第203話 そのアイテムの名は『黄泉読鏡』
そのアイテムの名は『黄泉読鏡』というらしい。
「……ギャグですか?」
俺は、思わず真顔になってたずねてしまう。
「ウチに聞かないでよぉ~……」
スダレに、困り顔で返されてしまった。そっかぁ、マジかぁ……。
クソふざけた名前しやがって!
さて、こちら『八重垣探偵事務所』。
ジュンがこっちに戻ってきて数日、俺とミフユはスダレに呼び出されたんだが、
「ソウジ・ヴェルカントが持ってたアイテムにねぇ~、こういうのがあるのぉ~」
と、見せられたのが、このクソネームなアイテムだったのだ。
「見た目は双眼鏡、っぽいなぁ……」
ぽいなぁというか、形状はまんま小さい双眼鏡。オペラグラスともいうかな。
「それで、これがどうしたっていうの、スダレ?」
軽くそのアイテムを手に取りつつ、ミフユが尋ねる。
するとスダレは、とんでもないことを言い出した。
「これぇ、『出戻り』してない『出戻り』がわかるアイテムなんだってぇ~」
「…………」
「…………」
俺とミフユ、揃ってポカ~ン。
「ソウジ・ヴェルカントが蒐集した古代遺物の一つらしいよぉ~」
「えぇ、それマジか……」
俺はミフユから貸してもらって、実際にそのグラスを覗き込んでみる。
「あ、すげぇ!」
もちろん、見えているのは普通のミフユだ。
しかし、それとは別に体の中心辺りに燃え盛る炎みたいなものが見える。
そして俺にはその炎が『ミフユの魂』であると認識できるのだ。
「え、え、ちょっと! わたしにも見せてよ!」
「はいはい、どうぞ~」
「どれどれ――、わ、すごぉ~い! 肉体じゃなくて魂が見えちゃうんだ~!」
クソネームなのに優れモノなグラスに、キャッキャとはしゃぐ俺とミフユ。
「それでぇ~、これがあるとわかるんじゃないかとおもうんだぁ~」
「何がだ?」
「おひなちゃん~」
あ。
「そうか、すっかりヒナタのつもりでいたけど、まだ確定はしてなかったモンな」
「そうそう~、別に必要ないかもだけどぉ~。きっとわかると思うんだぁ~」
「ふむ……」
シンラの娘であるひなたが、バーンズ家の末っ子であるヒナタかどうか。
可能性としては濃厚とされてはいるが、今のところ、まだ確証は取れていない。
冥界の神カディルグナでも、それはわからないのだという。
あれはあくまでも『死後の魂』を司る神だから、生きてる魂の判別は無理だって。
最上位の『特神格』といっても、そういう制約はあるワケだ。
「どう、アキラ、必要だと思う?」
「必要だな。わかるなら、ひなた=ヒナタであることを確定させておくべきだ」
「うん、わかったぁ~。じゃあ、これはおパパに預けるねぇ~」
スダレから『黄泉読鏡』を受け取り、俺とミフユはアパートに戻る。
そして、運のいいことにシンラが休日なため、俺達はお袋を伴い風見家に赴いた。
「――魂の色を確認できる古代遺物、で、ございますか」
俺が説明すると、シンラはやや苦い顔つきになる。
「何だよ、その顔は?」
「それを使えば、ひなたがあちらのヒナタであるかがわかるのでしょう?」
「そうだな。確実にわかるって、スダレも言ってたよ」
そう告げると、シンラはますます深く悩み始める。
悩む理由がわからない俺達に、説明してくれたのはお袋だった。
「別にね、シンラさんは大したことは悩んじゃいないよ。こいつは親のエゴさ」
「エゴとな?」
「娘を愛する理由に、不純物を混ぜ込みたくないのさ。そうだろ、シンラさん?」
「まこと、美沙子殿には隠し事ができませぬな。まさしくその通りにて……」
そこまで言われると、さすがに俺達でもわかる。
シンラは娘を愛している。俺にとってのミフユのように、深く愛している。
それは親として娘に向ける愛情で、だからこそ、それ以外の要素は必要ない。
異世界では末っ子を最も愛したシンラだが、それはやっぱり別の話でもあるのだ。
ひなたがヒナタと確定すれば、こいつは兄としての愛も向けるだろう。
それは別に悪いことではないのだが、シンラにとってはちょっとした問題らしい。
親としての愛情に、別のものが混ざり込む。
それに抵抗を覚えているのだろうが――、
「おまえのつまんねぇ葛藤とかどうでもいいから、ひなた帰ってきたら確認するぞ」
俺はそれを、バッサリとぶった切ってやった。
「ち、父上ぇ~~~~!?」
「アホか。忘れたのかよ。前に説明しただろうが……」
俺はため息をつきつつ、シンラに再び説明する。
「もし、ひなたがヒナタだったら、これから先、警戒が必要になるだろうがよ……」
「――はっ、そうでありました。『出戻り』に待ち受ける『非業の死』」
やっと思い出しやがったか、この長男はよぉ。
そうだ、俺達『出戻り』はこの世界に戻ってくる際に必ず『非業の死』を遂げる。
俺もシンラも、ひなたにそれが訪れることを望んでなどいない。
「この先、ひなたに『非業の死』が訪れるなら、そんなモンは全力回避だ。それを知るためにも、ひなたの魂を確認しておく必要があるだろ、シンラ?」
「何とも、お恥ずかしい……。ひなたの父でありながら、このシンラ、己のことばかりを考えておりました。まこと、不明にございました。父上に感謝を」
「いいよいいよ、それよりもお迎えの時間じゃねぇのか、そろそろ」
