第204話 青天の霹靂とか寝耳に水とか、そのたぐい
悲嘆。
それはまさに、悲嘆。
号泣。
それはまさに、号泣。それも大号泣。
「うぁぁぁぁあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! すまない、すまないッ! マリエェェェェェェェェェェエッ! すまないぃぃぃぃぃぃぃぃぃッ!」
場所――、宙色東署前。
泣いてる人――、ウチのキリオ君。
泣かれてる人――、女刑事の菅谷真理恵。
つまり――、大・惨・事ッッ! ってコトだァァァァ~~~~ッ!
どうして、どうしてこうなった……。
「ちょっと団長、これどうするんすか……」
同伴してくれているケントが、俺のことを白い目で見てくる。
「ぐぅ、ッ、あああああああああああああああああああああああ! すまない、すまないッ、すまない、マリエェェェェェェェェ! ぅあああああああああああああ!」
「ぇ、あ、あの、ぇ、えっと、どなた様、ですか……?」
そして、目の前でキリオに跪かれて男泣きされ、困惑するしかない菅谷真理恵。
なお、キリオとはこれが初対面である。
「何あれ……」
「警察署の前で痴話喧嘩か……」
「ええ、信じられない……」
聞こえとる聞こえとる、周りのヒソヒソ声がしっかり聞こえとるよ~、こっちに。
「マリエェェェェェェェェェェェェェェエェェェェェェェェェェ――――ッッ!」
はい、涙ながらに絶叫するキリオを見ればわかるかと思いますが――、
「……マジで真理恵さん、キリオの奥さんだったのかよ」
ええ、ケントが呟いた通りなんですわ。
つまり『菅谷真理恵=マリエ・ララーニァ』、見事、確定でございます!
一体どうしてこんなけったいな状況になったのか……。
それでは、現実逃避混じりの回想、スタート。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
数時間前、アパートのウチの部屋。
そこで、俺は呼び出したキリオとケントにことのあらましを伝えた。
「……何すか、そのふざけたネーミングの超重要アイテム」
テーブルに置かれた『黄泉読鏡』を、ケントが胡散臭げに眺めている。
俺とさして変わらない反応にちょっと笑うわ。でもキリオはそれどころではなく、
「…………」
正座して、深く深く押し黙ってしまっている。
「団長」
「はいよ?」
「その、マジなんですか、真理恵さんが……」
ケントが、隣に座って石化してるキリオの方をチラリと見る。
「そうと決まったワケじゃないけど、な」
「ま、まぁ、そうですよねぇ……」
俺とケントの視線を受けながら、キリオはなおも固まってしまっている。
「……マリエが」
「もう一度言うが、そうと決まったワケじゃないからな」
「そ、そうでありますな……」
キリオは、全く余裕のない様子ながらも、一応、俺の言葉に反応してくれる。
「それにしても『バーンズ家の恥部』、ねぇ……」
「う……」
後ろ頭に腕を組み、ケントがその異名を口に出す。
「お師匠様……」
「何だよ、キリオ」
「その、それは、その話は……」
前世の妻かもしれない菅谷のこともあって、キリオは辛そうに顔を歪める。
しかし、ケントはきっぱり言い切った。
「恥じてる時点で、おまえはいずれまた繰り返すよ」
「ぇ……」
「オイ、ケント……?」
俺が呼んだら、ケントにギロリと睨まれてしまった。
おお、こいつがこんな反応するなんて、珍しい。
「団長はやっぱ、《《こっちの方の教育》》はあんまりっすねぇ」
「何だよ、こっちって……」
「決まってるでしょうが。『派手に間違ったあと、どうすればいいか』ですよ」
ケントはあぐらをかき、腕を組んでブハァ、と息を吐いた。
「タマちゃんにしても、若にしても、他の子にしてもそうですけどねぇ。バーンズ家の子供達ってのは、基本、あんまり大きな間違いを犯さない。ま、こまごまとした間違いなら連発してますけどね、タマちゃん辺り。でもそこまでデカイ失敗はしない」
「……ん~、まぁ、言われれてみればそう、か?」
腕も腕を組んで言われたことを考えてみるが、確かにその辺はそうかもしれない。
直近、タクマとシイナの一件もあったが、異世界では大ごとにはならなかった。
「それはあんたや女将さんの教育がよかったこともあるんでしょうが――」
と、そこでケントはキリオを見る。
「だがこいつはやらかしやがったワケでしょ。今はそれを反省してるようだけど」
「はい、それがしは、もう二度と、あのときような間違いは――」
「いいや、繰り返すね。おまえは絶対繰り返す。そして、同じように反省するのさ」
真摯な口ぶりで言おうとしたキリオだったが、ケントに一刀両断されてしまった。
絶句するキリオを見ながら、俺が手を伸ばして一度制止する。
「待て待て、ケント、どうしてそう言い切れるんだよ」
「団長にゃわかりづらいでしょうね、あんた、女将さん以外のことで反省しないし」
「しないけどさ!」
「しないんでありますか……」
あれぇ、何かキリオにも変な目で見られちゃってるよぉ、俺……?
