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【連載版】出戻り転生傭兵の俺のモットーは『やられたらやり返しすぎる』です  作者: 楽市
第九章 出戻り転生探偵スダレの無敵事件簿
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第194話 立場逆転、犯人一味は転落する

 スズリカの絶叫に留飲は下がったか?

 そんなことは全くない。画面の向こうにジュンの姿がある限り、それはない。


「でもいいよぉ、もう少しだけ、そばにいさせてあげるぅ~」


 そう呟き、スダレは『毘楼博叉(ビロバクサ)』の画面を切り替える。

 次に映し出されたのは、市内のオフィス街にある、とある企業が入っているビル。


 ――牧村宗次が管理職を務める企業だ。


『これは一体どういうことなんだ!?』


 広い会議室に、男の怒鳴り声が響く。

 そこには、何人もの男達が厳しい顔つきで卓を囲んでいた。


 そんな中、一人だけ立たされて恐縮している男がいる。

 牧村宗次その人であった。


『牧村君、本日送られてきたメールについて、何か弁明はあるかね?』


 ソウジにそう告げる恰幅のいい男は、この企業の社長だ。

 宙色の出で、地元を愛し、全国に支部を持ちながら本拠を宙色市に構えている。


『う、そ、そのようなメールは全て事実無根で……』

『全て? 全てと言ったかね!?』


『はい、社長。私を信じてください。私は、誓ってそのようなことは……!』

『ではこの写真も事実無根であると?』


 社長がソウジに一枚の写真を見せる。

 そこに写っているのは、学生にしか見えない女とホテルに入るソウジの姿。


『こ、これは……!』

『顔色が変わったね、牧村君』


『いや、し、知りません! こんな写真は……!』

『この日付、この時間、君は確か外に打ち合わせに出ていたはずだね』


『そ、それは……』

『すでに先方には確認済みだよ。――口裏合わせを命じたそうじゃないか』


『…………』

『この一件以外にも、相手が下請けだからと随分無茶を言っていたようだね』


 社長の追求に、ソウジはもはや何も言わず、俯くしかなくなる。


『我が社はホワイトでクリーンなイメージを大事にしているのだよ。それなのに、規範となるべき部長の君が、未成年との淫行かね。やってくれたねぇ……!』


 ギリッ、と、社長が奥歯を噛み締める音が、スダレにまで聞こえてくる。


『さらに、これだけではない』


 そして社長が会議卓に放り投げたのが、様々な数字が記載された書類だ。


『期間にして五年。金額にして四億七千万。君がやってきた横領の金額だ。もちろん、賠償請求はさせてもらう。言い訳はしてくれて構わないぞ。証拠は揃っている』


 いかにも社長が揃えたという感じに言うが、無論、スダレが用意したものだ。


『う、ぁ、あ……!』

『退職金など出ると思わないでくれよ。君に退職など認めない。懲戒解雇だ』


『そんな、社長! 私を切り捨てるのですか、私は長年、社に貢献を――』

『黙りたまえ。君はもはや我が社の癌だ。切除せねば、社が君に殺されてしまう』

『が、癌……ッ』


 ソウジは絶句して、もはや何も言えないようだった。

 こうして、彼は無職となった。


 ――これで、二つ。


「でも、どっちもまだまだ終わらないよぉ~?」


 スダレは、再び画面を切り替える。こちらはスズリカとジュン。


『え、な、何ですか、部長。もう一回……』


 スズリカがスマホで誰かと電話をしている。

 せっかくだから、通話している相手の音声も載せてみよう。


『君は明日から職場に来なくていいと言ったんだよ、百合岡君』

『な、何でいきなり……!?』


『身に覚えがない? 本当に、原因がわからないのか?』

『当たり前じゃないですか、私が、何をしたと……!』


『倉田楓君の件、と言えば伝わるか?』

『あ……』

『伝わったようだね。何よりだ。彼女は君を訴えるそうだ。そりゃあそうだろうな。一方的に因縁をつけられて、全治一か月のケガなんてさせられたんだから』


 まさに、あの親にしてこの娘あり、としか言いようがない。

 スズリカは『出戻り』以降の三週間以内に、バッチリ不祥事を起こしていたのだ。


 それは、同僚に対する直接的な暴力という、言い逃れのしようのないもの。

 彼女は被害者を脅して黙らせていたが、記録は被害者のスマホの中に残っていた。


 それを確認して、あとは被害者にメールを送ればいいだけだ。

 少し被害者の怒りと正義感を煽れば、脅された恐怖さえも反撃のリソースとなる。

 スダレの狙い通り、被害者の倉田楓はスズリカの告発に踏み切ってくれた。


『倉田君は大手取引先の重役の娘だ。その彼女にケガをさせた君を、庇うわけにはいかない。君は解雇だ。今後、倉田君から訴えられるだろうが、我が社は関与しない』

『そ、ん、な……』


 呆然となるスズリカの耳に、プツと電話が切れる音。

 スズリカは、ただただその場に立ち尽くすしかなかった。

 無表情のジュンが、それを何も言わず眺めていた。


 ――これで、三つ。



  ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 まだまだ、二人が転げ落ちていくのはこれからだ。

 現実空間に戻って、スダレはノートPCを操作していく。


「口座凍結、交通用含め各種カード使用不能、マンションのオートロック暗証番号変更。バカだねぇ~、二人ともオートロック付きのマンション選んじゃってぇ~。ついでにマンションの部屋の名義も変更しちゃおうっとぉ~。はい、これでお~わり」