俺が時計を見ると、午後五時にほど近い時間を示している。
「おお、時の流れは早きものにて。それでは余はお迎えに向かいますゆえ!」
「あいよ~、適当に何かやって待ってるぜ~」
そしてシンラが風見家を出たあとで、口を閉ざしていたお袋が切り出す。
「そうかい、魂の色が見えるアイテム、かい」
「お袋?」
「アキラ、アンタ、もう一方の件も進めるつもりなんだろう?」
「俺、まだ何も言ってねぇだろうが……」
俺は思わず顔をしかめた。
本当に、この人は色々察しがいいな。シンラじゃないけど、隠し事できんわ。
「アキラ、もう一方の件って……?」
「キリオだよ」
短く告げると、それだけでミフユにも伝わったらしい。
キリオがやらかしたことについては、ミフユもジュンから聞いている。
お袋には、俺から話した。
直接ではないにせよ、シンラが関わっていることだ。話さないワケにはいかない。
「そのグラスを使う相手は、じゃあ……」
「菅谷真理恵だ」
キリオの一件、シンラと菅谷真理恵に繋がりはない。
何なら、今の菅谷とキリオとの間にも、今のところそこまで深い縁はない。
あいつも喧嘩はしてるらしいから、面識くらいはある可能性はあるが。
「ジュンも、シンラにはキリオのやらかしは話してないって言ってた。ことがことだけに気を遣ったんだろう。だからおそらく、シンラはキリオの件を知らないと思う」
この前の健康ランドでも、シンラのキリオに対する態度は普通だった。
キリオには、俺は事前に『いずれ話すから今は言うな』と言い含めておいた。
「シンラのやつ、どんな反応するかしらね……」
天井を見上げて言うミフユに、俺もお袋も、何も言えないでいる。
キリオの皇太子殺しと、たった四時間といえど皇位簒奪。
はたからみればシンラにキリオを許す理由はない。父親としても、皇帝としても。
きっと、キリオのやつもそれを承知している。
だからこの件は、きっちりと場を整えてやる必要がある。俺も無関係ではない。
「外の争いは家に持ち込まない。……ウチのルールだけど、こればっかはなぁ」
「完全に家族の問題でもあるからねぇ~。難しいわ……」
俺はため息をつき、ミフユは肩をすくめる。
「菅谷さんは本当にキリオの奥さんだった人、なのかねぇ?」
「そればっかは、こいつで見てみないことには何とも……」
言うお袋に、俺はグラスを持ち上げる。
ただ、もしも菅谷真理恵が、キリオの妻であるマリエ・ララーニァだった場合、
「菅谷にも『非業の死』が待ち受けてるってことになるんだよなぁ……」
「それもどうするか、よねぇ~」
キリオは、無論、自分のせいで誰かが死ぬことは望まないだろう。
例えそれが、異世界における自分の妻だった場合でも。
だが、これについてはひなたと同じ理由で、魂の色を確かめておいた方がいい。
「お、帰ってきたか?」
ガチャ、と、ドアが開く音がして、俺達は揃って玄関の方へ目を向ける。
せわしないパタパタという足音。そして、ひなたが入ってくる。
「ただいま~!」
「はいよ、おかえり、ひなたちゃん」
「わ、みさちゃんだぁ~!」
お袋を見るなり、ひなたは笑って抱きつきに行った。おやおや、仲がいいことで。
「ただいま戻りましてござりまする」
すぐに、シンラがリビングに姿を見せる。
「おう、お帰り。ほれ」
俺は軽く手を挙げて、シンラに向かって『黄泉読鏡』を差し出す。
「い、今この場にて、で、ございまするか?」
「当たり前だろ。時間を置けば、見ない理由を探し始めるだろ、おまえ」
「う……」
シンラが低く呻く。やっぱり図星だったか。往生際が悪い。
「ほれ、さっさと受け取る。さっさと見る!」
「は、それでは……」
俺が差し出したグラスを震える手で受け取り、シンラはそれを覗き込む。
そして、ヒナタを軽く眺めて――、
「…………ッ」
一度身を震わせてからすぐにグラスから目を離し、天を仰いだ。
「どうだった?」
「間違い、ございません」
やはり――、
「風見ひなたは、ヒナタ・バーンズに相違ございませぬ」
「まぁ、そうだろうな……」
それは半ばわかっていたことだ。
だが、やはりシンラにとっては少なからずショックだったようだ。
ひなたがヒナタだったことについてではない。
この先、ひなたに確実に『非業の死』と呼ぶべき事態が訪れることに対してだ。
「俺達も協力する。ひなたは、ひなたのままでいいんだ」
「そうよ。何が『非業の死』よ。そんなの、認めてたまるもんですか」
「はい、そうでございますな。ひなたは守り通しますぞ、このシンラ、必ずや」
お袋と遊んでいるひなたを見て、シンラと俺達は、決意を新たにする。
そして――、
「問題は、もう一方、か……」
俺は小声でひとりごちた。
もう一人の対象――、菅谷真理恵。
こいつについては、俺達がグラスを覗いても全く意味がない。
仮に菅谷が『出戻り』だとしても、それがキリオの妻かどうかわからないからだ。
場合によっては同名の別人である可能性だってある。
菅谷真理恵がマリエ・ララーニァかどうか、確認できるのはキリオだけだ。
「さてさて、どんな反応するのかねぇ、あいつは」
その頃、キリオはタマキと一緒にケントの中学に押しかけていたらしい。
がんばれよ、伝説の男、ケントよ!