「いいですか、団長、キリオ。失敗したあと、反省すれば繰り返さずに済む、なんてのはあり得ないんです。反省するなんてのは当たり前で普通のことで、反省できないバカは反省ができないからバカなんです。タマちゃんやキリオとは別種のバカです」
「そ、それがし、バカであったのですか!?」
「「そーだよ?」」
「何て綺麗な異口同音……!?」
ショックを受けるキリオを放置して、ケントは話を進める。
「重要なのは、反省したあとで、失敗したのが自分であることをちゃんと自分の中で噛み砕いて消化することですよ。そしてそれを忘れないこと。この二つができなきゃ、また繰り返しますよ。痛みや苦しみなんてのは、忘れれば消えるんですから」
「では、今のそれがしは……」
「反省はできてるんだろうが、それをしたのが自分だってことを、まだ受け入れきれてないだろ、おまえ。あのときは魔が差した。あのときはどうかしてた。とか、そんなことを考えてるんじゃないか。――『今の自分は前とは違う』、とかさ」
「う……」
ハッキリと、キリオの顔色が変わった。
それを見てとったケントが「ほらな」と何の気もなしに言う。
「そう思ってる限り、おまえがした失敗はおまえの中では自分のことじゃなく他人事だよ。だからいずれまた失敗する。そして繰り返す。おまえは変われない」
「よ、容赦ないねぇ、ケント君……」
「俺にこいつの教育押しつけといて、よく言いますよね、あんた」
それはすまんな。でも、キリオの相手にはケントがうってつけなんだもん。
「そっかぁ、なるほどなぁ……」
ケントの話を聞き終えて、俺はう~むと唸る。
キリオの様子を見るに、ケントの話した内容はまさしく正鵠を射ているようだ。
つまり、この先、キリオが変わるには何か大きなきっかけが必要――、
「行くか、確かめに」
俺の口から、そんな言葉が出ていた。
「は? 行くかって、どこにっすか?」
「菅谷真理恵ンとこ」
ケントに問われて答えると、キリオが見てわかるレベルでビクンッ、と震えた。
「ちょ、団長、本気っすか?」
「ここで行かなくても、いずれは確認することにはなるだろ。菅谷は『出戻り』のことも知ってる。俺達とも今後も関わっていく。だったらキリオとも会うぜ、いつか」
「あ~、まぁ、そうかもしれないっすけど……」
俺の説明に、だがケントはまだ難しい顔をしている。
そして、キリオもあまり乗り気ではなさそうだ。
「い、行くのでありますか……」
「行く。決めた」
だが、俺は一度決めた以上、こいつらは引きずってでも連れていく。
「いいか? ケントが今言った危惧は、キリオにも心当たりがある。なら、何かきっかけがいるだろうが。心を入れ替えるなんてのはな、言うは易し行なうは難しの最たるモノなんだよ。きっかけが必要なんだ、きっかけが」
「それが、真理恵さんに会うこと、なんですか……?」
問いを投げてくるケントに、俺はうなずく。
「菅谷真理恵が《《そう》》であろうとなかろうと、キリオは過去を強く意識せざるを得ないだろ? それはきっと、こいつにとって何らかのきっかけになりうるだろ」
「荒療治っすねぇ……。まぁ、有効そうじゃありますけど」
ケントは若干複雑そうながらも了承、そしてキリオは――、
「それがしは……」
「言っておくけど、本当に菅谷真理恵がマリエ・ララーニァと決まったワケじゃないからな? 先走るなよ? 仮に《《そう》》だったとしても、それだけ確かめたらすぐに帰るぞ。こちとら、警察なんぞ、用がなけりゃ行きたかねぇんだから」
「――了解したであります」
このとき、キリオは俺に力強くうなずいた。
いかにもキリッとした顔で。俺の言うことを絶対に聞く、みたいな感じで。
これなら大丈夫だろう。
俺はそう判断して、三人で宙色東署に向かったのだ。
結果は大号泣だったけどなッ! 回想終わりだよ、ドチクショウがよ!