 エンターキーをカチッと押して、操作実行。

 これで、百合岡涼香と牧村宗次は、もう日本で何もできなくなった。


 カードが使えなくなった。

 銀行から金を下ろせなくなった。


 マンションに入れなくなった。

 現金以外の手段で交通機関を使うこともできなくなった。

 現代文明の恩恵を、一切受けられなくなった。人という名のサルと化したのだ。


 ま、そうはいっても二人は『出戻り』。

 スズリカに関していえばジュンもいるのだから、手痛いだろうが致命傷ではない。


 だが逆にいえば、致命傷ではないが大ダメージだ。

 だって二人は『出戻り』であると同時に、令和を生きる日本人でもあるのだから。

 それでは、再びビロバクサを通じて、二人の様子を観察しよう。


『何故だ、一体、何がどうなって……!』


 ソウジが、会社から出るところだ。

 彼はタクシーを使って駅へと向かう。そしてカードで支払いをしようとするが、


『お客さん、このカード、使えませんよ』

『な、何……? そんなことは……』


 だが、何度やってもクレジットカードは使えない。

 仕方なく、ソウジは現金で料金を支払った。

 普段からカード頼りのソウジは、現金をあまり持ち歩かない。それが災いした。


『カードが使えない……? 念のため、現金を下ろしておくか……』


 そう言って彼は、コンビニに入ってATMを使おうとする。

 しかし、これもまた不可能。キャッシュカードを入れてもATMは応答しない。


『何だこれは、どうなっているんだ! どういうことだ!?』

『お、お客様……!』


 ATMを前に、髪型が乱れるのも気にせず、ソウジはいきり立って暴れた。

 その後、コンビニを追い出されたのは言うまでもない。


『バカな、カードが使えず、現金もない。そんな、これじゃあ……』


 そのとき、空腹からソウジの腹がグゥと鳴る。

 今の彼に、その空腹を満たす手段はない。

 腹に手を当て、棒立ちになるソウジの顔には、みじめさに対する憤りが表れる。


『……簾か』


 ようやく、彼は気づいたようだった。

 そして人目も気にせず頭を振り回すようにして、辺りに視線を走らせる。


『簾、これはおまえの仕業だな! 私に直接は勝てないからと、こんな小汚い手を使って勝ったつもりか、愚かな娘だ。私を怒らせればどうなるか、身の程を知れ!』

「う~ん、見事な特大ブーメランだねぇ~」


 大体にして、小汚い手も何も、《《これがスダレの戦い方だ》》。

 アキラを超える強さを発揮できる、自分の戦略、戦術、戦法。自分の戦い方。


 それを、当たり前のように使っているに過ぎない。

 これに対する非難は、戦場において兵士に武器を使うなと言っているに等しい。

 笑うわ。ってなモンである。


『覚えておけ、簾! 私には古代文明のコレクションがあるんだ! それを使えば、おまえなんてひとたまりもない。それを忘れるな! おまえは私には勝てんのだ!』

「勝ち負けとか、そういうフェイズじゃないんだよねぇ~」


 まぁ、そのコレクションとやらがあったところで、彼はスダレには絶対届かない。

 ソウジが彼女のことを見つけたのも単なる偶然でしかないのだ。

