しい手つきだな。愛情を感じるぜ……、にゃ~」
「ど、どしてそゆこと言うの……ッ!」
俺のコメントに、ミフユの顔がますます赤くなる。湯気出そうな雰囲気。
一方で、あっちは今度はケントがタマキに膝枕をされている。
「どうだぁ~、ケンきゅん、オレのなでなで、気持ちいいだろ~!」
「あ、あ、あぁぁぁ~、そこっ、そこだよタマちゃん、き、気持ちいいぃ~……!」
あれは、なでなでというか、ただの頭皮マッサージでは?
タマキの力が強すぎて、撫でるどころか適度な揉み具合になってるのマジ笑うわ。
まぁ、ケントも心地よさそうなので、あれはあれで結果オーライ、か?
「うううぅぅぅ~、アキラァ~、もっとぉ~……」
すっかり猫のマネも忘れた様子のミフユが、恋しげな目でこっちを見てくる。
「はいですにゃ~♪」
俺はそれからたっぷり数分、ミフユを丹念に撫でてトロットロにしてやった。
「……な、何をしているのでありますか?」
「あッ、いや、これは……! 違うのよ、キリオ!」
キリオとマリエが戻ったときのミフユの慌てふためきっぷりが面白かったです。
「あ~、も~、笑えないのよぉ~!」
「いや~、笑うわ!」
悲鳴じみた声をあげるミフユに、俺は朗らかに笑ってそう返した
なお、のちにミフユから「また今度して!」とせがまれたのは、言うまでもない。