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
――場所は変わりまして、宙色市内の喫茶店。
「え~……、っと……、その、あの、私、が……?」
菅谷真理恵に全部説明しました。全部。ぜぇ~んぶ。
そしたら、出てきた反応がこの困惑オブ困惑ザ困惑って感じの困惑だった。
あったりめェだよなァ!
いきなり初対面の男に警察署の前で泣かれて、前世の夫ですとか言われてもなぁ!
「このバカがすいません、本当に」
「本当にすいません、このバカが」
頭を下げたままのキリオが、左右の俺とケントから頭をビシバシ殴られている。
「あ、あの、それくらいで……」
「いや、足りん足りん、全然足りんて。なぁ、ケント」
「このバカは、本当にこのバカは……!」
あ、これ、ケント半分キレてるな。
ま~、タマキとくっつく前は一応好きな人だったワケだしなぁ~。
タマキとは別の意味で特別な人ではあるよな、菅谷。
「ううううううううううう~、すまんであります……」
「う~ん、ちょっと驚いたし困ったけど、でも、大丈夫だから」
おいおい、マジかよ、あれを許せるのかよ、この女刑事。
周りに結構人がいたんだぜ。それであのキリオの号泣なんだぜ。半ば生き恥よ。
それを許せちゃうのかよ、菅谷真理恵。
何ていうか、ここまで来ると『こいつ平気か?』と疑いたくなる懐の深さだ。
そして、さらに――、
「よかったな~、キリオ。許してもらえて。さすがは真理恵さんだよなぁ」
「何でおまえが得意げなんだよ、ケント……」
まぁ、何となくはわかるけどさぁ……。
「その、キリオ、君……?」
「は……」
菅谷に呼ばれても、キリオは顔を俯かせたまま、小さく声を発するのみ。
見ている方がかわいそうに感じるくらいの恐縮っぷりだ。俺はそう思わないけど。
「大丈夫よ、そんなに怖がらないで」
そして菅谷真理恵は、そう言って、キリオに笑いかける。
「前世の話とかは、今の私には何の実感もないけど、キリオ君は違うんでしょう?」
「それは、しかしながら、それがしのせいで真理恵……、殿に、ご迷惑を……」
「ええ、さっきはさすがに困ったわ」
「うぐ……」
「でも仕方がないわ。あなたの中にそうなるだけの理由があったんでしょうから」
一瞬、言葉に詰まるキリオだったが、しかし菅谷はそれを優しく諭す。
その直後だった――、
「く、ふぅ……ッ!」
「あ、キリオ君……?」
「オイオイ……」
また、急にキリオが泣き出してしまったのだ。
「キリオ君、どうしたの? キリオ君……?」
「……ぃ、いえ、申し訳ないであります。その、ぉ、思い出してしまって」
席から立つ菅谷を手で制し、キリオは顔を上げる。
そしてティッシュで顔を拭いながら、ハァ、と大きく息をついた。
「真理恵殿には失礼なお話ではありましょうが、やはり重ねてしまうのであります。それがしの妻であったマリエと。容姿は全然違うのに、言葉や表情が同じで……」
「そう、なのね……」
そして、キリオも菅谷も口を閉ざしてしまう。
何やら微妙な空気が流れているが、君達、大事なことを忘れとりゃせんかね。
「あのさぁ」
「は、はい、何かしら、アキラさん」
「菅谷さんが『出戻り』ってことがわかったんならさ、あるでしょ。この先――」
「……『非業の死』」
気づいたケントが、表情を固くしてそれを口にする。
菅谷真理恵には、それについても説明してある。やはり、顔つきが変わった。
「それは、私がいつか死ぬ、ということ?」
「隠しても仕方ないから言うが、そういうことだ。それがいつかまではわからん」
いや、冥界の神カディルグナなら『死』にまつわることは専門分野だ。
あれならあるいは、いつ『非業の死』が訪れるか、わかるかもしれない、か?