 それがなければ、彼は未だに無駄に娘を探し続けていたのは間違いない。


『簾、聞いているのか、簾! 聞いているんだろう、簾ェ――――ッ!』


 駅前で、皆の視線を浴びながら騒いでいるソウジは、ひとまず放置。

 今度はスズリカの方に画面を切り替える。彼女は、自宅マンション前にいた。


『何でよ、どうして家に入れないのよォ!』


 マンション入り口のオートロック。

 部屋番号を入れてカードキーを読み込ませることで、それは開くはずだった。

 しかし、読み取り口にカードを突っ込んでも、全く反応しない。


 他に、別の部屋の住人に頼んで入れてもらう手もないワケではない。

 しかし、そんな親しい相手がいないスズリカには、不可能な話だ。


『何なの? 何なのよ! カードも使えないし、お金も下ろせないし、電車にも乗れなくてここまで歩いて帰る羽目になって、それで入れないってどういうことよ!』


 顔を憤怒に歪ませながら、スズリカが地面をダンダンと踏みつける。

 その衝撃にヒールが耐え切れず、かかとが折れて彼女はその場にすっ転んだ。


『ぐぅ! ……痛ぁ、痛い、痛いぃ。何でよ、何なのよ、助けなさいよ、ジュン!』

『ああ』


 涙目になるスズリカが、ジュンに命じる。

 すると彼はそれに反応して、スズリカに向かって手を差し伸べた。

 見るからに、情動の失せた機械的な動きに見える。


『ぐ、ぐぐっ、ぅ、うううぅ……!』


 ジュンに立たせてもらいながら、スズリカが憤怒の形相で空を見上げた。


『あんたね、スダレ・バーンズ!』


 こっちも、やっと気づいたようだった。


『あ、あんたなんかが今頃何をしたってねぇ、ジュンは戻ってこないのよ。ジュンは私のものなのよ! ジュンは、彼は、私の夫なのよ! ぁ、あんたなんかァ!』


 目を大きく剥いて、スズリカはソウジと同様に怒鳴り散らした。

 無感情な顔をしているジュンが傍らに立っているのは、かなりシュールな光景だ。


「バカな人ぉ~、別にいいもぉ~ん。ウチは――」


 思い返す、ジュンの最後の一言。彼の、自分を見るまなざし。


「ウチは、ジュン君を信じてるもォ~ん」


 そしてスダレは画面を消して、現実空間に復帰する。

 時間が来たからだ。ちょうどいいタイミングで、チャイムが鳴った。


「はぁ~い」


 事務所入り口のドアを開けると、そこにはアキラと、そしてミフユもいた。


「おママも一緒ぉ~?」

「当たり前じゃない。私だってあんたの親よ」

「――うん!」


 過保護だなぁ、と思いながら、でもやっぱり来てくれたのは嬉しい。


「これから出かけるから、一緒に来て。そして――」


 軽く目を閉じて、思い浮かべるのはスズリカ、ソウジ、そして、ジュン。


「見届けて、ウチの仕返しを。スダレ・バーンズの決着を」


 アキラとミフユは、しっかりとそれにうなずいた。

 決戦の場へ、探偵はこれより赴く。

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― 新着の感想 ―
[一言] こういう、背中を押して見届けてくれるアキラってのもいいですね。
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