「別にそれで死を迎えても、前世の記憶を取り戻したりする程度の話ではあるんだが、その『非業の死』の内容によっては、ひでぇトラウマを抱える場合がある。『出戻り』すること自体よりも、そっちの方がよっぽど問題でね……」
あの豚に殴り殺された俺がそうだった。
父に弄ばれ、母に惨殺されたミフユがそうだった。
一度死んでも蘇るから大丈夫、なんて生易しいモノじゃない。
前世の記憶を取り戻すことで人格が丸々変わることだってないとも言えないしな。
「だから『出戻り』なんて、しないに越したことはないんだよ」
「なるほど……」
俺の改めての説明に、菅谷真理恵はあごに手を当てて考え込む。
「真理恵殿、失礼を承知でお伺いするでありますが、今、何か重大な事件などに関わっておられたりしますか? もしくは、身内に危険な相手がいる、などは?」
「いえ、特にはないけれど、どうしてかしら……?」
「今、父上殿が説明された『非業の死』は、多くの場合、自分に絡むネガティブな何かが関わっているようであります。それがしも中学三年の折にいじめに遭い、それを苦にして高所より身を投げた結果、こちらの世界に『出戻り』したであります」
「そう、だったの……」
話を聞いて、菅谷が我がことのように沈んだ顔になる。
これは俺も初耳だった。キリオも大概ヘビィな人生送ってやがるな。
ちなみにケント君は実の父親に銃で撃ち殺されたっていう、さらにヘビィな、ね。
「でも、今のところは、そういったものは思い当たらないわね」
しばし考えこみ、やがて菅谷はそう結論付ける。
それは、多少なりとも安心材料にはなるか。気休め程度ではあるが。
「真理恵殿」
「はい、何かしら、キリオ君」
ここで、キリオが席を立って身を乗り出す。
「何かあったら、すぐにそれがしか父上殿に連絡してほしいであります。それがしは、必ずや真理恵殿のお力になるであります。遠慮なしでお願いするであります」
「…………」
そう言い出すキリオに、菅谷はしばし驚いたような顔をしてから、微笑み。
「うん、わかったわ。そのときは、頼らせてもらうわね」
「ご存分に!」
強い声で請け負うキリオを、俺もケントも、何も言わずに見守っている。
「それで、そろそろ署に戻らないといけないわ。ごめんなさいね」
「いやぁ~、押しかけたのはこっちだし、うちのバカがご迷惑おかけしました」
「すまんであります」
最後に一度だけ三人で頭を下げて、俺達は喫茶店を出ていく菅谷を見送った。
「ひなたと菅谷の『死期』については、一回カディルグナにきいてみよう」
「さすがに『死』にまつわることだから、わかるんじゃねーかなぁ」
それから、俺とキリオが話しているときだった。
「そういえば――」
と、ケントが、何かを思い出したように急に口を開く。
「ん? どうしたよ?」
「いえね、さっきの『非業の死』に関する話で思い出したんですけどね」
「おう」
「タマちゃんのときは、自分に絡む何かとかってなかったよなぁ、って……」
タマキの『出戻り』したときの状況。
確かそれは、家族全員が巻き込まれた事故だったはずだ。
なるほど、確かにあいつだけは例外――、ドッゴォ~~~~ンッッ!
「ん?」
何だ。すぐ外で、何かスゲェ音がしたぞ。
俺達は揃って窓の外を眺める。
すると少しだけ離れた道路の先に、横倒しになっているトラックが見えた。
「な……」
俺達の間を衝撃が駆け巡り、そして場に集まってきた連中の声が耳をかすめる。
「交通事故だァ!」
「お、女が轢かれたぞォ……!」
「男の子が飛び出して、女の人がそれを助けに入ったんだ!」
キリオが、すぐさまその場から飛び出した。
「マリエェェェェェェェェェェ――――ッ!」
「俺達も行くぞ、ケント!」
「は、はい……!」
テーブルに金を置き、俺とケントがキリオに続く。
事故現場にはすでに多くの人間が集まっていた。その野次馬達が大きくどよめく。
「キリオ、菅谷は……
そして、その場に到着した俺はキリオに状況を確認しようとして、絶句する。
すぐ後ろに追いついてきたケントも、その光景に言葉を失う。
立ち上がった菅谷真理恵が、キリオを強く抱きしめていた。
多くの人間の注目を浴びる中、菅谷は涙に濡れた声でキリオのことをこう呼んだ。
「――あなた様」
これは、さすがにキリオは悪くないと、俺は思った。




